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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
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Noah/* - 正義

「せ、せ、センパイ、待って、待ってくださいっす!」

「馬鹿野郎! どう見たってアレが現行犯だぞ! 奴ら第一街区に向かってやがる! レジスタンス、本当にいたとはな……!」


 爆発炎上する第六発電機の風車の前で、通信機も何故か繋がらないと分かった警官二人はしばらく呆然と立ち尽くしていたのだが――やがてその風車からガラの悪い連中がゾロゾロと出てきたのだ。ちなみにここは一般人立ち入り禁止区域である。

 明らかに怪しい。むしろ彼らが犯人でなくて何なのか。当然そう考え追跡を始めた。警察官として当たり前の行動であるし、自分もそれは正しいと思う。

 しかし――追跡を始めてふと後ろを振り返った時、見てしまったのだ。第一街区に向かう彼らとは逆方向の公衆トイレに入っていく、見慣れない格好の男たちを。


「ウチのカンが告げてるっす! 絶対あいつらの方が怪しいっすよ!」

「公衆便所に入る一般人が怪しいわけがあるか! さてはお前便所に行きたいだけだな!? 今度からお前が便所に立つ度に職務質問かけてやるからな!」

「便所便所うるさいっす! セクハラっすかセンパイー!」

「いいから離せ! 見失っちまうだろうが! そんなに気になるなら一人で行け!」

「……分かったっす」

「ったく……あ? おい!? 本当に一人で行く気か!?」


 上司から単独行動の許可が下りた。この機を逃す手はない。戻れ巡査、なんて声が聞こえる気がするが空耳と割り切って駆け出して行く。

 スパイス効かせ過ぎな今の状況、絶対に何か裏がある。これまで全く姿を見せなかったレジスタンスが動き出すきっかけになった何かがあるはずなのだ。

 感染ラクリマの特殊調整など、ドロップスも含めれば多い時は一年に十回くらいは発生するイベントだ。聖騎士が帰ってくるということは防衛上重要なラクリマであることに間違いはないのだろうが、それでも数年に一度くらいは起きることだと聞いている。数十年、あるいは数百年単位で黙り込んでいたレジスタンスが動き出す理由としては弱い。

 そんなきっかけが島内で発生することはまず考えられない。火種はあっても火薬がないような環境で、巨大な消防署に火を放つことなど土台無理な話だからだ。


「つまり、外部の犯行に違いないっす……!」


 分かりやすく怪しい奴とは逆方向にスッと雲隠れした外部の人間。今ならまだあの公衆トイレ内に残っているはずだ。近くで火災が起きているから避難を、とでも言いつつ職務質問してあわよくば逮捕してやろうとトイレに飛び込み、


「……あれ?」


 そこは既にもぬけの殻だった。先輩警官と口論しつつも目は離さなかったはずだが、成人男性五人ほどが連れ立って入っていったトイレには誰もいなかった。すぐさま女性用のスペースも見に行くが、同様に無人だった。


「幻覚……なわけないっす。はっ、まさか隠し通路……」


 外側から見た間取り的に、壁に仕掛けはない。地下に潜るトンネルでもあるのかとくまなく床を足で叩いて回るが、下に下水管以外の空洞は無さそうだった。


「うぅ……せめて普段入れない男子便所でお花摘んで帰るっす」


 幻覚、だったのだろうか。

 これでは結局自分はただトイレに行くために任務を放り出したダメ巡査である。刺激的な任地で悪意に晒される子供たちを守るかっこいいお巡りさん、には到底なれそうもない。

 用を足し、溜息をつきながら立ち上がる。水を流し――


「なんすかこの落書き……本でも読んでもっと勉強しろってことっすかね、はは……うわっ!?」


 ぼやきながら触れたカラフルな落書きが、光って消えた。


「な、なんすか……子供のイタズラっすかね……」


 しかし、かなりカラフルで目立つ落書きだと言うのに、個室に入った時には気づかなかった。そのことに少し疑問を抱きながら個室の扉を開け、


「……え」

「ああ、すまないが――君は、勘が良すぎたようだ」


 眼前に一瞬広がった図書館のような空間は、首筋で弾けたバヂッという音と痛みと共に、暗闇へと溶けていった。



☆  ☆  ☆



 《古本屋》の書庫に足を踏み入れたアイシャとハロの視界にまず飛び込んできたのは、床に倒れて意識を失っている全裸の女性だった。その脇に立つ骸骨のフルフェイスマスクをつけた男――《古本屋》が、眼前のホロウィンドウを操作しながら何やらブツブツと呟いている。


「ネイ=ラスカル、17歳……フィルツホルン出身の警察官、階級は巡査……ああ、特に何の裏もない一般人だね、可哀想に」

「アナタ、年頃の女の子の身ぐるみ剥いでおいて平然とし過ぎじゃなぁい?」


 《酒場》のマスターが呆れた声で返すが、言葉とは裏腹にその手は意識のない女性の体を麻縄でぐるぐる巻きに縛り上げている。ハロが困惑の表情で見上げてきたが、アイシャにも状況はよく分からない。


「服は最も危険物を隠しやすい場所だよ。ああ、本来なら体内まで調べるところだけど……あいにく、優先すべき来客が来たようだ」


 骸骨マスクがくるりとこちらを向き、ハロの肩がびくっと跳ねる。アイシャは初対面ではないが、ハロにとっては謎の状況も相まって相当な恐怖体験だろう。


血翼の天使(ブラッディ・エンゼル)から話は聞いているよ。アイシャ=エク=フェリスとハロ=クト=ペロワだね。ああ、僕の書庫へようこそ、意思あるラクリマ達。僕は《古本屋》と呼ばれている者だ」


 自己紹介を受け、ハロはぱっと顔を上げた。そこにもう恐怖や不信感はない。


「ナツキお姉ちゃんが言ってた人だ! こんにちは、ふるほんやのお兄ちゃん! ハロはハロって言うの!」

「ああ、こんにちは」


 相手が人間だろうとナツキの友達なら自分の友達だ、と言わんばかりにまるっと信用してしまうハロは危なっかしいが、幸い《古本屋》が気分を害した様子はなかった。


「お久しぶりなのです、《古本屋》さん、《マスター》さん。それで、あの……そこの裸の人間さんは大丈夫なのです?」

「ああ、彼女は侵入者だよ」

「っ……敵なのです?」

「いいや、偶然迷い込んでしまった一般人のようだ。ああ、彼女については気にする必要はない。それより……」


 骸骨マスクの奥で視線がハロの手元へと動く。そこに抱えられているのはナツキに届けなければならない新しい剣だ。不思議な声曰く、この剣がナツキの手に存在することが作戦成功の前提条件になる。


「ああ、それが例の剣かい」

「うん、そうだよ! あのねあのね、ふむぐっ……ふぇ、はいひゃおねーひゃん?」


 喜び勇んで剣について語りだそうとするハロの口を慌てて抑える。口止めされているのだ。


「ああ、秘密かな。けれど僕は秘匿情報ほど味わいたくなってしまう質でね……」


 もし彼が人間としてラクリマに命令をすれば、いつでも首輪を外せるアイシャはともかくハロは拒否できない。しかし――


「《古本屋》さん、リリムさんから伝言なのです。『剣について詮索したら書庫を燃やすよ』だそうなのです」

「……ああ、残念だが仕方がない。その未知は食後のデザートに取っておくとしよう」


 諦めるとは言わなかったが、この場では食い下がってはこなかった。ホッと息をつく。リリムの言葉には逆らえないというのは本当のことのようだ。


「あの、ナツキさん達は……」

「ああ、君たちはタイミングがいい。今ちょうど、新たな開門の楔がピュピラ島中心部に突き立てられたところだ。ああ、あと数分もすればゲートが開くだろう。作戦は順調のようだね」

「本当なのです!? よかったです……」


 《塔》で働く者達とてほとんどは人間だ。聖窩(ヴォイド)にも必ずトイレは存在する。ゆえに、《古本屋》の書庫は聖窩(ヴォイド)内にゲートを繋げられる。簡単な論理だが、それは一度でもそのトイレに辿り着けるならの話だ。ゲートを繋ぐためには一度実際にそのトイレに赴き、個室内で特殊な聖片(サクラメント)――「開門の楔」を起動する必要がある。と、真っ黒な万年筆を指先で弄びながらリリムが教えてくれた。その万年筆が件の聖片(サクラメント)なのだそうだ。

 ピュピラ島の中心に新たな開門の楔が突き立てられたということは、ナツキとリリムは既に聖窩(ヴォイド)の内部に辿り着いたということだ。ゲートが開き次第、剣をナツキに届けに行くことができる。


「ああ、君の言う通り、本当に良かった……これで僕はまた聖窩(ヴォイド)へと、濃密な未知の海へと身を投じられる! ああ、ああ、ああ!!」

「うるさいわよぅ《古本屋》、この子が目を覚ましちゃ……ほらぁん、言わんこっちゃない」

「ぅ、ぅん……」


 いつになく興奮している《古本屋》の大声に反応して、麻縄ぐるぐる巻きで気を失っていた女性が身じろぎをし、目を薄く開けた。


「あ、あれ……ウチは何を……ん? 動けないっす……ひっ!? が、骸骨!? 裸ネクタイスキンヘッドマッチョ!? 変態っす!」

「あらぁん、度胸あるじゃないのよぅ。自分の状況、分かってるかしらん?」

「へ……」


 そこで初めて女性は自分の体へと視線を落とし、ぎょっと目を剥いた。


「き、緊縛プレイっすか、実物は初めて見たっす! はは、ってか……フツーに恥ずいっすねこれ……うぅ、見ないでくださいっす……」

「ああ、僕が欲情するのは情報に対してだけだ。そこのマスターも心は乙女だから、恥ずかしがることはないよ」

「何だかよく分からないっすけどここ変態しかいないっすねぇ!?」

「ああ、現実逃避が得意なのかな。それもひとつの強みと言えるけれど……ああ、君はまず、自分の命の心配をすべきだ」

「へっ」


 ぎょろり、骸骨マスク越しの《古本屋》の視線が冷たさを帯びて女性を見下ろす。

 

「ネイ=ラスカル。君は新米ながら優秀な警察官だった。正義感は人一倍強く、座学も戦闘技能も優秀な成績を収めて試験にストレート合格。しかし配属後は、正義の実践を追い求めるあまりその舞台となるトラブルを望むことしばしば。自らの考えに固執し、目の前の任務を放り出すこともある。ゆえに昇進の推薦はしかねる。むしろ処罰すべきである」

「な、なんでウチのこと……あ、もしかして……署のお偉いさんっすか?」


 ネイと呼ばれた女性は、希望と絶望と疑問がないまぜになったような表情で《古本屋》を見上げた。


「ああ、いや、これは君の上司がついさっき警察署に送信しようとした君の評価を傍受したものだ」

「センパイぃ! あんまりっす! ……へ? 傍受?」

「はっきり言っておこう。僕達は後ろ暗いところしかない犯罪者集団、ああ、今ピュピラ島を騒がせている事件の黒幕だと言えば分かりやすいかな。そして君は僕達という獣に捕まった哀れな小鳥だ。ああ、当然、僕達はすぐにでも君を物言わぬ人体模型にすることができる」


 そう言って《古本屋》は懐から拳銃を取り出した。額に銃口を突きつけられ、ネイはヒュッと息を飲んで黙り込む。


「ああ、立場を理解してもらえたかな。君は君が捕まえるべき相手に捕まってしまい、今まさに殺されようとしているんだよ」

「っ……」

「というか、生かしておく必要無いんじゃなぁい? アナタ、殺しは嫌いなタイプだったかしらん」

「ああ、いや、特に躊躇するようなことはないけれどね、殺す前に聞いておきたいことがあるんだ」


 銃口が逸れ、ネイは冷や汗を流しながら口を開いた。


「聞きたいこと……っすか。力をやるから悪の手先になれ、とかなら御免っすよ。……死んだ方がまだマシっす」

「ああ、恐怖に震えながらでもそれを言い切れるのは君の強みだ。誇っていい」

「……余計なお世話っす。それでなんすか、聞きたいことって」


 ネイはギロリと《古本屋》を睨むが、彼はそれを面白がるように目を細め、


「ああ、君にとって正義とは何だい?」


 そんな問いを投げかけた。

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