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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第79話 冒険者の事情

「それにしても大きい亜竜だったな」


 禁域の森の最奥を目指しながら、アレクセイは先ほど遭遇した魔物を振り返っていた。


 ヴォルデン人であるアレクセイをして、巨大と言わしめたナマズ竜である。その死体を解体していたせいで、一同の行軍は遅れに遅れていた。指揮官であるレックスなどは先ほどから怒り心頭の様子である。アレクセイにもその気持ちは分からなくもない。


 本来の目的を前に魔物の素材剥ぎに夢中になるなどどうかしているとは思うのだが、クレアに言わせればそれも仕方のないことなのだという。


「あれほど成長した亜竜は私も見たことがないからね。それに魚類系の亜竜は全身がいい値段で売れるから、彼らとしてもここで稼ぎを確保しておきたいのだろうさ」


「しかし、我らの目的は盗人の捕縛だろう?流石に亜竜の素材が金貨百枚を越えるということもあるまい?」


 アレクセイがそう問うと、クレアは他の冒険者たちの方を気にしながら身を寄せてくる。


「そこはほら、この一行には君や私がいるだろう?これまでの戦いで、競争相手としては敵わないと思ったのではないかな?」


 なるほど彼女が声を潜めるわけである。

 確かに、この迷宮の適正位階であろう彼らとアレクセイらとでは、実力に違いがあり過ぎる。アレクセイ一行を出し抜いてフリアエを捕らえられるとは、彼らも考えてはいないのだろう。


「その割には途中で抜ける者がいないな?」


「う~ん。もしかしたら私たちに付いていけば、またおこぼれに預かれるとでも思っているのではないかな」


「……」


 それもまた納得できる理由である。ただ彼らとて冒険者だろうに、少しは"冒険する"気概を見せて欲しいものだ。そう考えれば、アレクセイたちのすぐ後ろを歩く連中はまだ根性があるというものだろう。


 縦に伸びた隊列の中ほど、先頭を行くのはアレクセイ一行だが、依頼者のレックスを守るように歩いているのは腕利き冒険者たちである。"竜殺し"の大男に、陰気な軽戦士。それに痩身の魔術師と太っちょの聖職者だ。


 彼らいまだフリアエ捕縛を諦めてはいないらしく、そちらからは時折敵愾心に似た対抗的な視線を感じるのだ。その心意気は見上げたものだとは思うのだが、アレクセイには彼らがフリアエを捕らえられるとは思えなかった。


 フリアエとはバルダーの外の湖畔で偶然出会ったきりだが、そのときの姿から彼女がなかなか使い手であることはわかっていた。

 また彼女の傍には白竜の姿もあった。まだ完全な成体ではないようだったが、白竜ともなればその力は並みの火竜をも凌ぐだろう。流石に先のナマズ竜とはいかないまでも、そこらの冒険者が敵う相手ではあるまい。


(それにあの竜殺しとかいう男、あれが四ツ星とはな)


 聞いところによると、"三十匹殺し"の男は四ツ星で、他の三人は三ツ星という話である。四ツ星冒険者といえば思い浮かぶのはスキル教官のアネッサ、次いでクランマスターのセリーヌだ。しかし後ろの男が彼女らに並ぶとは思えない。それはこれまでの戦いぶりを見ても明らかであった。


 その疑問をクレアにぶつけて見ると、返ってきたのはなんとも曖昧な微笑であった。


「アレクセイ殿の言いたいことは分かるよ。実際、そこのところはここ最近の冒険者ギルドの問題でもあるんだ」


 アンデットとして蘇ってしばらく経つが、アレクセイらは未だに世事には疎い。それに霊魂遣い(ソウルコンジュラー)であるエルサも、旅慣れてはいるがあまり最新の情勢に機敏な方ではなかった。


 そうして彼女から聞かされたのは、なんとも世知辛い話であった。


「ここ最近は冒険者がね、少ないんだよ。特にギルドでメインとなるはずの中間層がね」


 クレアによると、本来幅広く活動してくれるはずの中堅冒険者の数が減ってきているのだという。だが決して冒険者そのものの数が少ないわけではない。アレクセイはこれまでラゾーナにサルビアンという冒険都市を旅してきたが、確かに冒険者が少ないと感じることはなかった。


「迷宮探索というのは危険だが、その分見返りの大きい仕事だ。しがない農家の三男坊が、腕っぷしひとつでちょっとした富豪並みの財産を築くことだってできる。それも若くしてだ」


 故に古来から迷宮に夢と希望を見出した若者たちが、村を出てギルドの戸を叩くのである。

 だが問題はその先にある。迷宮がこの世に現れて五百余年。問題は迷宮の"攻略法"が世に広まり過ぎたことなのだという。


「だが誰だって怪我はしたくないし、死ぬなんてもってのほかだ。教会の奇跡だって万能じゃない。迷宮の奥深くで傷つけば間に合わないことの方が遥かに多いだろう。だから彼らはみんな、浅瀬までしか潜らないんだ。そのあたりなら安全に魔物を狩る手段なんていくらでも転がってるからね」


 そして多くの冒険者が、三ツ星に上がる前に引退してしまうのだという。


「今どきは初心者向けの迷宮でだって、貯金ができるくらいには稼げるからね。上位冒険者のように高価な武具や魔道具が必要になることもないから、なおさらだ」


 そうして若くして小金を手に入れた冒険者たちは、それを持って田舎に返るか、危険のない他の職に就くのに当てるのだそうだ。


 それは実に現実的で、かつ建設的な金の使い方なのだろう。だが一攫千金を夢見る冒険者のあり方からは遠いような気がした。


「とはいえそれを責めることなど誰にできようか。みなが君のように腕が立つわけではないのだからな」


「もちろんそうさ。だからギルドは困っているんじゃないか」


 多くの新米冒険者が安全に迷宮探索を行うことで、そこから得られる素材の供給は潤沢なのだという。むしろ供給が多すぎて値段が下がったせいで、彼らは一層効率性を重視するようになった。

 それによって新人たちの低層迷宮での停滞は加速し、反対に上位の迷宮やそこに住む魔物の素材などの希少性は上がったのだという。


「ちなみに痺れを切らして上の迷宮に挑む冒険者たちもいないことはないんだけどね。そういった我慢弱い連中は往々にして迷宮から帰ってこないものなのさ。だが冒険者ギルドにしてみても、抱えるのが新米冒険者ばかりというのは体裁が悪い」


「ということはもしや、ギルドは実力の伴わない者にも上位の星を与えているというのか?」


 アレクセイは後方の男たちを僅かに振り返って見ながら、声を抑えてクレアに囁いた。

 聞けば<三十匹殺し>という呼び名も、成竜ではなく亜竜を一人で三十匹討伐したという話であった。一口に亜竜と言っても様々であるから、相手によってはさほどの腕を持たずとも達成可能な数字であろう。下手をすればその功績自体が詐称である可能性すらある。


(道理でアネッサ君やセリーヌ君に及ばぬわけだ)


 アレクセイは無意識のうちに、己の首に掛けられた冒険者の証に手をやった。登録してから三月もしない内に二ツ星へとなったアレクセイであったが、こうなるとギルドが正当な評価をして星を授けてくれたのかも怪しいところだ。

 あるいは、目ぼしい冒険者には早々に実績を与えておきたいという意図があったのかもしれない。


(まぁよい。どのみちこれは現代の世を旅しやすくするための仮の身分なのだ。気にすることはないさ)


 しかし、アレクセイは考える。

 死してなお、アレクセイの本質はヴォルデンの騎士である。それは魂が滅されるそのときまで変わらぬ事実ではあるのだが、さりとて自分も冒険者として適当に過ごしていればよいというわけでもない。何事も全力で取り組むのが礼儀であるし、それがヴォルデン人としての生き方でもあったからだ。


「どれ、では私がこの迷宮の主(ダンジョンマスター)を倒してみせようではないか!」


 なんとなく居心地の悪い空気を払しょくしようと、アレクセイは努めて明るい声でそう言ってみた。腕まで振り上げて意気込んで見せたその様が可笑しかったのか、ソフィーリアがアレクセイの隣で可愛らしい笑い声を上げている。


 本来こういったある種"ひょうきんな"振る舞いは、アレクセイの得意なところではないのだ。だがなんというか、現代の冒険者たちの夢のない振る舞いはあまり気に入るものではなかった。ゆえにアレクセイ自身が迷宮主を倒して、戦士の(いさお)しというものを見せてやりたかったのだ。


 腕を上げたまま固まるアレクセイの姿をきょとんと見つめていたクレアは、ソフィーリアの声に釣られるように相好を崩した。


「はは!いや、すまない。アレクセイ殿が言うと冗談には聞こえなくてね」


「むむ、別段冗談のつもりではないのだが……」


「おお、それはなんとも豪気なことだね」


 クレアはそう言うが、アレクセイはこれまでに二体の迷宮主に勝利している。一体は≪ミリア坑道≫のゴブリンたちの長である、ゴブリンキングだ。戦闘力ではなく統率力に特化した固体であり、なんらかの異変により大量発生したゴブリン軍団と戦獣鬼(ウォートロル)、それに用心棒紛いの黒竜まで従えていた。

 正確にはキングを倒したのはソフィーリアだが、黒竜らはさしたる苦労もなく撃破することができた。


 次いで相対したのは≪アガディン大墳墓≫の魔術師の霊である。強力な魔術を使う亡霊であったが、アネッサから借り受けた"明星の剣(モルガーナ)"によって一太刀で浄化されたのだ。


(うむ?こう考えると、己の力のみで迷宮主を倒したことはないのではないか?)


 そのことに思い至り、アレクセイは顎に手を当てて低く唸った。思えばこれまでは大量の雑魚ばかりを相手にしてきたような気がする。まともにやり合ったのは玉ねぎゴーレムか、廃墟都市マジュラで遭遇したデーモンとサテュロスくらいであろう。手ごたえのありそうな先ほどのナマズ竜も、クレアによって倒されてしまった。


 折角ここまで来たのだから、フリアエの件は別としてもこの迷宮の主に挑戦してみたいとは思う。


「ところでここ迷宮主の正体は判明しているのか?」


 アレクセイは気になる疑問を問いかけてみた。これまでの三つの迷宮では、迷宮主についても事前に聞くことができていた。それは過去の冒険者によって迷宮の主が倒されたことがあるからである。


 そんなこちらの問いかけに大きく頷くと、クレアはこめかみに指をあてて話始めた。


「そうだね。一応、記録は残っているよ。確かここの主は<多頭竜(ヒュドラ)>だったかな」


「ほう!」


 彼女の言葉を聞いて、アレクセイは思わず期待した声を上げてしまった。


 多頭竜と言えば亜竜種の中でも最強と言われる種族のひとつだったはずだ。蛇に似た頭と長い首を持ち、それが複数本生えているという怪物だ。多頭竜の中にも細かい差異はあれど、それらは総じて高い再生能力を持つことで知られている。更には本物の竜のようにブレスを吐くものもおり、恐るべき怪物として伝説に唄われているものもいる。

 少なくとも、迷宮がなかったアレクセイの時代においても、十分に強敵たり得る相手であった。


 そう考えると、この迷宮に住む亜竜たちとは比較にならない強さだ。星が一つ二つの冒険者では絶対に敵うまい。それは後ろを歩く連中であっても同じことだろう。


「それは随分と大物がいたものだな」


「そうだね。何せこれまで五百年の間に、僅か三回しか討伐されていないからね」


 魔王殺しの勇者カイト、迷宮の勇者ディーン、そして今から八十年前の<十字槍のオースティン>率いる竜殺しの一党。彼らだけが、ここの迷宮の主に土を付けたのだという。特に前者の二人は、世事に疎いアレクセイですらもこれまでの旅で聞いた名だ。となれば多頭竜を倒せば、それら勇者らと並ぶ猛者ということにもなろう。


「そう考えた冒険者は数多くいたと聞くよ。だが彼らはみなやられてしまったのさ。多頭竜の毒にね」


 記録によれば、多頭竜は複数の首から異なる種類の毒のブレスを吐くのだという。それら全てが即効性の高い猛毒であり、その全てに対策することは難しい。

 また首をいくら落とそうとも種族特有の再生能力でもってすぐに復活し、更には配下の亜竜を呼び寄せることもできるだそうだ。加えて足場も悪く、道中である禁域の森も実に嫌らしい領域のためにその討伐は困難を極めるとのことだ。


 現に直近の討伐者であるオースティンらも、八人のパーティ中生き残ったのは僅か三名のみであるという。彼らは五ツ星とはいえ対竜戦闘で名を上げた一党であり、現に生存者三名はすぐに六ツ星に昇格したことからも、ギルドの事実上の最高位の冒険者でなければ相手にならないことになる。


 現代では名誉を求める冒険者が減ったことも相まって、長らく迷宮主に挑もうとする人間は現れなかったという話である。


「なるほどな。相手にとっては不足がないどころか、望むべくもない相手であると言えよう。では君はどうするのかな、クレア君」


「私?」


 クレアが訝し気に首を傾げる。アレクセイはそちらを見ずに足を止めると、ゆっくりと剣を引き抜いた。次いで背負っていた大盾も構えなおす。その間も視線は正面やや上、禁域の森の上に広がる灰色の空に固定されている。


 ここまでくれば彼女にもアレクセイの意図が分かったのだろう。珍しく緊張した顔で剣の柄に手をかけた。ソフィーリアなどは既に槍を顕現させて、いつの間にか夫の横に立っている。当然その背にはミューを抱いたエルサの姿もある。


「おい、どうしたというのだ!なぜ止まる?」


 追いついた帝国騎士のレックスが、護衛の冒険者に囲まれながらそう怒鳴りかけてくる。しかしアレクセイはそちらを見やることなく、じっと正面を見つめていた。


生命探知(ディテクトライフ)≫に慣れた今なら分かる。こちらに近づいてきている生命体は、三つだ。うち二つは空にあり、これは間違いなくフリアエとあの白竜だろう。いかなる心づもりかは分からないが、逃走よりも追手の撃退を選んだらしい。


 そしてそれ以上に気になるのが、森の中を近づいてくる一つである。そちらから感じる凄まじく、それはこれまで感じたこともない程の大きさである。先のナマズ竜など比べ物になるまい。どう考えても、いま話にあった多頭竜だろう。


「……お前たちは逃げた方がいい。こちらに強力な魔物が近づいてきている。素材収集はもう十分だろう」


 あまり意味はないと思いはしたが、アレクセイは一応そう警告しておく。だが案の定彼らがこちらの言葉を素直に聞くわけもない。激しやすいレックスなどは下賤の冒険者に嘲られたとでも思ったのか、額に青筋を浮かべて怒声を上げた。


「何を言う!ここまで来てむざむざ帰れると思うのか!私には大事な任務があるのだぞ!!」


「そうだそうだ!どうせテメェらだけで頂こうって腹だろう!」


「それに金貨百枚もありますからねぇ。従えるわけないでしょう」


 そこまで言うならば最早何も言うまい。依頼者のレックスだけは最低限守る必要があるだろうが、他の冒険者までそうしてやる義理はない。


 そうして各々が武器を構えていると、ついにそれらがアレクセイたちの前に姿を現わしたのである。


「フェリシア……」


 その姿を見たアレクセイは、妹の名を呟かずにはいられなかった。たなびく銀の髪も、輝くような紫の瞳も、本人と瓜二つなのだから。聖竜の鱗の盗み手であるフリアエは、あのときの白竜の背からこちらを見下ろしていた。その視線はアレクセイではなく、その後ろの帝国騎士へと向けられている。


「やはり貴方だったのね、レックス……」


 そう呟く声が風に乗って聞こえてくる。一瞬切なげに付せられた瞳は、しかし次の瞬間には気丈な光が宿っていた。


「あなたたちに警告します。私のことは諦めて帰りなさい!さもなくば、ここで無為に命を散らすことになるでしょう!!」


 フリアエが力強くそう叫ぶと、轟音と共にアレクセイたちの眼前の木々がなぎ倒されたのである。そうしてその奥から姿を現わしたのは、九つの頭を持つヴァート湿原の迷宮主、ヒュドラであった。

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