再会
「なんで、避けるんですか?」
私より頭2つ分くらい背の高い後輩は、就業後の給湯室の出入り口に立ちふさがった。
乾いたお弁当箱が流しに滑り落ちた。
手が震える。
その理由を、後輩に伝えるべきなんだろうか。
私には、保育園から高校まで一緒だった友人がいた。
地方の小さな町で、保育園も小学校も各学年1クラスしかなかった。
当然、誰とも仲よくなるし、誰ともけんかした。
誕生日から家族構成まで、家の場所なんて、当たり前のように知っていた。
もしかしたら、校区のどの家のことも知っていたかもしれない。
田舎ゆえ校区はそれなりに広かったが、世帯数が少なかった。
友人との初対面は覚えていない。
保育園が一緒だったから、多分、そこが初対面。
でも、覚えていない。
そこで会った女友達のことは覚えているから、多分、印象が薄かったのだと思う。
小学校に上がり、私は好きな子ができた。
5年生のときで、その子は、友人の友達だった。
その子のことを、中学時代も変わらず好きだった。
その中学時代、ふとしたことで、友人が私のことを好きだと知ったが、私の好きな相手は変わらなかった。
ずっと友人だった。
「夏休みに遊びに行こう」とか、「部活の応援に来てよ」とか、「バレンタインにはチョコレートがほしい」とか、全部が全部、友人だった。
「付き合って」とか、言ってくれなかったからかもしれない。
言われたからと言って、私の気持ちが動いたかどうかはわからない。
同じ高校に進学したが、コースが違ってしまい、友人とは話す機会がなくなった。
私が好きだった子とは、高校が違ってしまった。
高校が違ってしまうと、それまでだった。
もう好きではなくなってしまった。
それくらいのものだったのか、と、自分のことながら、ひいた。
そんな、高校時代、友人と、偶然一緒に帰宅する機会があった。
家の方向が全然違ったから、一緒に帰宅するなんてことは今までなかった。
でも、高校は多少遠くなったから、途中まで一緒に帰れた。
久しぶりに、たわいない話をした。
後日、女友達から、
「彼、同じコースに付き合っている子がいるから、そういうのやめたほうがいい」
と言われ、それ以降、近づくことをやめた。
私は大学受験に失敗し、浪人生活をした。
そして、1年遅れで大学生活を送った。
友人は、大学へ進学して、県外に行った。
その後、私は就職し、県内の会社の事務職についた。
県内の都会で一人暮らしを始めた。
友人のことはすっかり忘れていた、というより、思い出になりつつあった。
友達づてに連絡先を聞くにも、小さな町ゆえ、変に探られたり、妙なうわさが立つのが嫌だった。
連絡先を聞こうと思ったのは、仕事がうまくいかなかったからかもしれない。
ちょうど、携帯電話が普及し始めた頃。
知っているのは家の電話。
連絡を取るには、それなりの勇気と、それなりのリスクがあった。
数年後、実家に帰省した際、新聞に挟み込まれたチラシをで友人を見つけた。
保険会社の渉外担当として紹介されていた。
友人は、大学を卒業後、地元で就職したようだった。
小学校のころから使っている、家に備えつけの家族兼用の電話帳をくって、友人の家に電話をかけた。
会う約束は、2日後。
すぐに決まった。
2日後、友人は自分の車で迎えに来てくれた。
いろいろな話をした。
高校2年生のときの帰宅以来だった。
それから、時々会って話すようになった。
それだけだった。
学生時代のころの話や、職場の話、テレビの話、スポーツの話とか、どれもがたわいない話だった。
足りないところを埋め合わせるような話をしながら、数年がたち、やっぱり友人のままだった。
飲みに行ったりはなかった。
あくまでも、友人。
夜に帰ったり、朝帰りなんかあったら、もう、田舎では大騒ぎだ…。
それに、何より、私には付き合っている人がいた。
一つ年下の背の高い同期。
私と違って、都会の人。
幸せだった。
友人には、そんな彼がいることも話していた。
何度も会って、彼とののろけ話も話しているはずなのに、会うようになって2年ほど経ったころだったか、
「もう、別れるとかないの?」
と聞いてきた。
もう遅かった。
ほんの2週間前、結婚式場の予約をしていた。
手付金も入れていた。
「別れるはずないじゃない」
と、さらっと言ったけど、ホンネは
「何を今さら」
だった。
私にとっては、結婚相手が友人でも、今の彼でも、どちらでもよかった。
どちらでも、幸せになれると思っていた。
半年後、私は結婚した。
幸せだった。
結婚を期に、友人とは連絡を取ることも、会うこともなくなった。
それが寂しいとも思わなかった。
3年後、女友達から電話があった。
「彼、亡くなったよ」
と。
私の結婚記念日と同じだった。
その前日、友人は私が昔好きだった子の結婚式に参列したらしい。
次の日、体調がすぐれず仕事を休み、母親が仕事から帰宅したときには亡くなっていたらしい。
私は、この日を境に、うつを患った。
子どもがいなかったからかもしれない。
自分の感情だけに左右されてしまった。
私が選んだ結婚相手が正解だったのか、もし、友人を選んでいたら私は未亡人だったのか。
もしかしたら、私と結婚していたら友人は亡くならなかったのかもしれない。