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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第78話 友と妹

 異国の剣士、ガトー。


 彼は見た目としては、あまり目立つ雰囲気の男ではなかった。その身体は戦う者としてよく鍛えられてはいたが、さほど身体的に抜きん出ていたわけでもない。ヴォルデン人であるアレクセイとは比べるべくもなく、なんとなれば女のソフィーリアより小柄であった。


 だがその剣腕は、実に驚嘆すべきものだった。当時の時点で既に大陸指折りの戦士となっていたアレクセイをして、「人の身でこれほどの剣さばきができるのか」と思わしめるほどだったのだ。細身の長剣一本で、彼は立ちふさがるあらゆる敵を切り伏せたのである。


 その男はここより遥か東の国からやって来たと言っていた。当時大陸東部を有していたラ・バーサ教国の更に東、海を越えた先から渡ってきたという。それは屈強な海賊たちですら匙を投げるような、荒れ狂う海の向こうにある国である。


 その国の名はイシュタル。

 彼の地に住む民の多くは黒い髪に黒い瞳を持ち、エルフに似た木の葉のように先の尖った耳を持つ人々であった。また森人ほどではなくとも長命で、それ故に彼らには優れた剣の使い手が多いのだという。


 だがガトーはそういったイシュタル剣士のあり方に疑問を抱いた人物であった。時をかければ腕が上がるのは当たり前。故にそれは怠慢であり、より過酷な状況に身を置き続けてこそ人は真の成長を見せるのだと。だからこそガトーは危険な海を渡り、当時の戦乱渦巻くリーヴ大陸へとやってきたのである。


 そしてたった今クレアが見せた剣技は、ガトーが振るった剣とそっくりであった。


「俺は俺自身の剣を見つけたい。そしてそれを後の世に残したいんだ、アレクセイ」


 彼はそう言って、少し照れ臭そうに笑ったものである。ガトーは己に苛烈な生き方を課しながらも、実に穏やかな性根をした男であった。彼とは邪神竜を滅する旅の最中に出会うことになった。戦友の一人である男の顔を、アレクセイが忘れることはないだろう。


 そんな男の剣技を目の前の娘が使ったのだから、それをアレクセイが見逃せるはずもない。


 巨大魚竜を撃破したことで、他の冒険者たちはみなその死体に群がっている。アレクセイたちがそちらに興味がなさそうなのをいいことに、その素材を頂こうという魂胆だろう。行軍が遅れることを気にしてか、レックスなどはそんな連中に怒りの声を上げている。そんな彼らを横目に見ながら、アレクセイはクレアと向き合っていた。


 彼らが歓喜に湧く中、アレクセイはじっとクレアの返答を待つ。彼女は巨漢の騎士の妙に真剣な空気に当てられたのか、どこか居心地悪そうに頬を掻いている。


「あ~、え~と……そんな名前は聞いたことがないなぁ」


 クレアはアレクセイから目を逸らしつつ小声でそう答えた。


(嘘だな)


 アレクセイはすぐさまそう看破した。ただそれは自身でなくとも分かることだろう。彼女の振る舞いは素人目に見てもおかしいし、こうもあからさまにもじもじとしていれば誰でも気づくに違いない。


(悪意から嘘を付いているのではなさそうだが……隠したい事があるということか)


 それは自分たちも同じことだ。後のことも考えれば、ここで過剰に追及する必要はないかもしれない。アレクセイはそのように思い直すと、今度は彼女の腰に下げられた剣を指さし尋ねることにした。


「ふむ。ではその剣は東方剣と呼ばれるものだな?」


 ガトーが振るっていたのも彼女の物と同じような片刃の長剣である。緩く湾曲した形とそこに浮く独特の波紋は、この大陸では見られない造りだ。ゆえにその剣は東方剣と呼ばれていた。


 クレアはこの問いに一瞬虚を突かれたような顔をすると、まだ少し固い笑顔で頷いた。


「それは随分と古い呼び方だね。普通はイシュタル刀とかカタナって呼ぶけれど、まぁそれで間違ってはいないよ」


「では君はイシュタル人なのか?」


 クレアは黒髪黒目だが、その顔立ちは明らかに大陸寄りだ。なまじ顔の造詣が整っているだけに、その違いは顕著に思う。男女の違いはあるだろうが、少なくともガトーとは雰囲気が違う。それに耳の形も普通なようだし、名前もこちら側だ。あるいは以前出会ったマユのように、半血(ハーフ)なのかもしれない。


 そうしてクレアと向き合っていると、後方からソフィーリアたちがやってきた。彼女は戦いには加わらずエルサの傍に付いていたようだ。他にも魔物が潜んでいるかもしれないし、妥当な判断であろう。


「あなた、どうされたのですか?」


「うむ。彼女が、ガトーの技をな」


「まぁ!」


 アレクセイの話を聞いたソフィーリアも口元を抑えて驚いている。邪神竜討伐に共に赴いた彼女もまた、かの剣士とは面識がある。というか二人の結婚の日にも立ち会ってくれた相手なのだから、それも当然であろう。


「あ、それやっぱりカタナっていう武器なんですね」


 そんな中でエルサが声を上げた。その視線はクレアの腰に吊るされた剣へと向けられている。


「エルサさん、やっぱりと言いますと?」


 ソフィーリアがそう問いかけると、彼女は何かを思い出すように楽し気に目を細めた。


「あ、はい。前のパーティの仲間の女の子が、お店でそれと似たような形の剣を見かけたことがあって。なんでも有名な女性冒険者の方が使っているのと同じ種類の剣らしいんです。その子もすごく欲しがってたんですけど、結構いいお値段だったので結局買えず終いで」


 なんでもその使い手が若い女性であるために、噂を聞いた女性冒険者たちの間で流行りとなっているのだという。そのせいで店頭でも値上がりしているという話である。霊魂遣い(ソウルコンジュラー)であるエルサにはあまり関係ないことなので、これまであまり気に留めなかったのだろう。


「ということは、こういった東方の剣はあまり珍しくはないのか?」


「たぶん、そうだと思います」


 エルサの答えにアレクセイは顎に手を当てて考え込む。あるいはもしかしたら、東方剣の流入と共にガトーの剣術もこちらへ伝わってきただけなのかもしれない。この武器には独特の型があるし、ガトーは魔王が現れる前に故郷へ帰っていたはずだ。


「ま、まぁ、私のことはいいじゃないか!それよりこの亜竜だよ!私たちもよく見てみようじゃないか!!」


「あっ、クレアさん。私も」


 アレクセイはなおもクレアの剣技について思考を巡らせていたのだが、彼女は強引にそう話を変えるとさっさとそちらの方へ駆けていってしまった。エルサもその後に続いていく。


 流石にここまでくると隠すのが下手過ぎないかとも思えてくる。戦闘中は落ち着いた雰囲気だけに、そのギャップはことさら目立つ。その後姿を見ながらソフィーリアが話しかけてきた。


「彼女について、何か引っ掛かることでもおありに?」


「まぁ、多少はな。だが実のところ、さほど重要視しているわけではないのだ」


 言葉の通り、アレクセイはクレアの正体や彼女の背景について、さほど拘泥しているわけではなかった。彼女の剣や使う技がガトーと似ているのは確かだが、だからといってそれでどうなるというわけでもない。仮に彼女がガトーの子孫だとしても、それがヴォルデンに関係しているわけでもないだろう。アレクセイは純粋に、大昔の友人の去就について知る手掛かりがあればと考えたに過ぎないのだ。


「確かに彼女はあの若さにしては妙に腕が立ち、あまつさえガトーの技を使うのだ。だから思ったのだよ」


 彼女がかつての友の子孫であれば、と。


 故郷の名前すら残っていない現代で、少しでも自分たちが生きていた時代の(よすが)を感じられればと、アレクセイはそう思ったのである。フェリシアの血を引いているであろうフリアエのこともある。これでガトーの系譜も残っているのであれば、自分たちの子の血族もどこかにいるかもしれないからだ。


 そんな夫の心情に気が付いたのだろう。ソフィーリアはアレクセイの方にそっと身を寄せると、その腕に頭を預けてきた。


「……いつか、あの子の消息が分かるといいですわね」


「ああ」


 アレクセイはそう答えると、妻を促して仲間たちのもとへと歩いていった。




 ******************************




 禁域の森の奥深く。≪ヴァート湿原≫のどん詰まりに位置するところには、深い沼がある。

 それまで続いていた陰鬱な様相の森が、そこだけぽっかりと広く切り開かれたような場所だ。相変わらず差し込む陽の光は弱く、沼地の周囲には毒々しい草花が根を生やしている。


 うっすらと霧すら立ち込めているそんな不気味な場所に、ぽつんと小さな火がついていた。篝火である。


 そして大きな岩に背を預けるように、一人の女がその前に座り込んでいた。流れるような銀髪の、実に美しい女である。手足は長く、女性らしい身体つきは世の多くの男を魅了することだろう。そして何よりその面相は、性別に関係なく誰もが振り返るほど整ったものだった。だが今はその美貌も、切なげに歪められている。


 美しき逃亡者フリアエは、ちらちらと燃える篝火の炎を眺めながら悲嘆に暮れていた。


「これからどうしよう……」


 思わずといった風に、内に抱える不安が言葉として漏れ出てしまう。先行きの見えない逃亡生活に、言いようのない不安と焦燥感が自身を苛むのだ。


 フリアエは仕えていた領主の元から聖竜の鱗を盗み出し、ここまで逃げてきた。バルダーの街の人間としてこの迷宮のことはよく知っている。騎士になる前に個人的に潜ったこともあったから、≪ヴァート湿原≫を潜伏先に選ぶことに迷いはなかった。


 それに潜伏後に迷宮の≪横穴≫を見つけられたことは幸運であった。緊急時の脱出路に使えるし、定期的にそこから外界に抜け出すことができたからだ。迷宮の最奥区域に追手が来ることはなかろうが、代わりにそこで暮らし続けることは難しい。

 特にこの辺りにいるのは食用に適さない生き物ばかりであるし、それ以外にも人が生きるには多くの物が必要だ。


 よってフリアエは度々外の世界に物資を取りに出なければならなかった。食べ物は森や湖に入れば手に入る。それ以外の生活必需品は、街にいる友人のリーデルが助けてくれた。彼女を巻き込みたくはなかったが、正直大変助かったのも事実だ。


 フリアエは騎士として修練を積んでいるし、今は頼りになる相棒もいる。戦いになれば大抵の相手は蹴散らせる自信があったが、それでも人目を忍んで外を出歩くことは彼女の神経を削っていった。


 そもそもがフリアエ自身、本来は犯罪者に身を落とすような人間ではなかったのだ。比較的裕福な家に生まれ、容姿や才覚にも恵まれた上にいい友人も得ることができた。


 そんな環境であるから、彼女の人生はこれまで悪事に手を染めるような機会もなく、むしろ困っている人を助けたいと考え騎士にまで志願したのだ。それがいまやこの地を治める貴族から追われる立場である。


「でも仕方ないよね。これを見過ごすことなんてできないもの」


 フリアエは傍らに置いてあったものを手に取った。ゆっくりと包みを剥がしていくと、そこから現れたのは白く輝く一枚の板であった。


 聖竜の鱗。


 大昔から伝わってきた、バルダーの街の秘宝である。ちょうど一抱えもあるこの鱗は、こうして見ると小型の盾に見えなくもない。現にフリアエが幼いころ初めてこの鱗を見た時は、綺麗な盾だなぁと思ったものだ。


 竜の鱗として見れば、そこまで大きなものではない。世の中にはもっと大きな鱗を持つ竜がいると聞く。だがこれは、かつてこの大陸を襲った巨竜のものだという。あまりに強大な邪悪の力を宿していたために、このサイズのものしか浄化できなかったという話であった。


「本当に、綺麗な鱗」


 こうして聖竜の鱗を眺めていると、心の内のもやもやとしたものがすぅっと晴れていく気がする。それに仄かな温かさまで感じるのである。それは目の前で揺れる篝火の火よりも暖かなものだ。それだけこの鱗の持つ聖性が偉大だということなのだろう。


 それによほど強力な竜だったのだろう。この鱗を持っているだけで、迷宮内の亜竜たち全てを支配下に置くことができたのだ。


 フリアエは生来≪竜遣い≫としての才能を有していたが、それだけでは迷宮の魔物を操ることなどできはしない。だがこの鱗が傍にある限り、竜の系譜の者たちすべてが彼女の味方であった。


「追いかけてくる人たちも、引き返してくれればいいのだけれど……」


 だがそんな神器を使ってなお、追手から逃れることは難しいらしかった。鱗を使ってけしかけた亜竜たちがことごとく撃退されたのである。人数が多いのかあるいはよほどの手練れを連れてきているのか、普段この迷宮に出入りする冒険者の星では敵わないような量の魔物をぶつけても、相手は諦めてはくれなかった。


 遂にはこの≪禁域の森≫にまで侵入を許してしまった。今は<沼のヌシ>をぶつけているが、もしこれが敗れるようならいよいよ危ないかもしれない。


 フリアエがそんなことを考えていると、不意に鮮烈なイメージが脳内に流れ込んできた。それは手に抱えた聖竜の鱗からもたらされたものである。


「そんな!ヌシがやられるなんて!?」


 フリアエは立ち上がると信じられないようにそう叫んだ。先ほど脳裏に浮かんだのは、亜竜が倒されるものであったのだ。


 追手の元に向かわせたのは百五十年は生きている強力な魔物である。特別な力などは持たないがその分タフであり、体長などはここの迷宮主(ダンジョンマスター)にも匹敵する大きさなのだ。討伐しようと思えば四ツ星、いや五ツ星の冒険者でもいないと話にならないはず。


「それほど人数はいなかったはず。そうするとゴデスラスはそれほどの腕利きを雇ったというの?」


 聖竜の鱗で亜竜たちを操れるとはいえ、彼らの目を通して物を視られるわけではない。こちらから指令を飛ばすことはできるが、向こうから得られる情報はそれほど多くはないのだ。竜が敵と対峙しているかどうか、それはどれくらいの数なのかが漠然と分かるだけだ。そこから察するに相手は三十人ほどだと思っていたのだが。


「ガァウ!」


 彼女が困惑していると、不意にそんな鳴き声が上がった。そしてそれまでフリアエがもたれ掛かっていた大岩がのそりと動き出したのである。


「ごめんなさい、デナ。いよいよ私たちが出なきゃ駄目かもしれないわ」


 岩のようなもの、それは一匹の竜であった。純白の鱗に鋭い牙を持ち、その背には折りたたまれた立派な翼がある。亜竜である<沼のヌシ>とは異なる、大空の覇者たる正当な竜の翼であった。


 フリアエの相棒たる白竜デナは、ゆっくりと頭を彼女へと近づけると鼻先を押し付けてきた。人の頭など人呑みにできそうな大きな顎の奥から、ゴロゴロと喉を鳴らす音がする。


「ふふ。ありがとう、デナ。大丈夫よ、心配させてごめんなさい」


 フリアエは柔らかく微笑むと、自身もデナの方へと頬を擦り付けた。白竜もまた愛おし気に瞳を細めている。こればかりは聖竜の鱗の力ではない。竜使いとして、一人の人間としてフリアエはこの竜と親愛を育んできたのだ。


 フリアエはひとしきり白竜の頭を撫でまわすと、少し名残惜し気に手を離した。

 いつまでもこうしてはいられない。無関係な他人を傷つけるのは本意ではないが、ここまでくれば最早後には引けないのだ。それに追手の長はおそらく()だろう。であればこの迷宮から逃げる前に、ケリを付けておかなければならない。


「あなたにも、手伝ってもらうわね」


 フリアエは聖竜の鱗を抱えて背後の大沼を振り返ると、そう言い放った。するとそれまで静かだった湖面が騒めき始めた。そしてしばらくするとちゃぷん、という音がして、あるモノが水面から顔を出した。


<沼のヌシ>ではない。

迷宮のヌシ(ダンジョンマスター)>が、姿を現わし始めたのである。

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