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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第7話 霊狼

「ぬぅん!」


 アレクセイの豪快な一撃が亡者の首を跳ね飛ばした。並外れた巨体と肉厚の剣により繰り出されるアレクセイの剣戟は、いずれも一太刀で亡者たちを両断する。そこに相手の防御の有無は関係なく、粗末な盾や鎧はその意味を成してはいなかった。


「はっ!」


 ソフィーリアの戦いもまた一方的であった。掌を亡者たちに向けて突き出すと相手は動きを止め、しばらくののち爆散するのだ。低位の魔物である亡者では、最上位の霊体である闇霊の念力に抗うことなどできるはずもない。


 もはや戦闘とも呼べぬ一方的な蹂躙であるが、そもそもこの戦いはアレクセイたちが望んだものではない。マジュラ迷宮の最奥を目指し廃墟街を進んでいたアレクセイたちであったが、道中何度も亡者たちの襲撃を受けていた。新米冒険者向けというだけあって、マジュラの魔物たちはみな弱くアレクセイたちの敵ではなかった。しかしこう何度も襲い掛かられては、不死であるアレクセイたちはともかく生身の人間であるエルサには負担となるだろう。そのため、何度目かの魔物の襲撃を退けたアレクセイらはエルサに一旦の休息を提案した。しかし彼女は首を横に振る。


「大丈夫です。お二人のおかげで私は後ろで見ているだけですし、特に疲れていませんから。それより少しでも早くソフィーリアさんの骨をお返ししたいんです」


 エルサはそう言うと先へと歩みを進めた。アレクセイたちもまた顔を見合わせると、彼女についていく。すると先を行くエルサの隣に並んだソフィーリアがエルサに問いかけた。


「そういえばエルサさんはこれまで冒険者としてどのようにして戦っていたのですか?弱いといっても魔物は魔物でしょう?戦う術が必要なはずです」


 そのことはアレクセイも気になっていた。エルサはソフィーリアの頭蓋を使いアレクセイを封じようとしたが、その手法がいつでも通用するとは限らない。魔物は不死ばかりではないし、冒険者となればもっと直接的な戦う力が必要なはずだ。


 細身なエルサは武術を修めている様子ではないし、魔物を解体する際に使っていた短剣以外武器らしい武器も帯びてはいない。杖をもっていることからやはり彼女も魔術師なのだろうか。アレクセイが自身の疑問をぶつけると、エルサはしばし思案してから答えた。


「そうですね…それじゃあ次に魔物が現れたら私の戦い方をお見せしますね」


 はたして彼女の言った通り、そう間を置かずに亡者たちがアレクセイたちの前に現れた。てんでバラバラに武器を構えた亡者たちがよろよろとこちらを目指して近づいてくる。その足取りは頼りなくいかにも低級の魔物といったところだが、駆け出しの冒険者の目には恐ろし気に映ることだろう。十五歳の少女にはなおさらだ。しかしエルサは怯むことなく亡者たちを見据えて杖を構えた。


「常世にたゆたう気高き魂よ、古き契約によりて我を守護せし者よ、我が声を聞き魂の形を成せ!」


 エルサが高らかにそう唱えると彼女の周囲にうっすらとした光の筋が集まってきた。そしてそれらは一か所に集まると次第にあるものの形を成す。


「…狼?」


 ソフィーリアがそう呟いた通り、青白く発光する半透明の狼がエルサの前に姿を現した。体高はエルサの肩ほどもあり、野を行く狼としてはなかなかの大きさだろう。


「ネッド!」


 半透明の狼はひと鳴きすると、エルサの掛け声に従い亡者たち目掛けて駆け出した。その動きは実際の狼と変わらずに素早く、あっという間に一体の亡者の懐に飛び込むとその首元に噛みついた。ソフィーリアと同じ霊体であるはずの狼の牙は、亡者の身体を通り抜けることもなくその身に深く食い込んでいる。ネッドと呼ばれた狼ははそうして二、三度首を振ると亡者の喉笛を食いちぎった。そして崩れ落ちる亡者には目もくれずに次の獲物へと飛び掛かる。動きの遅い亡者たちはネッドの素早い動きに奔走されその姿を捕らえることができていないようだ。


「なるほど、これが君の力か」


「はい、≪霊狼≫(ホロウ・ウルフ)のネッドです。もっとも彼と契約したのは私のご先祖さまなんですけど…代々霊魂遣いを生業としている私の一族の力になってくれているんです」


「魔法使いの方たちが使う召喚魔法とは違うのですか?」


「どちらかというとエルフたちの精霊魔法に近いですね。力による支配じゃなくて双方の同意に基づく契約ですから。もっともアレクセイさんのときは力の差がありすぎて聖遺物を使って無理やりな感じになっちゃいましたけど…」


 アレクセイたちが話している間にも霊狼のネッドは単身で次々と亡者たちを屠っていく。何体目かの喉笛に噛みついたとき、ネッドの背後に回り込んだ亡者が剣を振り狼の背に向けて振り下ろした。


「あっ!」


 それを見たソフィーリアが思わず声を上げたが、しかし亡者の剣は霊狼の身体を素通りするとその先の地面に打ち付けられた。どうやらあの狼もまたソフィーリアと同じように物理的な攻撃を受け付けないようだ。目の前の獲物を片付けたネッドは、今しがた無礼をはたらいた亡者に飛び掛かると瞬く間にその息の根を止めた。


「見事なものだな…む?」


 一体の亡者がネッドから逃げるようによたよたとこちらに近づいてくる。アレクセイは切り伏せようと剣の柄に手を掛けたが、エルサの口からなにがしかの呪文が紡がれるのを聞いて動きを止めた。


≪聖なる一撃≫(ホーリースマイト)!」


 エルサがそう叫んで杖を亡者へと突きつけると、その先から迸る光の弾が撃ち出され亡者の顔面に直撃した。後ろに吹き飛ぶように倒れ込んだ亡者はしばしのたうち回っていたが、颯爽と駆け付けたネッドが喉元に牙を突き立てたことによりその動きを止めた。こうしてそれなりの数がいた亡者たちはエルサとネッド、実際は霊体の狼一匹にことごとく打倒されたのだった。


「この子のおかげで私でもなんとか一人で冒険者を続けることができたんです。結局のところ霊魂遣いも死霊術師の一派ですし、その、なかなか一党を組んでくれる人もいなかったので…」


 エルサが駆け寄ってきたネッドの背を一撫ですると、役目を終えた狼はすうっとその姿を薄れさせて消えた。


 ネッドの消えた空を見つめるエルサの瞳は悲し気に揺れている。それはかの狼ではなく、デーモンとの戦いで命を落とした仲間のことを考えているからであろう。決して人々から好かれることのない死霊術師であるエルサの仲間になってくれた者たちだ。その人となりはアレクセイにも察せられた。


 また、彼らの遺体はデーモンを倒した後に一か所に集め、手近な廃屋に安置してある。ゆっくりと葬ってやる時間はなかったし、ゾーラ教の教義に基づけば荼毘に付してやるのがよいのだろうがゾーラ教なき五百年後の世界ともなればそれがよいのかもわからない。だがこの場合はかえってよかったのかもしれない。


 アレクセイは俯くエルサの頭上を通り越して妻の方を見やると、ソフィーリアもまた同じことを考えていたらしく彼女の真紅の瞳と視線がぶつかった。アレクセイが頷くとソフィーリアはエルサの肩に手を当てて言った。


「エルサさん、もしかしたらお仲間を蘇らせることができるかもしれません」


「…えっ?」


 ソフィーリアの言葉を聞いたエルサが驚いた表情で顔を上げた。妻はそんなエルサの顔を見下ろして続ける。


「私は蘇生の奇跡を修めています。お仲間がデーモンとの戦いで命を落としたのなら、まだそれほど時間が経っていません。先ほどの遺体を見た限りでは損傷も少ないですし、私が力を取り戻したなら可能なはずです」


「損傷が少ないってそんな…」


 エルサが驚くのも無理はない。彼女の死んだ仲間は三人いたが、うち一人はアレクセイがエルサと最初に会ったときに抱いていた真っ黒な焼死体だ。もう一人は同じような年頃の少女で、無残にも腹部から身体を上下に分かたれてしまっていた。だがこの少女の遺体はまだマシな方で、少年の戦士と思しき最後の一人は身体が千々に吹き飛んでいた。だがこの少年の遺体も部位さえ揃っているのなら蘇生させることは不可能ではないはずだ。


 騎士たるアレクセイは蘇生の奇跡を行うことはできないが、以前妻に聞いたところによると蘇生の際は身体に欠損がないことが重要らしい。切り落とされた腕をつなぎ合わせるより完全に失われた手足を再生させるほうが難しいそうだ。


「霊となった私の依り代は私自身の頭の骨です。それが半分しかない以上、本来の力が出せないように思います。ですから骨を取り戻したら蘇生の秘術を執り行いましょう。その代わりと言っては何なのですが、私に教えてほしいことがあるのです」


「えと、何でしょう?」


「先ほどの狼が見せたような、物質に干渉する方法を教えてほしいのです」


 ソフィーリアが言っているのは、戦闘のときにネッドが自身の牙で亡者と戦っていたことだろう。確かに今のままではソフィーリアは≪念力≫という、明らかに超常の力で戦うしか方法がない。これでは人前でロクに身を守ることもできないし、そもそも人前であのように相手を内側から爆散させるというようなことはさせられないだろう。アレクセイはそう納得するとソフィーリアの意見に賛同した。


「確かにそのままでは君の槍は飾りとなってしまうからな。できるだけ人らしく振舞えるよう、色々と習得しておくべきだろう」


 妻が持つ手槍を見ながらアレクセイがそう言うと、ソフィーリアは少しばかりばつが悪そうに、しかしなぜか頬を染めて頭を振った。


「それは、そうなんですけれど…物体に干渉できるようになれば、その、あなたに触れられるでしょう?」


 思いもよらぬ妻の答えにアレクセイも面食らった。それは、確かにそうであろう。妻と再会してから何度か彼女を抱きしめてみせたが、それは振りであって実際に触れあっているわけではない。互いを想う気持ちは伝わっているとわかってはいるが、たとえ魂だけであっても相手に触れられればそれに越したことはない。


 ソフィーリアが頬を染めアレクセイがなんとも返せないでいると、二人に挟まれていたエルサがくすくすと小さな笑い声を漏らしていた。


「まさかそんな理由だとは思いませんでした。でも、誰かを傷つけるためよりもよっぽどいいと思います。わかりました!後でお教えしますね」


「ええ!是非に!」


 ソフィーリアが勢い込んでそう答えると、エルサはまた可愛らしく笑った。つられるようにソフィーリアもまた微笑んでいる。ふとその視線が少女の頭越しにこちらに向けられてアレクセイもあぁと思い至った。


 物体に干渉する術を学びたいというのは本当のことなのだろうが、敢えてあのような理由を言ったのは仲間のことで気落ちするエルサを元気づけるためなのだろう。彼女らしい優しい心遣いといえた。


「それでは我ら夫婦のためにも、先を急ごうではないか」

「はいっ!」


 アレクセイの号令の下、一行はマジュラ迷宮の最奥へと足を進めるのだった。



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