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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
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Noah/λα - 億に一つを

 リリムはナツキと共に、その時を待っていた。


 現在位置は、ピュピラ島第一街区にある公園の公衆トイレだ。

 何故そんな場所にいるのかと言えば――《古本屋》の書庫は、特殊なマーカーを置いた場所に自由にゲートを開けるというチート性能と引き換えに、マーカーを置ける場所が「トイレの個室内」に限られ、外からゲートを開くためにはその個室で戸を閉めて「用を足す」ことが必要という、何とも度し難い制約を課されているからだ。

 リリムとナツキがこの個室に転移してきてから、三分ほどが経過している。幸い第一街区はフィルツホルンでは貴族にあたるような高収入層の住宅街だということもあり、管理が行き届いているようで、待機中に異臭に悩まされることはなかった。


「……リリムさん」

「こら、コメット02でしょー」

「あ、そうだった……じゃなくて。何してるの?」

「んー?」


 腕の中にある確かな温もり。さらさらふわふわの金色にもふりと顔を埋め、


「ナツキちゃん成分の補充だけど」

「…………ボクはコメット01だよ」

「んー、そうだった。ってあれ、ツッコむのそっちなんだ?」

「いや、まあ気持ちはわかるって言うか……前世……じゃなくて、ボクもよくにー子成分補充してたなって」

「…………そっか」


 便器に腰掛けたリリムの太ももの上にちょこんと座っている小さな女の子は、一言で言えば謎だらけの子だ。記憶喪失の状態で砂漠に放置されていたのをダインが拾ってきた、という割には健康状態に問題はなく、生活に必要な知識も知能も申し分ない。

 さらに、思考力はむしろその辺の大人達を優に超えている。真面目に何かを考えて議論している時の彼女は、普段の子供らしい振る舞いの方が実は演技であるかのような冷静さ、判断力を見せる。特に戦術に関しては、《前線》で戦ってきたリリムと対等に議論できるほどの、実体験に基づいているとしか思えない的確な意見が次々と出てくるのだ。

 しかもそれは机上に留まらず、彼女には人並み外れた戦闘力もある。幼い頃にいくつも聖石兵装(サクラム)を埋め込まれ、実際に命懸けの戦闘を数多く経験してでもいない限り考えられないレベルだ。しかし触診した限りでは聖石兵装(サクラム)など入っておらず、筋肉量も年相応。鉄の長剣を片手で振っていることが信じられないほど細い腕。

 ……だと言うのに、医者として有り得ないと断言できるようなことを、彼女は何度もリリムの目の前でやってのけた。


「……ね、ナツキちゃんってさ、何者? 記憶喪失なんて嘘だよね?」

「っえ!? な、なんのこと? って、あ、またコールサイン忘れてるよリリムさん――」

「ゆっくり話せるの、もうこれが最後かもしれないからねぇ。聞いておこうかなって。あと通信中以外は別にいいんだよ、忘れても」


 書庫からGOサインが届くまでは、ここで息を潜めて待機していることになっている。他のチームの作戦行動はそれなりに時間がかかるはずなので、ずっと気を張り続ける必要はないのだ。もちろんトイレ内に二人以外いないことは確認済みである。


「それは、そうだけど……記憶喪失が嘘って、どういうこと?」

「あ、しらばっくれるんだ。こんなにドキドキしてるのに」

「うぇっ!?」


 まだ平らな胸の中央に手を当ててみれば、激しく動揺しているのが丸わかりである……と思っていたら、すぐに鼓動が穏やかに戻っていった。


「……ナツキちゃんって、心臓まで操れるの?」

「な……なんのことかな」


 顔を覗き込むと、ナツキはスッと視線を逸らした。明らかに何かを隠している。


「あのさ、現実的な話、作戦の成功率は低いよ。あたしとナツキちゃんが両方無事に帰れる可能性なんて万に一つも無い」

「へ!? ……うん、そうだね。分かってるよ」

「だからさ、聞けるタイミングってもう今しかないんだよね」


 片方でも帰らぬ人となってしまえば、もう会話することもできなくなる。そうなる前にずっと不思議だったことを明らかにしておきたい――とそこまで考えて、後悔する。

 ナツキがこれまで口にしなかったことなのだから、言いにくいことなのは間違いない。それを最後の機会だからという理由で聞き出そうとするのは、ただのエゴだ。


「…………リリムさん」


 困ったような声が聞こえてくる。慌てて「ごめん」と謝り、小さな頭を優しく撫でた。


「いやー、あたしも緊張してるんだねぇ。あはは、ごめんね、今言ったこと全部忘れて――」

「そうじゃないよ、リリムさん」

「え?」


 その否定の言葉の意図は、すぐには掴めなかった。


「ボクが何者か、だよね。リリムさんはきっと信じてくれるし、このままリリムさんとにー子と一緒に逃げるならちゃんと話しておきたいことなんだけど……そうじゃなくてさ」


 ぴょんと飛び降りて振り返り、両腕を横に広げ、


「え」

「ていっ」


 ぺし、と軽い音を立てて、小さな手のひらがリリムの両頬に着弾した。

 ほんの少しの痛みに閉じた目を再び開けると、そこには少し不機嫌そうなナツキの顔があった。


「作戦が終わるまで、絶対に教えてあげないから」

「……え?」

「だから……全員生きて無事に帰ろう。万に一つも無いなら、億に一つを拾いに行こう。じゃなきゃ、にー子を悲しませることになる。命を捨てて助けに行ってもにー子は喜ばないって、さっきリリムさんが言ったんだよ」


 その言葉にハッとする。……どうやら、自分は本当に緊張でどうかしてしまったらしい。一応「可能性のある」作戦として提示したのはリリム自身なのに、その自分が悲観的になってどうするのか。


「運も実力の内なんて言うけどさ、ボク嫌いなんだよね、この考え方。戦場に運なんてなくて、兵士一人一人がどう動いたかで勝敗は決まるんだから。そこに確率なんてない、ただ純粋に平等に、行動の結果が突きつけられるだけ」

「…………」

「だからここでいう実力ってのはさ、可能性を逃さない力、なんだよ。そこに可能性が見えてるんだから、ボクらはそれを全力で掴み取るだけ。それを邪魔する障害は排除すればいい。できないなら実力不足。ボクたちならできる。そうでしょ?」

「ナツキちゃん……」

 

 戦場帰りの歴戦の兵士が心構えとして掲げるような内容を、目の前の幼女がすらすらと語っている。それは客観的には異質な光景だったが、何故か妙な納得感があった。

 恐らくナツキはこれが素なのだ。普段の彼女がただの可愛らしい幼女に見えていたのは、我々が勝手にそういうレッテルを貼ってフィルタ越しに見ていたからであり、もしかすると彼女はそれに合わせてくれていたのかもしれない。

 しかし同時に、彼女がことある毎に「戦いたいわけじゃない」「平和な日常を過ごしたい」と零していたのも確かだし、アイシャやニーコと心から楽しそうに遊んでいる光景だって何度も見かけた。

 大きな力を持ちながら、ただ平穏を守るためにその力を使い、他者を傷つけることを厭う――心の底から優しい子なのだ。


「リリムさん?」

「ん、全部ナツキちゃんの言う通り。あはは……ダメだね、あたしがこんなんじゃ。頼れるお姉ちゃんでいなきゃいけないのにさ」

「んーん、頼りにしてるよ、リリムお姉ちゃん」


 そう言って笑ってくれるナツキは、包容力に満ちていた。これではどちらが姉なのか分かったものではない。気を引き締めなければ、と心中で自分に喝を入れ直していると、


「ところで……さ、リリムさん」

「んー、お姉ちゃんは終わり?」

「や、その……ずっと言うべきか迷ってたんだけど……その格好、何?」


 目を少し泳がせながら、ナツキがそんなことを聞いてきた。


「んぇ、何って……戦闘服かな?」

「それはなんとなく分かるけど……ここから聖窩(ヴォイド)まで、市街地を抜けてくんだよね?」

「ん、そうなるね」

「その格好で人前に出るの、結構勇気がいるっていうか……」

「んー……?」


 はて。何か問題があるだろうか。

 隠密作戦なので、なるべく軽装を選んだ。聖騎士やギフティア相手に多少防備を固めたところで大した効果はないのだから、身軽に動き回れることが第一だ。

 もちろん見えてはいけないところが露出していたりはしない。ヘーゼルにはよく「リリムってその辺無頓着だよね」などと言われるが、心外である。仮にも年頃の女子として羞恥心というものは人並みに持ち合わせている。いくら身軽になるとは言え素っ裸や下着姿で戦いたくはない。

 だからちゃんと、ホットパンツとスポーツブラを身につけているのだ。当然普段使いのものではなく、オペレーターとして戦うことを考慮した特殊素材でできている。いくつか聖片(サクラメント)も仕込んである優れ物だ。ここ数年着ていなかったが、ウエストがきつくなっていたりはしなかったので少しほっとしている。……胸は少しきつくなっていて欲しかったが、残念ながらこちらもあまり変化はない。


「どこか変なとこある?」

「いや……足とお腹と背中と肩が全部丸出しなんだけど」

「それは……全部丸出しでも問題ない部分だよね」

「…………」

「?」

「……どうしてこう……ボクの周りの女の子って……」


 ナツキが頭を抱えて何やら唸っていたが、何が言いたいのかはよく分からなかった。


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[良い点] 盛り上がってまいりました! 続きが純粋に気になる 素晴らしい [気になる点] 風呂敷が広大に広がるのはいいけど折り畳むの大変そう [一言] 続きが気になるので待ってます!
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