5.危機
「で? 何でアンタがここにいんの?」
控室のふかふかソファーでくつろぎながら、リンゴのジュースをすする姉。
対する弟は、ぶどうのジュースを手に落ち着かない様子で部屋を見渡していた。
「いや、姉ちゃんを起こして来いって母さんに言われてさぁ……」
「やべ、私ってば寝坊してる?」
「気にするとこそこかよ。……で、部屋に入ったら姉ちゃんいなくてさ。枕元にスマホがあったから、何となくそれを手に取ったんだよ」
「そしたら?」
「……気がついたら、教会にいた」
楽人の言う教会とは、召喚の間のことだろう。遊香はそう当たりをつけた。
ゲームをプレイしていない楽人の目には、そう映ると思ったからだ。
「誰もいないしと思って外に出てみたらさ、町並みから浮いてるココが目に入って……」
「まーうん、浮いてるよねーうちって。私が監修してるからね」
「やっぱりかよ……」
きらびやかな看板をでかでかと掲げ、ナイツ達のパネルもいくつか外に出している。
どう見ても異質だ。
「んで、入ってみたら姉ちゃんがいたってわけ」
「へぇ~」
「へぇ~って……もっと何かあるだろ! 俺を巻き込んじゃった申し訳なさとかさぁ!」
「いや別に? だって弟だし」
「っく……これが姉弟か……ッ!」
姉弟ヒエラルキーは残酷だ。
「じゃ、じゃあ店の男キャラ達はどうなんだよ! あいつら、本当は戦うためにいるんだろ?! それなのにホストクラブなんかで働かせて申し訳ありません! って言うところじゃないか?!」
「良いのよ。だって私の夢だしマスターなんだから」
「くっそぉおおおーー!!」
吠える弟を無視して、遊香は考えていた。
――とても重要な、その問題のことを。
「そろそろ、ね……」
「え? 何が?」
「そろそろ起きなきゃ……会社に遅刻しちゃうじゃない!!」
寝坊で遅刻するだなんて、社会人にあるまじき事態だった。
「楽人。あんた、私を起こしてよ」
「ええっ?! いきなりそんなこと言われても……」
「そのために来たんでしょ? ほれほれ、早く~」
「ちょ、ちょまっ……!」
姉の横暴にも慣れた楽人だったが、さすがに出来ることと出来ないことがある。
ゲームの説明やホストクラブを作った経緯も聞いたが、起こし方なんて検討もつかない。
「ってかあの人達? キャラ達? に、挨拶とかいいのかよ!」
「んー、いいよ。私がいなくてもやっていけるでしょ」
夢なのだから目が覚めれば終わる。
遊香はそういう考えだった。
「信じらんねぇマイペースっぷり」
「自分の夢の中でマイペースを発揮せずに、いつ発揮するのよ」
「……夢じゃないとしたら?」
「え?」
「俺には今朝、姉ちゃんの部屋に入った記憶がある。ここが姉ちゃんの夢だとしたら、そんなのおかしいだろ」
楽人は真剣だ。
もしかしたらここはゲームの中の世界なんじゃないか……と、考えていた。
しかし、遊香は一蹴した。
「いや、そういう夢だから」
「そしたら俺は?! 俺も夢見てんのか?!」
「フッ、『胡蝶の夢』ってやつね……深いわ!」
遊香が楽人の夢を見ているのか。
楽人が遊香の夢を見ているのか。
……少しズレている気がしたが、楽人は反論する気力を失った。
「もう……いいよ、夢で……」
「だから最初っからそう言ってるでしょ!」
姉は強かった。
「さぁ、遅刻しないうちに私を起こして! 稼がないと課金できなくなるじゃない!」