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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第52話 墓場の底の住人

「とりあえず、その辺に座っておきなされ。いま茶を淹れるからの」


 青白い顔の老人はそう言うとさっさと奥に引っ込んでいってしまう。どうみても人外の存在ではあったが、急な来訪者に対しては意外にも好意的な反応であった。

 あるいは、あの老人がエルサたちをここへ呼んだのであろうか。


 しばし面食らっていたエルサらであったが、こうして玄関口に留まっていても仕方がない。大人しく屋内へと足を踏み入れることにした。


 エルサはそうして老人の言う通り椅子に腰掛けると、改めて部屋の中を見回してみる。


 一人で住まうには少し広い部屋ではある。ただし室内にはたくさんの棚があり、そこにはいくつもの巻物や本が収められている。用途の分からぬ雑品も数多くあるが、不思議と散らかっているという印象は受けない。本人が使いやすいよう、ある意味規則正しく置かれているからなのだろう。


「このお墓の管理人さんとかでしょうか?」


 エルサが室内から感じるイメージはそんなところだ。果たして迷宮にそんなものが必要なのかは不明だが、これだけの規模の墳墓なら普通はそういった存在がいるだろう。


「でも管理者の住居はここの上にあったじゃない」


 マユの言葉にエルサはまたう〜んと唸る。確かに、この迷宮は地上と地下の二つに分かれており、地上にある建物が迷宮の管理者の住居であったはずだ。

 エルサたちはそこを素通りしてメインの地下にすぐに潜ったため、それらの区域を見てはいないのだが。


 エルサたちがそんな話をしていると、手に盤を持った老人が奥から戻ってくる。そうして老人は茶、らしき液体が入ったコップをエルサたちの前に置いた。

 といっても、彼が持ってきたのはエルサと自分の分だけであった。


「あの?」


 エルサが相手の顔を見返すと、老人はニッと歯を見せて笑った。前歯がいくつか欠けている、なんとも言えない笑みだ。


「そちらの綺麗なお嬢さんはやんごとなき身分の方じゃろ?生憎じゃがお貴族様の口に合う茶なんぞ置いてなくてのう」


「い、いえいえ。お気遣いなく」


 どうやらこの老人はソフィーリアが貴族であると見抜いたらしい。確かに彼女は霊体ではあるものの、三人の中では最も立派な身なりをしている。長く美しい金髪や精緻な紋章が施された軽鎧を見れば、少なくとも平民などではないことが分かるだろう。

 そもそも闇霊であるソフィーリアは飲食が出来ないので、茶を出されずに済んだのは助かった。


(まぁ貴族と分かっててお茶を出さないというのも、それはそれで失礼な気がしますけど)


「それでこっちの娘さんはいかにも気が強そうじゃ。色っぽいのは大歓迎なんじゃが、アンタみたいな娘はワシが出すような茶は飲まんじゃろ」


「へぇ、爺のクセに分かってるじゃない」


「キモいとか言われるのは悲しいからのぅ」


 言葉とは裏腹に老人は楽しそうに笑っている。その様子を見ていると、なんとなくだが老人が悪い人間ではないような気がした。

 というか、この老人は何者なのだろうか。


「えと、お爺さん。突然お邪魔してしまってすみません。私は冒険者のエルサと言います。こちらは同じパーティのソフィーリアさんとマユさんです。あの、あなたは?」


「おぅおぅ、これはご丁寧にのぅ。ワシはエドってモンじゃ。ま、ここの下働きみたいなもんじゃ」


 どうやらエルサたちの予想は大きく外れてはいなかったらしい。エドと名乗った老人はそう言うと茶を啜った。それを見たエルサも目の前のコップに口を付けてみる。


「ちょっとアンタ、よしなさいよ」


 マユはそうたしなめたが、それに反して茶は存外に美味かった。いくらかクセがあるが、飲めないことは全くない。


「あ、美味しい」


「ほっ!若いのになかなか渋い好みをしとるの。どれ、茶請けでも出そうかの。おおぃ、アレを出してはくれんか」


 エルサの表情を見て気を良くしたのか、エド老人は手を叩くと隣の部屋に向かって声を上げた。てっきり一人暮らしかと思っていたが、他にも住人がいるらしい。


「あの、それでここはどういった場所なのでしょう?それにエドさんは人間ではありませんよね?」


 ソフィーリアが問いかけると、老人は当然だとばかりに頷いた。


「見ての通りじゃて。ま、昔はおんしと同じ人間じゃったがの。気が付いたらこの有様じゃて」


 そう語る老人の話は、エルサたちにとってとても驚くべきものであった。

 エド老人曰く、自身もかつては普通の人間であったという。ある国の王によってこの大墳墓が造られた際、地下のスライムを統括する役目を命じられてここに住むようになったそうだ。かねてよりスライムと心を通じ合わせることができたために、王によって抜擢されたらしい。


「"魔物遣い(ビーストテイマー)"ですか……」


 冒険者の中にも、そういった能力を持つ者たちがいる。彼らは先天的にせよ後天的にせよ魔物と通じる術を持ち、それによって身を立てている。話を聞くに、この老人は生まれながらの方らしい。


「ってゆうかちょっと待ちなさいよ!いまさらっと流したけど、この迷宮がどっかの王様によって造られたって言わなかった!?」


「おぉ、そういえばおんしらの間ではこの大墳墓を"迷宮(ダンジョン)"などと呼んでいるんじゃったな」


 驚愕の声を上げるマユに、エド老人は事もなげにそう答えた。

 言われてみればその通りだ。迷宮とは突如としてこの世界に現れたものと伝えられているのだ。それが人工物であるにせよ自然界のものであるにせよ、その出自は謎に包まれていたはずなのである。


 少なくともこのリーヴ大陸において、このような墳墓が建設されたという記録はなかったはずだ。もちろんエルサはこの世界の歴史の全てを知っているわけではない。しかし迷宮の存在を調べるにあたって、古竜塔の魔術師たちが中心となり世界の歴史については一通り洗い出されたと聞いている。その上で彼らは"迷宮はこことは違う、どこか別の世界のものである"と結論付けたのだ。


「すごいわ!迷宮の謎を解明する大きな手掛かりを見つけられるなんて!」


「確かに、その話が本当なら歴史的大発見ですね……」


 迷宮がこの世に現れてから五百余年。迷宮を攻略した冒険者は数あれど、その謎を解いた人間は一人もいないのだ。

 ということは老人はこことは別の場所の住人であり、貴重な生き証人ということになる。実際に生きているかはべつとして、こちらに友好的な言葉を解せる存在というのは他に聞いたこともない。


「あれ?そういえばお爺さんはどうしてそんな話を私たちにしてくれるんですか?」


「はっ!?まさか生きて帰ることはないからとか言うんじゃないでしょうね!?」


「そんなわけないじゃろ」


 マユが咄嗟に腰を浮かせるが、老人は呆れ顔でそれを否定した。


「それに何やら盛り上がっているところですまんが、ワシも詳しいことは何も分からんぞ?気が付いたらこんな身体になっとったし、昔の記憶も随分と曖昧じゃ。覚えとるのはヴァン王の名と、かつてドラン王国という国があったことくらいじゃ」


「まったく!折角の発見なのに耄碌されてちゃたまんないわ!」


「ヴァン王……ドラン王国……」


 折角の気分に水を差されたかたちになったマユが、そんな悪態をつきながら腰を下ろした。またソフィーリアもエド老人の話を聞いて、頬に手を当てて何やら考え込んでいる。


「ソフィーリアさん?」


「あぁ、ごめんなさい。でもそれらの名前をどこかで聞いた、いえ見たような気がして……」


「ほっほ!そういえばいつだかの小僧もそんな風に一喜一憂しておったの」


 エド老人はそう言って懐かし気に笑う。


「小僧?」


「んむ。今から二百年は前のことじゃったか。冒険者などという、墓を暴く不届きな連中が来るようになってから、しばらくしてのことじゃ……それまで誰一人として見つかることのなかったこの場所なんじゃが、とうとう人に見つかってしもうてな。どこから入り込んだか、若い剣士風の男が来よったんじゃ。ワシはスライムを通じて外の様子が分かるんでな。冒険者がいかに乱暴な奴等かよぉく理解しておったんじゃよ」


 真っ白な顎髭を撫でつけながら、エド老人はその時の光景を思い出すように目を細めた。話の流れを考えれば、決して楽観できる状況ではなかったはずだ。何せ冒険者は魔物に対して容赦がない。スライムを操る人外の老人など、即座に斬り捨てられてもおかしくないのだ。


 しかしエド老人の顔は楽し気だ。老人は茶を一口飲んで口を湿らせると、話を続けた。


「じゃがあの小僧は他の連中とは違いよった。何せ庭先でバッタリ出くわしたワシに向かって、いかにも申し訳なさそうな顔で"水を分けてくださいませんか"などと言うんじゃからな」


 それはなんとも豪気な、いや風変りと言うべきか。昔の冒険者は今よりももっと殺伐としていたそうだから、随分と珍しいタイプの冒険者だったのだろう。


「なんとも不思議な雰囲気を持った奴でな。女顔負けの綺麗な顔なぞしとるくせに、腕の方はめっぽう立つ様子じゃった。ゴーレムを倒しながらここまで来たとか言っとったからの。あの若さで大したモンじゃて。性根の悪い奴には見えんかったんでの、今と同じように家の中に引き入れて茶なぞ出してやったんじゃよ」


 そしてエルサ同様に、クセの強いこの茶を大層気に入ったのだという。それに気をよくしたエド老人の方も、あれこれと昔の話をしてやったのだそうだ。


「昔は今よりもちぃと記憶がしっかりしとったからな。色々聞かせてやったもんじゃ。じゃがまぁ肝心なところは分からんからの、最後にはおんしらみたいにガッカリした顔をしとったよ」


 そう言って老人は再びすきっ歯を見せて笑い、話を締めくくった。


「へぇ、そんな冒険者もいたのねぇ」


「んむ。確か名はそう……ディーンとか言っておったの」


「ディ、ディーンですか!?」


 エド老人の口から出た名前に、エルサは思わず立ち上がってしまった。両脇に座っていた二人が何事かとエルサの方を見上げるが、彼女はそんな視線にかまけてはいられなかった。


「ディーンって、もしかしてディーン・イザークって人ですか!?」


「お~、そんな風な名前じゃったかの。金髪で品のいい小僧じゃった。仲間はおらん様子じゃったが、そういえば赤毛の可愛らしい猫を連れておったのぉ。あれもまためんこい猫じゃった」


「ね、猫を連れた金髪の美剣士……ま、間違いありません。あの"勇者ディーン"がここに来たなんて」


 話を聞いたエルサは確信し、そして愕然としてしまった。そんな彼女の気持などつゆ知らず、マユとソフィーリアは呆気に取られた顔をしている。


「恥ずかしながら世情には疎くて……有名な方みたいですけど、マユさんはご存じですか?」


「さぁ?聞いたことないわね」


「本当に知らないんですか!?あの勇者ディーンですよ!?」


 エルサは思わずマユに詰め寄ってしまう。現世に蘇ったばかりのソフィーリアは知らなくて当然として、まさかマユまで知らないとは。


 勇者ディーンは"迷宮の勇者"として、"魔王殺しの勇者カイト"と並び称される偉大な冒険者である。数々の迷宮を踏破し、ついには世界中の迷宮から魔物が溢れ出すという大事件"大暴走(スタンピード)"を治めたのだという。そしてその功績をして、冒険者ギルドから最高位の冒険者の称号である"七ツ星"を受け取ったのである。この位を得たのは、長いギルドの歴史上でカイトとディーンの二人だけなことからも、その凄さが分かるというものだろう。


「はっ!?」


 と、ここまで熱っぽく二人に語ったところでエルサはふと我に返った。正気を取り戻して、思わず頬が熱くなる。


「ふふふ。エルサさんにもそのような一面があるのですね」


 見た目は同じような年代ながら、ソフィーリアはれっきとした大人の女性だ。そんな彼女を前にして、いかにも子どもっぽい一面を出してしまったことを、エルサは恥じ入った。


「す、すみません……」


「アンタの憧れの人のことは一旦脇に置いておくとして。とりあえず爺さんの正体は分かったわ。この家の存在意味もね。で、本題なんだけど、アタシたちは幽霊スライムを追ってここまで来たのよ」


 赤い顔をして席に着いたエルサの代わりに、マユが話を引き継いだ。彼女の言葉に、老人は目を瞬かせた。


「幽霊スライム?……おぉ、それはもしやあ奴のことかの」


 エド老人がちょうどそう言った時、部屋の奥の扉が開いた。


「遅かったのう。茶請けは見つかったんかいな」


 そう言う老人の陰から姿を覗かせたのは、エルサを大穴に引きずり込んだ、あのスライムであった。

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