到着、地割れの街
食べすぎた子供たちが動けるようになるまでの間、ダインは神獣の骸を見分していた。
骸の胸のあたりにナイフを入れ、大きくくり抜いている。骸になってしまえば、普通の刃物でも刃を入れられるようになるらしい。
くり抜かれた穴の奥から転がり落ちてきたのは、真っ黒な――本当に全く光を反射しない、ブラックホールのように真っ黒な球体。光沢が皆無なせいで立体感が把握出来ず、ただの平たい円盤のように見える。あるいは、空間に開いた穴。大きさはテニスボールくらい。ダインはそれを「コア」と呼んでいた。
「こりゃすげぇ純度だぜ」
そう言って放り投げられた球体を、ナツキは慌てて受け取った。サイズに似合わずずっしりと重く、腕に気を通してなんとか取り落とさずに済んだ。
「っと……何だよ、これ」
「コア……神獣の心臓だな。おめぇの獲物だ。持ってけ」
「……これ売ったら金になるのか? ならダインにやるから労働期間減らしてくれよ」
そう言って差し出したが、押し返された。
「売買禁止なんだな、これが」
「はあ? 金にならないのかよ」
「一応危険物だからな、民間にゃ流通させられねえらしい。《塔》に提出すりゃ金は貰えるが、オペレーターでもねぇのにこんな高純度のコア持ってったら怪しまれる」
神獣を倒せるのは悪魔の剣を振るドールだけ。神獣のコアを手に入れられるのはドールの主人たるオペレーターだけ。もし一般人が持っていたら、それは違法に流通したものである可能性が高い、ということか。
「俺なら売れなくはねェが……ここまで高純度だとちと厳しいな、厄介事の種になる未来しか見えねェ」
「なんだよ、じゃあ持って帰っても意味ないじゃんか。重いし捨ててこうぜ」
「あーいや、持っとけ。放置してくとそれはそれで面倒なことになりかねねぇし……どうせそのうち必要になるからな」
意味深にそれだけ告げると、そろそろ行くぞ、と一方的に話を切り上げられてしまった。具体的に話すつもりはないらしい。
釈然としない。しかしまあ、ちょうど筋トレに使えそうな重さとサイズである。ダンベル代わりに使って、貧相な体に多少筋肉をつけるとしよう。
野営跡を片付け、ダインと幼女3人はカルガモの親子のように砂漠を歩き出した。
気を通して身体強化しているナツキと、戦闘用に「調整」されているというアイシャはともかく、ただの幼女であるにー子には厳しい悪路だ。何度も転び、しまいには座り込んでにーにー泣き出してしまったので、途中からはダインが肩に担ぐことになった。……例の袋に入れて。
「その人攫いスタイル、なんとかならないのかよ」
「うるせえ。これが本来の形だ」
「ぅなうー」
袋の中から、くぐもったにー子の鳴き声が聞こえてくる。不満げな声ではないし、まあいいか。
☆ ☆ ☆
しばらく歩くと、巨大な地割れが見えてきた。目的地、フィルツホルンである。
事前に教えられていなければ、それが実は街だなどとは考えもしなかっただろう。何せ、地割れなのだ。グランドキャニオンのような峡谷ではない。差し渡し50メートル程度しかない、南極のクレバスのような大亀裂。
「幅が狭ぇのは上だけだ。底にでけえ空洞がある」
こんな亀裂に街など作れるのかと聞いたナツキに、ダインはそう答えた。
「地割れの街なんて言うが、ホントのところは天井が割れた地底洞窟の街だな。俺ら住人にとっちゃ、割れてんのは地面じゃなく空だぜってな。ガハハ」
つまるところ、地割れの断面図は口の小さな壺のような形になるらしい。底を流れているという水脈が、長い時間をかけて地盤を侵食してできた地形なのだろうか。
地割れの淵には一定間隔でぽつぽつと小さな四角い建物が立っており、その周囲には人の影もあった。街の入口だと言って、ダインはそのうちの一つに向かった。
「なぅー……んなーにう!」
「あーこら、我慢しろって。俺だって不本意だ」
「喋んな馬鹿。いいな、家に着くまで黙ってろよ。特にナツキ」
「分かってるよ」
ダインの知人に姿を見られると面倒だということで、ナツキは窮屈を嫌がるにー子と一緒に袋に詰められていた。もし見つかったら、路頭に迷っていた孤児をお優しいダイン様が保護したという話で合わせることになっている。……ナツキ視点ではあながち間違っていないのが釈然としない。
にー子を撫でて宥めつつ、袋に開けた穴から外を覗く。ダインと同じような装備の男が、ダインと軽く世間話を交わしてすれ違っていった。これからあの遺跡に行くらしい。周囲に他の人間もいるのに別に声を潜めてもいないあたり、シーカーが後ろ暗い職業ではないというのは本当のことのようだった。
「ダイン=ユグド、C-0141298。西の遺跡の帰りだ」
「……はい、確かに。無事で何よりです、ダインさん」
建物に近づき、門番のような人物と話している。ナツキの位置では話している相手の顔は見えないが、口調はやわらかく友好的だ。
初めて聞いたダインのフルネームの後に続いたのは、個人IDだろうか。ディストピア系社会かと身構えるが、要はマイナンバーだ。出入りの管理に使われるのは別におかしいことではない。
「大漁じゃないですか。コロニーでも見つけました?」
「いんや。単に運がよかっただけだ」
「はは、ダインさんの強運は実力でしょう。……で、それは?」
門番の意識がアイシャに向く。
「あァ、これな。帰る途中に拾った。登録オペレーターが死んだらしい、確認してくれ」
「はぁ。また面倒な案件持ってきてくれましたね……そこのドール、個体情報を開示しなさい」
門番に問われ、アイシャは昨日ダインに答えたのと同じ情報を答えた。
アイシャ=エク=フェリス。ダインにミドルネームはなく、アイシャにはある。これも人間とラクリマの区別だったりするのだろうか。
そもそも、ラクリマを名付けるのは一体誰なのだろう。これから燃料として消費される子供に、一人ひとり名前をつける……死刑執行ボタンを押す係並にやりたくない仕事だ。
「レンタドール……はぁ、ジャンクですね。こんなん放置でいいんですよ、ダインさん。勝手に星に還ります」
「そうもいかねぇだろ。こちとら善良市民やってんだから」
「分かってますよ、だるい仕事増やさないでくれって愚痴です」
「おめぇが届けるわけじゃねぇくせに、何言ってやがる」
「指示出した部下に恨まれるのは私なんですってば。あんなとこ、誰も近寄りたくないんですから……」
気分の悪くなる会話だ。アイシャが悲しそうな、困った顔をしているのが見えなくてもわかる。
悪気はないのだろう。彼らにとって、ラクリマは感情を持たないのが普通であり、「ラクリマを気遣う」方が異常なのだから。
「ま、仕事ですからね。ひとまずウチで預かります。報奨はどちらに?」
「どうせ大した額出ねぇだろ。おめぇが取っとけ」
「えっ、ホントですか? 珍しいですね、あのドケチのダインさんが」
「誰がドケチだ、迷惑料だよ。……もう行っていいか?」
「ではありがたく。はい、今開けますね」
ギィ、と耳障りな金属音と共に、金網の扉が開く。ダインはその扉をくぐりながら、さり気なく袋の穴をアイシャの方へと向けてくれた。
アイシャはどこか心細そうな表情で、立ち尽くしていた。……心が痛む。
――このままお別れは、さすがにやり切れない。
ナツキはそっと気の糸を伸ばし、アイシャに繋いだ。
「(ごめんな、何もできなくて)」
「……!?」
アイシャが驚きに目を見開き、猫耳をピンと立たせた。
周囲の意識を検知する《気配》術の発展型、《念話》術だ。検知した周囲の意識と自分の意識を繋ぎ、意思を伝える。要はテレパシーだが、相手も練気術を使えないと、会話は一方通行になる。
「(いつかきっと助けてやるから。諦めるなよ、絶対)」
「っ……」
「(なんせ、俺の前世は世界を救った勇者だからな。女の子一人助けるくらい朝飯前だ)」
「……ふふっ」
アイシャが小さく笑ったのが見えた。冗談だと思われたらしい。
「(じゃあ、またな)」
《念話》を切る。
穴から小さく見えるアイシャは、閉じた金網に遮られて見えなくなるまでずっと、ぺこりと頭を下げ続けていた。