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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
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Noah/א -‏ 夜の訪れ Ⅱ

 《同盟》幹部が各小隊を率いる「おつきさま」チームの任務は単純明快、ピュピラ島の電力の全てを担っている八基の風車を止め、ナツキ達「ながれぼし」チームが蓋に侵入する隙を作ることだ。下っ端やフィルツホルンの一般人達「おひさま」チームが騒がしく陽動を行っている隙に、静かに島を夜へと変えていく。


 アレフとその舎弟数人で構成されるヘカテー第一小隊は、風車から少し離れた茂みに隠れて静かにその時を待っていた。


「アレフの兄貴、『ヘカテー』って何なんすかね?」

「ん? ああ……」


 ヴィスコ達「おほしさま」チームとの通信を聞いていた部下の一人が、チームに割り当てられたコールサインについて疑問を呈した。確かにアレフにとっても聞き覚えのある名ではない。


「暗闇を司る月の女神……らしいな」


 ナツキがコールサインを決める際に言っていた内容をそのまま返す。何柱もいる月の女神の中でも闇っぽいやつだよ、などとぼんやりした話し方をしていた。彼女も知識があやふやだったようだが、それはそうだろう。何せ――


「ツキ……ってあれっすよね、神話の」

「世界に昼と夜が交互に訪れていた時代、夜には太陽の代わりにツキが上ってきていた……だっけか?」

「昼と夜はともかく、ツキってどんなんなんだろうな」


 月、なるものは胡散臭い神話の中にのみ登場する概念でしかないのだ。教養として知ってはいても、いまいち想像はつかない。

 その神話、あるいは《塔》が語る歴史は惑星中の共通見解として各地で知られている。平和だった世界に「大災害」が起きて昼と夜がなくなり、大天使が降臨してわずかに生き残った人類を神獣から護り、天使の加護を受けた聖騎士と共に《塔》を作り、今も神獣と戦い続けている――というところまでワンセットだ。

 夜に太陽の代わりに登ってきていた、ということはアヴローラに行けば今でも「月」が見られるのかと言うと、そういうわけでもないらしい。《塔》から隠れてこっそり研究をしている歴史学者達の間では、大災害の原因は月が落ちてきたことなのではないか、神獣やラクリマは月に住まう生命体だったのではないか、などといったなかなか味のある憶測が飛び交っていたりする。


 考え出せばキリがないが――生憎、今は思索に耽るだけの時間は無い。

 時計を見ると、ふたつの針はもうほとんど重なっていた。


「そろそろっすね」

「ああ。――セレネ01、こちらヘカテー10。まもなく正午だ、鐘が鳴ったら存分に暴れるがいい」

『……了解…た』


 通信機を繋いだ先は書庫の「おほしさま」チームではなく、《同盟》メンバーでもなく、さらに言えばあの場に集まっていた仲間ですらない。(セレネ)というコードを割り当てられた彼らは、元々のナツキやリリムの作戦には存在していない。


『あん……の素性は知…ねえが……感謝…るぜ』

「お互い理のある取引をしたまでだ」


 通信機から聞こえる声は非常に聞き取りづらい。お互いの素性を声から悟られぬよう、変声させた上で何重にもノイズがかけられているのだ。相手側にはこちらの声が同じように聞こえているはずだ。


『こ…で奴ら…復讐でき…』 ――プツッ。


 通信が切れる直前に、復讐、という単語がやけにくっきりと聞こえた。ノイズ越しでも分かる凄まじい怒りの感情に、近くで聞いていた舎弟の一人が半笑いで一歩引いた。


 通信機の向こうにいる彼らは「レジスタンス」と呼ばれている。人民解放軍(レジスタンスフォース)とは全く関係の無い、むしろ対局の存在――どんな街にもある程度は存在する、《塔》の統治に真っ向から反抗する命知らずな考え無し共の集まりだ。動機のほとんどは私怨である。個人的な感情論を展開するだけで、《塔》を打ち倒した後に天使の助力無くしてどう神獣から人類を防衛するかまで考え抜いているような者はまずいない。

 つまり怒りに身を任せて後先考えずにやらかしかねないバカ共であり、仲間に取り込むのは得策ではない……が、本作戦においては例外的に扱いやすい。


「あいつら、囮にされてるって気づいてるんすかね」

「薄々気づいてる奴もいるかもな。だが奴らは止まらないし止まれない。闇市(アンダー)どころか貧民街もない環境で圧力に耐えてきた奴らだ、こんなチャンスは絶対に逃せない」


 本作戦において、《同盟》の関与は可能な限り《塔》に知られてはならない。最初から逃げるつもりのナツキやリリムとは異なり、《同盟》は巨体すぎて逃げようにも逃げ出せないのだ。そのための隠れ蓑に、ヴィスコはピュピラ島で燻っているレジスタンスを選んだ。


「チャンスって……本当に聖窩(ヴォイド)に乗り込むつもりっすかね?」

「そうなりゃ俺達としては御の字だな。姉御達に回される戦力が減る」

「…………でもっすよ、あいつらだって俺らと同じ――」

「履き違えんなよ、奴らは裏社会の膿だ。圧政に反抗する気概と根性のある奴ら? 冗談じゃねえ。神獣って絶対悪と唯一まともに戦える組織を復讐のために乗っ取ろうとしてる頭お花畑共だろうが」


 彼らを誘い出した時に渉外担当が垂れたおべんちゃらを思い出す。何が共に《塔》を打ち倒そう、だ。

 アレフとて《塔》は大嫌いである。しかし《塔》がなければ人類はとっくの昔に絶滅していて、その危機は今も紙一重の向こうに迫っているということを忘れてはならない。《塔》に取って代わると言うのなら、聖片(サクラメント)聖石兵装(サクラム)、アイオーンといった対神獣兵器の研究開発技術、ラクリマの調整技術、大量のホロウベクタによるグランアーク防衛システム、その他諸々400年積み重ねられてきた統治機構を引き継げる体制を用意できなければ、それは全人類に対する無差別テロに等しい。


「それは……ナツキの姉御は違うってんですかい。めちゃ私的な理由で《塔》の邪魔してるっすよ」

「違うな。少なくとも姉御の目的は復讐でも憂さ晴らしでもねえ、取り返しのつくことを取り返しに行ってるだけだ。《塔》に取って代わろうだの《塔》を倒して世界を道連れに死んでやるだの考えてるわけでもねえ」


 彼女は単に、新しく生まれた家族が理不尽に攫われたから、それを取り返しに行くだけだ。これまでの対神獣戦線を崩壊させるようなことを企てているわけではない。


「それに――今日は恐らく、世界変革の始まりの一日になる」

「……は?」


 ゴーン、と正午の鐘が鳴り始める。視線の先、風車の足元にある蓄電量メーターが指す値が急激に下がり始めた。先程仕掛けておいた時限式のアースが正しく接地したようだ。


「さっきな、《マスター》や《古本屋》に聞いたんだよ、姉御の出自情報。あんな目立つ見た目と言動で、情報が無いわけがねえ。だってのに」

「え……無かったんすか。何も?」


 何もなかったわけではない。目撃情報は多数あったが……奇妙なのだ。


「姉御の情報は、『つい数ヶ月前』『あのダイン=ユグドが』『たまたま』『砂漠のど真ん中で』『超健康な』ガキを拾ったって話から始まる。その日初めて虚空から降って湧いたみてえにな」

「! ……それは」

「ああそうだ、あの先代血溜まりワンピースと完全に一致してんだよ、流れが。ラクリマみてえにいきなり湧いて、とんでもねえ力で暴れ回った後、《塔》に目をつけられる」

「…………」


 先代。《子猫の陽だまり亭》の初代看板娘であり、幼い人間の子供のような見た目でありながら、《同盟》を半壊させトラウマを植え付けた過去を持つ、異質な存在。


「だがな、姉御の強さは先代の強さとは違う。先代は暴力と破壊の嵐、異能(ギフト)全部盛りって感じだったが……姉御のアレはギフティアの域を超えた別の何かだ。しかも噂によりゃあ姉御は、神獣にすら通用する力を契約ドールに分け与えてる……らしい」

「神獣!? いや、そりゃつまり……」

「姉御は多分、《塔》も知らねえ何かを……前提を覆せるかもしれねえ何かを知ってる。それは間違いねえだろうな」


 ――ゴーン……


 最後の鐘の音が鳴ると同時に、蓄電量メーターの表示が0になり、近くにあった街灯の光が不安定に点滅し始めた。


「つまり」


 アレフ達が見上げる先、風車の三枚羽の中心に閃光が瞬く。


「姉御なら正しい意味で《塔》に取って代われる、かもしれねえ。今はまだまだでも、潜在能力は確実にある。今日もしこの作戦を成功させられたら、それは正しい革命の第一歩だ」


 大きな爆発音と共に、支柱から外れた三枚羽が落ちていく。レジスタンスに提供した爆弾は正常に作動したようだ。


「……革命、っすか」


 この区画の電力供給が完全に途絶え、街から光が消えていく。メラメラと炎上する三枚羽を眺めながら、おほしさまチームに任務完了報告を飛ばした。


 もし風車の羽を落とすように《塔》を撃ち倒したなら、たちまち世界から命の光は消えていくだろう。真に革命を起こすのであれば、羽をすげかえるか、全く別の発電手法を持ってこなければならないのだ。


「でも兄貴……俺はどうにも、革命が必要だとは思えないっす。そりゃ《塔》は理不尽で横暴で、俺ら貧乏人のことなんか何も考えてなくて、人の命を神獣と戦うための消耗品だと思ってるような奴らっすよ。でも、それでも、《塔》が400年も神獣から俺らを守ってくれてんのは事実じゃないっすか」

「そうだな、普通はそう考える」

「違うって言うんですかい」

「間違っちゃいねえよ、人類は《塔》に守られてる。……今はまだ、な」

「へ? 今はって……」

「《塔》、というか大天使サマが、何で人類を守ってくれんのか考えたことはあるか?」


 《塔》は人類による人類のための組織ではない。400年だか500年だかの昔に突如として現れた「天使」なる人智の及ばぬ存在が運営する、人類にとって今のところ都合がいいだけの組織だ。

 天使とは何なのか、何が目的なのか。ヴィスコの部屋にあった禁書指定の古文書には、天使とラクリマの関係を仄めかすような記述もあった。もし天使が気まぐれで人類を捨て、ついでにラクリマも生まれなくなってしまったりしたら、今の人類に生き延びる術はない。


「嫌なんだよ、何を考えてんのかよくわかんねえ奴に従うのは。もしかしたら天使と悪魔が人間と神獣って駒でボードゲームしてるだけかも知れねえ。《塔》の人間やラクリマの扱い方を見てると、マジでそうなんじゃねえかって思えてくる」

「だから人間が取って代わらなきゃってことっすか。その候補がナツキの姉御?」

「姉御にゃそんな気はねえだろうがな。それに、別に最後に玉座に座るのは姉御じゃなくたっていい。今日の作戦で俺が期待してんのはな、人類が天使からゲームプレイヤーの座を奪える、あるいは同じテーブルにつける可能性が証明されることだ」


 言うほど簡単な話ではないことは分かっている。今回のように陽動を駆使して不意をついて横からターゲットを掻っ攫って一目散に逃げるような作戦で、人類のポテンシャルが正しく測れるとは思っていない。

 しかしそれでも、ナツキは不安定に停滞したこの世界を照らす一筋の光になり得ると、アレフの勘は告げていた。

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