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小さき者たち ブラッディ・ローズ ③

間章 その三です。

一日遅れてすみません

「いやー、大量大量♪」


 山のように積みあがった魔石を眺めながら、ベラが満面の笑みを浮かべた。

 塵も積もればなんとやら、枯れ木も山のなんとやらで、あれからアーサーたちは怒涛の勢いで粘液玉(ボールスライム)を狩りまくっていた。


≪ポリン平原≫は魔物の強さもそうだが、湧き(ポップ)の量の面からでも人気がある。アーサーたち四人がどれほどスライムを倒しても、それらが尽きることはないのだ。


「一説では、迷宮には意思があって、倒された魔物と同じ数だけの魔物を生み出してると言われてる」


 革袋の水で喉を潤していたクロエがそう説明する。

 迷宮の存在は世の魔術師たちにとって最高の研究課題である。そこに世界の真理が詰まっていると信じる魔術師も少なくない。そしてクロエもまた迷宮の謎を解明するために冒険者になったのだという。


「そういえば、皆さんはどうして冒険者になられましたの?」


 ナプキンで上品に口元を拭いながら、ロゼッタが尋ねた。


「俺はガキの頃からの夢だったからな!漢なら、一度は冒険者として一旗上げてみたいと思うもんだぜ」


 アーサーの理由は至極単純である。おそらく同年代の駆け出し冒険者の少年たちのほとんどがこれだろう。上位冒険者となれば、強い、モテる、かっこいいと、男が欲する全ての物が揃っているからだ。一方のベラはといえばもう少し俗物的だ。


「あたしはズバリ、お金になるからね!叔父さんが同じ斥候(スカウト)でね、怪我して引退はしたけどすごくお金持ちなの!技術もあるし、あれなら村で畑を耕してるよりよっぽど儲かるもの!」


 確かにベラの言う通り、冒険者は儲かる。この迷宮のスライムを毎日倒し続けるだけでも、食うには困らないだろう。しかもさして労力を掛けることもなくである。とはいえ、そんな生活がいいかと聞かれればそれには間違いなく「否」と答えられる。


 自分にしろベラにしろクロエにしろ、普通の生活では飽き足りないからこそ、冒険者などというやくざな稼業をやっているのだ。


「そういうそっちはどうなんだ?」


 ベラの拵えたハムを挟んだパンにかぶりつきながら、アーサーはロゼッタへと問いかけた。

 彼女は金に困っているようには見えない。本人は隠しているつもりのようだが、どう見ても高貴な生まれ(ハイボーン)であるし、やはり名誉を求めてのことだろうか。あるいは曲がりなりにも法衣を纏っているので、何か信仰にまつわることだろうか。


「わ、わたくしは……」


 ロゼッタは手甲に刻まれた薔薇の刻印を指でなぞっている。どうにも言いあぐねているようだったが、意を決したのか彼女が口を開こうとしたその時である。


「みんな気を付けて!上よっ!」


 ベラが喚起の声を上げた直後、車座になって座っていたアーサーたちのもとに、巨大な何かが落下してきた。

 駆け出しだが、これでも武術の心得はあるのだ。アーサーとロゼッタはそれを素早く避けると、それぞれの武器を構えた。クロエを抱えて飛びずさったベラも、遅れて短剣を抜く。


「こいつは……」


「"大玉粘液(ジャイアントスライム)"」


 クロエの言うその名前はアーサーも知っていた。ここに来る前に≪小さな太陽(リトルサン)≫のアイラから聞いていたからだ。


「ただの巨大サイズのスライムと侮ってはいけません。≪ポリン平原≫で毎年出る数少ない死者は、その魔物によるものなんですから」


 小柄な少女が至極真面目な顔でそう語っていたのをよく覚えている。曰く、その巨体から繰り出される体当たりを受けただけでも、その辺の駆け出しには痛恨の一撃(クリティカルヒット)なのだそうだ。


 確かに大玉粘液はその名の通りデカかった。体高は大人の男くらい、横幅は大の大人が両手を広げたくらいある。それでいてさっきのように、身の丈より高くジャンプすることができるのだ。この巨体に押しつぶされればただではすまないだろう。アイラからは、万が一遭遇したら逃げるように言われていた。この大きさではちょっとやそっとの攻撃で散らせるとは思えないからだ。


「スキルも使えない今の俺らじゃ、確かにこりゃ手も足も出ねーよな」


「こういう時こそ、私の出番」


 そう言ってふんすと鼻を鳴らしたのは、魔術師のクロエである。普通の粘液玉相手では過剰だった彼女の魔法は、目の前の相手のようなデカブツにこそ威力を発揮するのである。


「頼んだわよ、寝ぼすけ魔法使い!」


「別に眠くはない。もともとこういう顔なの」


 ベラのヤジにもどこ吹く風で、クロエは杖をかざすと精神を集中し始めた。途端にどこからか風が舞い起こり、彼女のローブの裾を揺らしている。そうしてクロエは少しの間閉じていた瞳を見開くと、ぽつりと一言呟いた。


「≪爆破(エクスプロージョン)≫」


 杖の先端に一抱えもある火球が出現すると、一目散に魔物目掛けて飛んでいき、相手もろとも大爆発を巻き起こした。迷宮内の青空に、小さなキノコ雲ができるほどの威力である。アーサーたちの頬を熱風が撫でる。


「すごいですわ……」


「あちちち!ちょっとクロエ、頑張り過ぎよ!」


「久しぶりだから大奮発してみた」


 トンガリ帽子を押さえながらクロエが二本指を立てる。

 彼女の気合の入った一発により、大玉粘液は跡形もなく蒸発していた。草原に小さなクレーターができるほどだが、代わりに魔物の魔石も跡形も無く消え去っていた。


「あー!!貴重な大物の魔石がーっ!」


「ごめん、またやっちゃいました」


 表情を変えることもなく、クロエは舌を出して詫びている。何を考えているか分かりづらい奴ではあるが、あれで意外と茶目っ気が強いのだ。


 大物を難なく撃退したせいか、気が緩んでいたのだろう。そんな風にお茶らけていたから、彼らの接近に気が付かなかった。


「おいおい、こんなところにいやがったのかよぉ」


 不意に掛けられた声に、アーサーたちは慌てて周囲を見回した。いつの間にか自分たちは、十数人からの冒険者によって囲まれていたのだ。


「な、何よあんたたちは!?」


 威勢よくベラが声を上げるが、男たちはニヤニヤと笑みを浮かべるばかりであった。どいつもこいつも、冒険者にしてはやたらと人相が悪い。つい最近も見たことのあるような展開だ。アーサーたちは自然と、ロゼッタを囲むように身を寄せ合った。


「ほぅ、半ツ星(なかつぼし)にしては腕のいい魔術師がいるじゃないか……≪沈黙(サイレンス)≫」


 クロエが慌てて杖を構えたが、少し遅かった。どこからか小さな煙が流れてきたと思ったら、彼女の首元に巻きついてその声を封じたのである。アーサーでも知っている、魔術師封じの魔法だ。


「それになかなかに見目のよい娘ばかり……やはり当たりであったな」


 そうして男たちの中から姿を現したのは、ロゼッタを連れ去ろうとしたあの魔術師であった。


「あんた!性懲りもなくこんなとこまで!しつこいわよ!」


「フン、やはり五月蠅い娘だ。俺の好みには合わんが……お前は好きそうだな?弟よ」


「おう、兄者ぁ」


 そうして痩せこけた魔術師の後ろから、筋骨隆々の大男が現れたのである。身長は二メートルはあるだろう。腕などはベラの腰くらいある太さで、馬鹿でかい大斧を握りしめている。あれなら大玉粘液をも屠れるだろう。


「フン!先日は余計な邪魔が入ったが、ここならそうはいかん。この人数に囲まれて、無事に逃げられると思うなよ?小娘共はこの場で少しばかり味見をした後、しかるべきところに売ってやる。だが小僧はいらぬ。大人しくここで死んで、スライム共の餌になるがいいさ」


 男が話している間にも、アーサーは周囲に油断なく目を走らせていた。が、思ったよりもしっかりと囲まれてしまっている。強行突破できる可能性は低いだろうし、相手の魔術師には遠距離攻撃がある。こちらの最大戦力はたった今封じられてしまった。


(これは……マジでやべーかな?)


 こうなったら腹をくくるしかない。

 この迷宮には今もたくさんの冒険者が潜っている。一人でも囲みを突破できれば、彼らに助けを求められるかもしれないのだ。となると前衛(タンク)である自分が時間を稼がなければなるまい。


(クロエは体力ねーからな。たぶん逃げられない。となるとベラかロゼッタだけど……)


 逃がすとするなら、斥候のベラだろう。折角一度は助けたというのに、ロゼッタには申し訳なく思う。だが可能性が高いのは彼女の方だし、何よりベラは自分の……。


 とそこまでアーサーが考えを巡らせていたら、ロゼッタが自分たちを守るかのように進み出たのである。


「おい、お前……」


「皆さんはどうか、逃げてくださいまし。こんなことに巻き込んでしまったのは、わたくしなのですから」


 まさか彼女一人で囮になろうというのか。しかし相手は十人以上で、しかもおそらくは自分たちより上の位階の冒険者である。そんな状況で一体どうしようというのだろう。

 するとロゼッタはおもむろに、両手の手甲を外し始めたのである。武器を捨てて、命乞いでもするつもりなのか。


 しかしそんなアーサーの予想は、思わぬ方向に外れることになる。

 なぜなら露になったロゼッタの両腕から、血が零れ始めたからだ。怪我でもしたのかと思ったが、そうではない。少女の細腕に浮き上がった血管から、血が噴き出しているのである。


 その異様な光景に、アーサーたちはもちろん悪漢たちですらたじろいだ。


「な、貴様!その腕は一体……?」


「お父様ごめんなさい。ロゼは、言いつけを破ります!」


 魔術師の男の問いには答えず、ロゼッタは静かにそう呟いた。見ればいつの間にか、地面に滴り落ちた彼女の血液が霧となって、少女の体を包み込んでいる。それはあたかも、赤いオーラを纏っているかのようであった。そして次の瞬間には、その姿が掻き消えたのだ。


「なっ!?」


 そうして一瞬で、術師の男の目の前に現れる。そして男が杖を構えるのと、その顔にロゼッタの拳がめり込んだのは同時であった。


「はぁっ!」


 彼女が拳を振りぬくと、男は大地をバウンドしながらしながら吹っ飛んでいく。そして岩にぶち当たって、ぐったりとして動かなくなった。


 あまりに急な出来事に、その場にいた誰もが動くことができなかった。そうして最初に我に返ったのは、魔術師の弟らしき大男である。


「でめぇ!よぐも兄者をォ!!」


 大上段に構えられた大斧が、まっすぐにロゼッタの頭に向けて振り下ろされる。


「ロゼッタ!!」


 思わずアーサーは叫ぶ。だが、またしても予想だにしないことが起こった。彼女はなんと、片手でその刃を受け止めたのである。


「な、なにぃ!?」


 大男が必死に力を込めるが、斧はぴくりとも動かない。血に濡れた少女の細腕が巨大な戦斧を掴む光景は、だいぶ現実離れして見える。

 そしてあろうことかロゼッタは、なんと素手で斧を()()()しまったのである。彼女が掌に力を入れると、鋼の斧はあっけなく粉々になってしまった。


「ば、化けも……おべぇ!!」


 たじろぐ大男の腹に、ロゼッタの拳がめり込む。さらに彼女は拳や蹴りを繰り出すと、相手をメタメタに打ちのめしていった。少女の攻撃によって巨漢が宙に浮く様は、さながら悪夢のようである。


「ひ、ひぃ!」


「首領たちがやられた!に、逃げ……あぶっ!!」


「こ、こっちに来るなぁ!」


 恐怖に駆られ逃げ出そうとした手下たちをも、"血濡れのロゼッタ(ブラッディ・ローズ)"は逃がさない。恐るべき速さでその背に追いすがると、容赦なく拳を振るっていった。


 アーサーたちを囲んでいた悪漢どもが全てのされるのに、そう時間はかからなかった。あたりには凄惨ともいうべき光景が広がっている。かろうじて全員息はあるようだが、起き上がる者は一人もいない。


「す、すごいじゃないロゼッタ!」


 若干引きながらも、ベラはロゼッタに駆け寄った。アーサーたちもそれに続く。俯いて膝を突く彼女に怪我はないようだが、今も腕から噴き出し続ける血と相手の返り血によって、その表情は分からない。


「おかげで助かったわ。でもそんな力があるなら、一言言ってくれればいいじゃない。私たちこれでも……」


「ベラっ!」


 アーサーがベラの肩を掴んで身を引かせると、そこをすんでのところでロゼッタの拳が通り過ぎていく。


「ちょ、ちょっとロゼッタ!いきなり何するのよ!?」


「下がってろベラ!こいつは……ロゼッタは普通じゃない!!」


 アーサーは少女二人を背に剣を構えた。

 ゆっくりと面を上げたロゼッタの目からは、血の泪が流れていた。それに瞳の焦点も合っておらず、口からは赤い吐息が漏れている。


「おいおい、マジかよ……」


 アーサーの頬を、思いがけず汗が垂れる。正直悪漢たちを相手にしていたときより悪い状況だ。相手は自分たちの知るお嬢様冒険者ではなく、人知を越えた力を持つ怪物なのだ。


「仲間の声で我に返るって感じじゃ……ないわよね」


「けほっ……そもそも私たちはまだ知り合ったばかり」


 ベラの軽口に、ようやく≪沈黙≫の効果が切れたのかクロエが答えた。

 彼女の魔術を使えるなら、いける。クロエは攻撃だけでなく様々な魔術を習得しているから、きっとこんな状況でも役に立つ魔法を知っているはずだ。


 だがしかしアーサーがそう思い至った直後、暴走したロゼッタが拳を振りかぶった。


「クロエ!魔法をっ!」


「駄目!間に合わない!」


 刹那のことである。

 アーサーには、迫りくるロゼッタの拳が不思議とゆっくりに見えた。悲鳴を上げたベラが、自身の腕を掴むのを感じる。


(あぁ、なるだけ痛くないほうがいいな)


 一瞬のうちに、そんなことを考える余裕すらあったように思う。そしていよいよ彼女の拳が自分の顔にめり込むぞと、覚悟を決めた、その時であった。


 唐突に横合いから差し込まれた手が、ロゼッタの腕を掴んで止めたのである。一瞬遅れて拳風がアーサーの顔に吹き付けてくる。


「ぶふっ!?」


「きゃあ!?」


「あいたー」


 その勢いのあまり、アーサーは背後の二人ごと尻もちをついてしまった。そして恐る恐る顔を上げて見ると、そこにはなんと狼の頭を持った人の姿があったのである。


 マントを羽織った人型の狼が、ロゼッタの血まみれの腕を掴んでいるのだ。よほどの力であるのか、大男をも圧倒したロゼッタが振りほどけないでいる。


「"狼男(ウルフマン)"?」


「ちゃうわ!」


 その姿を見たクロエがぽつりと呟く。すると間髪入れずに人狼がどう怒鳴り返してきたのである。アーサーは獣が人の言葉を話したのに驚いて、それがどうやら女性のものであるらしいことに二度驚いた。


「なんやすごい力やな。あーめんどくさ、もう一発やってまうか」


 不思議な訛りで話す狼女は、ロゼッタを抑え込むと、大口を開けてロゼッタの頭に顔を寄せた。


(食べられる!)


 思わずアーサーは剣を手に立ち上がった。直前まで彼女に殴られそうになっていたことなど、頭のどこかにいってしまった。さっきまでロゼッタのことを怪物などと思っていたのに、少女に獣の牙が迫るのを見て、いてもたってもいられなかったのだ。


 だが遅い。間に合わない。


 アーサーと、遅れて短剣を抜いたベラと、珍しく焦った顔をしたクロエが追いすがろうとした、その時である。


「アオオオォォォォォン!!」


 青空の下、迷宮の草原に狼の遠吠えが響き渡ったのである。

三部作のつもりが、思ったより長くなってしまった


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