地震 雷 鍛冶 親父
「魔武具? ふん、なるほどな、例の噂を聞きつけてきたのか」
以前病室で、カイはリモネとも知り合いのような雰囲気を出していた。隠そうとするよりは協力を仰いだ方がいいだろうと判断し、リモネの指示で魔武具の出処を探っているのだと伝えてみたところ、返ってきたのは不機嫌そうな声だった。
「魔武具が出回っているのはオレも父上も知っている。チューデント工房の剣が素体となっている物も含まれているということもな。だが、火元がウチじゃないということだけは確かだぞ」
そう断言したカイは、ふと不可解そうに眉を寄せた。
「しかし……リモネがウチを調べろと言ったのか? にわかには信じがたいな」
「リモネちゃんがっていうより、チューデント家が怪しいって情報をボクとアイシャが仕入れてリモネちゃんに教えたんだけど……」
ならそこから調査しましょう、とリモネちゃんはその場で潜入先を決めたのだ。そんな適当でいいのかと訝しむナツキに、現状特に情報が無く虱潰し予定だったのだと彼女は溜息をついていた。
ナツキとてアイシャがいなければチューデント家の情報は手に入れられていなかったわけで、リモネちゃんがそれを把握できていないのも不思議ではない。
「でも、カイさんのことは一言も言ってなかったと思うです」
「ふむ。ああ……なるほど、そうか。あいつはオレの家名を知らないのだ」
「そうなの? 友達みたいな雰囲気だったけど」
「オレは基本的にカイとしか名乗らんのだ。それにリモネとの関係は友達では――いや、これはいいか。とにかく調べたいなら好きに調べるがいい」
「えっ、ほんと?」
「オレは構わん、ただ父上には見つからんように……は無理か。そうだな、服を貸そう。工房の見学をしたいという子供をオレが連れてきたことにでも――いや、アイシャに無理があるな。ふむ……」
どうやら追い払われたり通報されたりすることはなさそうである。それは願ったり叶ったりだが――
「えっと、ボクたち平民だけどいいの?」
「む? 良くはないが、リモネの指令ならば仕方ない」
「……リモネちゃんには頭上がらない感じ?」
「その表現は気に食わんが、丸っきり間違っているわけでもないのが更に腹立たしいな」
カイは苦笑しながら、先程転がり落ちたゴミ山を登り始めた。
「父上については後回しだ、二人ともついて来い」
「えっ、まさか……」
やがて登頂すると、頭上の穴から垂れ下がっているロープを掴み、すいすいと穴の中へと登っていってしまった。
……こんな幼女二人に同じことをしろと言うのか。
ナツキはともかく、アイシャは身体強化はできてもまだそれを体技と組み合わせて使いこなす訓練はできていない。じっとロープを見ながら不安そうにしているのが分かった。
「ボクが背負って登れる幅は……」
アイシャと共にゴミ山に登り、穴を覗き込む。少し厳しいか。ロープをアイシャに巻いて引き上げられればあるいは。
「何をしている、早く掴まれ。結び目があるだろう」
頭上からやや籠った声が届いた。見れば確かに、ターザンロープのような大きめの結び目が一定間隔で設けられていた。
「え、カイ、引っ張り上げてくれるの?」
「それ以外にどうすると言うのだ。自力で登って来られるのか?」
貴族が平民のために肉体労働をするのか。
そんなツッコミが喉元まで出かかったが、それで心変わりをされても面倒なので黙っておいた。
カイに引っ張り上げられた先は、物置小屋のように小さな部屋だった。しかし広さに見合わず内装は上等なもので、小さなベッドや机があることから人が暮らしていることが伺えた。
机の下に開閉できる蓋があり、その先がダストシュートに通じているようだった。こんな隠し通路があるくらいだし、秘密の書斎みたいな場所なんだろうか。さすが貴族の館である。
「うわー、隠し部屋? こういうの好きだよ、ボク」
「隠し部屋が好きなのです?」
「うん、まあなんというか、元日本男児の性っていうか……」
「?」
二十歳になろうが女の子になろうが、まだ秘密基地にロマンを感じる少年の心は健在である。アイシャには分かってもらえなかったようだが。
「隠し部屋? いや、部屋自体は特に隠していないぞ。ここはオレの部屋だ」
カイには共感してもらえるかと思いきや、返ってきたのはそんな言葉だった。
「え? だって広さ的に……」
「皆まで言うな。オレの部屋が狭いのは分かっている。チューデントの家は実力主義が全てでな、長男長女とて例外ではないのだ」
「実力? でもカイ、結構強い方だと思うけど」
「剣ではない、鍛冶の実力だ。うちは鍛冶貴族の家系だし、それにこの部屋は――いや、これはいいか。とにかくオレは特に不便さを感じてはいないからな、それでいいのだ」
つまりカイは、剣は振れても鍛冶の才能がなかったためにこんな狭い部屋に押し込められているのだろうか。しかしそれにしては、自らの境遇を語る姿は淡々としていて悔しさも後ろめたさも感じられなかった。
ナツキが首をひねっていると、突然ドタバタと部屋の扉の外が騒がしくなった。カイが表情を険しくする。
「――まずい、早くベッドの下に隠れろ!」
「うぇっ!? う、うん!」
カイに促されベッドの下へ飛び込み、もたついていたアイシャを引っ張り込む。ベッドの横幅は小さく、二人合わせてギリギリ隠れられるかどうかといったところだ。幸い縦幅はあるので、上下にズレようとお互い体を動かそうとしたところで、
「くぉらカイてめぇ! サボってんな!」
バンッ、と大きな音を立てて部屋の扉が開き、大音量の怒鳴り声が響き渡った。あまりの声量に空気がビリビリと震え、地震でも起きたかのごとくベッドがガタガタと揺れた。アイシャが堪らずビクリと体を震わせ耳を倒す。
しかし人が入ってきてしまった以上、もう大きな物音は立てられない。できるのはせいぜい静かに身を寄せあって壁側に寄ることくらいだ。
「(アイシャ、耳大丈夫? もうちょっとこっち寄れる? 音を立てないように……)」
「(は、はいです、びっくりしただけなのです)」
こちらに体を寄せてくるアイシャを抱きとめる。……先程の酒樽と言い、どうやら今日は狭い場所でアイシャと密着状態にさせられる運勢の日らしい。
しかしアイシャでよかった。もしこれがリモネちゃんやリリム、ヘーゼルとかの何とは言わないが発育済みの女性方だった場合、冷静に状況を判断できる自信が無い。
「父上、オレの部屋に入る時はノックをしてくれと言っているだろう」
「おうおう、ご立派に一人前面するじゃねぇか、このヒヨッコが! 跡継ぎの自覚を持ってからもう一度言いやがれ!」
どうやら闖入者はカイの父親のようだった。
「跡を継ぐつもりはないと何度も言っているだろう。オレにそんな資格はない」
「けっ、まだそんなこと言ってんのか。いい加減諦めて受け入れろ、チューデントの血統を絶やす気か!」
「オレの人生はオレが決める。ちゃんと別の方法で家には貢献しているではないか。それに……継がせるべきはオレの血ではない」
「こんの……あぁ、もういい、とにかく仕事に戻れ!」
「今日のノルマはこなしたぞ」
「てめぇの仕事は見習い共の監督だって何度言ったら分かんだこのボンクラ! 特にチビ共は目ェ離した隙にすぐ逃げやがる、てめぇみてえにな!」
「それが子供というものだ」
「チビ共やてめぇが何かやらかして傷が付くのはこの俺、シンギ=チューデントの名なんだよ!」
「子供にそんなことは分からん。オレも含めてな」
「てめぇはいい加減分かれ!」
何やら色々と事情のありそうな親子喧嘩が始まってしまった。カイの父親――シンギが雷を落とす度に空気とベッドが揺れアイシャがビクリと震えるので、途中からアイシャの頭を抱きすくめて耳を塞いでいる。
「(やっぱり、ナツキさんの心臓の音はとっても落ち着くです……)」
「(恥ずかしいからやめてってば)」
しかしカイの言動も貴族らしくないと思っていたが、父親もなかなかである。まさか聖騎士エルヴィートがナツキの知るラグナの貴族のイメージに被っていただけで、この世界の貴族は皆こんな感じなのだろうか――
「あと父上、跡取りだのなんのと言う前にもう少し貴族らしい振る舞いを身につけてはくれないか。だからいつまで経っても上級貴族になれないのだ」
どうやらそうでもないらしい。
「上級貴族なんぞなりたくもねえ!」
「上級になれば《塔》から支援が出る。オレ達には金が必要だ」
「あぁん? 弟子15人、てめえも含めてきっちり金は出してんじゃねえか。フリューナ大陸の武器が何でぇ、年一の輸入品なんぞにうちの工房が負けるわきゃねえ、研究して逆に輸出してやれ!」
「そんな話はしていない。……治療費の話だ」
「フン、それはてめぇの勝手だ、俺にゃ関係ねえ」
「親の言葉とは思いたくないもんだな」
「浪費と投資は別だっつってんだ! コソコソ抜け出すのも大概にしろ。《塔》に目ぇ付けられたらてめぇだろうが即切り捨てっからな」
また重そうな事情を抱えていそうな会話である。シンギが去った後カイに何と話しかけるべきか、悩ましくなってきた。
「……ん? おい、そりゃ何だ」
「何がだ」
「そこだ、ベッドの下から何か……黒い猫の尻尾みてえな」
「!? 待っ、それは――」
まずい、と思った時にはもう遅かった。体を寄せることだけ考えていてベッドからはみ出していたらしいアイシャの尻尾が、シンギにむんずと掴まれてしまった。
「んにゃうっ!?」
ビクンッ、とナツキの腕の中でアイシャの体が跳ねた。猫耳同様に触られたくない部位だと聞いていたので触れないようにしていたが、思わず声が出てしまうほど敏感なようだ。
「おい、何かいやがるぞ!」
「あー……っと」
「(なななななナツキさんごめんなさいっ、どうすればっ)」
「(大丈夫、落ち着いて)」
《気配》術を起動して言動を観察している限りでは、シンギは戦闘に長けているわけではない。《気迫》術で一旦気絶させるかと気を練り始め、
「ナツキ待て。父上、それは先程地下で助けた子供だ」
「助けた……子供だとぉ?」
ナツキの行動を読んだらしいカイが突然嘘八百を並べだした。見学に来た貴族の子供という設定は破棄するらしい。
「あれはどこかの家の召使いだろうな。小さな女の子が二人、鎖に繋がれて引きずられていたのだ。平民の人間と感染ラクリマが一人ずつ……我々貴族に殺されると思って今もそこで震えているのだ」
「んだと?」
カイの声は心なしか悔しそうに震えていた。迫真の演技である。
一旦気を練るのをやめ、この場はカイに流れを任せることにする。
「(……なるほど、ボクらは貴族に売られかけた幼女か)」
「(それならわたしがラクリマでも問題ないのです)」
「(貴族を怖がってる感じで演技するとしようか。できる?)」
「(ん……わたしはもうどうしようもない、みたいな感じでいくです。いつも通りなので簡単です)」
「(そっか、なら……)」
アイシャと作戦会議をする傍ら、カイとシンギの会話も続く。
「人身売買たぁふてぇ野郎じゃねえか。どこのゴミだ、二度と武具は売らねえ」
「すまん、どの家の者かは分からなかった。とにかく……いや、面倒ごとを家に持ち込むつもりはない。助けたからにはオレが責任をもって平民区に」
「いや、待ちやがれ。そいつらにとっちゃそのゴミ野郎と俺らは同類じゃねぇか。例え平民相手だろうが、チューデントの名を汚すわけにゃいかねえだろうがよ……おい、隠れてねえで出てきやがれ」
ベッドの下に向けて声がかかった。
発言内容は確かに真っ当な人間のようだが、しかしそんな高圧的な呼び掛けでは、殺されると思って震えている幼女が出ていくわけがない。
「や、やだ……死にたくない……!」
声を震わせながらそう返すと、カイがぎょっとしたような雰囲気があった。ナツキ達が即座に設定を合わせてくるとは思っていなかったのだろうか。
「あー……父上、怖がらせてどうするんだ」
「あぁん? 怖がらせちゃいねえよ」
「父上の指導を受けた見習いが後で震えながら何と言っているか知っているか? ……まあいい、おいナツキ、アイシャ。大丈夫だ、この男はオレの父親だ。お前達に危害は加えん」
余計な前置きのせいであまり信用出来ない促しを受け、ナツキはアイシャと共に恐る恐る感を纏いながら頭を出した。
「ぼ、ボクたち……これからどうなるの……? お願い、せめてこの子だけは……」
「ナツキさん、だめなのです、ナツキさんは人間で、犠牲になるべきなのはラクリマのわたしなのです……」
「で、でもっ」
震えながらも友達を守ろうとする幼女と運命を達観したラクリマを演じつつ、シンギを睨みつけるように観察する。
30代前半くらいに見える、細マッチョの頑固そうなオヤジだった。カイが15歳程度とするとかなり若い。
「あー睨むな睨むな、取って食いやしねえ。んでてめえら、帰る場所はあんのか」
「お、おうち……中流区に……」
「ふん、なら帰してやる。だがその代わり、今日一日ウチで貴族を見ていけ」
「……っ?」
「まともな貴族もいんだってこと、目に焼き付けてから帰れつってんだよ。まぁウチの連中がマトモかっつぅとアレだが……人攫い共よりゃマシだろうよ。暇なら鍛冶場で雑用でもしてけ。てめえらくれえのチビもいっからよ」
口は悪いが、要は貴族の悪印象を払拭してから帰って欲しい、同年代の子供もいるから鍛冶場に遊びに来るといい、という意味だろうか。……なんだこいつ、ツンデレか?
しかしそれは、魔武具の調査にきたナツキとアイシャにとっては願ったり叶ったりの展開である。見ればカイが得意げな表情をこちらに向けていた。なるほど、肉親の思考回路を熟知しているがゆえの状況工作というわけだ。
にー子が《陽だまり亭》で待っているので日が変わる前には一旦帰りたいところだったが、この様子だと少し遅くなってしまうかもしれない。……まあ、明日はいっぱい遊んであげるとしよう。
「……そうしたら、おうちに帰れるの……? アイシャも、この子も助けてくれる?」
「けっ、何度も言わせんなボンクラ共。おらカイ、てめえの仕事だ。サボんじゃねえぞ」
「分かっている」
シンギは不機嫌そうなまま部屋を出ていった。途端にけろりと不安そうな表情を消したナツキを見てカイは何とも言えない顔をしていたが、すぐに「案内しよう」と部屋の扉を開いて歩き出した。
「ねえカイ、さっきの話って……聞かない方がいい? 治療費がどうとか……」
追いかけながら少し遠慮気味に聞いてみると、カイは少しバツの悪い表情になって「ああ、それか」と頬をかいた。
「見苦しいところを見せたな。別に隠しているわけではないんだが……まあなんだ、家族が一人病に伏せているというだけの話だ」
「病気……そっか」
「妹でな。ヒルネと言う。回復薬は効かず、医者は匙を投げ、体は健康体そのもの……だというのに、昏睡状態のまま目を覚まさない。今も上の部屋で眠っている」
「……いつから?」
「十二年ほど前だ」
「じゅ、十二年!?」
十五歳程度に見えるカイの妹が十二年もの間ずっと眠り続けている。ということはその子は、物心つく前に眠りに落ちたのだろうか。
しかしカイが続けて語ったのは、そんな予想すら甘かったと言わざるを得ない内容の現実だった。
「オレはヒルネの声を聞いたことがない。視線を合わせた事もない。……産声すら上げなかったらしい。眠りながら生まれてきたのだ」
だから特段寂しいわけではない、心配は無用だとカイは締めくくった。