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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅷ 夜明けの流れ星
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Lhagna/τ - 魔王城へ Ⅰ

 惑星ラグナには巨大な三日月形の大陸が一つだけ存在し、ただ「大陸」と呼ばれている。一応ちゃんとした名前はあるものの、日常的に使うのは学者ぐらいらしい。ラグナの陸地の95パーセントを占めるそれは、赤道をまたいでやや北寄りに位置し、赤道より北側がヴィスタリア帝国とその属国の領土にあたる。

 残り5パーセントの陸地は主に、赤道上に存在する無数の島々だ。ある程度のまとまりごとに一つの国として管理されており、その数はおよそ100にも及ぶ。これらの島国と大陸の海沿いの小国の一部からなる連邦国家、サンラーマグダ列島連邦は、ヴィスタリア帝国と共にラグナの二大国家として知られている。

 帝国は領土の拡大に熱心だが、連邦はそうでもない。加わりたいという国は拒まないが自分たちから侵略することは無く、逆に連邦を侵略しようとする国は全力で退ける、そんなスタンスだ。帝国と連邦は長い間戦争を続けていたが、今は互いに不可侵条約を結んでおり、少なくとも表面上は友好関係を築いている。


「だ、だだだったら連邦通って行ったたっていぃいじゃなないですかかぁぁ……」

「そうもいくまい。ぼくらは帝国の兵器みたいなもので、連邦は先の戦争でも中立を貫いていたのだからね」


 トスカナがカタカタ震えながら文句を零すと、ペフィロが呆れ声を返してきた。

 彼女の言う通り、数年前に始まり一年前に終結した魔王との戦いに、連邦は全く関与しなかった。魔王軍の侵攻経路は大陸内で完結しており、構成国のほとんどが海上にある連邦はほぼ完全に戦火を免れたのだ。ゆえに連邦はどちらに肩入れすることもなく、中立国として趨勢を見守っていた。

 ちなみにこれは魔王軍との戦いに限った話ではなく、大陸におけるあらゆる国家間紛争に対し、連邦は中立の立場を貫くと宣言している。


「連邦の領土を通って海を渡れば、連邦はぼくらが大陸の南に行くことを承認し、手助けしたということになってしまうだろう? それはずっと中立でありたい彼らにとっては喜ばしくないのだよ。何せぼくらはたった一年、魔王軍と()()しているだけなのだからね」


 トスカナ達が学生として留学に来るくらいならともかく、「魔王城に行く」などという目的で大陸の南側に連邦経由で渡ろうとするのを易々と見逃してしまうわけにはいかないのだ。もし勝手にそんなことをすれば、帝国と連邦の不可侵条約が崩れてしまいかねない。

 と、その辺りについては出立前にイヴァンからも聞かされていたので、トスカナもペフィロの言うことは理解できる。理解できるが――


「だだだって……寒いじゃなないですかかああ……」


 ――それはそれ、これはこれだ。


 今トスカナは、ペフィロと二人で氷に覆われた洞窟を歩いていた。

 気温は当然のように氷点下、トスカナが生まれ育った惑星シルヴァールにおける南極や北極と同等の寒さである。しかもこの洞窟、刺すように冷たい風が頻繁に吹き抜けるのだ。

 体の震えが止まらない。練習中の空調魔法はまだ、常時安定して展開できるほどの熟練度にはなっていない。


「なんだい、一年前も通ったじゃないか。国境の山脈を越えるにはこの洞窟を抜けるのが一番早いし遭難リスクも少ない、増して今じゃもう魔物の一匹もいやしない。雪に埋もれながら山登りをするよりずいぶんマシだと思いたまえよ」

「いいい一年前はせんぱいにおおんぶされれててて……」


 赤道に沿って大陸を南北に分断するこの急峻な山脈が、現在のヴィスタリア帝国の国境だ。と言うより、あまりに険しすぎるせいで進軍にかかるコストが跳ね上がり、領土拡大がここで止まっていると表現した方が正しい。

 そしてこの山脈を超えて更に南へ突き進んだ先、大陸の南端に魔王城がある。勇者パーティは一年前、実に一ヶ月もかけて魔王軍を蹴散らしながらそこまで進攻したわけだが、その時に山脈を越えるために使ったのがこの巨大な氷の洞窟だったのだ。当時は当然空調魔法なんて存在も知らず、ナツキの背中に張り付いて必死に体温を保っていた。

 もともとは山脈の主である氷の古龍のねぐらであり、通り抜けるにあたって一悶着あったのだが――それはまた別の話だ。一つ注釈を付けるとすれば、長らくナツキの愛剣だった幽剣イオニスタは、その古龍の鱗から鍛造したものだったりする。


「……今からでも学院に戻ったらどうだね? その様子じゃあここは抜けられても《凍牙の谷》は越えられない気がするぞ」

「そそそしたらペフィロちゃん、ひととりぼっちになっちゃうじゃななないですかぁ!」

「ぼくは一向に構わないのだがね」

「わわわたしが心配ななんですっ」

「今にもきみが凍え死んでしまいそうなことの方がぼくは心配だぞ」


 魔王城に《黄昏の封光晶(ラグナメモリ)》の真相を確かめに行く、そう宣言したペフィロだったが、ゴルグとエクセル、リシュリーは同行していない。

 幼いリシュリーは厳しい旅程に耐えられないので当然だが、ではゴルグとエクセルはというと、


『ペフィロの話は儂には難しすぎるわい。儂は引き続きここで根源の研究をしとるよ、手分けした方がいいじゃろうて』

『行きたい気持ちもあるけど……僕は教会を探ってみるよ。ちょっと気になることがあるんだ』


 そんな感じで、それぞれ別方針で《失われた千年(ロスト・ミレニアム)》やナツキの死について調べることになっている。

 学院に残って彼らを手伝ってもよかったが、トスカナはペフィロの護衛を選択した。いくら一年前と比べて魔王由来の獰猛な魔物がほとんどいなくなっているとはいえ、凶暴な原生生物は多く、魔王城への道のりは山を超え谷を超えととにかく険しい。防御に秀でたペフィロとて無敵ではないし、彼女は回復魔法を使えない。ヒーラーは必要だろう。

 それに、魔王城に行くならついでに一つ確かめたいこともあった。寒さに負けてはいられないのだ。


「うぅぅ……ととは言え……ささむいですすぅ……」

「ふむ、ならぼくの服も着るといい。少しはマシになるだろう?」

「えっいいんで……あっ、だ、ダメですよっ!」


 一瞬心が揺れたが、もぞもぞと持ち上げられたぐるぐる巻きカーテンの下から見えてはいけない肌色が見えたところで我に返った。ペフィロはこんな環境にあってもこのカーテン一枚しか身につけていないのである。

 それなのにペフィロが全く寒がっていないのは、ひとえに彼女が体温を自在に操れる「機人」であるからだ。

 服が嫌いな彼女は、脱いでいいと言われれば街中の往来だろうと雪山で遭難中だろうと嬉々として全てを脱ぎ捨てる。それは勇者パーティの誰もが知るところであり、彼女に羞恥心を芽生えさせる試みは今のところ成功していない。困ったものだ。


「なんだいなんだい、ぼくときみ以外誰もいないじゃあないか。けち」

「誰がケチですかっ! もう! ペフィロちゃんはもうっ!」

「ふむ、ならばいっそ、ぼくたち二人、裸で抱き合ってみるのはどうかね。これは外気に触れる表面積を減らすという真っ当な目的があってだね」

「はだっ……だ、抱き合うのはともかく服を脱ぐべきとかいうのは迷信ですっ! 雪山で遭難した人が裸で見つかるのは寒すぎて頭がおかしくなっちゃうからだって、この間学院で習いましたもん!」

「……むぅ。よく知っているじゃないか。勉強熱心なのはいいことだよ、やれやれ」

「やれやれじゃないですっ! もう!」


 ツッコみ疲れて息を切らしていると、不意にペフィロがクスリと笑った。


「もぅっ、何がおかしいんですか!」

「ふふ、なに、作戦が成功したというだけさ」

「へ、作戦、ですか?」

「震えは止まっただろう?」

「えっ? ……あ」


 言われてみれば確かに、いつの間にか体の震えは収まっていた。


「ぼくの一年間の観測データに基づけば、きみは――というより恐らくきみの世界の人間は皆そうなのだろうがね、他の人間と比べて、意識の高揚が体温の上昇として如実に顕れるのだよ」

「そ、そうなんですか? ……って言うかペフィロちゃん、わざとわたしを怒らせたんですね!?」

「む、なんだい、言いがかりはよしてくれたまえ。ぼくはいつでもどこでも心から、服なんか脱ぎ捨てたいと思っているんだ。そこに嘘偽りなんかひとつも無い!」

「なんですかそのドヤ顔は! 嘘偽りがひとつも無いのが一番問題なんですってばぁ!」


 そんな応酬がいつまでも続くかに思えたその時、ふとペフィロの表情が変わった。冗談を言い合っている時の少し楽しげな雰囲気が消え、少し目が細められる。


「ふむ、ところでトスカナ、洞窟の出口までの経路は覚えているだろうね」

「えっ? あっはい、それはもちろんですけど」

「ならば、後ろを見たまえ」

「っ!?」


 脈絡のない端的な指示に、すわ敵襲かと杖を構えて振り返る。……視界内には何も見えないが、ここは暗い洞窟内だ。どこの岩陰に敵が潜んでいてもおかしくはない。意識を索敵に集中させる。音を聞き逃さないように――


 ――ガサッ。

 その音はトスカナの後ろから響いた。


「回り込まれた……!?」


 敵はペフィロ狙いかと慌てて振り向いたところで、何かを顔に投げつけられて視界が奪われる。


「はぶっ」


 咄嗟に目と口を閉じ息を止め、毒物の侵入を防ぐ。肌が焼かれる痛みはない。軽い物体、温度は高め。頭に巻き付くそれを振り払おうと手で掴み、


「……あれ、これって」


 触り心地に覚えのある、布。

 シルヴァール人の体温より少し高めの温度が残っている。

 息を吸えば、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い残り香。


「…………」


 バサリ、布を取り払った向こう側、忍び足でそっと後退している全裸の幼女と目が合った。


「ペ、フィ、ロ、ちゃーん……?」

「喜びたまえ、それはきみに贈呈しよう。と、いうわけで――」


 ブゥン、と空気が震え、ペフィロの背後に青い光が生まれる。

 光に吸い出されるようにペフィロの体から無機質な翼がしゅるりと生え、ふわりと足が地面を離れた。

 ペフィロの戦闘モードの一つ、防御を捨て空中戦と回避運動に特化したフォームだ。今それを出したということは――


「捕まえられるものなら捕まえてみるがいいさ! ふははははー!」

「あっ!? もう……もうっ! 《エルヘイスト》、《ゼログラビティ》!」


 青い光の軌跡を残して猛スピードで飛んでいくペフィロに、生身で追いつけるわけがない。風のマナで身を包み、闇のマナで重力を打ち消し、同じように猛スピードで追いかけていった。

 魔力はなるべく温存すると洞窟に入る前に決めていたはずなのに、ペフィロが突然こんな行動を取ったのは――きっとトスカナのことを考えて、魔力を使ってでもさっさと洞窟を抜ける方針にシフトしてくれたのだろう。

 投げつけられた布に残る、いつもより高めに感じる体温を抱きしめながら、トスカナはふと微笑んだ。


 ……だからと言って、全裸のペフィロを洞窟から出すわけにはいかないのだが。


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