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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第46話 臨時パーティ

 サルビアンの冒険者ギルドを出たアレクセイたちは、すぐさま≪アガディン大墳墓≫に向けて街を出ることにした。


 目的地は街からそう遠くない。乗合馬車を使わずとも、二刻も歩けば着く距離だという。街自体が大墳墓からもたらされる財宝をもとに発展しただけあって、それは当然のことである。


 しかし冒険者になって日が浅いアレクセイからしてみれば、やはり魔物の巣くう迷宮と人々が住まう街がこれほど近いというのはなかなか慣れぬものであった。


(このようなときに、時代は変わったのだと感じるものだ)


 一同と街道を行きながらアレクセイはふと思う。


 自分の時代では、魔物とは人々にとって単純に脅威であった。貴重な素材が採れることもあるとはいえ、危険な存在であることに変わりはない。


 人対人の戦争はいつの時代も存在したが、その中のつかの間の平和のときですら、魔物たちの牙に人々は震えていた。だからこそアレクセイら騎士は、人民を守る盾として剣を振るったのだ。


 それが今はどうだろう。

 エルサによればここ数百年の間に戦らしい戦はなく、戦場を駆ける騎士たちは迷宮へ挑む冒険者に変わったのだという。知識の継承者たる魔術師たちは新たな未知へと挑み、村から出てきたばかりの少年少女たちが、自分から魔物たちへと挑んでいる。


 魔王が生み出したという"迷宮が"、世の中を変えたのだ。


(だが、不思議だな。それを悪いことだとは思わんとは)


 自分でも意外に思うことだが、アレクセイはこの世の中の変化を嫌いにはなれなかった。


 いかな脳筋のヴォルデン人とはいえ、アレクセイは血に飢えた戦闘狂ではない。騎士としてはあの戦場の空気を懐かしくも思うが、戦争そのものを好んでいるわけではないのだ。どれほど言い繕ったとて、戦は多くの人々に不幸を与えるものであるからだ。


 むしろなんのしがらみもなく、己の才覚だけで冒険者として一旗上げられるこの時代の人間を羨ましくさえ思う。迷宮に挑むのは個人の自由意志であるのだから、平和を享受するも命を懸けて栄光を求めるのも、本人の選択次第なのである。


 つまるところ、アレクセイはこの時代の"自由の空気"を好ましく思っているわけであった。

 そして今はこうして自分自身も冒険者となっているのだ。


「とはいえ、己が騎士であることを忘れたわけではないのだがな」


 アレクセイがそんなことを呟くと、隣を歩いていたソフィーリアがこちらを見上げてきた。


「どうされたのですか?」


「いや、なんでもないさ」


 小さくなってもなお愛らしい自身の妻を見下ろして、アレクセイはそう言葉を返した。


 なにより好ましいのは、こうして妻と並んで歩けることだ。

 かつては互いに重職に就き、大きな責任を背負った身であったのだ。別段夫婦として問題があったわけではないが、人を率いる立場上そうそう自由には振舞えるものではなかった。他所の目を気にする必要のない屋敷の中でさえ、数多くの使用人がいるのだ。彼らもまた家族のようなものではあったが、やはり真の家族とは異なるものであった。


 だからこそ、アレクセイは今の時間を愛おしく思う。

 故郷が滅び、世界が変わり、自らも不死の魔物と化してしまったが、この自由さだけは歓迎してもいいものであった。


 などと考えながらアレクセイが妻の横顔を眺めて歩いていると、当のソフィーリアが「あら?」と悩まし気な声を上げた。

 彼女の視線を追ってアレクセイが前を向き直ってみれば、そこには何やら見覚えのある人影が見えた。


「む、あれは……」


 嫌な予感を覚えつつ、アレクセイたちは道に沿って歩を進めるしかなかった。アレクセイたち夫婦の後ろで魔術談議に花を咲かせていたエルサとカインも、ようやっと前方に人がいることに気が付いたらしい。


 いよいよ近づいてみれば、そこにいたのは魔術師の少女であった。アレクセイたちがサルビアンの街に向かう途中で声を掛けてきた、あの気の強そうな少女である。


 少女は不満げな表情を隠そうともせず、平らな石に腰かけている。先日と同じように少々破廉恥に見える衣装に身を包み、優雅に足を組んで座っていた。


 歳の割に豊満な肢体は街中であればさぞ耳目を引きそうなものだが、あいにくここは森の中を走る街道である。いかにも感の強そうな顔立ちと相まって、人を寄せ付けない雰囲気を周囲にまき散らしていた。


(触らぬ神になんとやら、だったか)


 アレクセイは古い友人が言っていた格言だか何かを思い出し、こっそりと少女の脇を通り抜けようとした。ソフィーリアたちもそんな空気を読んでか、何も言わずにアレクセイの後を付いてくる。


「あっ!アンタたち!」


 とはいえ、ヴォルデン人の巨体は目立つものだ。

 少女は目ざとくアレクセイの姿を見つけると、ずかずかと足音を立てながらこちらに歩み寄ってきた。


「こないだの一ツ星(ひとつぼし)のデカブツじゃない!こんなとこで何してんのよ!」


 早速失礼なことを口走ってきたが、アレクセイは腹も立たない。厄介そうな相手に絡まれたと、眉をひそめるだけだ。もっとも眉などないのだが。

 すぐ横でむっとした顔をしているソフィーリアだけが気になるところだ。


 その後も少女が色々としつこく絡んでくるので、アレクセイは自分たちは任務(クエスト)の途中だと伝えた。これからやるべきことがあるのだから、君には構ってはいられないのだと。


 すると少女の瞳がきらりと光った。猫を思わせる、挑戦的な瞳だ。背後でエルサが額を抑えているのがちらりとアレクセイの視界に映った。


「任務!任務って言ったわね!?」


「あぁ、そうだが?」


 こうなればアレクセイもこの先少女が何を言おうとするのか分からぬわけではない。


「アタシを連れて行きなさい!」


 案の定である。

 少女が豊かな胸を反らしながらそう言うのを聞いて、アレクセイは迂闊な自分を罵りたくなった。


 いや、まぁそんな予感はしていたのだが、先ごろも星の差を理由に向こうから見限られたばかりであったので、さして気にはしていなかったのだ。


 少女は何か心境の変化でもあったのか、冒険者としての等級の違いなど気にしてはいないようだった。むしろ自分がアレクセイたちの面倒を見てやると、鼻息が荒いくらいである。


「ふむ、だが我らは墓荒らしをしにきたのではないし、そのつもりもない。迷宮の財宝を望むのなら他を当たった方がいいと思うが?」


 アレクセイがそう言ってやんわりと断ろうとすると、少女は首を振った。


「アタシもそんなもんに興味はないわよ。アタシはね、人を探してるの!その迷宮でね」


「人探し」


「そ。アタシの……妹よ」


 そう語った彼女の横顔は、それまでの勝気な少女のものではなかった。

 迷宮ではぐれた姉妹の捜索となれば、彼女が強引にパーティに加わろうとしたのもわかるというものだ。


(ふむ……)


 アレクセイはそれを見て腕を組んで考える。

 自分たちの目的も、本当にいるかどうかわからない幽霊スライムの探索だ。そうなればあてどなく迷宮内をさ迷い歩くわけで、妹を探しているという彼女の目的ともそれほどずれてはいないはずだ。

 これが迷宮主(ダンジョンマスター)を討伐したいだとか、迷宮の財宝を手に入れたいとかならば協力はできないが……。


 アレクセイは思案する姿勢のまま、仲間たちを窺ってみた。

 真っ先に目が合ったソフィーリアは微笑んで頷いた。彼女ならばそう返すだろうと思っていた。

 彼女は聖職者であるが、慈善家ではない。出会う人すべてに奇跡を授けることはできないと分かっているのだ。それでも助けを求める声を無碍にするような人間ではない。

 もっとも、目の前の少女ははっきりと助けを求めたわけではないのだが。


 次いでエルサを見やれば、彼女は「いいと思います」と答えた。

 彼女も年齢の割に道理を弁えた少女だ。冒険者として多分に現実的な思考を持ちながら、それでも生来の優しさを兼ね備えている。自分たちの旅の行程を阻害しない範囲であれば、文句を述べるようなことはないだろう。


「して、貴殿はどうかな、カイン殿」


 アレクセイは最後に魔術師の男に訊ねた。

 護衛任務の依頼主はこの男なので、本来は真っ先に確認しなければならないだろう。だがカインはそんなことは意に介した様子もなく、あっけらかんと言い放った。


「いいんじゃないの?こちらのお嬢さんたちも彼女に協力したそうだし、僕もそれでいいよ」


 思ったよりも気安くそう述べるカインの言葉に、アレクセイは少しばかり意外に思った。


「そうか?貴殿はその……」


「もっとゴネるかと思ったかい?」


 アレクセイが言葉を選んでいると、カインは笑いながらそう言った。アレクセイとしては遠慮がちに頷くほかない。幽霊スライムの話を聞いたときの様子から、もっと自らの研究を最優先にするタイプに見えたのだが。


「まぁその考えも間違ってはいないけど、僕はこれでも冷静だよ?」


 カインは一度眼鏡を指で押し上げてから続けた。


「もちろん幽霊スライムは見たいけどね。そもそもが本来の僕の研究テーマには含まれていない要素だ。実を言うとそこまで血眼になるようなものではないんだよ」


 そして「人助けもまた一興だね」と言って口を噤んだ。

 肉親を探す彼女の手伝いを一興とするのはどうかと思うが、依頼主に文句がないのならばアレクセイもやぶさかではない。


 アレクセイはふぅと息を吐くと、組んでいた腕を解いた。そうして目の前の少女に向き直る。

 改めて見てみれば、いかにも勝気な態度は不安の裏返しに見えた。歳の頃はエルサよりいくつか上だろう。しかしアレクセイから見ればまだまだ子どもだ。


「いいだろう。君が我らの仲間に加わることを許そう」


「ほんと!?……って一ツ星の癖に偉そうね」


 アレクセイがそう言うと少女は顔を輝かせたが、すぐさまそれを生意気そうな表情の奥に隠してしまう。


「但し我々もあまり長く迷宮に留まることはできない。その間だけの同行となるが、よいかな」


「ん。あんま贅沢言ってもしょうがないしね、それでいいわ。アタシはマユ、三ツ星の魔術師よ。一応、よろしく」


「うむ、アレクセイだ。よろしく頼む」


 こうしてアレクセイたちは魔術師の少女、マユを一向に加え、≪アガディンの大墳墓≫へと赴くことになったのである。

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