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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅰ サードライフは突然に
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転生勇者、転生する Ⅰ ※

 天使が堕ちたその日は、雲一つない快晴だった。


 だから最初、きっとそれは陽炎(かげろう)なんだと思った。


 ひどく透明で、触れたら消えてしまいそうなその光に、

 それでもわたしは手を伸ばすことを選んだ。


 だって――その子は、寂しそうに泣いていたから。



「――ね、一緒に遊ぼ?」



 それが、きっかけ。

 因果の糸が(ほつ)れ出した、最初のきっかけ。



 一つの命と引き換えに、一つの命を巻き添えに、

 世界は音を立てて崩れ始めた。


 やがて光陰の矢は地に落ち、時計は意味を失った。

 終焉を引き伸ばす方舟は、もう沈みかけている。



 続くエンドロールの中で、それでも天使(わたし)は祈る。



 ――どうか、あなたともう一度めぐり逢えますように。






☆  ☆  ☆






 ――冷たい。


 意識の存在を自覚し、まず浮かんだ思考は、どうにも平凡なものだった。


 手が、ひんやりした地面に触れている。そう無意識に考えてから、手という概念を反芻する。


 手。五本の指がついているもの。

 五本? 何故五本なのか。中途半端ではないか? 何せ素数だ、割り切れない――しかしなぜか、キリのいい数だとも思える。

 ……いや、何を当たり前のことを考えているのか。この場合は鶏が先だ。ヒトの指の数が鶏で、十進法が卵。そしてそれは今現在、至極、どうでもよろしい。


 瞼を開くと、寝ぼけた脳に周囲の景色が飛び込んできた。

 崩壊した天井、むき出しの鉄骨。首を傾ければ、蔦が我が物顔で崩落した壁を這っている。頬が砂っぽいコンクリートの地面を擦った。


 ――どうやらここは、廃墟らしかった。


 崩れた壁の隙間から差し込んでいるオレンジ色の光からして、時刻は夕方、そろそろ日没。自分はそんな時間に何故か、知らない廃墟に仰向けに倒れているらしい。

 ならず者に襲われて、拉致でもされただろうか。


 ……魔王を退けた勇者である、この自分が?

 いやそんなまさか、冗談が過ぎる。


「あー……ん、んっ、声は、出る、が、んんっ、何だこりゃ」


 ヘリウムでも吸ったかのように、妙に高い声が喉から出た。何度か咳払いしても治る気配がない。薬で喉でも焼かれたのかもしれない。それにさっきから、妙な違和感、倦怠感が全身につきまとっている。


「痛みはない、が……んんっ、ダメだ、トスカナに相談だな。ペフィロとエクセルにも知らせないと……師匠は……まあいいか」


 脳裏に浮かぶのは、共に魔王軍と戦ってきた仲間達の顔だ。もう転生勇者として世界を救う戦いは終わったが、今でも毎日顔を合わせている。連絡もなしに顔を出さなかったのは初めてだ。心配していることだろう。


「……さっさと学院に帰らないとな」


 よっこいせ、と立ち上がる。妙に身体が重い……いや、軽い? 不可解な感覚に首を捻る。


 そこでようやく、違和感の正体に気づいた。


「…………おい、おい」


 まず、服がなかった。全裸だった。まあそれはどうでもいい――いや良くはないが、今同時に発覚した様々な問題点の中で比較すれば、重要度は明らかに下の下だった。


 ――視点が、低い。

 目の前にある壁に、地面から1メートルくらいまで入っているヒビ割れ。その先端が目の前にあった。つまり、自分の身長は1メートルちょいというわけだが――記憶が正しければ、最後に測った身長は172センチのはずだ。


「……は?」


 自分の手を見る。剣を握り二年もの間戦い続けたとは思えない、やわらかくて小さい両の手のひらが、意思に従ってふにふにと動いた。指がちゃんと五本ずつあることに、何故か強烈な安堵を覚えた。


「…………」


 自分の身体を見下ろす。日に焼けていないつるんとした肌。筋肉の欠片もないイカ腹と短い足。何故かほんの少しだけ膨らんでいる胸。

 ぱさり、と乾いた音を立てて、視界にきめ細かな金色の束が落ちてきた。引っ張ってみると、痛い。自分の頭から生えていた。


「…………はは」


 もはや予想はついていた。下半身にずっと付きまとう喪失感が、如実に答えを物語っていた。それでも、それでも漢として、確かめねばならなかった。震える手を伸ばす。生まれてからずっと、片時も離れることなく連れ添ってきた無二の相棒の安否を、確かめるために――


「ない……」


 なかった。


 つまり、これは。そういうことなのだろう。


 自分は。

 日本から転生し、勇者パーティを率いて魔王を退け、世界に平和をもたらした救世の英雄、廻路夏樹(めぐりじなつき)は。


 何処とも知れない廃墟でひとり――幼女になっていた。



☆  ☆  ☆



 そう、よくある話だ。

 女の子を庇って自分がトラックに轢かれ、異世界に転生する。


「えーと、メグリジ・ナツキ、くん? 読み方あってる? 名前どっち?」

「え? あ、ああ。ナツキ、です」

「はい、ナツキくん。えー、妹の代わりにトラックに轢かれて死亡、と。……あー、……んー……ねえ、きみの星から転生する人間、何でみんなそんな感じなの? 他になんかないの? 意外性なくてつまんないよ」


 あまりにもベタ過ぎて、転生を手伝ってくれた天使も呆れ顔だった。

 ……いや、正直、よくある話ではあってもよくある死因ではないと思うのだが。


「や、そう言われても。俺はただ夢中で……」


 青信号だったはずだ。

 自分――廻路夏樹(めぐりじなつき)と、妹の秋葉(あきは)と、公園で遊んでいた友達と。公園入口前の横断歩道。

 遊びに出かけるのは久しぶりで、浮かれていたんだろう。誰も気づかないまま、トラックが目前まで迫っていた。

 他の子供たちはまだ歩道の中で、夏樹と秋葉だけが車道にいた。

 突き飛ばして、撥ね飛ばされた。

 鈍い痛みと浮遊感の中、秋葉の甲高い叫び声が、徐々に薄れていって――


 気づけば、幻想的な謎空間で、のんべんだらりとした天使がぼんやり眼でこちらを見ていた。


「あの、秋葉は、俺の妹は無事なの……無事ですか」

「んー、助かったんじゃない? 妹の代わりにって書いてあるし」


 天使の手には、半透明の紙のようなものが握られている。夏樹の情報が書かれているようだった。


「そう、か。……ならよかった、です」


 ほっと息をつく。肩の荷が下りたような気分だ。

 実は突き飛ばさなくても助かっていて、むしろ突き飛ばしたせいで他の車に轢かれました、なんて言われなくて本当によかった。


「でもあいつ、これから一人なんですよね……頭はいいけど生活力は……」

「ふふ。案外しぶといもんだよ、人間。へーきへーき」


 天使は何も考えてなさそうな顔でひらひらと手を振った。


「あーそうそう、敬語はいらんよ。大変でしょ。あたしそんな偉いアレじゃないよー」

「……そんなこと言って、態度悪いと地獄行きとかなんじゃ……」

「あはっ、ないない。何だっけ、ハンマー大王に尻子玉引っこ抜かれるんだっけ。昔から面白いよね、キミの国」

「いろいろ違う」


 言動はあまり神々しくなかったが、頭上に光の輪が浮き背後に大きな翼を携えるその姿は、紛うことなき天使だ。眠そうなぼんやり眼も、慈愛に満ちていると形容できなくもない、のだろうか。


「さて」


 天使は、雑談はここまでという様に手を振り、少し居住まいを正した。夏樹も背筋を伸ばす。


「えーはい、というわけで、きみは累計2兆人目の……3兆だったかな? まあとにかくめでたいのでー、異世界に転生する義務が与えられました。どんどんぱふぱふ。ナツキくん、おめでとう!」


 ぱちぱちぱち。天使がやる気なさげに手を叩く。


「……マジか。実在したのか、異世界」


 この展開で、期待していなかったと言ったら嘘になる。

 が、ちょっと待って欲しい。物語のように全部上手く行く保証なんてどこにもないのだ。

 夏樹は戦闘経験もない、平和な日本の男子高校生である。現実的に考えて、慣れない殺伐とした環境に放り出されて、あっさり魔物やら魔獣やらに襲われて死ぬのが関の山だろう。

 よし。ここは丁重にお断りして、可能なら秋葉の弟や友達として日本に転生――


 ん?


「……今、義務って言ったか?」

「あーうん。上の命令だからねぇ。あたしを恨まれるとちょっと困る」

「キリ番踏んでめでたいから祝ってくれるんじゃ?」

「あー、5億人目ってのも嘘。そんなんいちいち数えてないって」


 さっきと数が違うじゃないか。

 夏樹が胡乱げな目を向けると、天使は人間臭くため息をつき、だるそうに話し出した。


「いやねぇ、実はちょっと困ったことになっててさ――」


 ぺらぺらと語り出した天使によれば――なんでも、異世界で魔王が暴れて大変なので、素質のある人間の魂を祝福して転生させて勇者に仕立てあげてやっつけてもらおう計画が遂行されているらしかった。


「魔王と勇者っておい、よく俺に意外性なくてつまらんとか言えたな」


 ベタベタのベタじゃないか。


「ってかそれって天使が助けるようなもんなの? ……あ、天界と魔界が対立してる感じのやつ?」

「ま、大体そんな……あー、んー……怒られそうだからやっぱノーコメント」


 天使は両手の人差し指でバツを作り、口に当てた。何かしら事情があるらしい。


「……まあいいや。祝福ってのは?」

「えーと、素質の強化かな。魔法が得意ならめっちゃ魔法が得意になるとか、そんな感じ……あーあと、今なら異世界語自動翻訳システムがついてくるからお得だよー」

「は、システム? いや俺、素質なんて何も……」

「えー、君の素質は……あれ? んー、ま、いいか。じゃー頑張って、勇者ナツキくん」

「いやいやいや全然良くないが!?」


 俺の素質、何なんだよ。何も無いから強化されないとかじゃないだろうな。

 マイペースな天使の言葉に戸惑っていると、突然、足元の床が音もなく消えた。


「……は?」


 当然、落ちる。


「うおぉぉぉおお!?」

「あ、待って、もう一つ嘘あった!」

「あぁ!?」


 遠くなっていく頭上の四角い光の穴から、天使がこちらを慌てて覗き込み、曰く。


「あたしハーネ! 皇族の血筋の大天使! 実は結構偉い! えっへん!」

「どうでもええわあぁぁ……」


 ハーネ大天使陛下の声が聞こえなくなり、周囲が暗闇に包まれて、数秒。

 次に夏樹を迎えてくれたのは、絵に描いたようなファンタジー異世界だった。

 異世界の惑星ラグナを舞台に、勇者ナツキの冒険が始まったのである。



☆  ☆  ☆



 ――これが、約2年前の出来事。


 それから、同じように別世界から転生させられ魔王討伐の義務を押し付けられた仲間たちと出会い、現地の人々の力も借りて、厳しい修行と艱難辛苦の旅の末、ついに魔王軍を退けたのが――1年前の出来事。


 平和になった世界で、ナツキは学院の研究者としてのんびりスローライフを送っていた。

 元の世界で死んでから来ている以上元の世界に帰ることはできず、ナツキたち転生勇者一行はラグナに永住することになったわけである。

 魔王がかつて召喚した悪魔や魔物の残党狩り任務もあって、結局ある程度は殺伐としていたが――それでも、そこはエンドロール後の世界だった。


 何事もなく、変わらぬ日常を過ごしていたはずなのだ。昨日まで、ずっと。


「幼児化の魔法なんか聞いたことないしな……」


 改めて自分の身体を見下ろしてみる。小学校中学年くらいの身長、圧倒的幼児体型(つるぺた)。幼女趣味はないが、じわじわと罪悪感が芽生えてきた。何故だ、自分の体だぞ。

 

 視線を上げ、歩いてみる。……視界と重心が、絶望的に低い。


「おっ、と……慣れるまで結構かかるな、こりゃ」


 そこでふと、夕日の反対側の部屋の端に、まだ崩れていない窓ガラスがあることに気づく。

 足元の瓦礫を避けつつふらふらと近づくと、びっくりするほどかわいい女の子が現れた。


挿絵(By みてみん)


「……へえ」


 大きなぱっちり目に、形の良い小さな鼻と口。脇くらいまで伸びるさらさらの金髪。暗くてはっきりとは分からないが、瞳の色は恐らく青。顔立ちは、地球人基準で分類するならロシア人と日本人の中間くらいか。つむじの辺りから漫画みたいにアホ毛がぴょこんと飛び出している。

 思わず見とれてしまうほどの、人形のような美幼女だった。


「いや俺だが」


 ナツキがげんなりすると、幼女はげんなりした。かわいい顔が台無しである。慌ててにっこり笑いかけると、幼女は天使のような笑顔を見せた。かわいい。庇護欲がくすぐられる。何故服を着ていないんだ、風邪を引いてしまう。幼女が心配そうにこちらを見つめてきた。


「……やめよう」


 不毛な一人にらめっこをやめ、窓から離れる。随分とかわいらしい姿に変えられてしまったものだ。


 胸に手を当ててみれば、とくん、とくんと心臓の鼓動が伝わってくる。息を止めればすぐに苦しくなる。さらに図ったかのように、おなかがぐぅと鳴いた。

 間違いなく、生きた身体だ。ホムンクルスや魔法生物の類に意識を囚われた、という線は消える。

 魂の奥へと意識を向ければ、「気」の流れも見える。その形は、間違いなくナツキ自身のものだ。


「魂のクローンは作れない。俺は確実に俺自身。でも身体は俺じゃない、別の生きた人間……なら、魂だけ抜き取られてこの身体に……この身体の持ち主と入れ替わった……いや、そんな魔法があってたまるかっての」


 転生してから学んだ『練気術』やら『死霊術』やらの基礎を反芻しつつ、推論を重ねる。

 魂は、器である身体と異様に強い結び付きがある。それを完全に切り離せるのは――器が死んだときのみ。


「……死んだ? 俺が?」


 そんな馬鹿な、と思いつつ、ナツキは記憶を探った。

 きっと、目覚めてすぐすべきはこれだったのだろうが、幼女化の衝撃に全ての思考を持っていかれてしまったようだ。


 さあ思い出せ。ここで目覚める前、最後の記憶――

2022/6/25現在、166ページ目(約82万字、第一章完結)まで予約投稿済み。

筆者の趣味嗜好特殊性癖の煮込み鍋みたいな作品ですが、気に入っていただけたら嬉しいです~

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