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原初の涙 Ⅰ

 リモネちゃんは、ラクリマだった。それも原初の涙(ニルエーラ)とかいう珍しいクラスで、ギフティアと同様に魔法も使えるらしい。


「正直驚いたけど……だから何さ。リモネちゃんはリモネちゃんで、ボクの邪魔をするならどいてもらうだけだよ」

「ほほう、ずいぶん簡単に言ってくれますね」


 リモネちゃんの周囲を回っていた無数のマナが掌の上に一瞬で凝集し、虹色に光り輝く小さな球体となる。


「ナツキさんは知らないでしょーけど、あたしが名乗りを上げるのって結構珍しいんですよ?」

「……まあ、自己紹介を聞くだけで機密漏洩だもんね」

「それもそうなんですがねー、あたしが原初の涙(ニルエーラ)だと明かすことが条件なんですよ」

「何の、――っ」


 聞き返そうとした瞬間、リモネちゃんの姿が掻き消えた。と同時に背後から殺意――


()()()()()()()の、です」

「!?」

「《――――――――》」


 咄嗟に斜め前方へと飛び退きながら振り向いたナツキの前髪を、光の球体から伸びる虹色のレーザーが横薙ぎに焼き焦がしていった。


「ふむう、的がちっちゃいとやりづらいですね」


 レーザーの軌跡通りに壁が深く抉られ、油膜のような歪んだ虹色の液体となって溶けだしている。少しでも反応が遅れていたら、身体強化など貫通して頭蓋が真っ二つになっていたであろう出力だ。リモネちゃんは言葉通り、本気でナツキを殺しに来ている。

 そしてそれよりも気になるのが、


「今の……なんて魔法?」

「ほい? んじゃもう一発、《――――――――》」

「うわっ」


 先程と同じく――聞き取れなかった。これまでずっと天使翻訳システムがナツキの知る魔法名に直してくれていたリモネちゃんの呪文が、意味不明な異界の言葉として脳に届いた。

 ナツキの知る魔法ではない。ラグナの魔物や魔王軍、トスカナやエクセルが使う魔法は全て頭に叩き込んであるし、禁呪一覧だって読んだことがある。が、全元素のマナを集約して放つ魔法など聞いたことも無い。

 ただ、ナツキの知らない概念だからといって翻訳が放棄されるようなことはこれまで無かった。リモネちゃんがわざと隠している様子もない。となると――


「天使も知らない魔法……ってか」

「ほら、よそ見してると死にますよー。《――――――》」


 リモネちゃんが指を鳴らすと、やはり聞き取れない魔法名と共に、大量の火と雷のマナが両手から湧いて出てきた。ここがラグナなら一瞬で空間のマナリソース上限に達してしまい、以降魔法が使えなくなるほどの量だ。


「一体どこからそんな量のマナを……!」


 火と雷のマナが互いに折り重なり、何故か緑色の光を放ち始める。風のマナとも違う、気味の悪い蛍光色の緑だ。


原初の涙(ニルエーラ)には《塔》のマナサーバへの無制限アクセス権があります」

「……マナも《塔》が管理してるんだね」

「使いすぎは怒られちゃいますけどねー、まあ普段使ってないですし、今日くらいは出し惜しみせず盛大に行きますよ、っと」


 リモネちゃんの手を離れてアメーバのように広がった緑が、空中から覆い潰すように襲いかかってくる。咄嗟にアイオーンを振り抜く衝撃波で切り払おうとし、剣が緑に触れた瞬間――爆ぜた。


「あっ、づ――!?」


 飛び散った緑のアメーバが服や肌を溶かし、腐食していく。この世界に来てすぐ、アメンボミミズ――もとい、レドムウィープに足を焼かれた時のことを思い出した。


「火と雷のマナの複合相は酸のマナです。不用意に触れるのは自殺行為ですよー」

「ご丁寧に解説どうも!」

「毒殺は後味最悪なんで、闇は抜いときましたけど」


 複合相? 酸のマナ? 聞いたこともない。闇のマナも加わっていたら酸が毒になっていたのか。ラグナでは酸だの毒だのは七つのマナを扱う精霊魔法では実現できない自然の産物だったはずだ。

 何も分からないが、リモネちゃんの魔法知識はラグナの体系的な魔法学をはるかに凌駕している。それだけは確実だ。


「ほら、逃げるばっかりじゃ勝てませんよー。まさかあたしを殺さずに先に進めるとでも思ってます?」


 甘いですよ、と冷たく言い放つリモネちゃんから、見たこともない魔法が次々と降り注ぐ。それをどうにかこうにか躱しながら、ナツキは声を張り上げた。


「ボクはリモネちゃんと戦いたくなんてないんだよ!」

「そーですか。なら殺すだけです」

「リモネちゃんは何で邪魔するの!? うちに来た時、リモネちゃんだってにー子のこと認めてくれてたじゃん!」

「認めてませんよ、見逃しただけです。それにあの時点ではただの感染ラクリマでしたからねー。ギフティア、しかも回復魔法の使い手となれば話は別です」

「それはにー子の記憶を奪ってまでしなきゃいけないことなの!?」

「言ったでしょう、天使の血(イオニエマ)は大切な駒だと。駒に余計な記憶や自意識は不要です」


 いつものリモネちゃんとは思えないような発言の数々。信じていた相手に突き放されたような感覚を覚える。

 どう説得するかと言葉を探すナツキに、リモネちゃんは少し険しい声で続けた。


「それに……ナツキさん、あなただって目的のために罪もないラクリマを残酷に切り捨てたじゃないですか。同じことですよ」

「……え?」

「そこまで深い付き合いは無かったですけど、あの子だって一応あたしにとっちゃ家族みたいなもんです。それを差し置いて――」

「ま、待って! 何のこと!?」


 リモネちゃんに縁のあるラクリマを切り捨てた? 全くもって身に覚えがない。


「とぼけないでくださいよ、つい数分前のことだからってあたしが気づいてないと思ったら大間違いです」

「つい数分前……って、まさかキルネのこと?」


 それくらいしか思いつかないが、彼女に危害を加えた覚えはない。むしろ自爆したのを治療までしてきたのだ。


「他に誰がいると? ……あなたにはただの殺人鬼に見えたんでしょうが、あの子は本当は……!」

「ちょ、待って待って、何か誤解してるよ! キルネはただ眠らせただけで」

「眠らせただけでスペクトラムネットワークから反応が消えるわけないんですよ! ()()が外れるのは星に還る瞬間と決まってますから。……何故嘘をつくんですか、ナツキさん」

「嘘なんてついてないよ! リモネちゃんが何言ってるのかも分からな――いや、待って」


 聖痕。それが外れたことで「反応」が消えた。それをキルネの死亡と判定してリモネちゃんは怒っている。

 ナツキが先程キルネから奪ったものと言えば――


「うん、確かに外したかも。聖痕」

「……今更認めますか」

「でも殺したりしてないよ。外しただけ」

「っ……殺さずに外せるわけがないんですよ! あれは聖下の御業、あたしたち原初の涙(ニルエーラ)天の階(イオニア)にとっての首輪です!」

「……なるほどね、首輪の代わりの洗脳か。でもそれにしては、首輪と比べてセキュリティが甘かった……どころか、ボクの気の力も素通しだったよ?」

「何をわけの分からないことを……!」


 なるほどつまり、あの気のわだかまりはこの世界の技術では殺さない限り取り除けないものらしい。もっとも、ラグナの魔法科学でも魂に干渉できるようになったのはここ最近の話だし、未だに手を触れられない領域も多く残っている。そう簡単な話ではないのは確かだ。


「信じられないなら、リモネちゃんのも外してあげよっか?」

「……っ、その手には乗りませんよ」


 感情が一瞬揺れる。飄々としているナツキを得体の知れないもののように注視する。一瞬両眼に気の力が集まりかけ、逡巡するように霧散した。


「その《正気》術……魔眼、だっけ。使ってみたら? 容赦なくホントのことしか言わないからさ」

「なっ……気づいてたんですか」

「ま、そんなあからさまに使われちゃね。……病院の時はかなり反射しちゃったけど、大丈夫だった?」

「最初からですか……。ええ、しばらく寝込んでひんやりメカに繋がれましたよ」

「ひんやりメカ……?」


 ――さて。


 さっきからずっと、リモネちゃんはナツキしか見ていない。会話で気を引きつつ攻撃をかわしながら()()を調整し続けていたことにも気づいていない。


 もう準備は整った。これ以上の時間稼ぎは時間の無駄だ。


「ま、いきなりそんなこと言われて信用出来るわけないか。なら時間もないし――そろそろ終わらせて、また改めて話そう」

「終わらせる? それはこちらの台詞――」


 リモネちゃんの言葉を待たず、気の力を飛ばす。乗せるのは指令、届ける先はリモネちゃんの後方、結界の外。

 結界にも色々と種類はあるが、行動阻害系は一方通行のものが多い。リモネちゃんが張った結界が内から外への流れを阻害しないのは、最初のレーザーが結界の先にある壁を抉ったことで気づいていた。


「リモネちゃん。実はさ、三人なんだよ」

「……何がですか」


 結界は外側からの音を通さない。恐らくリモネちゃんのことを詳しく知っていそうなリリムからナツキへの助言を防ぐためなのだろうが――それがリモネちゃんの犯した最大のミスだ。


「侵入者の人数」


 パリィン、と大きな破砕音を立て、結界が粉々に崩れ去る。


「っ――!?」


 振り向こうとするリモネちゃんを、ナツキの最大出力の《気迫》術が血色の稲妻となって貫き通す。


「ぁ――ぐっ!?」


 一瞬の硬直。その隙を見逃さず、リモネちゃんの両手両足と腹部に計五本、緑色に濡れたメスが突き刺さる。

 それを投げたリリムの隣では、茜色の燐光を纏った猫耳幼女が一人、剣を振り抜いた姿勢のままこちらを心配そうに見つめていた。

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