表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
127/233

Noah/νρ - 始まりの鐘

 ピュピラ島。ジーラ大陸の内陸やや南に位置する巨大湖、ラクリム湖の中心に存在する、大きな真円形の島である。ジーラ大陸の二大都市、ネーヴェリーデとフィルツホルンの中間点にラクリム湖があることもあり、都市間を移動する人々にとっては欠かせない存在となっている。


「ふぁ~……あーねむ。退屈っすねぇ……」

「おい新入り、一応真面目にやってるフリくらいはしておけ。班長に見つかったらどやされるぞ」

「分かってるっすよ……ってかもう配属されて一年っすよ、新入り扱いやめて欲しいっす」

「お前は出世しちゃダメなタイプだ、一生新入りでいろ」

「あっそれパワハラっすよセンパイ~……ふぁあ」

「……大口開けて欠伸をするな、はしたない」

「んー……なんすか、今度はセクハラっすか。あいにくウチ女の子の自覚あんまないんで別にいいっすけど。あ、センパイのことは割と好きっすよ、トモダチとして」

「何の話だ! 真面目に仕事をしろ!」


 欠伸で出てきた涙を適当に拭いつつ、ピュピラ島の外周を歩く。本日も異常なし。昨日も一昨日も異常なし。明日も明後日もどうせ異常なし。

 パトロールが治安維持上重要な仕事だということは、仮にも警察官の身分にある者としてもちろん理解している。しかし、恐らくこの島はジーラ大陸で最も治安の良い場所である。何せ大陸で唯一《塔》の本拠地が置かれているのだ。《塔》のお膝元で悪事を働こうなどという馬鹿な輩はなかなかいない。結果として、パトロール業務は実質ただの散歩に成り下がってしまっている。


「はぁ……こっちきて一年、事件らしい事件なんて一度も起きてないんすよねぇ」


 自分とて最初はちゃんと、この世界の治安を守り人々を笑顔にしたいとか、そういう大層な志を持ってこの仕事に就いたのだ。なのに最初に配属されたこの島はあまりに平和すぎて、そんなやる気は一瞬で失せてしまった。


「そうか? 昨日なんか結構大変だったぞ、第三街区の公園で小さな女の子が……」

「え、マジっすか? 誘拐?」

「いや、噴水に落ちてずぶ濡れになってしまったんだ」

「…………」

「ちょうちょを追いかけていたんだと。近くに親もいないわ、わんわん泣いて全然話聞いてくれないわで……全く、本当に大変だった」

「……センパイ、出身どこっすか?」

「ん? 島生まれ島育ちだが」

「だと思ったっす……はぁ」


 この島で「事件」と言えばその程度の認識なのだ。フィルツホルンの下流区と中流区の境あたりで生まれ育った自分から言わせてもらえば、余りにも平和ボケ甚だしい。

 平和ボケと言えば、普通は人の犯罪による被害より先に神獣による被害のことを気にするものだが――この島はその点についても例外的だ。何せ、内陸まで侵入してくるような神獣は総じて泳げないのである。深い湖に囲まれた立地により、非常時には可動橋を落とすだけで鉄壁の防御が完成するのだ。

 まあ治安のために命を賭して神獣と戦いたいかと言われれば絶対に嫌なので、それは大変結構なのだが。


「この島が外と比べて平和だってのは俺も分かるぞ。《塔》の目が光ってるってのもあるが、一応史跡、観光名所として栄えた街だ。外から来る連中が金を落としてくれる環境が第一って、俺達住民も分かってる。自治が行き届いてるって面もあるだろうな」

「はあ、そっすか。つってもそれはもう……」

「……ああ」


 二人して足を止め、島の中央に鎮座する真っ白な巨大円柱を見上げる。《塔》の本拠地兼、対神獣戦線における総合研究施設だ。

 ナントカ言う長ったらしい正式名称があったはずだが、ピュピラ島の人々は皆短い通称で呼んでいる。


 ――「(ふた)」、と。


 《塔》という組織名称にそぐわず円柱はそこまで高くはなく、むしろ径方向に大きい。ちょうどボトルキャップのような形をしていて、なるほど確かに地面に落ちた「蓋」に見えなくもないと、初めて聞いた者は納得するだろう。

 しかし実は、あの白亜の円柱は歴史的・物理的な「蓋」の役割をも担っているのだ。


聖窩(ヴォイド)……センパイは見たことあるんすか?」

「いや……俺が赤ん坊の頃はまだ完全には塞がってなかったらしいがな、さすがに覚えちゃいない」


 500年前の大災害から現在に至るまでの歴史上、この島は非常に重要な役割を担ってきた、らしい。正確には島というよりは聖窩(ヴォイド)、すなわち島の中央に空いているという巨大な縦穴が、重要な史跡として扱われている。

 大災害の直後に生き残った人々が神獣たちから身を隠したのも、最初にラクリマが出現したのも、人々が神獣と戦う最初の拠点になったのも、全てその聖窩(ヴォイド)だった――とされるが、まあ胡散臭い話である。何しろ今や、《塔》があの円柱で蓋をしてしまったことで、穴を実際に見ることすら叶わなくなっているのだから。

 しばらくは完成した蓋を見に来る観光客で逆に賑わっていたが、最近の観光客数はどんどん落ちて行っていると聞く。沿岸部のリゾート化計画がどうとかいう話を以前聞いた気がするが、あれはどうなったのだろうか。……興味もない。

 逆に最近興味があることと言えば――


「あ、そういやセンパイ、例の噂ってどうなったんすかね?」

「例の?」

「ほら、なんかレンジでタンスをチンする奴らが街に潜んでるって噂っすよ」

「……レジスタンスな」

「それジスタンっす! 人民解放軍(レジスタンスフォース)とは別物なんすよね?」


 大したソースがあるわけではない。街中で散歩、もといパトロール中に人々が話しているのを偶然聞いてしまったのだ。

 曰く、聖窩(ヴォイド)の蓋に良いイメージを持っていない人は多く、中でも過激な者達が組織立って《塔》に抗議しようとしている――と。《塔》に対する組織的な反抗など、島どころか大陸全体でも前代未聞の大問題である。もし本当なら、きっと代わり映えしない日常の良いスパイスになってくれるだろう。

 ただ、同じ噂を耳にした者は署内に何人かいるようなのだが、今のところ上層部が何か対策を講じている様子はない。


「そういうことを考えてる血気盛んな奴らもいるかもしれない、程度の噂だろう? 気にするだけ無駄だな、《塔》に逆らうことが何を意味するか分からんような奴はこの島じゃ生きていけない。考えこそすれ実行には移さないさ」

「意気地無しっすねぇ」


 そんなことだから事件のひとつも起こらず、我々が暇を持て余しているのだ。……いやまあ、警官が暇を持て余しているのはいい事ではあるのだが。


「ま、平和に越したことはないっすけど……もうちっと日々に刺激ってもんが欲しいわけっすよ、ぴりっとくる刺激が」

「言いたいことは分からんでもないが……ああ、刺激と言えば、今日は聖騎士様が一人外征からお帰りになっているそうだぞ」

「うへぇ、そういう余計な気使うタイプの刺激は求めてないっす」


 大天使に仕える聖騎士達はあの「蓋」の中に住んでいる。とは言ってもそのほとんどは各地の統治業務やグランアークの防衛のために外征していることが多く、ピュピラ島で見かけることは稀だ。

 彼らがピュピラ島に公務のために帰ってくる理由はいくつかあるが、年末でも何でもない今日のような日に帰ってくる場合、その目的はかなり限られる。例えば――


「なんでも、重要なギフティアが見つかったらしいな」

「ま、特殊調整案件っすよねー。こないだのヘルアイユ遠征で新しい涙の遺跡でも見つけたんすかね?」

「さあな、詳細は分からん。今朝班長が署長と話していたのを聞きかじっただけだ」

「ほーん……え、班長ってことはあれっすか、ウチらもこの後は蓋周りの警備っすか」

「ま、そうなるだろうな」


 わざわざピュピラ島で調整を行うということは、そのラクリマは通常の調整フローではまともな戦力にできない重感染個体だ。感染しているからと言って廃棄するには惜しいポテンシャルを持つラクリマはこの島で特殊な調整を施される、というのが《塔》の説明である。

 ポテンシャルとはすなわち異能(ギフト)、この島に運ばれてくるのは大抵が発掘されたてのギフティアだ。つまり、まだ首輪がついておらず自律稼働できるギフティアが島に持ち込まれるということでもあり、それを横取りしようと画策する悪人の存在を想定した警戒態勢が必要となる。面倒なことに、今回は我々の班にも白羽の矢が立ったらしい。


「っはー……んな警戒しなくたって誰も邪魔しに来ないでしょうよ、好きこのんで《塔》の縄張りに侵入する奴なんか……はぁ、いたら面白いんすけどね……っと、冗談っすよ」

「おいおい……滅多なことを言うもんじゃないぞ」


 ぼやいていても仕方がない。この後忙しくなるなら、今はのんびり散歩、もといパトロールで英気を養っておこう。

 島の外周に沿って整備されている広い一本道は、島民達にとっても格好の散歩コースになっている。そのさらに外側には浄水施設やら発電所やら、社会基盤となる数々の重要施設がぽつぽつと並んでいる。自分たちは一応、それらの施設の巡回警備に加えて点検もしていることになっているのだ。一応。


「えーはい、第六発電機異常なし、と。七番と八番も……んー、回ってるっすね。はいOK」


 目の前の大きな風車がぐるぐる回っているのを目視確認し、遠くに見えるもう二基も回っていそうな雰囲気なのを確認し、手元のチェックシートにまとめて「異常なし」と書き込んでいく。


「ずいぶん目が良いんだな、羨ましい限りだ」

「お褒めに預かり光栄っすよー」

「今のは皮肉だ」

「知ってるっす」


 本当は風車の内部に入って機械の表示を見なければならないのだが、そんな面倒なことはやっていられないのである。我々は悪を成敗し人々の笑顔を守る警察官であって、発電機のご機嫌取りなどするために働いているのではない。そもそも専門の点検士は別にいて月一で整備されていたりするので、モチベーションなど皆無に等しかった。


「あの風車が突然爆発したりしないっすかねえ……」

「そうならないように我々が毎日巡検しているんだがな?」


 もしそうなったら我々の責任問題だ、と呆れ顔で返されたその時、ゴーン、ゴーンと鐘の音が鳴り響いた。毎日零時、六時、十二時、十八時に鳴る時報の鐘――今聞こえている音色は正午だ。

 巨大な照明が神話の時代の一日を再現していたフィルツホルンとは違い、ピュピラ島の空は常に赤く薄暗い。島の人々は光の代わりに鐘の音を基準に生活のリズムを整えているのだ。


「お昼っすねえ。切り上げてどっか食べ行くっすか? センパイの奢りで」

「午後に備えて早めに休息を取るのには賛成だが、お前に奢ってやる義理はない」

「えー、カワイイ女の子にゃ気前よく奢るもんっすよセンパイ~」

「女の子の自覚はないんじゃなかっ……っと、何だ」


 ピリリリ、と電子音が鳴る。通信機の着信音だ。


「はい、こちらG班第三――」

『こちらB班、第一街区3-4-1にて問題発生! 誰でもいい、至急応援を!』

「は、問題とは――」


 ――プツッ。

 

 何も詳細を告げずに途切れる通信。

 一瞬の沈黙の後、二人で顔を見合せ、


「……お前が刺激が欲しいとか言うからだ。反省しろ」

「フラグ立てただけで怒られるのは心外っす!」

「はぁ……仕方がない、昼休みは返上だな。行くぞ、第一街区だ」

「そりゃないっすよ~……」


 指定された区画は、蓋に隣接する高級住宅街だ。フィルツホルン的な区分で言えば貴族特区にあたるが、観光地ということで出入りに制限は掛けられていない。

 どうせ子供がはぐれたとか飼い猫が逃げたとかのしょうもない事件でリッチなセレブが騒いでいるだけだろうが、至急と言われてしまったからには仕方がない。渋々ついていこうとして、


 ――ボンッ。


 背後、上方から、何かが弾けるような音。

 背筋をかけ上る嫌な予感に、恐る恐る振り返り――


「あー……センパイ……ごめんなさいっす、やっぱウチ、もうフラグ立てないようにするっす」

「? 何を言っている、さっきのは冗談だ。早く第一、街区……に……」


 二人して見上げた視線の先、巨大な風車の三枚羽の中心が燃えている。

 再びの小さな爆発音と共に――支柱から外れた。


「嘘、だろッ!?」

「はは、は……うわああぁぁぁああ!?」


 脱兎のごとく逃げ出した二人のすぐ後ろに落下した三枚羽は、轟音を撒き散らしながらひしゃげ、折れ、使い物にならなくなり――芝生を巻き込んで炎上を始めた。


「ほ、本部、こちらG班、第六発電機で火災発生! 羽が外れ落下、激しく燃えている! 原因は不明、すぐ消防の手配と避難警報を……む……本部……本部!? 応答を! ……クソっ、何故だ、繋がらない!」


 平和が、日常が、不可逆に崩れ去っていく。

 これはまだ、その始まりに過ぎない。そんな予感を裏付けるように、島のあちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえ始めた。


 道に等間隔に並んだ街灯の光が、風車に近いものから順にサァッと消えていく。流れに釣られて道の先に目をやると、先程なんとなく回ってそうな雰囲気を確認した二基の風車が、目の前の風車と同じく、真っ黒な煙を上げるただの細い柱になっていた。

 ああ、これならここからでも「異常あり」と判断できるな――なんて、現実を直視できない自分がいた。


「刺激……っすけど……これはちょっと、スパイス効かせすぎっすねぇ……」


 まるで誰もが眠っている深夜帯のフィルツホルンのように、街から光が消えていく。真っ赤な太陽だけに照らされた街並みは、何者かの静かな怒りを映し出して暗く燃えているかのように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ