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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅰ サードライフは突然に
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獣と人形、氷色 Ⅱ

 仮にも世界を救った勇者として、そして個人的な感情としても、見過ごせる状況ではなかった。

 直接戦うつもりではなかったし、恐らく望遠鏡でこちらを見ているであろうダインに手の内が漏れるのはそこそこ不本意だが……子供の命と天秤にはかけられない。


「けほっ……にげて、ください、です」


 ナツキの後ろで、少女が苦しそうにそう言った。

 にー子とは違う、意味の聞き取れる言葉だ。ラクリマではないのだろうか。


「逃げられるわけないだろ」

「……なぜで、すか。わたし、は、ドール、です」


 ドール。直訳すれば、人形。戦闘ロボットか何かかと一瞬考えるが、さっき確かに血を吐いたのを見た。ペフィロみたいなハイパーテクノロジーの産物でない限り、生物だ。人間と同じ身体強度と仮定して、内臓に損傷があってもおかしくない。すぐにでも治療すべきだが――あいにく、ナツキに治療手段の持ち合わせはなかった。


「喋んなバカ、休んでろ。でも死ぬなよ。……こいつ片付けてまだお前が生きてたら、何か奢ってやるよ」

「っ――!?」


 ナツキが勇者として魔王軍から街やら砦やらを守るとき、命が危なそうな負傷兵に何度となく吐いた台詞。不思議なもので、意志の力とでも言うのか、有意に生存率が上がるのだ。奢らされるものは大抵酒だったが、今回はジュースか、お菓子かな。


「かたづける、って……む、りです、あなた、じゃ」

「そいつぁ、どうかな」


 少なくとも、気を通した腕で双眼鏡を投げ当てただけで、神獣の腕の軌道は逸らせた。……双眼鏡は壊れてしまったが。


「……あとでダインに謝らないとな」


 少なくとも、物理法則の通用する相手だ。なら、話は早い。

 両手両足に気の力を集めつつ、全身の筋肉と強度を賦活する。重心の低さにはもう慣れた。筋肉量だけ底上げすれば動けるが、問題は手足(リーチ)の短さか。


「上等だ、こんなちんちくりん幼女ボディと素手でどこまでやれるか、腕試しと行こうじゃないか」


 神獣と向き合い、構える。死の恐怖が無いわけではなかったが、帝国軍の鬼教官仕込みのクソ度胸は伊達ではない。クソ度胸ついでに、クイクイと手招きして挑発してみたりする。

 想定外の事態に警戒し、無言で闖入者を観察していたらしい神獣は、それを見てようやく自分の敵と判定したらしい。コルルルル、と喉を鳴らす。

 と、前触れなく何かが横から迫る。咄嗟にしゃがんで回避したナツキは、それが先程中年男の頭を飛ばした一撃――蛇尻尾の横薙ぎだと気づく。なるほど、でかい胴体に隠れて尻尾の予備動作が見えないのだ。動体視力を鍛えていなければ、今ので死ぬ。一筋、ナツキの頬に冷や汗が流れる。

 しゃがんだナツキに、上から前足が振り下ろされる。転がって回避しつつ立ちあがり、当然横から来る第二撃をバックステップで避ける。そこに広範囲の尻尾横薙ぎ――位置が低い。前に跳んで避けると、大きな咢が待ち構えていた。咄嗟にフェイントを入れて避けつつ、懐に滑り込む。避けきれずに牙が左肩を掠り、抉るような痛みが走るが、意識的にシャットアウトする。その勢いのまま、気を流した拳を神獣の胴体にねじ込む――堅い。

 コルルゥ、と唸り声を上げ、神獣の動きが一瞬止まるが、大してダメージを与えられたようには見えない。練気術なしで殴っていればこちらの腕が折れていただろう。あるいは、手がいつもより短いせいで、踏み込みが浅かったのかもしれない。

 神獣が一歩後ろに下がり、ナツキもまた一歩下がる。仕切り直しだ。


「ケモノにしちゃなかなかやるな」


 攻撃を受けた左肩が、ズキズキと痛む。ついでにダインに借りた布が大きく破れ、血だらけになってしまった。また謝ることが増えた。

 正直、ナツキにとっても少し想定外の強さだった。攻撃一つ一つは単純だが、速度が尋常でない上、こちらの動きを予測して攻撃してくる。打撃に対する防御力も高い。少女と戦っていたときはかなり手加減をしていたと見える。

 そろそろこちらから積極的に仕掛けていかないと、先程の中年男みたく片手間の尻尾一振りで少女の首が飛ぶ。自分をまず殺すべき脅威だと思わせつつ、尻尾スラッシュの間合いから少女を外さなければならない。だが――


「師匠直伝練気術パンチが効かないとなると、生身じゃ厳しいか。ダインの言う通りだな……」


 とはいえ、少女を見捨てる選択肢はない。隙をついて少女を抱えて逃げるか、あるいは。

 チラリ、とナツキは少女を見る。少女の横に転がっている、変な形の剣。ナツキの予想が正しければ、この剣は――


「借りるぜ」

「っ……!? ダメ、です、それは!」

 

 前足ブローをバックジャンプでかわしつつ、ナツキは剣を拾う。少女が自殺志願者でも見たような顔になり、制止の声を上げる。

 ――何だ、自覚はあったのか。


「ぐっ……やっぱり、な。『悪魔の剣』、この世界にもあるとは」


 剣に刻まれた紋様が寒々しい氷色の燐光を撒き散らし、ナツキは苦しそうに呻く。

 それは、決して人が手を出してはならない力。魂を神に売り渡す、禁忌の術式。


「従え……回路展開(オープン)門再接続(リコネクト)……」


 術式を、組み替える。力の源泉を、魂から根源へ。


 ブツブツと調整のための句を呟きつつ、ゆらり、と歩を進める。雰囲気の変化を感じたのか、神獣が警戒して防御姿勢を取る。

 だがそれは神獣にとって、大きな判断ミスだった。時間を空けず、猛攻撃を仕掛けるべきだったのだ。――その空いた一瞬で、ナツキの準備は終わってしまっていた。

 剣に走る輝線の色が、持ち手側から変わっていく。

 

「――帝国騎士流、(いしずえ)の一」


 ナツキが低く構えた剣に、氷色の光はもはや灯っておらず。


「え……」

 

 驚愕に目を瞠る少女の視界の中、周囲の夕焼け空と同じ、茜色の輝線が――


「コルルルァッ!!」

「――『閃光』ッ!」


 同時に襲ってきた神獣の前足二本を、一刀の下に切り落としていた。


「コゥゥッ!?」


 攻撃手段の一部を失った神獣は、唸りながら後ろに飛び退る。これで、尻尾の間合いから少女が外れた。この状態を維持しなければ。

 切り落とされた足からは光が失われ、ただの白い塊となって地面に落ちる。断面は粘土のようにのっぺりした白――これは、真っ当な生物ではない。魔法駆動のゴーレム系だとすると術者を叩くのがセオリーだが、周囲に他の気配はない。放し飼いか。


「最近研究ばっかで剣振ってなかったが……俺はこれでも、本職は剣士だったんだぜ」


 再び『閃光』の構えを取ると、ナツキに飛びかかろうとしていた神獣が、唸って動きを止めた。

 学習能力がある。ナツキの構えを攻撃の予備動作だと認識しているのだ。やはりただのケモノとは知能レベルが違う。


 ならば、こちらの動きを学習される前に倒しきるのみ。


「ハァッ!」


 気合一閃、構えを解き地面を蹴って前に跳び出る。剣を前に構え直し、短距離を亜音速で突進。特に型はない、練気術を組み込んだ我流の技だ。

 神獣がそれに気づいて回避しようとする頃には、剣はその胴体に突き刺さっていた。


「コッ!?」

「……師匠直伝パンチを防いだ割に、随分軽いな。斬撃は通るとは聞いたが」


 ナツキが剣先を動かせば、豆腐のように抵抗なく神獣の肉が切れていく。あまりの抵抗のなさに違和感すら覚える。剣の性能か、この神獣の特性として斬撃に弱すぎるのか――


「コカァァッ!」

「何にせよ、終わりだ」


 そのまま上に跳びつつ剣を神獣の頭まで切り上げ、上半身を縦に真っ二つにする。返す刀で横に一閃、首を落とす。

 この状態でまだ反撃されたら溜まったものではないが――と思いつつ、着地。首なしのトラを睨みつける。


 数秒後――後ろ足で立った姿勢で微動だにしないまま、神獣の全身を覆っていた燐光が、フワッと消えた。


「……すごい。ほんとに……かたづけた、です」


 少女の呟き。どうやら、これで勝利らしい。ナツキは大きく息を吐きつつ、姿勢を緩めた。


「任せろって言っただろ」


 茜色の燐光を纏った剣を地面に適当に刺し、少女の脇に屈む。

 失礼、と一応断りつつ、服の上から全身を軽く触診する。専門外ではあったが、長く戦場にいたおかげで多少の心得はあった。すぐ分かる範囲に骨折はないし、意識も呼吸も心拍もはっきりしている。すごい勢いで殴り飛ばされたはずだが、案外丈夫な種族なのだろうか。


「ん……なんだ、こりゃ」


 首の状態を見ようとして、金属製の細い首輪をつけていることに気づいた。外し方が全く分からない。……外すことが想定されていない?

 実はこれが少女の本体だとか、無理に外そうとすると爆発するとか、そういう類のものかもしれない。触れないでおく。意識はあるし、首が折れているということはないだろう。


「あの、何を……」

「立てるか?」

「は、はい、多分、なんとか……わわっ!?」


 ふらふらと立ち上がろうとするので、手を取って引っ張りあげてやると、妙に大げさにびっくりされた。立ち上がったあと、信じられないものを見たような顔をされる。


「な、なんだよ」

「ご……ごめんなさいです、その、私たちに触ろうとする人、珍しくてっ」


 ……ああ。身分差別か。

 大方、人権もないラクリマに身体的特徴が似ているとか、そんなところだろう。くだらない話だ。


「あ、あの、肩……だいじょうぶ、です?」

「ん? ああ……大丈夫だ、大したことないぞ」


 攻撃を受けた左肩を見てみると、浅く肉が抉れている程度だった。これなら回復魔法ですぐ治るだろうが――トスカナはいない。この世界の魔法体系の発展度と普及度が高ければいいのだが。


「おォい、ナツキお前、何でぇ今のは!?」


 ダインがにー子を担いで駆けつけてきた。


「お、ダイン……あー、すまん、二つほど謝ることがある」


 双眼鏡を壊してしまったことと、布を血だらけにしてしまったことを謝ろうとしてそう切り出したが、


「はァ? ……っておめぇ、血だらけじゃねェか! 無茶しやがって!」


 ナツキの現状を一目見るなり、すごい剣幕で怒鳴られてしまった。


「あー、肩の肉がちょっと抉れただけだ、気にすんな」

「大怪我じゃねぇか! 止血するぞ!」


 そう一方的に宣言し、ダインはナツキが身にまとっている布の結び目を解いてすぽっと引き抜いた。

 当然、全裸に逆戻りである。


「は……うぉ、おいやめろ! 変態か!?」


 体は幼女でも心は男である。今かっこよく助けた女の子の前でいきなりストリップショーを始めるやつがあるか!


「馬鹿、この布はもともと止血用の布だ。他に人間いねぇんだからすっぽんぽんでも構わねえだろ、んで俺ァ今更だろうが」

「お前は今更でもそこに人いるだろうが!」


 肩を布で縛られつつ、「ドール」の少女を指差しながら涙目で抗議すると、ダインはきょとんとして「何言ってんだ?」とナツキを訝しげに見つめ返してきた。


「そいつもおめぇやこのマザーと同じ、ラクリマだろうがよ。ケモノっぽい耳付いてんだろ」

「は?」「えっ?」


 疑問の声が同期した方を向くと、『ドール』の猫耳少女が、そんなまさか、という目でナツキを見ていた。

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