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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅶ ポンコツ魔剣と兎狩りの夜
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見えぬ橋の彼方 Ⅱ

 星の裏側にヒルネがいるかもしれない。そう知らされたカイは難しい顔で黙り込み、やがて「少し一人で考えさせてくれ」とナツキとハロを部屋から追い出した。


「カイお兄ちゃん……だいじょうぶかな?」

「大丈夫だよ、さすがに今すぐ工房のみんなをほったらかして一人で星の裏側まで行こうとはしないよ……たぶん」


 絶対とは言いきれない。あの顔はどうにかして星の裏側にアクセスすることを考えていたように思う。

 この世界に飛行機はあるだろうか。あったとしても《塔》に厳重管理されている代物だろう。だが港があり他大陸との貿易も行われているということは、船はあるはずだ。

 いずれにせよ、膨大な金がかかることは確かだ。ヒルネがいる「かもしれない」程度の情報でホイホイ払える額ではないだろう。


「さ、今日はもう寝よう。さすがにボクも眠いや」

「うん……」


 練気術で眠気を抑えるのは便利だが、やりすぎると後で反動が来る。明日ちゃんと起きるためにもそろそろ寝ないとまずい。

 ハロにも自室に戻るよう促し、ナツキはアイシャが寝ているであろう客間に向かった。


「……あの、ハロ?」

「…………」


 ハロがついてきていた。

 そしていつものようにナツキの服の裾をつまんで言うことには、


「ナツキお姉ちゃん……いっしょにねてもいい?」

「うぇっ!? い、いいけど……アイシャもいるから、ちょっと狭いかもよ?」

「いいの……ひとりでねるの、こわい」


 そう言ってナツキを見上げるハロは、何かに怯えているようだった。いつもは一人で寝ているだろうに、何故――


「あ、そうか」


 失念していた。カイと共にヒルネの下へ向かった最初の理由を。


「大丈夫だよ、カイはちゃんと分かってくれてるから。ハロの気持ちはちゃんと届いてるよ」

「でもハロのプレゼント、やくにたたなかったよ? ハロ、これじゃ悪い子になっちゃう……ししょーにおこられちゃう。そしたら……そしたらハロは……」


 そう、工房を抜け出していたことを正当化する言い訳を考えるという当初の目的が果たせていない。

 しかしさすがにカイがハロを蔑ろにすることはないだろう――という判断をできるほど、ハロの精神は成熟していないのだ。


「分かった、一緒に寝よう。もしハロを連れていこうなんて奴が来たら、ボクが守ってあげるよ」

「うん……」


 ハロをナツキとアイシャで挟むように、一つのシングルベッドで川の字になった。

 ハロも眠くはあったのだろう、ナツキの服の裾をつまんだまま、安心したように眠りに落ちた。




 そして翌朝、ナツキは物理的な衝撃と共に目を覚ました。


「がっ、ぐふっ……!?」


 眠っていようと敵意を向けられればその時点で目を覚ます、その訓練はラグナで積んでいる。寝ぼけた頭を覚醒させつつ、一体何事かと周囲を確認し――天井が高い。


「ん……」


 ベッドではない、床に仰向けに寝転がっていた。先程の衝撃はベッドから落ちたときのものらしい。

 元々寝ていたはずのベッドを見上げれば、小さな手と足が端にはみ出しているのが見えた。


「あう……何なのですかー……」


 ベッドを挟んで反対側の床から、アイシャの寝ぼけた抗議の声が聞こえてきた。どうやらアイシャも落ちたらしい。


「…………」


 立ち上がり、ベッドの上を確認すると、そこには――


「うわぁ」


 ズボンは脱げかけ、おなかは丸出し、枕に片足を乗せて斜めの大の字になったハロが、幸せそうな寝顔でベッドを占領していた。


「んーぅ……じゃまぁ……」


 ハロの足がぶんと一振りされ、引っかかっていたかけ布団が宙を舞い、バサリと床に落下した。


 なるほど……何が起きたのか、おおよそ把握できたような気がする。そういえばずいぶん殴られたり蹴られたりする夢を見たような気がしないでもない。


「えへぇ……はろ、もうたべられないよぉ……んぅ……」


 ハロがベタ過ぎる寝言を呟いたそのタイミングで、


「ハロ先輩、ここですか!?」


 勢いよく部屋の扉が開き、切羽詰まった表情のムースが飛び込んできた。

 ムースはまずハロを見てホッと息をつき、次に部屋の惨状を見て溜息をつき、最後に床に転がるアイシャと無言のナツキに気づいてサッと青ざめた。


「ま、まさか……ハロ先輩と同じベッドで寝たんですか?」


 お気の毒に、という言葉が省略されているだろうことは、聞かずとも察せられた。

 あるいは――無事でよかった、かもしれない。



☆  ☆  ☆



「いいですか、私たちラクリマや小さな人間の子供がハロ先輩と一緒に寝るのはご法度です! 首を締められて死んじゃうので」

「そっそんなことしないもん!」

「一年くらい前、寝ぼけてハロちゃんの部屋に迷い込んだニアちゃんがそれで星に還りかけたんじゃなかったっけ?」

「えっ!?」

「うむ、あの時は……ムースが気づいて助けに来てくれなかったら、おそらくは……」

「あわわ……そ、そうだったの?」


 ナツキとアイシャは、わらわらと集まって談笑するラクリマ達に混ざって大広間に向かっていた。

 彼女らの話によると、どうもナツキとアイシャはついさっきまで死の危機に瀕していたらしい。ナツキはともかく、知らないうちに確率的首絞めマシーンを隣に置かれていたと知ったアイシャは心穏やかではないようだったが、すぐ別のラクリマに何かを耳打ちされてほっと息をついていた。死にかけた云々は誇張表現なのだろう。


 皆、昨晩の事件については全く触れない。まだ知らされていないのか、あるいは――


「あっ、カイ様、シンギ師匠! おはようございます!」


 廊下前方に現れたカイとシンギを見て、ムースが声を上げた。その途端ハロはピシリと固まり、ハロとアイシャ以外のラクリマ達は逆に彼らにわっと群がった。


「見てください! この髪飾り、余っちゃった装飾用の素材で作ってみたんです! ハロちゃんが教えてくれたんですよ!」

「ハロさんはすごいのよ! わたくしがうまくできないとき、いつも助けてくれて……」

「ぎゅーってすると他の誰よりもあったかくてさー、寒い日はハロがいてくれて助かるよ、ほんと」

「昨日だって、ハロ先輩がいてくれたから――」

「お前達、静かにしろ」


 カイが大きめの声を出すと、ラクリマ達はしんと静まった。皆緊張の面持ちで、カイとシンギの一挙手一投足を見守っている。


 彼女達はきっともう、昨晩の事件を知っているのだ。詳細は聞かされておらずとも、その「主犯」がハロであることも分かっている。そうでありながら、主であるシンギとカイに精一杯の抵抗をしているのだ。ハロを守ろうという一心で。


「みんな……」


 ハロも気づいたのか、震える声でそう呟いた。


「……見ての通りだ、父上」

「フン、だからどうしたってんだ。見習い共のワガママなんか知ったこっちゃねえ」

「…………そうか」


 シンギが素っ気なくあしらい、カイが諦めたように肩を落とす。それだけでラクリマ達に絶望が広がるには充分だった。アイシャの耳が倒れ、ハロは俯いてナツキの服の裾をぎゅっと握った。


「みっ……見習いだからだめ、なんですか? だったらわたし、頑張って弟子になります! だからお願いします、それまで待っ――」

「んな動機で弟子になりたがる奴を俺が弟子にするわきゃねえだろ、ちったぁ考えろ!」

「ぁ、う……はい……ううっ……」


 食い下がろうとしたムースは大声で怒鳴られ、へたりと座り込んでしまった。


「シンギさん」

「てめえは部外者の平民のガキだ。そうだな?」

「そうだよ」

「貴族にゃ反抗的な平民をぶっ殺す権利があるってこたぁ知ってんな? それを踏まえて物を言えよ。何だ?」


 ギロリ、強めの視線が投げかけられる。そんな権利は初めて聞いたが、だからどうした。


「カイの話を聞いて判断したんだよね?」

「そうだ」

「ヒルネちゃんが起きる可能性についても聞いた?」

「おう」

「ハロがいなかったらその可能性が見つかることもなかった、ってことも?」

「聞いた。まどろっこしいな、だから何だってんだ。ギフティアの疑いがかけられたラクリマだぜ? 工房に置いておけるわきゃねえだろが」

「っ……ハロはギフティアじゃないよ」

「聞いたぜ。ガキにゃ分からねえだろうがな、事実なんかどうでもいいんだよ。客がどう思うか、それだけだ」


 そこまで聞いて、判断を変えないのか。

 経営者としてはそれで正しいのかもしれない。安全ではなく安心を優先する、少数の識者を無視して大多数の無知な民衆をターゲットにしたマーケティング、リスクマネジメント。

 しかし――人としては。


「何だ、その目は」

「見損なったよ。外聞を気にして家族を追放するなんて……やっぱり貴族って最低だ」

「あぁん?」

「フィルツホルン一の鍛冶工房、だっけ。平民区でも宣伝しとくね、チューデント工房は作る武具はすごいけど作ってる人はクズで、まだラクリマの方が人の心があったって」

「……てめえ!」


 シンギが腰から長剣を抜き放ち、ナツキの喉の目の前でピタリと止めた。しかしその程度で動じるナツキではない。剣速も遅すぎるし、まだカイの方がまともに戦えるだろう。


「ふーん……ボクを殺すの? こんなにたくさんお弟子さんや見習いの人達が見てる前で? そこの曲がり角に15人くらい隠れてるけど?」

「っ……」


 シンギが振り向いた先、死角になっている曲がり角から恐る恐るこちらの様子を伺っている意識の数、16。……たった今一人加わって、17。

 当たり前だ。朝っぱらからこんな騒ぎを起こせば、宿泊させられている彼らは当然起きて何事かと集まってくる。


「自己紹介が遅れたね。ボクはナツキ、こっちはアイシャ。オペレーターにはなったばかりで、まだ8歳だけど……てい」

「ぐっ!?」


 シンギの手首を素早く叩き、剣を奪い取る。すぐさま逆にシンギの喉元に突きつけた。


「友達を守って悪徳貴族と戦うことくらいは、できるよ」

「なっ――」

「まっ、まって、ナツキお姉ちゃん! ちがうの、悪いのはかってにぬけ出したハロだもん、ししょーは悪い人じゃないよ……!」


 ハロが横から飛び込み、両腕を広げてシンギを庇った。


「……違うよ。勝手に抜け出したのは確かにちょっと悪いことだったかもしれないけど、その背景も、誰かのためにしたことだってことも無視して、結果得られた利益だけ受け取って、外聞なんてくだらないもののために家族を捨てるなんて……人として間違ってる」

「で、でもっ、ハロは……シンギししょーのもちもの……だから……ハロは……っ」

「ハロ……」


 ハロの後ろにいるのは、自分を家族から引き剥がして《塔》に差し出そうとしている相手だ。だと言うのに、体を震わせながらもそれを守ろうとする。それはハロの底抜けの優しさ、素直さの表れであると同時に――ラクリマとして植え付けられたこの世界の常識が、彼女を動かしているのだ。周りの他のラクリマ達も、アイシャ以外はどちらの味方をすればいいのか決めあぐねているようだった。


「フ……フフ……」

「っ?」


 そんな中、ずっとシンギの隣でナツキを注視し続けていたカイが、おもむろに笑い出した。何がおかしいというのか――


「ふは、はははっ! だから言っただろう父上! もう充分ではないか!」

「は?」


 何を言っているんだ、と唖然とするナツキの目の前で、今度はシンギが両手を挙げた。


「剣を下ろせよ。てめえの言い分は理解した。()()()()()。……ああ、これなら任せられるってもんだぜ」

「ちょ、ちょっと、何を言って」

「ついて来いよ、飯が冷めちまう。重大発表はその後だ」


 シンギはくるりと振り返り、大広間へと歩き出した。曲がり角に隠れていた多数の意識が蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくのが分かった。


「待ってよ、一体どういう――」

「うるせえな、ったく……」


 ナツキの呼び掛けにシンギは一度だけ立ち止まり、答えた。


「俺ぁ一言も、ハロを《塔》に差し出すなんざ言ってねえんだぜ?」

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