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知ったこっちゃないのです

 すぐさま襲いかかってくるかと思いきや、エルヴィートは剣を床に突き立てると、ナツキに向けて口を開いた。


「言い残す言葉は、あるか」

「ないよ。死ぬつもりもないもん」


 にー子を通路の壁にもたれかけさせ、剣を抜く。それすら待ってくれるあたり、腐っても騎士というところか。


「地上の騒乱も貴様らの仕業だな」

「さあね」

天使の剣(イオニズマ)を懐柔し、天使の眼(イオニクル)に加え天使の胎(イオニメトラ)までをも切り伏せ、天使の血(イオニエマ)を奪い……疑うべくもない、史上例を見ぬ悪鬼のごとき蛮行だ」


 スーニャが懐いたのは全く関係がないし、その他も邪魔をしてきたから仕方なく対処したのだ。そんなことを言われても困る。


「無駄な希望を抱かせるのは好かぬゆえ、断言しておくが――貴様は我には勝てぬ」

「……そうかもね」

「そうと知りながら剣を下ろさぬ執念、貴様の意志の強さは賞賛に値する」

「あいにく、希望がないくらいで諦められるほど、にー子の幸せもボクらの命も安くないんだよね」

「然して――依然、不可解である」


 エルヴィートの眼光が鋭さを増す。


「問おう。我らに反旗を翻し、貴様は一体何を望む? 我らは《塔》、人類の守護者である。大天使聖下は人智を超えし存在なれど、我らを守護し神々と戦わんとする意志に嘘偽りは――」

「何か勘違いしてるみたいだけど」


 天使? 神々との戦い? 知ったこっちゃない。


「ボクが望むのは、にー子のいる日常だよ。天使の血(イオニエマ)なんて関係ない。大好きな家族が攫われて、記憶を消されちゃうなんて言われて……取り返しに来ないわけがないでしょ」

「建前を問うたのではない。《塔》を転覆せしめ、天使の血(イオニエマ)の力を手にし、貴様は何を成そうとしているのか――我が聞き届け、聖下に申し伝えてやろうと言っているのだ。今更狂人を装うな」

「は?」

「所詮は紛い物の魂だ。模造人格に情を移す程度なれば兎も角、己が命を捨て《塔》に刃を向けるなど……フン、余りに馬鹿馬鹿しい。答えよ、天使の血(イオニエマ)の力を以て貴様は何を」

「紛い物なんかじゃないのです!」


 唐突に割り込んできたアイシャの声に、思わず息を飲む。それはエルヴィートも同じで、眉をピクリと上げ口をつぐみ、アイシャを観察するように睨んだ。


「アイシャ……!?」

「人間とかラクリマとか、天使とか天の階(イオニア)とか……そんなのどうでもいいのです! ニーコちゃんはわたし達の大切な家族なのです!」


 アイシャはいつの間にか、ナツキのすぐ隣に立っていた。震えることも無く屹然と、ラクリマにとっては顔も上げられないような絶対的上位者であるはずの聖騎士に対し、起動したアイオーンを向け、人とラクリマの対等性を説いていた。


「貴様……星涙の分際で、誰に刃を向けている」

「知ったこっちゃないのです」

「……ほう?」


 ラクリマとして生まれラクリマとして生きてきたアイシャにとって、それは難しいなんて形容で事足りるような行為ではなかった……はずなのだが。

 強まる殺気をその身に受けながらも、アイシャはエルヴィートの鋭い眼差しから視線を逸らさない。


「ナツキさんはわたしのオペレーターで、命の恩人で、お友達で、師匠で……とっても大好きで、たいせつな家族なのです」

「アイシャ……」

「ニーコちゃんは、人間さんで言うところの妹みたいな感じなのです。ナツキさんを取られてもやもやしたりすることもあるですけど、やっぱり大好きで……いなくなると心にぽっかり穴が空いたみたいな気持ちになるです」

「…………」

「いっぱい泣いて笑って、わがまま言って甘えて、《子猫の陽だまり亭》のみんなをいつも笑顔にしてくれるニーコちゃんの魂が偽物なら……あなたの魂なんて低級神獣の使い魔のコアみたいなもんなのですっ!」

「おぉ……」


 ちょっと感心してしまうくらいの見事な罵倒が叩きつけられる。心の中で拍手大喝采のスタンディングオベーションをしながら、エルヴィートから向けられる殺気が倍増するのを感じていた。


「貴様……我を愚弄するか、出来損ないの堕ちし者(ドロップス)ごときがッ!」

「先にニーコちゃんにひどいことを言ったのはそっちなのです。謝らないのです」


 対するアイシャの反応は涼しいものだ。


「言いたいことは全部アイシャが言ってくれたよ。ボク達はただ家族を取り戻しに来ただけ。《塔》が人類を守ってくれてるのは知ってるし、ラクリマの扱いだって今すぐ変えられるなんて思ってない。それでも……身の回りの大切な人達くらいは守るって決めたんだ。邪魔するなら、全力で抗わせてもらうよ」


 アイシャばかり矢面に立たせるわけにはいかない。ナツキが一歩前に踏み出して剣を構えると、エルヴィートは少し言葉を失った後、額に手を当てて大きく嘆息した。


「本心か……よもや本物の狂人と未調整の感染個体とはな。時間の浪費であった」

「ボクからすれば、ラクリマを人として扱わない人達の方がよっぽど狂人だよ」

「もう良い。死ね」


 スッとエルヴィートの腕が持ち上がり、剣先がこちらを向く。


「アイシャ!」

「わかってるです!」


 剣が動くと同時に左右に飛び退いたナツキとアイシャが元いた場所を、太いレーザーが貫いた。

 マスターから聞いてはいたが――あまりにも早い。光が見えてから動いたのでは当然遅すぎる。天使の加護とやらの影響か、《気配》術で意識を読むこともできない。剣先から伸びる不可視の射線に身体が重なった時点でアウトだ。剣先と意識の動きを練気術なしで予測し、前もって避け始める立ち回りが必要になる。


「貴様らはこの世界の癌だ」


 レーザーが継続している状態での大振りをしゃがんで躱す。

 単純にリーチが無限の剣、銃の射線だと捉えれば少しはやりやすいが――切り結ぶことはできず、銃弾とは比べ物にならない程速いという点が厄介だ。


「世界滅亡に繋がる危険思想の芽は、早急に摘まねばならぬ」


 懐に潜り込むことができれば攻撃のチャンスはある。そう考えて攻撃の合間に踏み込めば、何の予備動作もなくエルヴィートの姿が消え、視界の外、背後からレーザーが飛んでくる。それを跳んで躱し、逆向きに着地してエルヴィートを再び視野に収める。

 当然、踏み込んで詰めた分の距離は無に帰している。《子猫の陽だまり亭》でスーニャから逃げた時のように、ワープで間合いを取られたのだ。一方的に仕切り直され、再び遠距離からの猛攻が始まる。


「フン……よく動くものだ」


 背後からの一撃が避けられるとは思っていなかったのか、エルヴィートはやや不満げに眉を寄せていた。

 しかしナツキとアイシャが今の攻撃を避けられたのは、実力によるものではなく、エルヴィートの立ち回りの癖を前もって聞いていたからに過ぎない。


『奴がS級神獣と戦ってるところを見たオペレーターの記録よぅ』


 作戦開始前にマスターが見せてくれた古びたノートには、エルヴィートが戦う様子が細かく記されていた。その着眼点からして、それを記したオペレーターは確実にかなりの手練だ。そしてそれ故に、最後の一文は無視できない重みを湛えていた。


 曰く――『人間の反応速度では、彼の攻撃を避けることは物理的に不可能だ』。


「(アイシャ、大丈夫!?)」

「(なん、とか……!)」


 もしナツキが一人なら、躱し続けることなど不可能だっただろう。戦闘開始から数十秒もの間攻撃を受けずに済んでいるのは、アイシャがいるからだ。二人で常にエルヴィートを挟むように立ち回ることで、エルヴィートの剣の振り幅を大きくし、なんとか回避する時間を生み出している。


「小賢しいッ」


 しかし、不思議なのは――アイシャがこなしているのは、本来ならリリムが担当するはずだったポジションだ。エルヴィートと遭遇したらナツキとリリムで時間稼ぎをしてアイシャとにー子を逃がす算段だったのだが――リリムは姿を消してしまったし、アイシャに立ち回りを共有した覚えはない。まさか独力であるべき立ち回りを導き出したとでも言うのか。

 何にせよ、アイシャの身体能力、練気術の練度的にはかなりギリギリの動きを強いられているはずだ。長くはもたない。


「(アイシャ、無理しないで! ボクが引きつけるから――)」

「(…………)」

「(アイシャ?)」


 返事がない。まさか被弾したかとエルヴィートの向こう側を見るも、アイシャは機敏に動き続けている。

 いや、むしろ――さっきまでよりも動きが良くなっている?


「む……貴様ッ」


 エルヴィートの声に焦りが生まれる。

 アイシャの動きは完璧だった。まるでナツキとエルヴィートが次にどう動くのか分かっているかのように、適切な位置に立ってエルヴィートの攻撃の間を引き伸ばしている。その上で、アイシャは徐々にエルヴィートへと近づいているのだ。


「ゾーンに入ったってやつか……?」


 アイシャがエルヴィートを翻弄してくれるおかげで、ナツキの動きにも余裕が生まれる。一気に踏み込んで距離を詰め――

 エルヴィートの視線が一瞬動く。


「(アイシャ、右に跳ん――えっ)」


 自分も横っ跳びしながらナツキが《念話》術を送り()()()瞬間、アイシャはナツキが指示しようとした通りに跳躍した。一瞬の後、ノータイムでワープしたエルヴィートから放たれたレーザーが、飛び退く直前にナツキとアイシャがいた二点を貫いた。

 以心伝心とかそんな次元ではない。アイシャからはエルヴィートの目の動きは見えなかったはずだ。一体どうやってナツキと同じように攻撃予測を立てたのか。


「躱すか……フン、天使の胎(イオニメトラ)を打倒しただけのことはある」

「…………」

「(アイシャ……?)」


 無言のままふらりとエルヴィートに再接近しようとするアイシャは、無表情だった。まるで誰かに操られているような……


「ぬ……貴様、まさか――」

「…………」


 エルヴィートが絶え間なく振る無限長の剣を、アイシャはごく最小限の動きでふらふらと躱しながら距離を詰めていく。耳元の髪先をレーザーが焦がしても微動だにせず、ただ無表情に、呪いの人形のように――


「堕ちし星涙の分際で、()()()()()()!? この無礼者めがッ!」


 何かに激昂しているエルヴィートは、もはやアイシャにかかりっきりだ。アイシャの様子は気になるが、この隙に背後から仕留めたい。連携すべくアイシャの意識の流れを追おうとして、


「……!?」


 エルヴィートと同じように、何も読み取れなかった。

 意識を読み取ろうとしたことに気づいたのか、無表情のアイシャがちらりとナツキを見た。


「(()()()をみても、ついてこれないよ)」

「っ!」


 《念話》術で飛んできたのは、確かにアイシャの声だった。しかしその声はやけに舌っ足らずで、喋り方がアイシャのそれではない。翻訳されなかった意味不明な単語も含まれている。


「(お前……アイシャに運命がどうとか吹き込んでる奴か!)」


 ナツキにも分からない首輪の外し方をアイシャに教え、アイシャの知らぬ間に十人もの瀕死のラクリマを治療し、今日ナツキは死ぬ運命にあるとアイシャに告げた存在。

 ナツキとの直接会話はしようと思ってもできないと、そうアイシャから聞いたはずだが。


「(……そうだよ)」


 返ってきた肯定には、どこか諦観の色が滲んでいる気がした。

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