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小さき者たちーブラッディ・ローズ ①

間章 その一です

「やっと着いたぁ〜」


 冒険都市ラゾーナの外壁を前に、そう言って天を仰いだのは、斥候の少女ベラである。丈の短い真っ赤な上着を羽織り、大胆に腹部をさらけ出した少女は、同じく短いズボンからむき出しの太ももを叩いている。


「もう歩けないわ、足がパンパンよ」


「歩けない……斥候なんて……だらしが…ない……」


「そういうアンタなんて息も絶え絶えじゃない、クロエ」


 魔術師のクロエが、粗末な木の棒に縋り付きながら悪態をつく。一行の中で最も体力がないだけあって、その舌鋒にはいつもの鋭さがない。マジュラ迷宮で装備の一切を失った彼女は、今は道中で購入した村娘の格好をしている。


 アーサーたち一行は、自分たちの元を去った元パーティメンバーであるエルサを追って、冒険都市ラゾーナまでやってきていた。彼女としてはいくばくかの金と詫び状を置いていくことで手打ちにしたかったのだろうが、生憎アーサーたちは全く納得できていなかったのである。


 それに、これから共に迷宮を攻略していこうと固く誓い合ったはずなのに、それをあっさりと反故にされたのだ。直接会って文句の一つでも垂れてやらないと気が済まない。


「とりあえず……宿を、取ろう……ギルドに向かうのは……それからでいい」


 クロエの言葉にアーサーたちも異論はない。そうして疲れた身体を引きずって、一行は冒険都市ラゾーナの中へと足を踏み入れた。馬鹿でかい城壁をくぐると、その先にいたのは人、人、人であった。


 アーサーとベラは冒険者になるまで、生まれ育った村から出たことがなかった。そんな自分たちからすれば、この街は信じられないくらいの大都会であった。


「ほへぇ〜、すんげぇ人だなぁ」


「こ、こら!アホみたいな声出さないの!田舎者だと思われちゃうでしょ!」


 ベラはそう言ってアーサーの頭をはたきつつ、自分の服装におかしなところはないかしきりに確かめている。


「でも、前来た時よりなんだか物々しい気がする」


以前にこの街に来たことがあるというクロエが首をひねる。


 確かによくよく気を付けてみれば、街の中のあちこちには衛兵の姿がある。巡回の衛兵にしては数が多いい。


それにその中にはちらほらと、白い甲冑を身に着けた者たちの姿もあった。そこに刻まれた太陽の紋章を見れば、アーサーでも彼らが教会に属する者たちであることが分かった。


「教会で何かあったのかしら?」


 街の中心に見える高い塔を見上げて、ベラがそんなことを呟く。


 とはいえ、ここでこうしていても仕方がない。アーサーたちはクロエに連れられて、まずは宿へと腰を落ち着けることにした。


 値段相応の宿で一休みした後は、早速冒険者ギルドに出発である。エルサがこの街に来ているとしたら、確実にギルドに寄っているはずだ。それに彼女は珍しい霊魂遣い(ソウルコンジュラー)であるから、エルサのことを覚えている職員もいるだろう。


 ギルドへの道すがら、クロエの魔術師のローブを購入する。やはり平服では何かと都合が悪いらしい。安物ではあるが、ようやっとらしい格好に戻れてご満悦の様子であった。


「それ、アタシが値切って買ったんだから、感謝しなさいよね」


 そんなベラの突っ込みもどこ吹く風だ。


 とにかくアーサーたち一行は、街の中心部にある冒険者ギルドの建物へと向かった。その道中にも教会風の人間たちの姿が目に付く。ただまぁ、別段やましいことがあるわけでもないので気にはならないのだが。


 そうして商店をひやかしたりして、街を見物しながらギルドに向かっていたときのことである。

 アーサーたちは、実に奇妙な光景を目にすることになった。


 それは自分たちの目の前で、一人の少女が屈強な二人組の男に担がれているのである。少女が嫌がるように手足をバタつかせているのを見れば、友好的な関係ではないのは明らかだ。その様はいかにも、人さらいのように見える。


 白昼堂々大したものだが、道行く人々は後難を恐れてか助けようとする者はいない。それも仕方のないことで、一般人が冒険者に喧嘩を売ることなどできもしないからだ。


 とはいえ、冒険者同士でならそれは別だ。


 アーサーとベラは互いに顔を見合わせると、何を言い合うでもなく共に駆け出した。クロエは衛兵を呼ぶためか、それとは別の方向に向かって走っていく。


「いいアーサー、街の中で剣を抜いちゃ駄目なのよ!?」


「わーってるよ!お前こそな!」


 ベラはにやりと笑うと、アーサーの肩をひと叩きして壁際に積み上げられた荷箱へと向かった。そして勢いをつけると、それらを足場にして軽々と上がっていく。するすると建物の屋根まで登り詰めたベラの手には、いつの間にか何個もの小石が握られていた。そしてほとんど足音を立てることもなく、屋根の上を滑るように動きだした。


 アーサーもまた腰から鞘ごと剣を引き出すと、中身がすっぽ抜けぬよう紐でぐるぐる巻きにする。剣とて刃を用いなくとも立派な武器だ。鎧と共にマジュラ迷宮で拾った長剣は、無骨ではあるがそれなりに頑丈だ。鈍器としても十分通用するだろう。


 こん棒と化した剣を片手にひた走っていたアーサーの先に、ついに少女たちの姿が見えてきた。フードを被っているため人相は分からないが、自分たちと同年代に見える。小柄で細身な体型通り、男たちに抗う力はないようだ。嫌がりつつもなすがままになっている。


 男たちはまだ背後から迫るアーサーに気づいていないようで、アーサーは一気に足を速めると男の背中に思い切り剣を叩きつけた。


「おらぁぁぁぁぁ!!」


「ぎゃあ!?」


「な、なんだぁ!?」


 鞘をぶち当てられた男は、頭から勢いよく通路脇の荷箱に突っ込んだ。相方の男が振り返り、素っ頓狂な声を上げる。そしてこちらの姿を見ると腰の武器に手を伸ばしたが、流石にそれをただ見ているアーサーではない。素早く鞘を男の腹に突きこむと、男は苦し気に身体を曲げた。そうして下がった顎をまた鞘で跳ね上げると、男は見事にひっくり返って動かなくなった。


「おい、大丈夫か!?」


 アーサーは蹲る少女に声をかけた。投げ出された拍子にどこかをぶつけたのか、少女は腰のあたりをさすっているが、見たところ怪我らしい怪我はなさそうだ。なのでアーサーが彼女を引き起こすべく身を屈めた、その時であった。


「危ないっ!」


 少女は急にそう叫ぶと、驚くべき素早さで立ち上がった。


「はっ!?」


 アーサーが振り返ると同時に、何かが勢いよく荷箱にぶち当たる音がする。


「お、お前……」


 そこには吹っ飛ばされて壁際の荷物に埋もれる男と、真っ直ぐ拳を突き出した格好の少女の姿があった。その手には無骨な手甲が嵌められ、鈍い輝きを放っている。


 そしてはだけたフードから露わになった少女は、実に可憐な顔立ちをしていた。


 年の頃はやはり自分たちと同じくらいであろう。シミ一つない真っ白な肌に、僅かに桃色に染まった頬。ぱっちりとした瞳は、エメラルドの如き新緑に輝いている。金色の髪は短く切り揃えられており、見る者に活発な印象を与えていた。


 どうやら最初の二人とは別の男が、自分の後ろから襲ってきていたらしい。そこをこの少女に助けられたようだ。上を見てみれば、屋根の上のベラが石を投げる寸でのところで固まっている。


「助太刀感謝ですの!でも、心配ご無用ですわ!」


 拳を突き出していた少女はそう言うと、アーサーが最初にど突き倒した男に向けて、見事な正拳突きをお見舞いした。よろけながら立ち上がりかけていた男は、哀れ再び地に伏すことになった。


 厳ついガントレットを装着しているとはいえ、少女の細腕による一撃だ。普通なら大の大人を倒せるとは思えなかったが、しかし今の拳はそれは見事に男を吹っ飛ばしていたのである。


(もしかして、これがスキルってヤツなのか?)


アーサーとて冒険者であるから、スキルのことは勿論知っている。駆け出しである自分はまだ使えないが、か弱い人の身でも魔物に対抗できる冒険者の強い味方だと聞いている。


 呆気に取られたアーサーがそんなことを考えている間にも、路地の向こうから何人もの男たちが現れてはその数を増やし始めていた。


「おいおいなんだぁ?」


「くそっ、下手こきやがって!ガキにやられてなにやってんだ!」


 見るからにガラの悪い男たちは、どうやらここでのびている人さらい共の仲間らしい。口々に悪態をつきながら、それぞれ物騒な獲物を構えている。その数ざっと十人ほど。不意打ちならいざ知らず、正面から大の大人を相手にするような力は、アーサーにはまだない。


「ありゃあ無理だ!おい、さっさとずらかんぞ!」


 少女はいまだに拳を構えて、男たち相手に闘志を剥きだしている。可愛い顔をして、意外に武闘派らしい。だがここは逃げの一手に限る。アーサーはそう見切りをつけると、少女の腕を掴んでそのまま走り出した。


「ちょっ、ちょっと!戦わずに逃げるんですの!?」


「相手と数をよく見ろよ!それにありゃ確実に冒険者だ!向こうにスキル持ちや魔術師がいたらどうすんだよ!」


 物々しく武装した格好を見れば、相手が冒険者崩れであることは容易に想像がついた。戦士系ならいざ知らず、もし魔術師がいれば抵抗する間もなく捕らえられるのは確実だ。


「表通りに出りゃこっちの勝ちだ!いくらなんでも衛兵の前で人さらいはできねーだろ!」


 いまラゾーナの街中には多くの衛兵たちが巡回している。おまけに教会の手の者も目を光らせているのだ。流石にそれらの前には尻尾を巻いて逃げ出すはず。


 アーサーは少女の手を引きながら必死に足を動かした。屋根伝いにベラが追従してくる気配もする。とはいえ相手もさるもので、足の速い何人かの男たちがアーサーたちのすぐ後ろまで迫ってくる。


「ベラ!」


「任せて!」


 屋根の上から追手目掛けて石礫が投げられる。彼らは頭上のベラに気づいていなかったようで、それらはしたたかに男たちの眉間に命中した。


「ギャア!」


「おい、屋根の上にもいるぞ!」


 額から血を流して、男たちが地面に蹲る。その隙をついてアーサーたちは一気に足を速めた、そのときであった。

 路地裏を、一筋の青い光が駆け抜ける。


「危ねぇ!」


「きゃっ!?」


 アーサーは咄嗟に少女の身体と自分の身体を入れ替えた。そして防ぐ間もなく、青い光の玉がアーサーの背中に命中する。それは人の拳ほどの大きさではあったが、まるで猪が突っ込んできたかのような衝撃がアーサーの背に伝わった。


 アーサーは腕に抱えた少女もろとも吹っ飛ばされ、したたかに身体を地面に打ち付けた。ぶつけられたものの衝撃のせいか、胸が苦しくて息がしにくい。


「あぁ!もし、しっかり!」


 苦し気に喘ぐアーサーを見て、悲痛な声を上げた少女が身体を揺さぶってくる。その間に追いついた男たちが、ぐるっと自分たちを囲んでしまう。


「……身の丈に合わぬ正義感など持つからそうなるのだ」


 すると男たちの後ろから、一人の男がゆっくりとこちらに近づいてくる。貧相なローブに身を包んだ男の手には、ぐねぐねと曲がりくねった木の杖があった。


(くっそ、本当に魔術師がいたのかよ)


 アーサーは揺らめく視界に男の姿を映して、心中で毒づいた。先ほどの青い玉は、この男が放った魔術らしい。確かあれは≪マナのつぶて≫という魔術であったはずだ。以前クロエが魔物相手に使っていたので、よく覚えている。初歩的な魔術だと聞いていたが、自分でくらうとこれほど痛いとは。


 倒れるアーサーを守るかのように、金髪の少女がその前に立ちはだかる。


「この方には指一本触れさせませんわ!」


「そんな小僧に用はない。馬鹿な娘だ。我々の狙いはお前に決まっているだろうが」


 魔術師が嘲るように笑うと、周囲の男たちも下品な笑い声を上げた。


「なるほど、これはなかなかの上玉だ。それにその籠手、随分と値が張りそうじゃないか。こいつは美味いおまけがついてきたものだ」


 ねっとりした視線を受けて少女は身を震わせた。だがそれも一瞬のことで、毅然とした表情で男たちに対し拳を構えたのである。


「わたくしロゼッタ・グレンデルは、この拳の薔薇に懸けてここを一歩も動きませんわよ!」


「ほう、実に威勢のいいお嬢さんだ。だがそれでこそいい値が……」


「気に入った!この場は僕がもらい受ける!!」


 そのとき突然、路地裏に朗々とした声が響き渡った。若い、男の声である。


「何奴!?」


「悪党に名乗る名などない!」


 すると疾風の如き速さで、一人の男がその場に飛び込んできたのである。そして男は抜き放たれた長剣を振りかざすと、次々と悪漢たちを叩きのめし始めた。


「うわ!?なんだこいつは!?」


「気を付けろ意外と手強いぞ!」


 アーサーは壁に手をつきながら、なんとか立ち上がる。背中の痛みをこらえて見てみれば、突如の乱入者は少々風変りな男であった。栗色の髪をひとつに束ね、仕立てのいい服を纏った姿は気取った吟遊詩人のようにも見える。だがその剣さばきは、剣術をかじっているアーサーからすればとても素人のものとは思えなかった。


 男は数の不利など物ともせずに、剣の峰でもって悪漢たちの手足を打ち据えている。それらの動きは彼が手練れの戦士であることを証明していた。


「おのれ小癪な!」


 魔術師の男が杖を構えると、その先から青い光弾が飛び出した。アーサーがくらった≪マナのつぶて≫の呪文である。この魔術は威力がさほどでもない代わりに、長々と詠唱を行わずとも使用可能なのだ。


 近距離から矢の如き速さで撃ち出されたそれを、しかし剣士の男は軽々と避けてみせた。そして一気に魔術師との距離を詰めると、剣を一閃させたのである。すると魔術師の持つ杖が、半ばからすっぱりと断ち切られた。


「この"閃光"のスヴェンにかかれば、そんなチャチな魔術など敵ではないよ」


 スヴェンと名乗った男がキザったらしく剣を構えてそう言うと、にわかに男たちが騒ぎ始めた。


「スヴェンだと?」


「おい、こいつ知ってるぞ!≪小さな太陽(リトルサン)≫のスヴェンだ!」


「あの"騒乱"のスヴェンか!」


「名乗ってるじゃねーか!」


 どうやらスヴェンとやらはこの街では知れた名らしい。悪漢たちが怯んだところに、後ろから高らかな笛の音が聞こえてきた。あれはおそらく衛兵隊のものだ。男たちも同じように考えたのか、魔術師の男を筆頭に「覚えていろ」とお決まりの台詞を吐くと、足早に逃げていった。


「ちょっとアーサー!あんた大丈夫なの?」


 屋根の上からベラが飛び降りてくると、まだふらついているアーサーに素早く身を寄せてきた。


「わり、油断したぜ」


「もう、あんたってば本当に……」


 ベラの肩を借りながら、アーサーは他の二人に向き直った。そこでは自分たちが助けた少女が、スヴェンなる男に手を取られ思いっきり当惑していた。


「美しいお嬢さん、お怪我はありませんでしたか?」


「え、ええ。おかげさまでわたくしは……あっ!」


 少女は思い出したように振り向くと、スヴェンなど目もくれずにこちらにやってきた。放置されたスヴェンは、そのままの姿勢で固まっている。


「あ、あの!お身体は大丈夫ですの!?」


「ああ、ちょっとばかし痛むけど、大した事ねーよ。その……悪かったな。うまく助けてやれなくてよ」


 格好つけて飛び込んだというのにこの様である。一度は少女に助けられたし、最終的には敵から庇われてしまった。前衛(タンク)がこれではあべこべだ。


(なかなかうまくいかねーもんだな……ん?)


 ふと少女の籠手が血に染まっていることに気が付いた。恐らく、男たちを殴ったときに付いたものだろう。


「なぁ、籠手に血が付いてるぞ?ちゃんと拭いとかないと錆びちまう」


「え?」


 武器の手入れは欠かすなと、アーサーは師匠から口を酸っぱく言われていた。なので至極当然のこととしてそれを指摘したのだが、彼女は血の付いた籠手を見るとわなわなと震えだした。


「おい、どうし……」


「あふぅ」


 すると少女は、目を回してその場に倒れ込んでしまったのである。

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