Noah/ν - にー子の戦い Ⅱ
めがさめたら、にーこはちいさなおへやのなかにいた。
おへやはがたがたゆれてて、ちょっとこわい。
「にぁ……」
「フン、目覚めたか」
「なぅ……こわいひと。ここ、どこ?」
「ピュピラ島へ向かう車の中である」
「ぴぺ……? くーま? なぅ……」
「……貴様が理解する必要はない」
がたがた、がたがた、おへやはゆれる。
おへやのまどからおそとをみたら、おそとがすごいはやさでうごいてて、びっくりした。そっか、おそとがうごいてるから、おへやがゆれてるんだ。
「こわいひと、おそと、うごいてる。なんで?」
「外が動いているのではない。我々が移動しているのだ」
「……? にーこ、あるいてないよ?」
こわいひとはへんなことをいった。にーこのあしも、こわいひとのあしも、ぴったりとまってるのに。
ふくろにはいってだいんにはこばれたことはあるけど……あのときとはぜんぜんちがう。だってにーこ、ちゃんとじめんにあしがついてるもん。にーこがうごいてるわけない。
「にぅー、こわいひと、なんで? にーこあるいてない!」
「……怖い人ではない」
「なぅ?」
「エルヴィート=ラツィエ=メービゥス。我の名だ」
「にぁ! えうみーと!」
「発音を正せ。エルヴィートだ」
「なぅ……えるみーと?」
「……もう良い」
「えるみーと!」
こわいひとはなまえをおしえてくれた。ちょっとなかよくなれたのかな?
「にーこはね、にーこっていうの!」
「貴様は天使の血だ。我にとってはそれ以上でも以下でもない、大天使聖下の駒の一つ――」
「なぅ……ちぁう! いおにぇーま、ちぁう! にーこはにーこ!」
「……これだから未調整のギフティアは面倒なのだ……」
「なぅー! にーこは……」
「静かにしろ、ニーコ」
「に……にぁ!」
にーこのなまえ、わかってくれたみたい。よかった。
「…………」
「…………」
……どうしよう。おうちではみんなたくさんおしゃべりしてくれたけど、えるみーとはあんまりはなしかけてくれないみたい。
「……にぅ。えるみーと、あそぼ?」
「貴様……身の程を弁えろ。死にたいのか」
「みのほのーわ……? なぅ、わかんない……ごめしゃい。……えるみーとは、あそぶのきらい? おべんきょ、する?」
「このッ……良いか、我は世界で一番偉い人間である。貴様などが軽々しく話しかけて良い相手ではないと心得よ!」
せかいでいちばん? それならにーこも!
「なぅ! にーこはね、せかいでいちばんかわいいの! りりむいってた! にーことえるみーと、いっしょ!」
「一緒ではないッ!」
「にぅっ……あ……あのね、にーこ、おっきなおとはにゃーなの……」
このちいさなおへやは、えるみーとのおおきなこえがたくさんにーこのみみにはいっちゃう。
「む……フェリス種の聴覚か」
「にぁ、ふぇりす、あいしゃといっしょ! えるみーとは? みみとしっぽある?」
「――ある訳がッ、無かろう!」
「にぁっ……なぅー!」
おおきなこえはいやっていったのに! もう!
「なッ……やめろ、叩くな! 貴様、身の程を弁え――では伝わらんのか、クソッ、やめろ! 死にたいのか!」
「ふなーぅ!」
えるみーとのおおきなてが、にーこのかおをつかんでおしかえしてきた。にーこのみじかいうでじゃ、えるみーとのからだにとどかない。むー。
「天の階でさえなければ消し炭にしていたところだ、あまり調子に乗るな」
「んなぅー……に?」
あれ?
えるみーとのて、けがしてるみたい。
「えるみーと、これ、いたい?」
「今度は何だ……」
「これ! けがしてる!」
ちはとまってるけど、ぐちゃぐちゃになってる。にーこがうまれてすぐ、うねうねにさわったときみたい。
「……フン、あの無礼な平民の女に付けられた傷だ。多少痛むが特に問題は……む、貴様、何をしている」
「にぁ! にーこにまかせて!」
いたいのは、かなしい。えるみーとはこわくて、にーこのだいすきなみんなにいじわるするようなひとだけど、でも……かなしいのは、すくないほうがいい。
「にー。ふあふあしゃん」
ゆびさきによんだちいさなふわふわさんに、えるみーとのてをなおしてあげて、っておねがいする。ふわふわさんはすいーってとんでいって、すぐになおしてくれた。
「えるみーと、いたいのなくなった?」
「……そうだな」
「にぁ!」
「…………」
よかったね、ってにーこがわらったら、えるみーとはなんだかへんなかおをした。おこってる? ちがう、こまってる……?
「天使の血……ニーコ。貴様は何故我を恐れぬ。何故我を憎まぬ」
「に?」
「我は有無を言わさぬ力でもって、貴様を親しき者から引き離した。貴様が人間の意思や感情を模倣しているならば、我を恐れ憎むが道理というもの」
「な……なぅ?」
「……。貴様は、我のことが怖くはないのか、我のことが嫌いではないのか、と問うている」
えるみーとは、にーこがよくわからなくてこまってたら、かんたんなことばでもういっかいはなしてくれた。こわいけど、やさしいきもちもはいってる。
きらいじゃないか、は……すきじゃない。りりむたちにいじわるしたもん。きらい。でも……だいんもらずさんも、なつきやあいしゃだって、にーこのことおこったり、なかまはずれにしたりするから、ちょっときらいだし……
「にー……えるみーとは、にーこ、すき?」
「好きなわけがあるか、戯言を吐かすな!」
「にぅ……じゃあ、きらい?」
「好きも嫌いも無い。貴様は聖下のご計画に必要な駒、それだけだ」
……そっか。えるみーともにーこのことはよくしらないんだ。
「なぅ。にーこね、えるみーとはあんまりしらないの。しらないはこわくて、こわいはきらい」
「…………」
「だからね、にーこはにーこのおはなしするから、えるみーとはえるみーとのおはなしして? にーことえるみーとのしってるの、いーっぱいにするの! そしたら、こわいはなくなって、すきがふえるもん!」
らずさんもきーるも、みんなみんな、さいしょはこわかった。きっとにーこはたべられちゃうんだ、っておもった。でもほんとうは、そんなことなかった。
えるみーとだってきっと、ほんとうはこわくない。
「……。人間と星涙は何もかもが異なる。貴様はギフティアであるゆえ生まれつき人間の模倣意思を有しているが、本来ラクリマとは意思を持たぬ物だ」
「に……? もほ……いし?」
「我が求めるは貴様との馴れ合いではない、が……いいだろう、話せ。貴様がこの世に生まれ落ち今に至るまで、何を考え何を重んじてきたか――聖下のご計画の今後のため、貴様ら感染個体の思考傾向は把握しておく必要がある」
「…………? な、なぅ……」
「……貴様のようなラクリマが何を考え、何を大事にしているのか、それが分かるように貴様のことを話せ、と言っている。道中の暇潰し程度にはなろう」
「! にぁ、わかった!」
にーこはいっぱい、えるみーとにおはなしした。なつきのこと、「ひだまりてい」のこと。みんながわらってるとにーこもうれしくて、おむねがぽかぽかしてくること。あいしゃばっかりなつきといっしょにいて、ずるいってこと。りりむのぎゅーはやさしくて、なつきのぎゅーはあったかくて、しあわせってこと。なつきやあいしゃがでかけちゃうと、ちょっとさみしいってこと。なつきといっしょにあそんで……たのしかったこと。
「それでね、にーこね……、にーこ……ぐすっ」
なつきにあいたい。ぎゅーってしてほしい。
そんなことかんがえてたら、なみだがあふれてきちゃった……
「……ナツキというのは、あの金髪の少女のことだな」
「なぅ……」
「かの者には力がある。我の前に立ち、剣を向けられながらも一歩も退かぬ胆力を持っている。いずれ戦場で相見える事もあろう。それに――いや」
「……にぅ?」
「我は何故慰めのようなことを……。フン、その苦しみも明朝には消滅するのだ、気にするだけ無駄と言うもの」
「にー……っ」
ふるふる。そんなわけない。こんなにかなしいんだもん。
でも……えるみーとがにーこをしんぱいしてくれてるのは、わかったよ。
「……にぅ……」
ん……なんだか、まぶたがおもい。
「……。何だ、喋り疲れたのか」
「ふぁ……ふにぅ……なぅー」
おおきなあくびがでて、めのまえがうるうるする。いっぱいいっぱいはなしたから、ねむくなっちゃったみたい。
いつもはなつきやりりむのところにいって、だっこしてもらうけど……
「……えるみーと」
「何だ……ッ、貴様、何を!?」
「にぅ……だめ?」
だっこはおこられそうだから、ひざまくら。これもだめかな……?
「駄目に決まって……、……あぁ、もう何でもいい、好きにしろ。そのような目をするな」
「にー……」
えるみーとのあしは、なんだかごつごつしてた。
やっぱり、なつきとあいしゃといっしょのおふとんで、ぎゅーってしながらねたいな……。
「なつき……あいしゃ……」
もう、あえないのかな。
さみしいよ……
「……所詮は紛い物の魂、我はただ任務を遂行するのみ……」
えるみーとのくるしそうなこえが、とおくにきこえたきがした。
☆ ☆ ☆
『うふふふふふ、調整をはじめるよぉ~……』
「に、に……にぁー!?」
おしごとのじゅんびっていわれて、にーこはぷるぷるしたひと……「めるく」にたべられちゃった。
でも、いたくない。あったかくてあまいにおいのおいけにうかんでたら、うねうねしたのがたくさんやってきた。
「なぅ……!?」
『うふふ……その子達はニーコちゃんの遊び相手だよぉ~。うふふふふ、成長度は5ってとこかなぁ~……ちょーっと時間かかりそうだけどぉ……はぁい、おくすり注入ぅ~!』
「に、にぁ……なー……?」
なにもしてないのに、からだがぽかぽかしてきた。
あたまもふわふわして……しあわせなかんじ。
「にぅ……」
うねうねが、ふくのなかにはいってくる。からだをあらってくれてるみたい。おふろなのかな? たまにからだのなかまであらおうとするけど……
ときどき、へんなかんじがする。でも、だいじょうぶ。
…………。
……あんまり、だいじょうぶじゃなくなってきた。
「に、ん、にぁ……めるく……」
『うふふふふふ』
「なんか……にーこ、へん……ふあふあする……」
『そうだねぇ~、それでいいよぉ~』
「なぅ……でも……」
『記憶のリセットはねぇ~、魂をむぼうびにしてもらわないとぉ~、たいへんだからぁ』
「……に?」
きおくの……りせっと?
りせっとって、なんだろう。
『《塔》で働くならぁ~……いらない記憶はぁ、ぜーんぶ消しちゃわないとねぇ~!』
いらない……きおく?
『めるくはねぇ~、ニーコちゃんのきおくやおもいでを~……食べちゃうんだよぉ~! むだなことはぜーんぶわすれてぇ、《塔》のことだけ考えていられる……うふふふふふふ、最高だよねぇ~!』
おもいでが、たべられちゃったら……なつきやりりむのことも、わすれちゃう?
「にぁ……だめ!」
そんなの、だめ。ぜったいだめ!
やくそくしたもん。ぜったいわすれないって!
『じゃあがんばってねぇ~、うふふふふふふ、いつまでたえられるのかなぁ~……うふふふふふふふ!』
「にっ、ぁ、にぁっ」
うねうねのうごきがはやくなる。へんなかんじがどんどんつよくなる。
これにまけたらきっと、にーこのおもいでがとられちゃうんだ。ぜったいまけない!
☆ ☆ ☆
……どれくらい、たったのかな。
あたまがずっとふわふわしてる。
なんどもなんども、すごいへんなかんじになって、なにもかんがえられなくなった。
なつき、りりむ、あいしゃ……らずさん……きーる……おぼえてる。
……あれ、きーるって……どんなかおのひとだっけ。
なにをしてる、ひとだっけ。
……ふわふわさん、おぼえてる?
……あ、そっか。
「にー……やおや……さん。えれのーら……ふくやさん。どぼがす……かじやさん」
おもいだした。だいじょうぶ……まだ、わすれてない。
『あれぇ~……みょうにぃ、しぶといなぁ~……回路は抑制してるはずなのにぃ~……まあいいや、うふふふふふ、おくすりついかぁ~!』
あれ……からだ、しびれて、きもちいい……
…………。
えへ……
……ふわふわ……きもちいの……
えへへ……
…………だめ! みんなとの、やくそく……
「ふあ、ふあ……しゃ……んっ」
――――なつ、き、り……りむ。あいしゃ、
おぼえてる。
なつき、りりむ、あいしゃ、
なつき、りりむ、あいしゃ、
なつき、りりむ……
あれ?
これって……なんの、なまえなんだっけ……