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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
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Noah/γ - 軸

『こちらヘカテー10、対象の沈黙を確認』

『ヘカテー50、同じく』

『ヘカテー30同じく。……これ、本当に良かったのか?』

『ヘカテー40任務完了。何を今更。手を下したのは俺らじゃない、そうだろ』

『直接手を下したわけじゃないってのはそうだが……』

「何を迷っておるか! 我が天使の心の安寧のため、尽力せよ!」

『ステラ01、コールサインを忘れてますよ。ヘカテー70完了、セレネ07は第一街区に向かいました』

『ヘカテー60完了、ただし目標下に民間人を二名確認。服装からしておひさまチームのターゲットと思われます。幸い大きな怪我はなさそうです』

「こちらステラ02。ヘカテー60、状況を確認した。丁度いい、セレネ共をそいつらに目撃させられるか」

『ああ……なるほど。了解、誘導してみます』

『あーもしもし、こちらソレイユ01っす。02から14が第一街区のターゲットと交流中。ターゲットが一人、通信機でどっかに連絡してるんすけど大丈夫っすか? 多分応援要請っすけど』

『ヘカテー70からソレイユ01。問題ない、今ちょうど網の引き上げが終わるところだ』

『ヘカテー80から各位。バルブは締められた、繰り返す、バルブは締められた!』

「うむ、でかした! しからばあとは『夜』を待つのみ、皆の者、気を抜くでないぞ!」


 《古本屋》の書庫内、次々と通信機に飛んでくるおつきさま(ヘカテー)チームやおひさま(ソレイユ)チームの報告を、おほしさま(ステラ)チームが捌いていく。


「《古本屋》……アナタ、こんな便利な物持ってたのねぇん。いいのかしらん、《同盟》なんかにバラしちゃって」

「ああ、構わないさ。持ち出せるものでもないし……聖窩(ヴォイド)に潜れると言うならお釣りが来る」


 書庫の後ろでその様子を見ていた《マスター》が感嘆を零したのは、ヴィスコ達の眼前の空中に表示されているいくつものホログラフィックディスプレイに対してだ。そこには大混乱に陥るピュピラ島の様子が映し出されている。


「これ、どういう聖片(サクラメント)なのかしらん? 見たことはおろか聞いたこともないわよぅ、映像通信機の一種なのはわかるけどねぇん……」


 問われた《古本屋》は手元の本からちらりと視線を上げ、すぐに元に戻した。


「……書庫の付属品だよ。マーカーを置いておいた場所の様子が分かるのさ。ああ、今は各小隊長達にも持たせているからね、もともとピュピラ島に置いていったものと合わせて、彼らの周囲の情報が見えるのさ」

「はぁ……書庫に引きこもってどうやって情報集めてるのか不思議だったけどぉん……これなら納得、敵わないわぁん」

「とはいえマーカーを設置しに外へ出る手間と危険はある。ああ、僕が常に引きこもっているとは思わないでもらいたいものだ」


 やや心外そうな声色で答えると、ふと声を落とし、


「……ああそれから、今の僕は《古本屋》じゃなく『ステラ04』だ。気をつけたまえ、ステラ05」

「アタシまで巻き込むんじゃなーいわよぅ。アタシ達はただの情報屋……むしろアナタがそんなに作戦に協力的なのが不思議だわぁん。そこまで聖窩(ヴォイド)が魅力的かしらん」

「ああ……そうだね。確かに、聖窩(ヴォイド)の情報は金になるものではない、金にできないという点で価値が低い……まだ、ね」


 そう、《塔》の機密に関わる情報など、手に入れたところで危険すぎて誰にも売れないのだ。リスクとリターンがまるで見合っていない。


「それでも僕がそれを求めるのは……ああ、ただの知識欲ということにしておこう」

「ふぅん? ま、深入りはしないけどねぇん。……それで」


 ちらり、《マスター》は部屋の隅、()()()()()()()男に目をやる。


「アナタも手は出さないクチかしらん?」

「……ワイのやらなあかんことはもう終わっとる。これ以上は恩の返し過ぎや」


 ラムダ、とナツキに親しげに名前を呼ばれていた若い男。特に戦闘に秀でているわけでもなく、《同盟》とは少し複雑な関係にあり、《酒場》では割と顔なじみ。そして――それ以外の素性が全く分からない男だ。


「あんたらと同じよーにナツキも分かっとるんや。いくら普段仲良しこよししとるゆーてもワイがこの場で一番怪しいヤツやってな。せやから作戦にワイは組み込まれへん、当たり前や」

「あら、怪しい自覚はあるのねぇん」

「何があろうとナツキの味方や……なんて、言えたらええんやけどな」

「…………」

「今の状況……誰がどう動いとるんか、全く見えへんのや……」


 懐から出した通信機をじっと見つめ、ラムダは疲れたような表情で呟いた。それは誰かからの着信を待っているようでもあり、恐れているようでもあった。


「ああ、君の立場を知らずに知ったような口を聞くけれど……他者の意思に囚われず、君自身の望みを追うことを僕は勧めるよ」

「……なんや自分、急に」


 手元の本に視線を落としたまま、《古本屋》は続ける。


「ああ、君の人生観は知っている。縁を紡いで人道と成す、だろう? 興味深く、味わい深い考え方だ。ああ、それは実に利他的で道徳的で温かみがあり……そして、脆い」

「回りくどいやっちゃな、何が言いたいんや」

「君の生き方を否定するつもりはない。ああ、僕にそんな権利はないとも。それでも助言として言わせてもらうならば」


 パタンと本を閉じ、ラムダを見る。


「君の生には、確固たる軸が無い」

「軸?」

「僕の軸は単純、知識欲だ。ああ、その中でも、知ってはならない知識を蒐集すること。それが僕の全てであり、生きる意味だ。その源泉、軸を形成した原体験について語れることはないが――その軸がブレることはない。ああ、では君はどうか?」

「……ワイはそないな大層な目的持って生きとるわけやあらへんで。縁を大事にするんは生きる目的やない、後悔せんで生きるために必要や思っとるっちゅうだけや」

「ああ、それも軸だ。人生を豊かにするための軸……だが、やはり脆い。君という独楽は今、倒れかけている。――ああ、独楽が倒れ止まってしまうのは何故だと思う? 比喩ではない、現実の独楽の話だ」


 何かを言い返そうと口を開きかけていたラムダは、突然の問いにそれを制された。


「……そら、いつかは止まるやろ。地面に擦れて段々遅うなって……何の話をしとんねん、自分」

「摩擦。その通りだ。ああ、しかし天に浮かぶ星々という独楽は、永遠に回り続けている。歳差運動――軸がブレているにもかかわらず、彼らは止まることがない。宇宙には摩擦がないからだ」

「だから……何の話や! 回りくどいゆうとんねん!」

「天の星々とは違い、君や僕は重力に晒され、地面に押さえつけられている。永遠に回り続けることはできない。ああ、それでも止まってしまうことに抗うなら、歳差を生んではいけない」


 ラムダの反応など気にもとめず、《古本屋》は淡々と話し続ける。


「換言すれば――軸は自らの内側、中心に真っ直ぐ立っていなければ、重力に抗えないということさ。ああ、ここでいう重力とは、相反する人間関係、しがらみ、弾圧――分かるだろう? 君が今まさに晒されているものだ」

「っ――自分に何が」

「もちろん本当のところは君にしか分からないさ。だが僕にも客観的に分かることもある。ああ、君の軸は他者の存在に依存している――それも不特定多数の他者にだ。依存先の他者が増え、それらが対立を始めた今、君の軸は大きく揺れ始めた。ああ、片方を選ぶということは片方を排すということだからね」

「…………」


 何も言い返せない彼を見て、《古本屋》はやれやれとでも言うように軽く息をついた。


「ああ、僕は必ずしも、軸を他者に依存させるなと言っているのではないよ。献身的な在り方は世間一般的に見ても評価されるべきものだ。ああ、今君がすべきは、依存先を一人に絞ることだ。君にとって最も大切なのは誰だい? 他のあらゆる縁を切ってでも守りたい縁はどこにある?」

「……そないなこと簡単に決められたら、苦労はせえへんわ」

「ああ、軸の再定義とは得てしてそういうものだ。揺れ始めた独楽を立て直すのは容易ではない。しかし放置すれば、待つのはそう遠くない終焉だ」

「…………」

「ああ……どうするかは君次第、好きにするといい」


 そう突き放すように告げると、《古本屋》は口を閉ざして再び本に目を落とした。対するラムダは思い詰めたような表情で、書庫の本棚に背を預けて細く息を吐く。


 そうしている間にも、ナツキ達の作戦は進んでいく。


『こ、こここちらソレイユ01っす、さ、作戦成功っすよ、出てきたっす……』

「うむ、良し! そのまま引き離すのじゃ! ――おお、コメット01、我が天使よ! 『夜は訪れた』、繰り返す、『夜は訪れた』!」

『コメット01了解。順調すぎる気もするけど……コメット02、準備おっけー?』


 通信機から聞こえてくるのは、ナツキの声だ。この場で最も幼く、そして最も冷静な声。


『こちらコメット02。いつでもいいよー』


 応答したのは《神の手》リリム。裏社会ではかなり有名な存在であるとはいえ、こちらもまだ20にも満たないはずの少女だ。

 彼女らの作戦目標は、今まさに調整によって記憶を消されようとしているギフティアであり、ナツキやリリムの「大切な家族」であるところの、「ニーコ」と名付けられた未登録ラクリマである。自己想起シークエンスを経ていないのに名前が付いているのは、ナツキが名付けたかららしい。


「……家族、ねぇん」


 感染ラクリマを対等な存在として扱う人間は、長く裏社会に生きていれば時折目にする。それについて思うところは特になかった。

 しかし――彼らの関係性は様々だが、これまで誰一人として、《塔》の徴収命令に抗ってラクリマと共に逃げ出した例は聞いたことがない。……当たり前だ。取れない首輪のせいでラクリマの位置は常に《塔》に把握されてしまうし、首輪のない未登録ラクリマだったとしても――


「ああ、《マスター》。難しい顔をしているね」

「……あのおチビちゃん達が何のためにこんな事をしてるのか、分からなくてねぇん」

「それが彼女の軸であるという、ただそれだけのことさ。ああ……きっと、これまでずっとそれで成功し続けてきたのだろう。彼女の言葉には自信が伴っていた。それを裏づける実力も我々は身をもって知っている――ああ、だからこそ彼らはあのような幼子に従っている」

「……。アナタ、この作戦が成功すると思うのかしらん?」

「まさか」


 薄く笑う。その表情からはなんの感情も読み取れない。


「僕という独楽はただ、僕の軸に従って回っているだけさ。ああ、聖窩(ヴォイド)の情報が少しでも手に入るなら、あとはどうなろうと僕の知ったことじゃない。彼女の目標について述べるなら、万に一つも達成可能性などないと思っているけれど……ああ、それは僕にとって何のデメリットでもないよ。彼女らと違って僕は逃げられるからね」

「……アナタはそういう人だったわねぇん」

「勘違いしないでくれたまえ。利害が一致している限り僕は協力を惜しまない。ああ、引き際を見極めつつ、だけどね」


 非情なまでのマイペースさだ。彼の軸は杭で打ち付けたかのごとく全くブレることがない。

 ではナツキと身近な存在は作戦についてどう思っているのか、とラムダに視線を向け、


「……あらぁん?」


 ついさっきまでそこにいたはずの姿が消えていることに気づいた。


「ああ、ついさっき駆け出していったよ。彼なりにやるべき事を見定めたのだろうね」

「……逃がしちゃって良かったのかしらん? 彼……多分だけど、《塔》に片足突っ込んでるわよぅ?」

「恐らくその表現は語意として正しく、文意として間違っている」

「……?」

「ああ、構わないとも。この状況でどう動き選択するか、妨害するか、はたまた協力するか、それに彼女らがどう反応するか――ああ、それもまた得がたい知識、僕の生を彩る価値だ」


 ヴン、と《古本屋》の眼前に一枚のホロウィンドウが表示される。そこに映っているのは、明かりの消えたピュピラ島の中心へと真っ直ぐに駆けるラムダの姿だった。


「ああ、当然、彼には書庫に入った時点でマーカーを付けさせてもらっている」

「……その辺りは抜け目ないのねぇん」


 マーカーとは何なのか、作戦終了までに聞き出しておかなければ。自分にまで付けられていたら堪ったものではない――と頭の片隅で考えつつ、今は絶えず動き続ける映像に意識を向けた。

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