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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅶ ポンコツ魔剣と兎狩りの夜
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ハロの行方 Ⅰ

 広間に集められた鍛冶師達の反応は、皆一様に動揺と驚きがないまぜになったものだった。工房の紋章の入った魔武具を流して工房の評価を落とすなど、そんな自分の首を締めるようなことを誰がするものか、バカじゃないのか、と。

 出力を上げた《気配》術で工房全体をスキャンしても、広間以外に人はいない。全ての容疑者がここに集まっていて、全員が疑われていることを面と向かって知らされた。そして彼らは全員、ナツキの練気術で感知できるレベルの焦燥を見せなかった。

 それはハロも同様で、特段慌てている様子もなかった。他のラクリマ達と一緒にきょとんとした表情を見合わせ、何故そんなことをするのか分からない、とでも言いたげに首を捻っていた。

 ラクリマ達は所有者であるシンギにとって不利益なことはしない。その大前提は誰もが知るところのようで、他の鍛冶師達が少々疑心暗鬼気味にお互いの顔色を伺い始めるに至っても、その疑いの目はラクリマ達には全く向けられていなかった。


「ん……?」

「どうかしたです?」

「いや……」


 何故か少し、違和感を覚えた。言語化できない、何かを見落としているようなそこはかとない感覚に眉を寄せる。

 しかしその正体に気づく前に、難しい顔のカイがやって来た。


「どうだ、ナツキ」

「あ、カイ……ごめん、分かんないや。怪しい反応してる人はいないよ」

「そうか。……リモネの魔眼を使うにしても、せめて数人に絞らないとな……」

「魔眼?」

「ああいや、何でもない」


 カイがぽつりと零したのは、恐らくリモネちゃんの《正気》術のことだ。カイは彼女の能力についても知っているのだろう。

 彼も言った通り、大勢を一度に取り調べるには《正気》術はリスクが大きい。ほぼ確信に至った後の裏付けに使うべき術であり、ナツキも使うことはできるが――今はまだ、その段階ではない。


「ねえカイ、ハロについてなんだけど」

「ハロについて? 何だこんな時に」

「カイはその……ハロがたまに工房を抜け出してるの、知ってるんだよね?」

「ん? ああ。危険だからやめろとは言っているし、何度も仕置きはしてるんだが……フッ、懲りない奴だ。オレも人のことは言えんし気持ちは分かるがな。で、それがどうかしたのか?」

「いや……えっと、カイ?」


 カイは、何故今そんな関係ない話を、とでも言いたげだった。自分と同条件で疑いをかけられるべきハロを、全く意に介していない。一体何故なのかとナツキが訝しんでいると、彼は何かに気づいたように意外そうな顔になった。


「む、まさかナツキお前、ハロを疑っているのか? 感染個体とはいえ調整済みのラクリマだぞ? 工房の不利益すなわち父上の不利益だ。『ラクリマは所有者に利益をもたらす』、そうだろう、アイシャ?」

「は、はいです。ラクリマ行動原則第二条なのです」

「ラクリマ行動原則?」


 ナツキが知っているのはドール行動原則だ。その冒頭の三条文曰く、ドールは神獣を殺す、ドールは人間に従う、ドールは人間を守る。なんとも身勝手な原則だが……他にもあったのか。


「わたしたちドールはドール行動原則で優先順位が上書きされるですけど、首輪付きのラクリマはみんな持ってる行動原則なのです。ラクリマは所有者に従う、ラクリマは所有者に利益をもたらす、ラクリマは……」

「わ、分かった分かった、もういいよ」


 どうせ人間のエゴが延々と垂れ流されていくだけだ。聞きたくもない。


「うーん……確かに、そんな縛りがあるならラクリマは疑えない……のか」

「うむ。それに仮にハロが犯人だとして、あの小さな体でどうやって武具を運ぶ?」

「……え?」

「自分で打った武具を検定に持っていく時でさえ、何度も地面に武具を下ろして休憩し、階段を登れず困っているのを見かねた他の弟子達に散々叱られた父上が自ら取りに行くようになったあのハロだぞ」


 確かにそうだ。ハロは練気術で身体強化できるナツキや戦闘訓練を受けているアイシャとは違う。

 自分より大きな剣を一生懸命よたよたと運ぶハロを想像し、自分でもすぐさま助けに入るだろうなと思う。そんな彼女が武具をいくつも抱えて闇市(アンダー)まで行けるわけがない。


「それは……そう、だけど……」


 しかし、現にハロは闇市(アンダー)で剣を何本も売っていた。カイはそれを知らないのだろうか。あれは同名の他人の空似だったとでも言うのか。


「じゃあハロは工房を抜け出して何をしてるの?」

「さあな。奴の足で行ける範囲などたかが知れているし、父上の命令に逆らうようなこともできん。そして毎度傷一つなく帰ってくるのだ。大方、地下通路をふらふら探検しているだけだろう。かつてのオレのようにな」

「…………」

「まだ疑っているのか? オレは抜け出そうとするハロを待ち構えてひっ捕らえたことすらあるが、完全に手ぶらだったぞ」

「……それがピルマ炒めの日?」

「はははっ、何だ、ムースに聞いたのか? その通りだ。それから一ヶ月ほどは全く抜け出さなくなったんだがな、喉元過ぎればなんとやらだ」


 その日のことを思い出しているのか、カイは愉快そうに笑った。しかしすぐ真顔に戻り、


「あとだな……これは父上には報告してやるな。父上の雷は幼い子供には怖すぎるのだ」


 体験談なのだろう、恐怖に震えた記憶を思い返すようにそう告げた。



 やや声を荒らげ始めた鍛冶師達の仲裁に向かったカイを見送り、ナツキはアイシャと目を合わせた。


「ナツキさん……どうするです?」

「うーん……ハロのことを教えるのは簡単だけど……」


 カイはハロが闇市(アンダー)で剣を売っていることを知らない。そしてシンギにはハロが抜け出していることすら伝わっていない。ハロの行動は許されているわけでも黙認されているわけでもなかったのだ。

 事実を知るナツキ達が彼女を告発すれば、これ以上の武具の流出は止まるかもしれない。しかし当然ハロは解雇され、事件のきっかけとして《塔》に突き出されるか、そうでなくとも工房を追い出されてしまうだろう。それでいいのか?


「……まだ分からないことが多すぎるよ。ハロにも話を聞いてみないと……カイ達に疑われていないうちに、ね」


 部屋に戻っているように言われてぞろぞろと広間を出ていくラクリマ達を目で追いながら言うと、アイシャは微笑んで頷いた。


「ナツキさんならそう言うと思ったです」



☆  ☆  ☆



 なんとチューデント工房のラクリマ達にはそれぞれ個室が与えられていた。工房と言っても貴族のお屋敷であることに変わりはないのだろう、なかなか広々として豪華な部屋が一つずつ、全員にだ。

 ハロ、とネームプレートがかけられたドアをノックして開けると、もぬけの殻だった。まさかこのタイミングで抜け出したのかと一瞬焦るが、丁度他の部屋からきゃいきゃいと複数の子供の声が聞こえてきた。

 修学旅行のごとく、子供らしく集まって会話に花を咲かせているのだろう。


「いやでも、ハロは真っ先に飛び出して男子の部屋に突撃して枕投げを始めるタイプかな……」

「何の話なのです?」

「ううん、何でも」


 ムースの部屋を覗いてみると、ムースともう一人のラクリマがトランプに興じていた。


「あ、お昼に会った子だ。やほー!」

「ナツキさんにアイシャさん! 一緒に遊びますか?」

「遊びたい気持ちはあるけど、遠慮するよ。今はハロを探してるんだ」

「ハロ先輩ですか? ついさっきまではわたし達と一緒に遊んでましたけど……」

「勝ち逃げされちゃったよねー」


 二人の視線は床に表向きに置かれた五枚のカードに向いていた。綺麗に同じマークが揃っているのを見るに、ポーカーのような遊びだろうか。

 お礼を言って部屋を出、別の部屋のドアを開ける。安楽椅子に揺られて本を読んでいるラクリマが顔を上げた。


「ハロ? さっきまでそこで絵本を読んでいたけど……ふふ、またいたずらかな?」


 また別の部屋。大量のかわいいぬいぐるみに埋もれながらせっせと新たな一体を縫い上げているラクリマがいた。


「ハロさんなら、剣が作れなくて暇だから、グースさんにいたずらしにいくって言ってましたわ。どうせ寝てるから顔に落書きしてやるんですって」


 グースはシンギの弟子の一人だ。広間に会いに行くと、不機嫌そうな強面で出迎えてくれた。髭の濃い強面の男、だったはずなのだが――


「グースさん、それって……」

「…………」


 顔全体に大きなチューリップのような模様が描かれているせいで全く怖くなくなっていた。ハロの「いたずら」の成果だろう。

 やってきたナツキとアイシャが固まっているのを見て、周囲の鍛冶師達は笑い転げていた。それに気づいたグースは小さく舌打ちをして溜息をつき、


「……あのチビ助、次会ったら引っ捕まえてくすぐり地獄の刑だ」

「あはは……手加減してあげなよ。ハロは多分……」

「チッ、分かってらあ」


 ハロを探しに行く直前までギスギスしていたはずの広間は、いつの間にかもとの和やかな雰囲気に戻っていた。その中心にあるのは当然、顔面チューリップだ。

 悪い空気の原因をハロが正しく理解していたかどうかは分からない。しかしきっと、彼らがあまり楽しくなさそうだと思ったハロは、自分なりにそれを解決しようとしたのだ。


「ハロがどこに行ったか分かる?」

「あん? 部屋に戻ったんじゃねえならカイんとこだろ」

「カイのところ? 何で?」

「そりゃ……ああ、お前ら新入りか。仕事の後はほら、カイはヒルネちゃんとこに行くだろ? ハロはいつも一緒でな、ホントに健気で……俺の顔を落書き帳だと思ってること以外はマジでいい子で……ぐがーっ」

「……? ……あ、寝てる!? 嘘でしょ!? グースさん起きて!」


 話しながらいきなり寝てしまったグースを叩き起こし、ヒルネ――カイの妹がずっと眠っているという部屋の場所を聞いた。

 カイは毎日、その日の出来事を眠る妹に語り聞かせているのだと言う。声を聞いた事もないのだから、と淡白な風を装っていた彼だが、なかなかどうして妹思いなお兄ちゃんではないか。


 教えてもらった道順を辿った先にあったその部屋の扉は、他の部屋とはかなり趣の違う豪華な両開き扉だった。

 ノックをするとすぐ「誰だ」とカイの声が返ってきた。


「ボクだよ、ナツキ。アイシャもいるよ」

「お前らか。……何かあったのか?」

「ううん、ここにハロが来てるって聞いたんだけど」

「む、ハロなら先程来たが、もう帰ったぞ」


 また入れ違ってしまったらしい。肩を落としてアイシャと顔を見合わせる。


「ハロちゃん、すごい機動力なのです」

「ね。なんというか、家中を駆け回るポメラニアンみたいな……」

「ぽめら?」

「いや、何でもない……ごめんカイ、邪魔したね」


 せっかくの兄妹水入らずの時間だ、部外者はさっさと退散するとしよう。そう思って振り向きかけた体は、「待て」と扉の向こうからかけられた声に引き留められた。


「せっかくだ、妹を紹介しておきたい」

「え……入っていいの?」

「勿論だ」


 アイシャと頷き合い、扉に手をかける。重さに似合わず滑らかに開かれた二枚の扉の先には、先程のラクリマ達の部屋など比べ物にならないくらい大きく豪奢な部屋が待ち構えていた。

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