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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第49話 爆裂少女

三ツ星(みつぼし)の魔法ってのを見せてあげるわ!」


 マユはそう言うと手に持つ杖を魔物たちに突きつけた。


 迫りくるアンデット、その数は三十。

 低位の魔物とはいえ、星ひとつの冒険者たちが相手にできる数ではない。


 しかし勝気な少女は臆したところもなく、魔物を前に目を閉じた。

 精神を集中させているのだろう。その証拠に彼女の周りに光輝く粒子のようなものが集まってくる。


(確か、あれが"マナ"と呼ばれるものだったか)


 アレクセイはかつて古い友人に教わったことを思い出す。魔術師であった彼曰く、魔法とは"魔素(マナ)"と呼ばれる力を元に発現する技なのだそうだ。そして今マユの周囲に集まってきているアレがその魔素である。


 やがて十分な魔素が集まったのか、マユが目を見開いた。そしてアンデット共を見据えると高らかにこう言い放った。


「≪爆発(エクスプロージョン)≫!!」


 すると巨大な火球が彼女の眼前に現れた。その熱の塊の大きさは、アレクセイが一抱えするほどである。"さまよう鎧(リビングメイル)"であるアレクセイはほとんど温度を感じることはないが、それでも火球が凄まじい熱を放っていることがわかる。


 マユが再び杖を魔物たちに突きつける。そして火球は勢いよく魔物の群れに向かって飛んでいくと、その中心部で大爆発を起こした。


「ほぅ、これほどとはな」


 アレクセイはそう言いながら、背後にいるエルサたちを守るために塔の盾(タワーシールド)を翳した。強烈な熱風が大墳墓の通路を吹き抜け、アレクセイの兜を熱する。


 エルサなどは目を瞑ってアレクセイの身体にしがみついているが、当のマユ本人などは堂々としたものだ。腰に手を当てて、炎に巻かれる魔物たちを眺めている。それに何かの魔法なのか、彼女の周囲には青い魔素が渦を巻いて、熱風から身を守っていた。


 やがて煙が晴れると、そこには粉々に吹き飛ばされたアンデットたちの亡骸が散らばっていた。ゾンビどもは真っ黒な肉片となり、スケルトンなどはもはや跡形もなかった。


 そして爆発の威力を物語るかのように、爆発の中心地と思われる石畳みは真っ黒に焦げ付いている。あの威力ならば、ほとんどの魔物を一撃で葬ることができるだろう。


「いやぁ、流石にあの若さでギルドから三ツ星をもらうだけのことはあるね」


 ちゃっかりとアレクセイの陰に隠れていたカインが顔を出す。

 確かに、エルサより僅かに上であろう年齢を考えれば、彼女の技量はなかなかのものに思えた。


 そもそもアレクセイたちの時代では、魔法そのものがあまり広まってはいなかったのだ。騎士の国であるヴォルデンではもちろんのこと、当時大陸に覇を唱えていた国のいずれもが魔術師を重用してはいなかった。古竜塔を有していた国が唯一の例外であったが、それでもマユのような、ここまでの魔法を扱ううら若い乙女などは聞いたこともなかった。


 いまだ達人とも、賢者とも呼べはしないだろう。


 しかしながらマユという少女は、確実に将来有望と言える魔法使いであった。


「カインさんは今の魔法をつかえるのですか?」


 エルサと並んだソフィーリアがカインに問いかける。するとスライム使いの男は、どこかすっとぼけた調子で頭を掻いた。


「まぁ、これでも導師の位を持っているからね。使うには使えるさ。ただ攻撃魔法はあんまり好きじゃないんだよなぁ」


 一口に魔法といっても色々あるらしい。魔術師ならぬアレクセイは知らぬことだが、カインが言うには魔法も様々な種類があるようだ。


 かつて魔法と言えば火を吹く、雷を呼ぶ、凍てつく波動を出すなど、攻撃用のものがほとんどであった。アレクセイが実際に見たことがあるのも、その類のものである。


 しかし五百年も時が経てば、それら魔術も大いに発展したことだろう。魔石ランタンや戦技の腕輪(スキルバングル)のように、新しい魔法、革新的な技術が生み出されているはずだ。


(いずれはそういった現代の魔法とも、相まみえてみたいものだな)


 アレクセイがいち騎士としてそんな風に考えていると、満足げな顔をしたマユがこちらへと戻ってくる。額に僅かに汗をにじませつつも、どこかやりきった表情である。


「やー、やっぱり魔法はドカンと一発、派手なのに限るわよね!」


 ここまで随分とフラストレーションが溜まっていたらしい。

 思えば先日からずっと、妹の探索を他の冒険者のパーティに頼んでは断られ続けてきたのだ。この少女の性格を鑑みれば、さぞもどかしく、腹が立って仕方がなかったことだろう。


 別段アレクセイたちがその苛立ちの解消を手伝ってやる義理もないのだが、まぁ不満を発生できたのならばよかったということだ。


 そう思ったアレクセイが彼女に労いの言葉をかけると、マユは鼻高々に豊かな胸を張った。


「ふふんっ!これでも火の魔法にかけては、魔女の家じゃあ一番の腕だったんだからね!」


「確かに素晴らしい腕前だとは思うよ。でも、こんな狭い場所にはあまり適してはいないんじゃないかな?」


 カインが眼鏡を押さえながらそんなことを言うと、マユは苦虫を噛みつぶしたような表情で反論した。


「も、もちろんそんなことは分かってるわよ!でもあの数が相手なら大規模魔法を使うのが普通でしょ!?」


「それにしたって、≪火炎放射(フレイムスロアー)≫や≪爆炎流(バーニング)》≫の呪文とかがあるじゃないか。わざわざ周囲に被害が出やすい≪爆発≫の呪文を選ぶ必要はないと思うけどねえ」


 カインの言う通り、彼女が放った呪文は威力こそ大したものであったが、距離をとっていたアレクセイたちの方まで熱が押し寄せてきたほどである。

 マユが優れた魔術師であることに違いはないが、もしアレクセイが大盾を持っていなければ仲間にも被害が出ていたかもしれない。


 一応筋の通ったカインの理屈に、マユは俯いて肩を震わせている。よもや泣いているわけではあるまいなとアレクセイが不安に思っていると、マユは勢いよく顔を上げた。そして胸いっぱいに空気を吸い込んだかというと、とびきりの大きな声で叫んだのである。


「うっっっっっっさいわね!アタシはこれが一番得意なんだから、それでいいのよ」


「おおう……そ、そうかい」


 思わぬマユの大音声に、カインは身を引きつつそんな風に返した。なおも何か叫ぼうとするマユとカインの間に入ったのは、ソフィーリアであった。


「お二人とも、ここは迷宮ですよ。そんな場所で、つまらないことで言い争いをしてはなりません」


 ソフィーリアは至極穏やかな表情で二人の顔を見回した。彼女の笑みは優し気であるが、しかし有無を言わせぬ迫力がある。

 カインはもちろん、気の強いマユもにわかに押し黙った。二人から反論の言葉が出てこないのを見てソフィーリアは頷くと、まずはカインへと向き直った。


「貴方の仰ることはもっともなことですわ、カイン様。ですが魔術師たる貴方が、目の前の現実を無視してはなりません」


「ほぅ、現実かい?」


「ええ。実際に魔物を屠ったのは彼女なのですから、私たちが上げるべきは非難の言葉ではなく、感謝の言葉ではないでしょうか。それに例え星が上であろうとも、まだ若い彼女を導くのが年長者たる我々の務めかと思いますわ」


 彼女の言うことを受けて、カインは一応納得したようだ。一方のマユは小さな声で「アタシより年下じゃないの?」とボヤいていたが、自分の方を振り向いたソフィーリアの笑顔を見て慌てたように口を噤んだ。


「マユさんの魔術は大変立派なものだと思いますわ。ただ貴方も術師であるなら、常に周りのことも見ていなければなりません。それは分かりますよね?」


 彼女の言葉にマユは不承不承といった表情で頷いている。


 神官戦士であるソフィーリアは槍術の達人であるが、本来の役目は後衛にて戦士を支援することにある。それは聖職者らしい癒しの奇跡で傷を治すことだけでなく、炎神ゾーラの加護にて後衛から相手を攻撃することも含まれる。そういった意味では、戦闘におけるソフィーリアの立ち位置は魔術師と同じと言えた。


「ならば前衛や他の仲間に被害が出ないように立ちまわるべきだと思います。それだけではありません。壁や天井が崩れればどのようなことになるか分からないのですから、力があるのなら尚更気を付けるべきです」


「……なんか"魔女の家の"院長のばーさんに説教されてるみたい」


「何か?」


 再び向けられた完璧な笑顔に、マユは勢いよく首を振っている。そしてそれでもまだソフィーリアの話は続きそうである。


 アレクセイはそんな妻の姿に苦笑しつつ、他の仲間たちの様子を窺ってみる。


 エルサは先ほどから一連のやり取りを落ち着かない表情で眺めていた。とりあえずケガや火傷の様子はなさそうだ。

 またもう一方の当事者であるカインも、アレクセイの視線が向けられていることに気が付くと先ほどまでのことを詫びるように小さく頭を下げた。そしてまたあのふにゃふにゃとした表情を浮かべると、肩をすくめてみせる。


(なんとも、食えない男だな……む?)


 そのときアレクセイは通路の奥から何かが近づいてくる気配を感じて、僅かに身じろぎした。魔物ではあるだろうが、しかし先ほどまでのアンデットではなさそうだ。ソフィーリアも相手の接近に気が付いたのか、マユへの話を切り上げるとそちらを注視した。


「ちょっと、いきなりどうしたのよ?」


「うん?どうやら何かがこっちに近づいてきてるみたいだね」


 カインが銀色スライムの背を撫でながらそう言った。どうやらここにきてスライムの方がそれに気が付いたらしい。


 カインやマユにはまだピンときていないようだ。眼鏡の魔術師の方は使役しているスライムからそれを知ったようだが、確かに戦士ならぬ二人には僅かな気配の揺らぎを掴むことは難しいだろう。


 どうやら相手はかなり大きな身体を持っているようだ。段々と距離が近づいてきたからか、それが歩くたびに地響きのようなものが通路を通じて伝わってくる。


 アレクセイは久しぶりの大物の予感に、内心密かに期待していた。

≪ミリア坑道≫の一見以来、しばらく大物と言える敵に遭遇していない。あのときの黒竜も正直アレクセイからすれば"強敵"とは言い難い相手であったが、それでも低位のゾンビやスケルトンとは比べるべくもない。


 騎士として"弱い"相手を蔑むつもりは毛頭ないが、それでも強者と剣を交えてみたいと思うのが武人としてのアレクセイの本音でもあった。


 そんな甘やかな期待を胸に抱いていたアレクセイであったが、遂に姿を現したそれを見てなんとも言えぬ表情になってしまった。無論、顔があればの話であるが。


「これは……私は喜ぶところなのだろうか」


 アレクセイは誰に問いかけるでもなく呟いた。


 現れたのは、金属製の巨大なゴーレムであった。そしてそれは、あたかも騎士を模したような姿形をしていたのだ。


 ただそれは子どもが造ったかのような、まるで不出来な玩具の人形のような見た目をしていたのである。全体のシルエットを見れば、確かに騎士のようだと言えなくもない。だが手足が太くそれ以上に胴体もずんぐりとしているため、"太り過ぎた騎士"感が拭えない。そしてよく見れば右手、というか右腕そのものが騎士が使う馬上槍のような形をしている。もう一方の左腕も手ではなく、腕の先に円形の盾が取付られていた。


 そして頭部はまるで巨大な"玉ねぎ"のようであった。それがほとんど首もなく胴体部分にめり込んでいるのである。そして頭部に縦に空いたスリットの奥に、目らしき赤い光が見える。


 どこか力の抜ける見た目のゴーレムにアレクセイは気勢を削がれていたのだが、他の面子はそうでもなかったらしい。エルサやマユ、そして意外にもカインですら真剣な表情で敵を見据えているのである。


 それを見たアレクセイは今度こそ自分の出番と、彼らを背に一歩前へと進み出た。


「まぁよい。騎士……かどうかは分からぬが、大墳墓の守護者よ!このアレクセイがお相手しよう」


 そうしてアレクセイは、自分より遥かに巨大な相手に向けて剣を突きつけたのであった。



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