Noah/ν - にー子の戦い Ⅰ
そのこわいひとがきたのは、おひるごはんのじかんだった。
まえにもきた、こわいひと。まえはすーにゃがたすけてくれたけど、そのときはすーにゃはいなかった。
こわいひとは、にーこをむかえにきた、っていった。にーこは「いおにえま」で、とってもだいじならくりまで、「とう」にいかなきゃいけないんだって。
なんのことかよくわからなくて、にーこはみんなといっしょがよかったから、いきたくないっていった。そしたらこわいひとはおこって、おおきなこえをだしたの。らくりまのぶんざいでくちごたえするな、って。とってもびっくりして、にーこはないちゃった。
そしたら、りりむがはしってきたの。りりむはいつもみたいに、にーこをぎゅってしてくれた。
でもね……りりむは、ぶるぶるふるえてた。りりむも、こわいひとのことがこわいんだ。
「平民……まさか聖騎士である我に盾突くつもりではあるまいな? 其は天使の血、聖下のご計画に必要なギフティアが一体である。我はその回収に来たのだ」
「ニーコちゃんにそんな力があるとは思えない。証拠でもあるの?」
「フン、白々しい」
ぴかっ、ってなにかがひかった。
あかいみずが、とんできた。
「いっ……!?」
「リリムちゃん!」
りりむのぎゅーが、よわくなった。
りりむのうでに、まっかなあながあいてた。
「にっ!? り、りりむ! いたい、いたい!?」
けがをなおすのはにーこのやくめ。でも、おとながいいよっていわないと、ふわふわさんはよんじゃだめ。だいんやりりむと「ゆびきり」した、やくそく。
「りりむ、いい!?」
「っダメ!」
こんなにいたそうなのに、りりむはゆるしてくれなかった。ぜったいだめ、あのひとがいなくなるまでつかっちゃだめ、って、なんどもちいさなこえでにーこにいった。
「見ての通りだ。今回の回収任務において、我は無制限の執行権限を有す。歯向かうならば命は無いものと心得よ」
「……天使様の、命令ってわけだ」
「理解したならば早急に差し出すがいい。聖下の命とはいえ、無用な殺生は好かぬゆえ」
「何の根拠もなく家族を差し出せなんて言われて、はいそうですかって渡せるわけぎっ!?」
「聖下の命と述べたはずだ、聞こえなかったのか。貴様の心境など考慮にも値せぬ」
「りりむ!」
またぴかってひかって、こんどはりりむのあしにおおきなあながあいちゃった。
「かっ、はぁっ……だ、だい、じょうぶだから、ニーコちゃん……」
「ちぁう、だいじょうぶちぁう! りりむしんじゃう! にぁー!」
にーこならなおせるのに。やくそくがあるから、なおせない。どうして? どうしてなおしちゃいけないの?
きーるも、だいんも、らずさんも、ほかのみんなも、なにもいってくれない。ずっとこわいかおで、したをむいてた。
「に……すーにゃ……すーにゃ!」
「天使の剣は来ぬ。聖痕で縛れぬ彼奴とて、聖下に反旗を翻した者の末路程度、理解していよう」
「んにぅ……っ」
すーにゃはいない。なつきとあいしゃも、とおいばしょでおとまり。りりむはけがしてて、とってもいたそう。
いま、みんなをまもれるのは……
「にぁー!」
「っ、ニーコちゃん、だめ……!」
りりむのうでからとびだして、こわいひとのまえにたった。
このままじゃ、りりむがしんじゃう。にーこのたいせつなひとは、にーこがまもらなきゃ!
「り、りりむいじめちゃだめ! わるいひと、かえって!」
「ニーコちゃん……!」
「…………」
こわいひとは、なにもしゃべらないで、おおきなてをのばしてきた。にーこのからだをつかもうと――
「にぁ……っ」
てが、とまった。
おおきなてに、ぎんいろのぼうがささってた。
ぎんいろのぼうは、みどりいろのみずがついてた。
「貴様……ッ!」
ぐら、ってこわいひとがころびそうになって、
「ニーコちゃんは渡さない! みんな、動いて!」
「っおい馬鹿野郎! 何を――」
「うおぉおおおおッ!」
「やめな、あんたら! 死ぬ気かい!?」
「知るか! ニーコちゃん、こっちだ!」
「にっ……」
「ニーコちゃんに庇われて生きながらえましたなんて、どの面下げてナツキちゃんに言う気だ!?」
「そうだ、動け動け、ニーコちゃんを守れぇぇえ!」
それからのことは、よくみえなかった。どぼがすがもくもくけむりのでるたまをなげて、きーるがにーこをだっこしてくれて、りりむがなにかをたくさんこわいひとになげて、それで、それで……
すぐにみんな、うごかなくなっちゃった。
ぴかぴか、ってなんどもこわいひとのけんがひかって、なんどもあかいみずがとんできた。
りりむも、きーるも、どぼがすも、えれのーらも、みんなまっかなあなだらけ。ゆかにたおれて、ぜんぜんうごかない。
「ああ……馬鹿だね」
「クソ……そりゃそうなるだろうがよ……」
「フン、見くびられたものだ……斯様な毒ごとき、聖下のご加護の前には小蝿の羽ばたきにも劣る」
まっかなみず……みんなのちが、ゆかにいっぱい、いっぱいながれてる。
「ゃ……にゃーなの……」
このままじゃみんな、しんじゃう。
にーこのだいすきが、いなくなっちゃう。
「に……にぁ……」
やくそく。そんなのしらない。
みんながげんきになってくれるなら、にーこはいっぱいおこられたっていい!
だから、だから……!
「にぁー! ふあふあしゃんっ!」
ふわふわさんがいっぱいでてきてくれる。
みんなのことを、なおしてくれる。
だんだんあながふさがって……りりむが、めをあけた。
「二ー、コ、ちゃん……」
「りりむ、りりむ!」
「もう……だめって、言ったでしょ……」
「ご……ごめしゃい……でも、でも! みんなしんじゃうの、にゃーなの……」
ぽろぽろ、なみだがあふれてきた。
りりむはかなしそうにわらって、にーこのあたまをなでてくれた。いつもぎゅーってしてくれた、やさしくてあったかい、りりむのて。
「ありがとね。大好きだよ、ニーコちゃん」
「にぁ、にーこも、だいすき……」
「っ……うぅ……っ」
「りりむ?」
りりむもないちゃった。だいすきなのに、どうして?
「治癒の異能、まさに紛れもない証拠である。これが天使の血であることに異論はないな、ダイン=ユグド」
「ねェよ、わざわざ俺に確認すんじゃねェ。さっさと連れてけ」
「フン、貴様は流石に道理を分かっているか」
「道理なんかじゃねェ、理不尽を理不尽と受け入れてんだ」
「それを道理と言わず何とする。全て聖下のお言葉は絶対であり、世の従うべき理なり」
だいんとこわいひとが、むずかしいおはなしをしてた。なにをいってるのかな?
……ううん、ほんとはわかってる。にーこだって、なんとなくわかるんだ。みんなとたくさんおしゃべりしてきたから。
きっともう……りりむたちとはおわかれなんだ。
「にぅ……」
そんなの、やだ。
でも、やだっていったらきっと、こわいひとがおこってみんなしんじゃう。
そんなの、もっとやだ。
それにみんながしんじゃったら、かえってきたなつきはきっと、こわいひととたたかいにいっちゃう。
でもこわいひとはなつきよりつよいって、なつきもだいんもいってたから……きっと、なつきもしんじゃう。
そんなの……ぜったい、ぜったいやだ。
「……なぅ」
こわいひとを、みた。
おおきくて、つよそうで、とってもこわい。
でも……みんなとおなじ、ひとだ。
「何を見ている、貴様。ラクリマの分際で――」
「に……あのね、にーこはね、にーこっていうの。あなたのおなまえは?」
「黙れ。ラクリマなぞに名乗る名はない」
「にぅ……」
これまではこうやって、みんなとなかよくなれた。
でもこのひとは、ちょっときむずかしいひとみたい。
「どうして、にーこをつれてくの?」
「何度も言わせるな。貴様は聖下のご計画において安定化の要となる存在、天使の血である。《塔》の管理下に置かれるは至極当然のこと」
「あんてーか……なめ? なぅ……」
こわいひとのことばは、とってもむずかしくてよくわからない。でも、にーこがこまってたら、こわいひともなんだかこまりはじめちゃった。
「……通じぬか。ギフティアであるにもかかわらず、この言語能力の未熟さは一体……否、調整次第で他の天の階よりまともにできると考えれば悪い話ではないか」
「にぅ……?」
「良いか、貴様はその治癒の力にて、神々との戦いで傷ついた者達を癒すのだ」
「にぁ……けがしたひとに、ふあふあしゃんすればいい? ふあふあしゃんが、にーこのおしごと?」
「ファフ……何だ?」
「ふあふあしゃん! あのね、みどりいろで、きれいなの」
「……然り。それが貴様の異能である。異能を使い、《塔》に貢献……《塔》の役に立つことをしろ。それが貴様の責務……仕事である」
これは、にーこのあたらしいおしごとみたい。
おしごとは、だいんもりりむも、なつきもあいしゃも、みんなしてる。にーこのおしごとはおうちにくるみんなとあそぶことだったけど……それが、かわるんだ。それだけのことなんだ。
それに、けがしたひとをなおすのは、いいことだ。このひとはこわいけど、いいことをするためににーこをむかえにきたんだ。
「にぁ、わかった」
にーこががんばっていいことをすれば、だいすきなみんなはいたいことされない。
それなら、にーこは……それでいい。
「ニーコちゃん……」
「にぅ、みんな……だいじょうぶ、にーこ、がんばる」
「っ……」
みんな、にーこにいってほしくないみたいだった。みんないろんなことをいおうとして、でもいえないみたい。なにかいったら、きっとこわいひとがおこるから。
でも、りりむはこっちにあるいてきた。こわいひとがぴかぴかひかるけんをむけても、きにしてないみたいに。
「にぁー! こわいひと、だめ! りりむにいたいのするの、だめ! にーこ、ちゃんとついてくから!」
「……いいだろう。一分間だけ発話を許す」
こわいひとは、けんをおろしてくれた。
いっぷん。とってもみじかいじかんだ。
「りりむ、みんな」
「……うん」
「にーこね、いたいのも、ばいばいもにゃーなの。でも……みんながいたくてしんじゃうのは、もっとにゃなの」
「……っ」
「だからね、にーこね……だいじょうぶ、だから……」
ほんとうはぜんぜん、だいじょうぶじゃない。かなしくて、なみだがぽろぽろでてきた。
「にぅ……ぜんぜん、だいじょうぶ……だから……っ」
「ニーコちゃんっ……」
ぎゅーって、してくれた。
たぶん、さいごのぎゅーだ。
にーこも、ぎゅーってしたけど……やっぱりりりむはおおきくて、にーこのてはみじかくて、ちゃんとつかまえられなかった。
「あたし達、絶対にニーコちゃんのこと、忘れないよ。見えなくたって、ニーコちゃんが忘れちゃっても……ずっとずっと、ニーコちゃんのそばにいるからね」
「なぅ、だいじょうぶ。にーこ、ぜったいわすれないもん。にーこね、みんなだいすきだから」
「っ……!」
「りりむ、やくそく」
こゆびであくしゅするのが、やくそくのあいず。
でもりりむは、なかなかこゆびをだしてくれなかった。
「りりむー……?」
「っ……うん、約束。あたしたちみんな、絶対、ニーコちゃんのこと忘れたりしない。心の中で、みんなずっと一緒だからね」
「にぁ! なつきとあいしゃも、いっしょ! にーこもぜったいわすれない、やくそく!」
こゆびをつなげる。これで、やくそくはせいりつ。
みんなのこころのなかににーこがいて、にーこのこころのなかにみんながいれば、みんなずーっといっしょ。
「一分だ」
こわいひとのこえがきこえて、りりむのぎゅーがなくなる。
くびになにかがぶつかって、まっくらになる。
にーこちゃん、ってりりむがおおきなこえをだしたようなきがした。
ばいばい、みんな。
……ばいばい、なつき。