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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第76話 亜竜、亜竜、亜竜

2018.11.27 話数訂正

 ほどなくして、鎧トカゲの群れは全て討伐されることになった。


 高い防御力を持つ魔物ではあるが、もともとこの迷宮では下から数えた方が早いくらいの強さらしい。それにクレアが説明した通り、対処法が分かっていればなにほどのこともない。いくらか負傷者がいるだけで、冒険者側も一人も欠けることなく対応できた。


 いまはソフィーリアや治癒の奇跡を扱える者たちが、彼らの治療にあたっている。レックスは一行の足が止まることに難色を示したが、これには冒険者たちの多くが反対した。


 といっても別に彼らは休息を取りたかったわけではない。冒険者たちが望んだのは、鎧トカゲから素材をはぎ取るための時間だったのである。


「そういえば街の衛士が、亜竜の逆鱗がどうとか言っていたな」


 一心不乱に鎧トカゲの死体を解体する彼らを見て、アレクセイはそんなことを呟いた。

 この魔物は名が示す通り、その鱗は防具や各種道具のいい材料となる。そしてそれだけではなく、鎧トカゲの喉元あたりにある"逆鱗"という鱗が、大層いい値段で売れるらしい。宿屋の主人が言っていた"龍涎香"も含めると、この魔物の死体は決して捨て置くことはできないのだという。


「それに私たちはこの街に入るとき、結構な額の入場税を取られたからね。もとを取り返さなくちゃという思いもあるのだろうさ」


 アレクセイの横でクレアがそう相槌を打つ。

 そんな彼女がどうしているかといえば、即席のかまどを組んでなにやら火を起こしていた。その手には数本の木串が握られている。そしてそこに刺さっているのは、鎧トカゲの肉であった。


「この魔物は脇腹のあたりの肉が一番の美味と聞いてね。前から一度試してみたかったんだ」


「……魔物を食すというのか?」


 アレクセイが思わずそんな風に口にすると、クレアもまた驚いたように言葉を返してきた。


「うむ?魔物食は冒険者の特権だろう?まぁ、聖職者の中には不浄だとか言って嫌う者もいるらしいけれど……貴方がそんなに驚くとは、驚きだな」


 アレクセイの時代では、魔物の素材で武具をこしらえることはあれど、それを口にすることはなかった。クレアの言う通り、当時大陸中で信奉されていた宗教のほどんどが、それを禁じていたからである。そんな時代を生きていた者からすれば、結構な衝撃である。


年代の違い(カルチャーギャップ)というやつかな)


 見れば他の冒険者たちも、あちこちで食事の準備を始めている。


「それにほら、あの騎士殿のところも食事にするようだよ?」


 クレアが指し示す方を見れば、レックスもまた護衛の冒険者とともに車座になっていた。そこでは迷宮には不釣り合いな大ナベが炊かれている。兵士を連れ込むことはできなかったようだが、どうやら従者を一人連れてきているらしい。いかにも小男といった風貌の男が、鍋を前に料理を拵えている。


「どうやらああして、冒険者たちに料理を振舞っているようですよ?」


 すると治癒周りから帰ってきたソフィーリアが、そんなことを教えてくれた。

 重傷を負った者もいなかったため、強力な治癒の奇跡を使う必要もなかったようだ。戻ってきた彼女の顔色は常と変わらぬものだった。つい忘れそうになるが、ソフィーリアはアンデットたる闇霊(ダークレイス)なのである。神の力をその身に降ろす奇跡の行使は、時に彼女の負担となり得るのだ。


「へぇ。あの騎士殿にしては、粋な計らいじゃないか」


「あ、じゃあ私が貰ってきますね」


エルサはそう言うと、とてとてとレックスたちの方へ駆けて行った。


「なかなか気の利くお嬢さんだね?」


「……うむ。そうだな」


そうして戻ってきたエルサの手には、汁の入った木椀が二つあった。


 アレクセイとソフィーリアは人前で食事ができないので、これで正解である。今はミューも外に出してしまっているので、鎧の中に仕込んで食事させることもできない。といっても目の前の女剣士はけっこう大雑把な性格をしているようなので、あまり気にしないかもしれないが。

 

「どうもありがとう。ほぅ、シチューか。ここで汁物は有難いね」


 椀を覗き込んだクレアはそう言うと、嬉しそうにシチューを啜った。その味を確かめて笑みを深めると、続けて丁度火の通った鎧トカゲの串焼きを頬張った。


「もぐもぐ。うん、うまいうまい」


 どうやらエルサが彼女らの分だけしか食事を貰ってこなかったことなど、全く気付いていないようである。


 こうしてクレアが嬉しそうに魔物食を味わう姿を見ていると、最初に感じた印象とはだいぶ違うものだとアレクセイは思った。美しい顔立ちと隙のない立ち居振る舞いから随分と涼やかな人間に見えたものだが、実際は年相応に若々しい娘のようである。


 いかにも美味そうに食べるクレアの姿を見て、エルサも木匙を持ち上げた。そうしていざシチューを食べようとしたら、脇から伸びてきた手に椀ごと持っていかれてしまったのである。


「あ!ミューちゃん!」


 それはスライムのミューであった。

 アレクセイは気づいていたが、スライムのミューはエルサが椀を持って帰ってきた時から、ずっとそちらを注視していたのである。この水玉もまた結構な大食漢なのだ。先ほども鎧トカゲの尾をまるまる一本平らげたというのに、やはり素材そのものより調理された料理の方がお気に召すらしい。


 そうしている間にも、ミューはエルサから奪った木椀ごとあっという間に消化してしまった。


「こら、お行儀が悪いですよミューさん?」


 そう言ってソフィーリアが窘めるが、ミューは素知らぬ顔だ。というか顔などないのだが、ぷるぷると表面を震わせている様は、アレクセイにはどことなくそんな風に見えるのだ。


 そしてそんな一同の姿を見て、クレアが声を上げて笑った。


「ははは。やはり貴方たちに声をかけて正解だった。強いし、頼もしいし、それに愉快だ」


 ここが迷宮とは思えないような楽しい昼餉であった。


 もっともこれより先には休憩する暇などなかったのだから、ここで休息をしておいてよかったと、アレクセイは後になって思ったものである。





「二股蛇が出たぞー!!」


 先頭を行く冒険者の一党から、もう何度目かも分らぬ声が上がる。

 アレクセイがそちらを見れば、二つの頭を持つ蛇が彼らに襲い掛かっていた。名前の通り身体の中ほどから二つに別れた先に蛇の頭が付いている、ただそれだけの魔物である。だがその頭ひとつが人一人を丸のみに出来るほどの大きさとあらば、脅威には違いないだろう。


「またアレか」


「うん。流石に嫌になるね」


 剣を構えるアレクセイとクレアの身体には、既にあちこちに魔物の返り血が付いている。


 鎧トカゲの襲撃を退け休息を挟んだアレクセイらは、改めて湿原の最奥に向け出発した。

 だがそうしていざ進んでみれば、まぁ出るわ出るわ。この迷宮に住まうありとあらゆる魔物たちが、群れを成して襲撃してきたのである。最初のように鎧トカゲの群れが現れることもあれば、他の魔物が大挙して押し寄せてくることもあった。二股蛇は、その代表格である。


 古来より"蛇は竜の成りそこない"というから、亜竜が多いというこの迷宮にかの魔物が出現するのは分かる。だがこうも数が多いと流石に辟易させられるというものだ。初めは初見の魔物に心躍らせていたアレクセイも、今では何の感慨もなくこれを切り伏せていた。


 こうも連戦が続くと冒険者の中にも負傷者が増えてくるのだが、そんな中でアレクセイたち以外でも目覚ましい働きをしている一党があった。


「オラァ!!」


 冒険者が威勢のよい声を上げて、蛇の首に戦斧の一撃をお見舞いする。幅広の戦斧は見事魔物の首を切断し、続けて振るわれた第二撃で残る首も切り落とす。


「しゃっ!記録更新だぜぇ!」


 喝采を上げるのは重装備の戦士だ。"土竜の穴倉(モウルズホール)"でレックスに対して意見していた冒険者の大男である。アレクセイには遠く及ばないが立派な体格を持ち、それを重厚な鎧で包んでいる。集まった冒険者たちの中ではアレクセイに次いで重量級の装備をしている彼であるが、その材質は明らかに金属のそれではなく、魔物の骨か何かを加工したものであるようだ。


 クレアに聞けば、名を"三十匹殺しのバス"というらしい。一行の中で唯一の四ツ星冒険者であり、なんでも別名"竜殺し"とも呼ばれているそうだ。独力(ソロ)専門で竜種の魔物のみを狩っているのだとか。


「デカブツが、いちいちうっせぇんだよ」


 そう悪態をつくのは、黒革の軽鎧に身を包んだ痩身の男である。両手に短剣を握る男は、素早い身のこなしで二股蛇の攻撃を躱すと、一瞬の隙を突いてそれぞれの蛇頭の脳天に刃を突き立てた。曰く魔法の武器だというそれが鍔まで深く埋め込まれる。そうして男が剣を引き抜くと、二股蛇はどうと力なく倒れ伏した。


 自ら"殺し屋"を名乗るカールという男の戦いぶりを見れば、冒険者になる前の彼の生き方も自ずと知れるというものだろう。


 あるいは、こんな冒険者もいる。


 陰気な顔をした、これぞ魔術師といった風貌の男であった。男は曲がりくねった木の杖を構えると、ぼそぼそと呪文を唱えた。そして地面に小さな骨片をばらまくと、そこから骸骨戦士(スケルトンウォリアー)が生まれたのである。


 対するのは二本足で地を駆ける一角竜だ。

 二股蛇の次に襲撃してきたこの魔物の群れは、頭部に生えた巨大な角で冒険者共を串刺しにせんと突進してきた。


 しかし不意に地面のぬかるみに足を取られ動きを止めてしまう。沼地に住まう亜竜が、たかが泥に足をすくわれるはずがない。黒魔術師グローダンが唱えた≪泥罠(スネア)≫の魔術により、動きを封じられたのである。そこを骸骨戦士たちが取り囲み、剣やら槍やらでめった刺しにする。

 魔術師らしい、いやらしい戦い方であった。


 変わった戦い方といえば、"銭司祭"ペトロという男のそれも一風変わっていた。

 でっぷりと肉の乗った腹といかにも聖職者らしいキノコのような髪型が特徴のこの冒険者は、なんと銅貨を武器にしていたのである。


「ほほ、勿体ないですが、精々稼がせてくださいよぉ」


 そう言う彼の掌の上には、数枚の銅貨があった。


 そしてその頭上には宙を舞う亜翼竜(デミワイバーン)の姿がある。翼竜と言っても高地に住むような勇壮な種ではなく、細身の弱弱しい身体をしたものである。その顔も竜というよりはやはりトカゲに近いが、それでも人の手の届かぬ空を飛ぶ敵というのは、十分な脅威である。


 ペトロが宙を舞う亜翼竜を見据えながら、聖なる言葉を紡ぐ。すると彼の腕に雷光が走り、なんと掌の銅貨がまるで矢の如く、敵に向けて発射されたのである。雷の奇跡と組み合わせたペトロ特有のスキル≪銅貨矢(コインボルト)≫によって射出された銅貨は、狙いを違えることなく亜翼竜の翼を撃ちぬいた。そして無残に地面へと落下した魔物を、手に持つモーニングスターにてタコ殴りにする。異名通りの、なんとも奇妙な戦法であった。


 かようにして幾人かの腕利きたちの働きによって、何度も襲来する亜竜の群れは悉く撃退された。


 もちろんその中で、最もめざましい戦果を上げていたのはアレクセイたちのパーティであろう。


「はっ!」


 首が二つあろうともなんの問題にもならない。アレクセイは二股蛇の首をまとめて叩き切る。


「ぬんっ!」


 鉄の鎧を穿つ一角竜の角も、聖竜の大盾にぶち当たるとあっけなく折れてしまった。


「おおっ!」


 アレクセイは亜翼竜の上まで()()()()()と、落下の勢いのままこれを両断した。


 これにクレアが加われば、攻撃面では敵なしであった。ソフィーリアなどはエルサを共にして、負傷者の救護に当たっていた。そうして攻守で派手に動いていれば、否応なく目立つ。怪我を治して貰った者たちからはそうでもないが、アレクセイは前述した腕利きたちから明確な敵意を感じていた。


 というよりも、このままでは大金のかかった獲物をアレクセイらに取られてしまうのではないか、という危機感である。そして獲物というのはもちろんフリアエのことだ。莫大な報酬は彼女を捕らえた者のみに支払われる。そういう意味ではアレクセイは彼らにとって間違いなく商売()であった。


(それでも彼らは悪人という訳ではない。できるだけ剣は向けたくはないのだが)


「よぉし、ここまで来たか!犯人はこの森の奥にいると思われる!お前たち、褒美はもうすぐそこだぞ!」


 レックスが叫ぶ。

 アレクセイたちの前には、≪ヴァート湿原≫の最奥エリア、禁域の森が広がっていた。

遅れて申し訳ないです。


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