Noah/* - 再起動
《終焉の闇騎士同盟》同盟長ヴィスコの第一の側近、アレフ。彼はその日初めて、ヴィスコの自室に自分から入った。
まず目に入る古びた棚には、《塔》にバレれば命が危ない数々の機密情報、禁書の類が詰まっている。最初にここに呼ばれた時にその中から奇怪な古代文字で書かれた論文を渡され、『天使因子』だの『原初の涙』だの『天使の雫』だの、知らない方が幸せそうな知識を詰め込まれたのを思い出す。
しかし今はそんなことを気にしている余裕はないのだ。
「親父、大変ですぜ、親父ッ!」
「……なんじゃ、騒々しい」
ヴィスコはベッドに腰掛けていて、心ここに在らずといった様子で視線だけをこちらに向けた。
「天使の姿が見えぬ……この世は闇に覆われようぞ。嗚呼、嘆かわしや」
つい先日、ナツキから「大っ嫌い」宣告を受けてからずっとこの調子なのだ。ずいぶんと深い爪痕を残してくれたものだ――いや、原因は全て《同盟》……というより概ね自分にあるので、ナツキに文句を言う筋合いは全くないのだが。
しかしアレフが今日持ってきたのは、ヴィスコを覆う闇を振り払うかもしれない光だ。
「ナツキの姉御からお手紙ですぜ! 親父にしか頼めないことがあるって! 大っ嫌いなんて言ってごめんなさいって!」
ピクリ。ナツキという名前にヴィスコの肩が震える。
「ほ……ほう? 手紙とな……いいや、騙されぬぞ、虚言を弄して儂を謀る気じゃな!」
「……来てくれなきゃ二度と会いに行ってあげない、今度こそ絶交だって書いてありやしたけど。逆に来てくれたらご褒美に、何だっけ……うぉっと!?」
「貸せ!」
雑に四つ折りにされたメモ用紙を広げて読み上げようとすると、ヴィスコはそれを奪い取って食い入るように凝視し、
「こ、こ、このたわけが! 何をぼやぼやしとる、今すぐ全同盟員に通達、出陣準備をせんか! 目的地は《酒場》裏、隠密行動を厳とせよ! これは非常事態じゃぞ!」
突如立ち上がったヴィスコは、アレフを置き去りに部屋を駆け出して行った。
アレフは一人、投げ返されたメモ用紙――《同盟》でよく使われている形式のもの――に書かれた、どこか不自然な字形の文章に視線を落とした。まるで、《同盟》組員の下っ端が雑に走り書きしたような――
「明らかに姉御の筆跡じゃないんだよなぁ……」
「アレェフ! 急げ、急がんか! 儂の天使が待っておるんじゃぞ!」
「へいへい、今行きまっせ!」
こんなのが裏世界のボスで本当にいいのだろうか。アレフは訝しんだ。
☆ ☆ ☆
「暇ねぇん……誰もお客さんが来ないのは退屈だわぁん」
酒場《SAKE♡LOVE~酒池筋肉林~》のバーカウンターで、《マスター》のコードネームで呼ばれる男は物憂げに溜息をついた。
それを受け、眼前で静かにグラスを傾けていた長身のフーデッドローブの男が、やや不満げに目を細める。
「ああ、それは客の前で言う台詞ではないね」
「持ち込みの高級酒で飲んだくれてるだけの奴はお客じゃなーいわよぅ」
「《マスター》、君にも分けてあげているじゃないか。ああ、これは書庫の奥に隠しておいた50年物だ、味わって飲むといい」
一般的な闇市の住人に姿だけ擬態していても、その独特なマイペースさは隠しきれていない。フードの影になった顔に、いつものフルフェイス骸骨マスクが重なって見えるようだ。
「……こんな真っ昼間から一体なんの用かしらん、《古本屋》」
情報屋のネットワークの中でも、この男――《古本屋》はいささか特殊だ。詳細不明の聖片による隔離空間、通称「書庫」を住処とし、ただありとあらゆる機密情報を書物として記録・蒐集・共有することを目的に生きていると公言して憚らず、情報そのものではなく彼の書庫へのアクセス権を高値で売って生計を立てている。
書庫の入り口の場所は同時に複数存在し得るが、一度使われた入り口は即座に別の場所へ転移する。その度に彼と契約している情報屋は暗号通信で通知を受け取り、必要に応じて通信機経由で位置情報を購入し直すのだ。彼と自分は長い付き合いということもあり、格安で年間契約を結ばせてもらっている。
プロの引きこもりとも言える彼がこうして書庫の外に出てくるのは非常に珍しい。十中八九きな臭い案件だろうと身構えていると、やがてグラスを空にした《古本屋》はおもむろに口を開いた。
「今日からしばらく、書庫は一切の客人を受け付けない。全てのゲートを閉じさせてもらう。ああ、期限は未定だ」
「あんらぁ……それは契約違反よぅ?」
「ああ、だからこうして手土産を持って謝罪に来たというわけだ。《マスター》、君とは懇意にしていたい」
通常、危険な情報を扱う情報屋は契約に《塔》を介さない。《塔》の下での契約情報は《塔》のデータベースに保存され、検閲され、身バレの種になってしまうからだ。
だからここで言う契約とは、ごく普通の書面で交わされた、お互いの誠意99パーセントと闇市でも通用するひとつまみの法律により成り立つ取引のことを指す。破った場合のペナルティは信用の失墜、あるいは私刑だ。
「手土産、ねぇん……?」
「ああ」
情報屋が情報屋に謝罪として手土産を持ってくるのなら、それは当然高級酒などではない――情報だ。
「天使の雫より先に、天使の血が見つかったらしい」
小声で言い放たれたその情報自体は未知だったが、特に自分を驚かせることはなかった。故にとてつもない戦慄を覚えた。驚かなかったというのはつまり、裏で一、二を争う情報屋であるはずの自分が、その価値が分からないほど何も知らない情報だと言うことだからだ。
平静を装いつつ、反応を返す。
「……二つとも、知らない名前ねぇん。天使の剣や天使の瞳の同類かしらん」
「ああ、その反応も無理はない。これらの書の鍵は未設定だよ」
「禁書中の禁書、ってことねぇん……」
「ああ、今の一文だけでも、大陸間戦略レベルで見れば現段階では一兆リューズは下らない価値を持つ。これ以上は君にも売れないな」
「それに巻き込まれないために、身を隠すのねぇん?」
「その通り。放置すれば間違いなく海は燃え、グランアークが揺れ、ノアの地図は書き換わる。ああ、しかし知っての通り、僕は動乱の渦中に在ることを望まない。この件が落ち着くまで、傍観者にならせてもらうよ」
傍観者。情報を蒐集するだけで、提供はしない立場だ。
これまでも彼は中立であり続けてきたが、それは敵味方別け隔てなく情報を提供するという意味での中立だった。それをやめ、当事者の利害と一切の関わりを絶つと宣言している。それほど危険な案件なのだろう。
――しかし。
「残念ねぇん、《古本屋》……詳しいことは知らないけどぉ、アナタ多分、もう巻き込まれてるわよぅ?」
「……何?」
「今度からは、飲んだくれてないでさっさと要件を済ますことをオススメするわぁん」
くいっと顎で酒場の入口を指し示す。ハッと勢いよく《古本屋》が振り返った先には、見覚えのある顔があった。
「っ……!」
「良かった、はぁっ、入口を探す手間が、ぜぇ、省けたよ……《古本屋》、今、いいかな、っはぁっ……」
闖入者は入り口の柱に手をつき、汗だくで荒い息を繰り返している。ずいぶん長い距離を走ってきたのだろう。
「ああ……何の用だい、《神の手》」
《古本屋》は涼し気なポーカーフェイスを保っているが、その頬には冷や汗が一筋流れている。その胸中にあるのは自分と同じく、嫌な予感だろう。
《神の手》と呼ばれた人物は息を最低限整えると、キッと鋭い表情を《古本屋》に向けた。
「単刀直入に言う。今日一日、あなたの書庫を借りたい」
「ああ、断る。今後しばらく、僕の情報は誰にも提供しないと決めている」
軽いジャブの応酬。拒否が返ってくることは予想していたのだろう、《神の手》は即座に二の矢を放った。
「情報はいらない。立ち読み書架も全部禁書庫に入れて構わない」
「……。何かから逃げているのかな? 知っているだろう、僕は争い事で片方だけには加担しない、ただの情報蒐集者だ。書庫をシェルター代わりに使うのは許可できない」
「対価は聖窩中枢へのアクセス権だって言っても?」
その言葉に《古本屋》は初めてポーカーフェイスを崩し、音を立てて椅子から立ち上がった。
「……聖窩、だと!?」
無理もない。後ろで我関せずと傍観していた自分まで目の色を変えてしまった。聖窩――それは《塔》の極秘機密情報の塊であり、手を出そうと考えることすら反逆罪に値するであろう、そんな領域だ。
「あらぁ……またヤバそうな話になって来たわねぇん。アタシは席を外そうかしらぁん?」
「ここにいて。マスターにも頼みたいことがあるから」
「そ……そうなのねん」
一人だけ逃げることは許されないらしい。
情報屋として鍛えた頭脳が危機回避のために高速回転していくが、空回りに終わる。事前知識に差があり過ぎるのだ。
「いや、しかし今このタイミングでそれは……まさか!? ああ、待て《神の手》、それはこの世界に対する反逆だ! 君は……死ぬつもりなのか。そうまでして、何を為そうと――」
「ごめん、時間がないの。その問答をしてる暇はない。覚悟は全部、とっくに決めてきたから」
決然とした表情で《古本屋》と対峙しているのは、まだ幼さの残る顔立ちの、20にも満たないであろう少女だ。情報屋ですらない彼女はしかし、情報屋ネットワークの中では非常に有名な存在である。なにせ彼女――コードネーム《神の手》は、現状唯一《古本屋》に対する強制力を持っている人間なのだから。
「ああ、退く気はない、と……やれやれ。マスターの言う通り、気を利かせてワインなんか持ち込むんじゃなかった」
端的な返答を聞いた《古本屋》は一つ息をついて椅子に座り直し、胸元から黒い万年筆を取り出した。
それを指先で弄びながら何かを考える彼に、ふと《神の手》は眉を下げて語りかける。
「ごめんね。あなたは最終的にはあたしに逆らえない、そう分かってお願いしてる」
「……構わないよ、利用できる相手は利用するものだ。ああ、君は充分誠意を尽くしてくれている。――それに」
ふと声のトーンを下げた《古本屋》は、ぺろりと舌なめずりをし、心底楽しそうに獰猛な笑みを浮かべた。
指先で回っていた万年筆の動きが、止まる。
「甘い果実たる聖窩の殻を喰い破れるなら……ああ、対価としては申し分ない。君に覚悟と勝算があると言うのなら喜んで協力しよう、《神の手》――いいや」
言いながら《古本屋》がダーツのように放り投げた万年筆が、少女が伸ばした指先に音もなく挟み取られた。
「――ドクター・リリム。その腕、鈍ってはいないようだ」
「当然。お医者さんは、みんなを護るお仕事だからね」
引きこもりだろうが町医者の少女だろうが、闇の底を生き抜いてきた連中は総じて呆れるほどに戦闘能力が高い。自分もある程度腕っ節はあるつもりだが、この二人にはまるで敵う気がしなかった。
「……店内は戦闘禁止よぅ」
一体自分は何に巻き込まれようとしているのか。まずそれを説明して欲しいと心から思いながら、磨き終えたグラスをラックに戻した。
☆ ☆ ☆
ハロ=クト=ペロワは、感動に打ち震えていた。
つい先程まで、理解の及ばない状況にただただ困惑し、周囲の人間たちと自分の温度差に恐怖すら覚えていたと言うのに、そんな負の感情は一瞬でどこかへと消え去ってしまっていた。
「は、ハロちゃん……?」
「…………」
「おーい、新入りちゃーん?」
「…………」
周りで何か音がするが、そんなことは関係がなかった。目の前に広がる桃源郷に心を奪われていた。
「……だめだこりゃ。兄貴ー、そこのブラシ取って。やわっこい方」
「あぁ? ……ほらよ」
「さんきゅ。ほーれ、こちょこちょこちょ」
「あっ、ヘーゼルさん、それは……っ」
何かがオーバーオールの脇から入ってきた。柔らかくふさふさした何かが、脇腹の上を滑る。
しかしそんなことに構っている、場合では、な――
「…………ふぇっ!? あひゃっ、ゃ、ゃめ、ひゃふぁっ!?」
「お、気づいた。こちょこちょこちょ」
「ゃっ、くす、くすぐっ、ひゃ、あ、あははっ、あははっははははっ!」
「や、やりすぎなのです! ハロちゃんがかわいそうなのですー!」
「あはは、ごめんごめん。ほら新入りのハロちゃん、目、覚めた? アタシのこと見えるー?」
「あはっ、はぁ、はぅ、……へ? あ!」
ハッと我に返ったハロは、視界内に三人の顔を認識した。
一人はアイシャ。ハロを助けに来てくれたナツキのドールで、ナツキの友達兼一番弟子らしい、フェリス種のラクリマだ。ドロップスだがナツキやハロと同じく「練気術」を使えるという。
残りの二人のうち、片方はナツキの家の前で怒声を上げていた怖い大人だ。名前はダイン。アイシャによれば、たまに怖いけど本当はいい人で、ナツキの命を何度も助けてくれた恩人らしい。
最後の一人は見覚えがない。長いベージュ色の髪を先端で縛った女性、上半身はサラシ一枚、手には槌――雰囲気で分かる、同業者だ。
「アタシはヘーゼル、そこの大男の妹ね。一応鍛冶師だけど……あなた、あのチューデント工房で免許皆伝取ってきたって本当なの? ……もしかして還暦してる?」
「えっ、あ、こんにちは! ハロはハロって言うの! メンキョカイデンはね、シンギししょーに今日もらったんだ。せいちょーどは7で、工房にきたのは……えーっと、今が6の年だから……6ひく4で……二年前だよ!」
「っ、実質9歳で、たった2年の修行で免許皆伝……?」
ヘーゼルは何やら複雑そうな表情になって空を見上げたが、すぐにハロに視線を戻した。
「……にわかには信じがたい、けど……まあナツキちゃんの頼みだし、いいわ。この道具全部、好きに使ってどうぞ。炉は今速攻で組み上げてるから」
「わぁ……ありがとう、ヘーゼルお姉ちゃん! 大切につかうね!」
「んっ……!」
お礼を言ったら何故かヘーゼルが顔を覆って固まってしまったが、今気にすべき点は別にある。
ここはチューデント工房ではなく、ましてや鍛冶場ですらない。ナツキとアイシャの家、《子猫の陽だまり亭》の裏庭だ。その一角にある小屋――風呂場だったらしい――が取り壊され、今まさに炉に改造されている。その目の前にはどこかから運ばれてきた無数の鍛冶道具が並べられ、鍛冶師に握られるのを今か今かと待っている。……たった今、家の中から丈夫そうな台が運び出され、金床が上に置かれた。
全て、ハロ一人のために用意されたものだ。――ハロが、ナツキに与えられた使命を完遂するために。
「ハロちゃん、ごめんなさいです……。せっかく外に出られたのに、いきなりこんな大変なことに巻き込んじゃったです」
「ふぇ? んーん、だいじょうぶだよ! ハロね、ナツキお姉ちゃんにちゃんと恩返ししたいもん!」
ナツキはハロに、もう二度と会えないと思っていた大切な家族と再会させてくれた。だから今度は、自分がナツキを家族――「ニーコ」と再会させてあげる番だ。そのためにできることは何だってする。
それに――
「……こんなすごいこと、今やらなかったらもう一生できないもん」
ちらり、鍛冶道具の脇に鎮座している布を被った巨大な物体に目をやる。布の隙間から覗くのは――深い青と、漆黒。先程我を忘れて放心してしまった元凶だ。
……かつて夢想し、誰もが無理だと断じたその境地が、手の届く場所にある。
「だめ、今は……」
このまま見続けていたら、また意識を奪われてしまう。ぶんぶん首を振って雑念を追い払い、アイシャに向き直った。
鍛冶場の準備が整うまでに、こちらでも済ませておかなければならない準備があるのだ。
「アイシャお姉ちゃん、おねがい」
「……本当に、いいのです?」
「うん」
本当に、見ず知らずのラクリマのために《塔》に敵対するのか。
本当に、平穏な未来を捨てるのか。
本当に、命を削る覚悟があるのか。
アイシャの確認には、様々な意味がこめられていたと思う。
即答で頷いておきながら、いまいち重大な決断をしたという実感はない。それでもこれは正しい道だと、ハロは確信していた。
「……分かったです」
アイシャは無言のまま、腰からアイオーンを抜き放つ。
寒々しい氷色の燐光が舞い散り、周囲の人々が動きを止めてこちらを凝視した。
アイオーンは寿命を力に変換する剣だ。この燐光は寿命の欠片なのだと言う。今まさに、アイシャの命が消費され続けているのだ。
「回路展開」
アイシャは一言何かを唱え、その柄をハロに向けて差し出してきた。
「どうぞ、です」
同時に、アイシャのもう片方の手のひらが、ハロの胸の中央にそっと添えられた。
心臓が早鐘のように鳴っているのが伝わっているだろうか。……アイシャも最初は同じように怖かったのだろうか。
「……っ!」
迷っている時間はない。
覚悟を決め、ハロはアイオーンの柄を握りしめ――
――ピキッ。
自分という存在にヒビが入る音が、聞こえた気がした。
「ぁ、っぁ……!?」
「ハロちゃん! やっぱり止め……」
「や……やめない、で!」
「でもっ、ハロちゃんは手工業用ラクリマなのです! ドールみたいに頑丈じゃ」
「ひつような、こと、だもん……!」
寒々しい氷色の燐光となって散っていく、自分の寿命。
体ではない、心でもない、自分自身という概念的な部分が侵食される感覚。
それはどこ? 何が削られている? 何のために? 寿命とは何だ?
ぼんやりしたままではダメだ。未知は不確実性を生む。乗り越えるためには、先へ行くためには、目の前にあるものを知らなければならない。シンギ師匠の教え。知って、理解し、噛み砕き、吸収する。これまで工房で毎日のように続けてきたのと同じ、こと――!
「……っ、わ、かった……わかったよ! アイシャお姉ちゃん、次に、すすんで……」
「門再接続っ!」
アイシャの叫びと共に、ハロの奥底で何かがカチャリと切り替わった。
途端、侵食される苦しみは消え失せ、いつも剣に願いを込める時に触れていたあたたかい部分がアイオーンと繋がった。寒々しい氷色の燐光は霧散し、代わりに燃えるような茜色の燐光が舞い上がった。
「あ……」
「ハロちゃん!」
へたり、膝の力が抜けて座り込んでしまう。アイシャが支えてくれなければ頭から地面に突っ伏していただろう。
取り落としてしまったアイオーンが、かわいた音を立てて地面に転がる。数秒後、纏っていた茜色の燐光はフッと消え、ハロのあたたかい場所との接続も切れた。
「無茶しちゃだめって言ったはずなのです! ニーコちゃんやナツキさんが聞いたらぷんぷこ大爆発の一週間おやつ抜きコースなのですよっ!」
「えへ、へ……ごめんなさい……」
今の実験はナツキに頼まれたことではない。ハロが勝手に、必要だと思ってアイシャと相談してやったことなのだ。
無茶をしてしまったのは事実だが――確実に、収穫はあった。
「ナツキお姉ちゃん……まっててね。ハロ、がんばるよ!」
南の空に向けて、決意の言葉を投げかける。
ナツキの専属鍛冶師として、初の大仕事だ。絶対にやり遂げてみせる!
あけましておめでとうございます!