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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第6話 亡者たちの街

「ひとまずはこの迷宮(ダンジョン)とやらを抜けようか」


 アレクセイはあたりを見回してそう提案した。今のところ周囲に魔物の気配は感じられないが、いつまたデーモンや他の魔物が現れるとも限らない。ソフィーリアも加わったいま、いかなデーモンといえど恐るるに足らないが無用な戦いをする必要もない。そのように考えていたアレクセイであったが、エルサはこちらを見上げると首を振った。


「いえ、その前にこの迷宮の最奥へ向かってほしいんです」


「我らはこの迷宮とやらには用はないのだが?」


「これを…」


 そういってエルサが差し出してきたのは縦半分に分かたれたソフィーリアの頭蓋骨であった。


「ソフィーリアさんの頭の骨、その残り半分がこの迷宮にあるんです」


「なんだと?」


 彼女曰く、教会から妻の頭蓋骨を盗み出したエルサの先祖は、追手の目をくらますため頭を二つに割り、あろうことかその一方をこの迷宮の最奥に隠したのだという。


「なぜそのような真似を?」


「ソフィーリアさんの頭蓋は死してなお強い聖性を帯びています。それ故に低級の不死が溢れるこの迷宮の魔物には触れることはおろか近づくこともできません。そしてまた冒険者ギルドとの約定によって、迷宮への不可侵を決めている教会の人間がここに入ることはないんです」


 だが宝を求める冒険者たちに見つかってしまうのではないか?というアレクセイの疑問に対してエルサは否と再び首を振った。アレクセイたちが今いるマジュラ迷宮は大陸全土の迷宮の中でもかなり低位の迷宮であり、探索に来るような冒険者はいずれも最奥までたどり着けないような初心者ばかりなのだという。それに遥か昔に発見され、うまみが少ないことが知れ渡っているマジュラ迷宮には中位より上の冒険者がやってくることもないそうだ。


「なんとも思い切ったことをするものだな、君のご先祖は」


「私の頭がここに…」


 真っ二つに割れた自分の頭蓋骨をなんとも言えない表情で眺めていたソフィーリアはそう呟くと、意味ありげにアレクセイの方を見上げてくる。その目が訴えることを感じ取り、アレクセイもまた強く頷いた。


「我が妻の骨をこのような場所に置いていくことなどできようはずもない。場所は分かっているのだろう?案内してくれ」


 アレクセイの答えにエルサもまたはっきりと頷いた。


 そうして歩くエルサの後に続きながらアレクセイは考える。彼女の先祖がソフィーリアの頭蓋骨を教会から盗み出したということは、残りの胴体部分の骨もそこにあるはずだ。となれば故郷探しの前にそちらも確かめねばなるまい。所在も記録も分からない息子やヴォルデンのことは違って、そちらは明確な場所がわかっているのだからまずは教会とやらを優先すべきだろうか。


 そんなことを考えていたアレクセイは不意に魔物の気配を感じて先行くエルサの肩を掴んだ。


「待ちなさい。この先に何かいるようだ」


 アレクセイたちが歩いていたのは石畳が続く細い路地裏の道であり、左右は石壁によって阻まれている。どうやら魔物がいるのはこの先の小広場のようだ。


「このあたりなら…たぶんいるのは"亡者"だと思います。私たちでも簡単に倒せるくらい強くはないです」


「そうか。ではここは私が片づけてこよう。念のためソフィーリアはエルサ君のそばに」


「はい、お気をつけて、あなた」


 妻に向かって頷き返すと、アレクセイは剣を抜き放ちにわかに駆け出した。重装鎧を纏っているというのにその動きは軽やかだ。本職の斥候などとはとても比べられないが、足音などもその身体の大きさから考えれば微かなものである。


 勢いよく路地から飛び出したアレクセイは広場に立ち尽くしている人型の魔物たちを視界に収めると、手近な一体に斬撃を叩き込んだ。こちらに背を向けていた亡者は抵抗する間もなく上下に分かたれた。


(数は五。しかしなんとも奇妙な手ごたえよ)


 声を上げずに崩れ落ちた魔物には目もくれずに、アレクセイは次なる敵に向かって剣を振るう。

 哀れな亡者はやはり声を上げることもできずに首を飛ばされた。ここでやっと残りの亡者たちもアレクセイの存在に気が付いたようで、のろのろとこちら目掛けて歩いてくる。その足取りはあたかも≪腐った死体≫(ゾンビ)のように遅かったが、さりとて身体が一歩ごとに腐り落ちるようなこともなく、瞳だけが爛爛と妖しく光っていた。そのうち武器らしき朽ちた剣を持っているのは一体だけで、残りの二体は何も持たぬ手を前に突き出して襲い掛かってくる。


「ふんっ!」


 アレクセイが剣を一振りするとそのうちの一体の上半身が斬り飛ぶ。返す刀でもう一体を薙ぎ払うとこちらも斜め半分にその身を分断された。最後に残った武器持ちが意外にも勢いよく剣を振り下ろしたが、アレクセイの掲げた大盾にぶちあたると刀身の半ばからぽっきりと折れてしまった。そうして呆けた顔で刃を眺める亡者の首を、アレクセイは容赦なく跳ね飛ばす。


「弱いな。なるほどこれならば駆け出しにも容易かろう」


 剣を鞘に戻したアレクセイは戦いの様子を見ていたエルサたちを手招きして呼び寄せた。戦いと呼べるようなものでもなかった気がするが、確かに亡者たちは弱かった。やせ細り肌が奇妙に乾いた身体と真っ赤な瞳は確かに不気味かもしれないが、力も大したことはないしこの程度ならエルサのような娘にも倒せるだろう。


「あっという間でよく分かりませんでした。尤もデーモンを倒したアレクセイさんがどうこうなるとは思いませんでしたけど」


「エルサ君、この亡者という魔物はなんなのだ?死人という感じはしないが、さりとて生気が感じられぬ。初めて見る魔物だ」


「亡者はこのマジュラの街のかつての住人たちであったと聞いています。何らかの原因で街が滅び、魔王の呪いによって街が迷宮となり果てた後にもこうして迷宮の魔力に囚われている。そうして迷宮の住人となってここを彷徨っているのだといいます」


 そう説明するエルサは亡者の死体の前に跪いて両手を組んで祈りを捧げると、腰元から短剣を抜いては亡者の胸に突き立てた。


「エルサさん!?」


 目を丸くしているソフィーリアを気にすることもなくエルサは亡者の胸を切り開くと、やおらそこに自らの手を突っ込んだ。彼女の尋常ならざる行いに声も出ないアレクセイたちであったが、やがて死体から引き抜いたエルサの手に小さな結晶のようなものが摘ままれていることに気が付いた。


「エルサ君、それは?」


「魔結晶です。迷宮に沸く魔物にのみ現れるもので、とてもお金になるんです…んしょ!冒険者たちはみんな倒した魔物からこれを集めて売っています。生活の糧ですね」


 そう言う間にもエルサは次なる亡者の身体に短剣を突き立てている。どうやら魔結晶なるものは心臓の近くにあるようで、いずれの石も亡者たちの胸から摘出されていた。不死とも生者とも言い切れぬ亡者独特の性質なのか、それらの身体から流れる血は妙にねっとりとしていて、また量も少ないのかこれだけ解体していてもあたりが血だまりになるようなことはない。


 アレクセイもソフィーリアも数え切れぬ戦場を体験した戦士であるから血など見飽きているが、見た目はごく普通のほっそりとした少女であるエルサが淡々と亡者を切り刻んでいるこの光景になんとも言えない気分となる。


「先ほどの我々への脅しといい、エルサ君、君はなかなかどうして大したタマだな」


「そ、そうですか?えへへ…」


「夫は褒めてはいないと思いますよ、エルサさん」


 そんなことを話していると、前方から再び魔物が近寄ってくる気配がする。それを感じていたのはソフィーリアも同じなようで、彼女は短槍を構えると一歩前に進み出た。


「あなた、今度は私にやらせてくださいませ」


 ソフィーリアもまた生前は優れた戦士であった。いましがた斬った魔物程度ならば全く問題にならないであろう。アレクセイはそう思い至って頷くと妻を送り出した。


 まもなく前方の角から亡者たちが姿を現す。数は三体。いずれも枯れ果てた身体に粗末な襤褸を纏い、今度は全員が剣や手槍を所持している。


「いきますっ!」


 ソフィーリアはそう言うと勢いよく飛び出した。彼女もまた巨躯を誇るヴォルデンの民である。アレクセイほどではないにせよ、並みの男より遥かに背の高い彼女の手足は長くしなやかだ。その一歩一歩は大きく、あっという間に亡者たちとの間を詰めるとその首を撥ねるべく槍で薙ぎ払った。空気が焼けつくような速さで繰り出された刃は、しかし亡者の首を落とすことなくそのまま通過してしまった。


「あら?」


「??」


 目を瞬かせたソフィーリアにつられるように件の亡者もまた首を傾げた。そうして彼らが動きを止めている間に別の一体が現れ、短剣をソフィーリアの胸目掛けて突き込んだ。


「ソフィーリア!」


 大盾を構えてその場に飛び込んだアレクセイによって、二体の亡者は勢いよく吹き飛ばされ石壁へとめり込んだ。衝撃のあまり壁に赤い花を咲かせることになった魔物たちには目も止めず、アレクセイは妻の身を案じる。


「大丈夫かソフィーリア!」


「え、えぇ。平気ですわあなた」


 短剣を突きこまれた胸元を確かめていたソフィーリアは、どこにも傷がないことを認めて夫を見上げて微笑んだ。あまりにも自然にそこにいるものだからアレクセイも失念していたが、ソフィーリアは実体なき霊体なのだ。アレクセイが妻の身に触れられないのと同様に、亡者の攻撃もまた彼女には通じないのだろう。そして彼女の攻撃もまた亡者に通じないということだ。


「ではどうすればいいのでしょう?」


「"念力"を使えばいいんじゃないですか?」


 アレクセイが振り返ると両手を真っ赤に染めたエルサがこちらに歩いてくるところだった。どうやら彼女は新たな亡者たちが寄ってきたにも関わらず、亡者の死体から魔結晶を取り出す作業を続けていたようだ。少しばつが悪そうにそう述べるエルサの表情は、身の危険より金稼ぎを優先していたことを恥じてでもいるのだろう。アレクセイとしては自分がいればこの程度の魔物は全く問題ないのだが。


「念力、ですか?」


「はい。実体化して攻撃することも可能ですけど、霊体の攻撃といえば思念を力として相手にぶつける"念力"が一般的ですね」


 霊と死者の専門家である死霊術師、彼女の言うところの≪霊魂遣い≫(ソウルコンジュラー)であるエルサによると霊体の力の源は魂が持つ強い思念だという。怒りや、悲しみ、恨みといった負の感情を不可視の力に変えて相手にぶつけるそうだ。思い返せばアレクセイが生前に戦ったことがある亡霊たちもそのような力を振るっていた気がする。また通常の鋼の武器では傷つけられず、祝福されたものや魔法の武器でなければ効果がなかった。


「わかりました。やってみますね」


 ソフィーリアはそう言って残る亡者に掌を向けた。そうして目をつむると形のいい眉を寄せる。


「う~~~ん…」

「ガッ!?」


 ソフィーリアが可愛らしく唸ったかと思うと、急に亡者が動きを止めた。亡者はしばし身体を震わせていたが、カッと目を見開くと突如として爆散した。血やら肉片やらが周囲に飛び散る。アレクセイは盾を構えてそれらからエルサを守ったが、飛散物は物体の影響を受けないソフィーリアの身体を通り抜けていく。


「やった!できましたわあなた!」


 喜色満面で微笑むソフィーリアを見て、盾から顔を出したエルサとアレクセイは顔を見合わせたのだった。

デーモン、亡者。心が折れそうだ。

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