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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第8話 迷宮主

 ≪迷宮主≫(ダンジョンマスター)


 それは迷宮の主にして迷宮の最奥に住まうもの。強大な力を持ち、数多くの冒険者たちを葬ってきた強敵である。


 またそれと同時にそれらは他の魔物と同様に迷宮に縛られている存在でもある。なぜならそれは迷宮が造られた時からそう定められているからだ。むしろその縛りは他よりもいっそう強く、迷宮の主である彼らはそこから離れることさえできない。


 さらに迷宮内に蠢く有象無象の魔物たちと同じように、迷宮主ですらたとえ死んだとしても時間が経てば≪湧く≫(ポップする)のだという。強大な力を持ちながら迷宮という籠に閉じ込められ、自らの生死すら自由にできない。エルサから話を聞いたアレクセイは、戦士としてそんな彼らを僅かばかり不憫に感じた。


「とはいえ、手加減する気にはなれんのだがな」


 亡者騎士を切り伏せたアレクセイは、そう言って剣を振っては血糊を払った。オンボロとはいえ兜に甲冑、剣と盾を装備した亡者騎士はこれまで戦ってきたどの亡者よりもまともであったが、"竜殺し"たるアレクセイからすればさほどの違いはない。続けて二体の亡者騎士を打ち倒したところで戦闘は終わった。


 廃墟街マジュラを進んでいたアレクセイたちは、迷宮の最奥にある領主の館へと足を踏み入れていた。エルサによるとマジュラ迷宮は広大な面積を持つ円形の市壁に囲まれた都市であり、その中心部に領主の館がある。迷宮に入った冒険者は外周部に四つある大門のいずれかへと転移させられ、迷宮主がいる中心部の館を目指して進んでいくそうだ。


 ただ迷宮への入り口が辺鄙なところにあるマジュラ迷宮を訪れる冒険者は多くはない。またいくら財宝が無限に"湧く"迷宮とはいえ、そもそも貧民窟ばかりのマジュラ迷宮にはロクなお宝がないのだ。

 都市である以上貴重な薬草や鉱物資源などもとれず、魔物も貧相な亡者ばかりとあってはそれらから素材を得ることもかなわない。一攫千金を狙う冒険者にとっては魅力のないことこの上ないだろう。


「迷宮主の館を守る騎士がこれでは、確かに"旨味が少ない"と言われるのも頷ける」


 いましがた倒した魔物の死体を見下ろしてアレクセイは嘆息した。

 貧民街とはいえこれほどの規模の街を治める領主となれば、それなりの爵位を持った貴族だろう。にも拘らずその館の守護者としては目の前の亡者騎士の装備も練度も粗末に過ぎた。これまで斬ってきた亡者たちももとはこの都市の住民たちであったという。ならばこの騎士たちもまたそうなのだろう。

 迷宮に囚われたことを哀れにも思う一方、同じ騎士としてアレクセイは僅かな憤りも感じていた。


「なんにしても不可思議なものなのですね、迷宮というものは」


 館の内部を見回しながらソフィーリアが呟く。

 領主の館はそれなりに広大だがかなり古いものらしく、あちこちの装飾が剥げてしまっている。迷宮内にあるものは魔物から路傍の石ころひとつにいたるまですべからく"湧く"ものであるが、邸内の劣化具合は回復しないらしい。聞けば戦闘などでできた傷や破損は時間と共に再生するらしいのだが、経年劣化によるもともとのくたびれ具合などは戻ることはないのだという。


「…つまりはこの街はもともとどこかにあった都市だと?」


 エルサの説明を鵜呑みにするなら迷宮とは"そういうもの"として造られたのではなく、城や街、森に洞窟に至るまで本来はこの世界のどこかにあったものが迷宮化したということになる。


「マジュラなどという街は聞いたことがありませんわ」


 ソフィーリアの言う通りアレクセイもこの街の名を聞いたことがない。無論アレクセイとて当時あった街のすべてを知っていたわけではないし、歴史にも詳しくない。あるいはアレクセイの時代をして既に滅んでいた街なのかもしれない。


「迷宮は魔王が死の間際に生み出したと仰っていましたけれど、"あれ"にそれほどの力があったでしょうか?」


「少なくとも我らを殺し、この鎧を焼く程度の力はあったはずだ」


 分からないことをつらつらと考えていても仕方がない。アレクセイたちは屋敷の最奥へと進むことにした。エルサ曰くソフィーリアの頭蓋骨はこの奥、迷宮主のいる領主の間に隠しているらしい。強力な力を持つ魔物の傍に隠すとはなんとも豪気なことだが、マジュラ迷宮の迷宮主もまた"不死"であり、強い聖性を帯びているソフィーリアの骨には触れることができないのだという。


「ギルドに残っていた記録では私のご先祖さまが倒して以来、このマジュラの迷宮主が誰かに倒されたという記録はありません。ですから目的のものはまだそこにあると思います」


 彼女の先祖が妻の骨を隠したのは百年ほど昔だというから、それ以降に最奥の間に到達した冒険者が一人もいないということになる。そのことからもこの迷宮がいかに"過疎"な迷宮かわかるというものだ。実際ここに来るまでアレクセイたちは他の冒険者というものを全く見ていない。


「迷宮の入り口にはギルドの職員の方が詰めているんですけど、私たちがここを訪れた時にも久しぶりの冒険者だと笑っていらっしゃいました」


 そう言ってエルサが苦笑する。


「では早く片付けて外へと出たいものだな。五百年後の世界や人々を、自分の目で見てみたい」


「そうですね…ところでその迷宮主とやらはどのような相手なのでしょう?最奥の間に足を踏み入れる以上、戦いは避けられないでしょう」


 ソフィーリアの問いかけに対しエルサは迷宮主は魔術師である、と答えた。


「"名もなき伯爵"、というそうです。元はこの都市を治める貴族であったそうですが、魔術に傾倒し、またそれが街を荒廃させる原因になったと」


 エルサによればそれらの情報はこの館に残っていた古い資料などから分かったことだという。マジュラという街の名もそこから判明したそうで、それらもまた"収集品"のひとつだというから、ここから持ち出されたあとも"湧き"だしているに違いないらしい。


「探してみますか?」


「いや、この街の歴史にそこまで興味はない。それでその伯爵とやらは強いのか?」


 アレクセイの声に僅かに期待の色が含まれていることを感じたのか、エルサは少しばかり申し訳なさそうに首を振った。


「自身の魔術が原因で街が滅びたぐらいですから、そこまで強力な魔術師ではないそうです。昔に倒したご先祖さまの記録によると、伯爵自身よりも取り巻きの亡者騎士たちの方が数が多くて厄介であったと聞いています」


 エルサの答えを聞いてアレクセイは少しばかり落胆した。先ほど倒した亡者騎士たちが相手ならばどれほどの数がいようと自分の敵ではない。

 アレクセイの生きていた時代は魔王が現れる以前から戦乱の絶えない時代であった。ヴォルデンの騎士として数多の戦場を駆けてきたアレクセイは様々な国の騎士や兵士たちと剣を交えてきたのだ。その中には自身の生死を掛けるような相手も少なくなかったし、それに比べればこの街で戦った敵はどれも歯ごたえがない。唯一敵としての体裁を保っていたのは最初に会ったデーモンくらいであろう。


(デーモン。そういえば奴はどうしてこの街にいたのだ?)


 アレクセイはそのことに思い至ると、自身の落胆ぶりを見て肩をすくめ苦笑し合っていたエルサたちに問いかけた。


「エルサ君、ではあのデーモンはなんだったのだろうか?話を聞く限りこの迷宮由来のものではないように思えるのだが」


 アレクセイの言葉を聞いたエルサは表情を真剣なものに変えると、顎に手を当てて考え込んだ。


「確かに、それは私も気になっていました。デーモンは普通の魔物ではありません。伝えられているところによると私たちの時代よりもさらに昔、まだ四柱の神々が天の国におわした時代の存在です。古い街とはいえ、このようなところに易々と姿を現すものではありませんわ」


 ソフィーリアの言う通りデーモンは尋常な魔物ではない。むしろその根源とも呼ぶべき存在だ。アレクセイがかつてソフィーリアに聞いたところによれば、デーモンはこの世に最初に現れた魔物であるという。天の神々が二つの陣営に分かれて戦ったとき、闇に堕ちた神によって生み出されたもの、それがデーモンであると。


 火の神ゾーラを奉るゾーラ教の神官戦士の長であったソフィーリアは神話やその時代の歴史に詳しい。たおやかな見た目に反して生粋のヴォルデン人であるソフィーリアもまた戦いを好むが、戦うことしか能がないアレクセイに比べればよほど頭脳派だ。

 デーモンは邪悪で討滅すべき存在だが、強者であるという時点でアレクセイにとっては多少は好ましい相手に感じられるのだ。

 もっともこんなことを馬鹿正直に言えば、神に仕える神官である妻にどれほど怒られるか分かったものではないのでアレクセイは大人しく口をつぐんでいたが。


「正直に言って私にもわかりません。この迷宮に関するこれまでの記録を全て知っているわけではないですけど、デーモンが現れたという話は聞いたことがないですから。そんなことになれば教会が黙っているはずもありませんし」


 エルサにも心当たりはないらしい。それを聞いたアレクセイは早々に考えることを放棄して、まずは迷宮主との戦いに終始することにした。


 こうして話しながらもアレクセイたちは館の奥へと進んでいる。後ろの二人はいまだにデーモンについてあれこれ話しているようだが、アレクセイにとってはこれからのことの方が大事だ。さほど強くはないという迷宮主のことも、実は正直どうでもいい。

 大事なのはそこにソフィーリアの頭の骨が無事にあるかどうかだ。当の本人はあまり気にする素振りは見せないが、アレクセイにとってはそうではない。愛する妻を守ることもできず、みすみすその亡骸をこのような場所に置くことになってしまったのだ。


 死はいかなる人間にも逃れることはできないが、そうであるからこそその後の魂と肉体は安らかにあるべきなのだ。太陽教会にあるという彼女の身体の残りも含めて、いずれは故郷の地へと眠らせてやりたい。


 そんなことを考えていたアレクセイは目の前の光景を見て、右手を上げて一行を止めた。


「あなた、どうなさったのですか?」


「エルサ君、この迷宮には私たち以外はいないという話であったな?」


 アレクセイは妻の言葉には答えずにエルサへとそう問いかけた。


「えぇ、そのはずですけど…」


 そう言いながらアレクセイの影から頭を出したエルサは、自分たちの先で倒れるものを見て目を見張った。


「え?亡者騎士がどうして?」


 そこには倒れ伏す二体の亡者騎士の姿があった。粗末な鎧はぱっくりと断ち切られ、どす黒い血を床へと溢れさせている。まださほど時間は経っていないのだろう、近づいてアレクセイが調べてみれば血は完全に乾いてはいなかった。


「特に戦いの気配はしなかったが…我らに気づかれない程度には腕のあるものがいるということか」


 特に魔力の気配などは感じないし、雑談を交えながらもアレクセイは気を抜いてはいなかった。にもかかわらずこうして亡者が倒されているということは、それなりの技量を持った自分たち以外の存在がいるということに他ならない。


 アレクセイはソフィーリアを目を見合わせると盾を構えなおし、臨戦態勢で先を進んだ。続けて数体の亡者騎士の死体を超えていくと、領主の間らしき最奥の扉へとたどり着いた。


「…いるな」


「ええ」


 どうやらその相手はこの奥にいるらしい。ここまで近づけば魔力は感じられずともその気配はわかる。アレクセイは二人に用心するように言うと、扉を勢いよく開け放った。

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