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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第83話 乱入者

「いや君、流石にそれはないだろう」


 そう言うクレアの言葉で、アレクセイは我に返った。見れば彼女はやや呆れた表情でフリアエの方を見ている。


 魔王の復活。


 フリアエの語ったその言葉は、かつて魔王に敗れた張本人であるアレクセイには大いに刺さったが、彼女にはそうでもないようだ。何を言えばいいか分からないといった表情で、気まずげに頬を掻いている。どうやら魔王の復活という話は、にわかには信じがたいものであるらしい。


「そうなのか?クレア君」


 アレクセイがそう大真面目に問うてみると、やはり彼女は驚いた顔でこちらを見返してきた。


「まさか君は信じているのかい?よくある与太話の類だよ」


 曰く、魔族の生き残りが盟主の復活を望んでいる。曰く、邪教を奉ずる一団が更なる破壊を世にもたらすために企てている。曰く闇森人(ダークエルフ)の一党が森を取り戻すために、新たな旗頭を云々。

 それは平和の世の裏に必ず存在するものであり、そしてまた常に只の風説に過ぎないのだという。


「そりゃあ実際にそういった連中がいることも事実だよ。でもその数はごく少なく、また支持者はもっと少ない。なぜならこの世界には迷宮があって、魔物がいて、そこには財宝があるからだ。つまらない野心を抱くよりも、迷宮に潜った方がよほど面白いのさ」


 クレアの言うことは実に冒険者らしい意見であるが、なるほど納得できるところはある。

 確かにこの時代には”迷宮”という不可思議な存在がある。どうやら今の世界はこの迷宮から得られる富と危険によって周っていて、その存在を無視して何かを語ることはできないのだ。魔王の復活などという誇大妄想に執着するよりも、数多の可能性を宿す迷宮に野望の実現を託す方が、まだしも現実味があるように思う。


 それに魔王の復活がもし真実なら大変なことだが、結局のところ問題となるのはその先だ。つまりは魔王を蘇らせてどうするか、である。


 それはアレクセイの時代のように、魔族の軍勢が健在なわけではないからだ。太平の世が続いて人の軍は弱くなっただろうが、代わりに人の数は爆発的に増えたようだ。それに冒険者という、個人で武力を持つ人間も数多い。魔王はアレクセイですら敵わぬほどに強力な存在であったが、結局は只の強い()()に過ぎない。その支配の及ぶところには限りがある。そうたやすく世界を我が物にできるとは思えない。


「但し、万が一ということもある。真実を明らかにするためにも、正式な取り調べを行う必要があると思うね」


「ほぅ?」


 聞けばこの時代では、疑わしき罪人や証言者の言質を確認するために、魔道具による取り調べを行う法があるのだという。


「州総督府に正規の審問官を派遣してもらい、≪看破(センスライ)≫の魔術にて事の真実を明らかにすることを進言するよ」


「馬鹿が!!そんな盗人の言うことなど、信じる者がいるはずないだろうっ!!」


 クレアの提案をレックスは怒声を持って拒否する。そのまま跪くフリアエに歩み寄ろうとしたが、それはクレアによって阻止される。


「貴様っ!!」


「確認の対象にはあなたも入っているんだよ、騎士殿?審問は何も彼女に対してだけじゃあない。騎士であるあなたと、勿論疑惑が掛けられている伯爵も対象だよ」


 自分のことなどまるで勘定に入っていなかったのだろう。レックスはしばし口をパクパクさせると、唾を飛ばして喚き散らす。


「た、たかが冒険者風情がぁっ!!帝国騎士たる俺ばかりか、伯爵閣下を告発するだと!?馬鹿馬鹿しい!」


「そうかな?私の依頼者殿ならあなた方を……」


 クレアが何か言おうとした、その時である。


『もうよいだろう、騎士レックスよ』


 不意にその場に響いた声に、アレクセイはすぐさま臨戦態勢をとった。それはソフィーリアも同じである。

 それが聞こえてくるまで、アレクセイはいかな気配も感じることはできなかった。そのこと自体が、自身の警戒度を激しく上げていた。アンデットとなり、生前よりも周囲の気に敏感になったアレクセイたちに気づかせないなど、並大抵の相手ではない。


 剣を失くしたアレクセイが大盾を構えていると、ふとレックスの後ろの空間が歪んだ。そしてそこからゆっくりと、一人の男が歩み出てきたのである。


 恐らくは、男であろう。相手は面頬付きの兜で顔を隠していたが、先の声色からして女ということはあるまい。全身に濃い紫色の金属鎧を纏い、右手に禍々しい形状の長剣を携えたその姿は、どう見てもこちらに友好的な存在には見えない。そしてアレクセイは一目で、その騎士がかなりの使い手であると見抜いていた。


「こ、これは客人殿!」


 怒りに顔を真っ赤に染めていたレックスは、その姿を見ると一転顔色を変えて後ずさった。


「神器を目の前にしながら下らぬ問答をペラペラと……もはや見ておれぬ」


「も、申し訳ありません!!」


 先ほどまでの威勢はどこへやら。途端に恐縮し始めた様を見るに、どうやらこの騎士はレックスの上役のようなものらしい。そしてこのような禍々しい雰囲気を発する男に与している時点で、アレクセイとしては大いにその言動を疑わざるをえない。


「お、恐れながらこ奴らが小癪なことを言い始めまして……」


「適当に言ってあしらえばいいものを。腕ばかりか、口も立たぬとは、全く無能な男だ。流石はあれの部下といったところだな」


 紫の騎士はぞんざいにそう言って捨てると、フリアエへと頭を向けた。兜の奥の視線が見えたわけでもなかろうが、彼女は射すくめられたように身体を硬くする。


「そう思えばまだその女の方が目端が利くというもの。我らの企みに早々に気づいて、邪魔してくれたのだからな」


 その視線を遮るように、アレクセイとクレアはフリアエの前に立った。


「その口振りから察するに、フリアエ君の言ったことは真実のようだな?」


「そうだね。まさか相手の方から姿を現わしてくれるとは。ここで叩きのめしてしまえば、答えなんてすぐにわかるさ」


 どうやら彼女もフリアエの言ったことを信じ始めているらしい。魔王の復活云々はともかく、何か良からぬ企みが裏にあることを確信しているようだ。少なくとも、竜を使った交易などという話が出鱈目であることは疑いようがない。


 それに目の前の男は強者ではあるが、脅威ではない。アレクセイ一人でももちろんのこと、クレアにソフィーリアがいれば負ける要素は一つもない。

 だがそんなことは相手も分かっているはず。だとすれば、そうでありながら相手が単身で姿を現した理由が気になった。


「臨時で雇った冒険者にしてはえらく腕が立つようだが……さて、どんな風に()()してくれるかな?……≪出でよ≫」


 男がそう言った後しばらくは、何の変化も起きなかった。アレクセイが訝しんだのもつかの間、隣にいたクレアが突如地に両膝を突いたのである。その顔は苦し気に歪められ、これまで見せたこともないような大粒の汗を掻いていた。


「どうなさったのですか!?クレアさん!!」


 すぐさまソフィーリアが駆け寄ると、その身体を検める。だが彼女は腹に手を当てて呻くばかりで、見た目に手傷を負ったようには見えない。


 アレクセイはとりあえず目の前の相手をぶちのめそうと身を乗り出したのだが、次いで新たな気配を感じると、その正体に気づいて愕然とした。


「こ、この気配は……馬鹿な」


 それはアレクセイたちの周囲、フリアエによってぶちのめされた冒険者たちの方から感じるのである。

 木々にもたれてぐったりとしていた斧戦士の身体が、がくんと飛び跳ねる。それは倒れ伏していた軽戦士や魔術師も同じであった。そして次に起こった事を見て、アレクセイは己の目を疑った。


 冒険者たちの腹がありえないほどに膨張すると、なんとそこから異形の魔物が姿を現わしたのである。


「デーモン、だと……?」


 漆黒の毛に覆われた筋骨隆々の体躯。山羊とも羊ともつかぬ、曲がりくねった角。竜に似て非なる牙の生えた顎に、爛爛と赤く光る三つの目玉。かつて闇の尖兵として人々を苦しめたという伝説の魔物、デーモンであった。


「チッ、やはりあの程度の人間では三つ目が限界か。だがそれが三体、いや四体もいれば十分であろう」


 騎士がそう言う否や、沼地から更にもう一体のデーモンが姿を現した。もしあれらが人の肉体より出てきたというのならば、恐らくはフリアエに蹴飛ばされた聖職者の男だろう。そしてそのデーモンが咆哮を上げると、なんとその手に黒い炎が集まり、瞬く間に武器へと変化したのである。その魔物は、いかにも悪魔じみた形状の戦鎚を手にしていた。


 次いで他のデーモンたちも咆哮を上げる。すると各々の手には戦斧が、二本の剣が、曲がりくねった杖が現れたのである。どうやらデーモンたちは発生源となった冒険者たちと似通った武器を顕現させているらしい。


 そしてアレクセイが周囲を見渡してみれば、そこでもやはり同様の事が起きていた。

 亜竜たちと戦っていた他の冒険者までもが、その姿を変えていたのである。彼らの腹から出てきたのは、デーモンではなくレッサーデーモンであった。魔界の尖兵たるデーモンに比べれば遥かに劣る魔物ではあるが、それでも竜の亜種たる亜竜たちよりは強い。彼らは相対していた相手を瞬く間に殺すと、アレクセイたちを包囲するかのように集まってきた。


「うん?肝心の連中が変化していないではないか……飯を食わすことさえ満足にできぬとは、無能にも程があろうに。なぁ、レックスよ?」


「ひっ!!申し訳ありませんっ!!」


(あの時の食事が原因か)


 男の口ぶりで、アレクセイはこうなった原因に見当が付いた。

 迷宮内を行軍中に、レックスが冒険者たちに食事を振舞っていたことがあったのだ。恐らくはあれに細工がしてあったのだろう。現に食事を必要としないアレクセイとソフィーリア、そしてスライムのミューに横取りされて食べていないエルサにはなんの影響もない。相手の仕掛けたものが人間専用だったのかどうかは分からないが、見たところ当のミュー自身も問題がなさそうだ。


「するとクレア君がいまだ人の姿を保っているのはなぜだ?」


 アレクセイの呟きに答えたのは、クレア本人であった。


「こ、こいつのおかげさ」


 彼女が懐から抜き出したのは、一本の短剣である。彼女が獲物としている、カタナと呼ばれる東方の剣ではない。幅広の鍔を持ち真っすぐな両刃造りの、大陸で一般的な短剣だ。ただ鍔や柄には精緻な装飾が施されており、刀身には複雑な紋様が刻まれている。どう見ても実戦向きではない、宝剣の類である。


「あらゆる呪いを防ぐ品なんだけど、ちゃんと効いていないのかな?そうだ、こ、こうすれば……」


 依然として苦し気なクレアはそう言うと、いきなり自らの腹部に短剣を突き立てた。


「い、痛い!……んん?ま、間違ったかな?」


 当然ながら彼女の腹からは血が溢れ出ていた。宝剣とはいえ刃物を半ばほどもぶち込んだのだ。脂汗は止まったようだが、微かに笑う顔からは血の気が引いてきている。


「いかん!皆のもの、ここは一旦退くぞッ!!」


「させぬよ」


 アレクセイの注意が逸れた一瞬を狙い、紫の騎士がその手に持つ剣を打ち込んでくる。それをすかさず防御しつつ、アレクセイは一瞬だけ思案する。


 このまま武器がない状態で戦うのは明らかに不利だ。アレクセイが防御、ソフィーリアが攻撃と分担してもよいが、そうすると重症を負っているクレアが手遅れになってしまう。そのクレアに敗れたフリアエも負傷しているし、エルサやミューのこともある。夫婦だけならいざ知らず、彼女らを守りながら目の前の騎士と悪魔の集団を相手取るのは難しい。


 となれば撤退しかないのだが、果たしてこの騎士がそれを許してくれるかどうか。


(いや、やらねばなるまいッ!!)


「おおっ!!」


「グッ!?」


 アレクセイは大盾を打ち付けて紫の騎士を弾き飛ばすと、フリアエを拾うべくそちらへと駆け出した。見れば騎士レックスも彼女の元へと走っている。もっとも奴の狙いは神竜の鱗だろう。だがこちらの方が早い。それにこの男を張り倒すのは簡単で……。


「こ、来ないでっ!!」


 フリアエが叫ぶ。それが帝国騎士に向けてか、迫りくる鎧の大男に向けてかは分からない。反射的にだろう、彼女は守るように神竜の鱗に手を伸ばした。すると鱗は眩いばかりの光を発して輝きだしたのである。


「あっ、熱っ!!」


 レックスが咄嗟に手を引っ込める。フリアエにはなんともないようだが、この男には高熱に感じるようだ。もっとも、アレクセイなどはその比ではなかった。


「ぐあああああぁぁぁぁぁ!?」


「あなたっ!?」


 絶叫と共に、アレクセイはその場に膝を突く。

 なんとアレクセイの漆黒の鎧が、真っ白な炎に包まれていたのである。時に銀にも見える炎はアレクセイだけを焼き、足元に生えている下草などは全く燃えてはいない。どうみても通常の火でないことは明らかだ。そしてアンデットとしてこの時代に復活して初めて感じるほどの激痛が、アレクセイの魂を苛んでいた。それは≪ミリア坑道≫の時に受けた、ソフィーリアの≪聖炎≫以上の痛みである。


「ふはは、何やら勝手に自滅してくれたようだな。そらレックスよ、今のうちに神器を手にするのだ。最早邪魔者はいない。いかなお前とて、これならできるだろう?」


 紫の騎士の嘲るような言葉に、レックスは肩を震わせている。血走ったその目は火傷を負ったかのように腫れた右手に注がれていて、次いでその視線はフリアエへと向けられた。その顔は先ほどまでの怒りでも、青ざめた顔でもない、狂気の色に歪んでいた。


「く、くそ……そうまでして俺を拒むのか!鱗にすら、俺は認められないのかぁ!!フリアエェェェ!!」


 剣を抜いたレックスが猛然と彼女に襲い掛かる。アレクセイはそれを目で追っていたが、我が身を包む炎のせいで動けずにいた。

 フリアエが再び鱗を掲げる。閃光はレックスの顔面を焼いたが、なおもその男が止まることはなかった。


「いかんッ!!フェリシアッ!!」


 今はない喉を焼かれながら、アレクセイは叫ぶ。だがそんな目の間で、レックスの振るった刃がフリアエを貫いた。


「どうし……兄さ……」


 悲痛な顔でそう呟いたフリアエの言葉が、鮮血と共に宙に舞った。

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