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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第44話 依頼人

「一日でスキルを覚えたんですか?すごい……」


 アレクセイたちの話を聞いたエルサはそう感嘆の声を上げた。


 時刻は夜、場所は宿屋併設の食堂である。

 冒険者ギルドでのスキル講習を終えたアレクセイたちは宿屋へと戻り、エルサと晩餐を共にしていた。といっても卓の上にはエルサの分の食事しかない。さまよう鎧であるアレクセイと霊体であるソフィーリアは飲食ができないからだ。

 ラゾーナでも感じていたことだが、人に紛れて旅をする以上こういった点はどうにかする必要がありそうだ。アンデットであるため別段食欲などは湧かないが、アレクセイ個人としては酒が喉を焼く感覚などを懐かしくも思う。


 それはともかく、スキルの話である。

 アレクセイたちが受けたスキル講習は一ツ星(ひとつぼし)冒険者に昇級して初めて受講できるものだそうだが、同じく昇級したエルサはよいのだろうか。スキルの有用性を実感したばかりのアレクセイはそのように思いエルサに問いかけたのだが、彼女はコップを置くと何とも言えない表情で首を振った。


「私の職種(クラス)霊魂遣い(ソウルコンジュラー)なので、使用するスキルが特殊なものばかりなんです。一応ギルドの規定では聖職者のひとつに分類するんですけど、その……」


 エルサが言い淀んだのを見てアレクセイたちも察した。

 最初にアレクセイが勘違いしたように、霊魂遣いは死霊術師と近しいものだ。いくらギルドが認めているとはいえ、死霊術師はもっぱら悪の魔術師の代表のようなものだから、あまり外聞がよくはないのだろう。そういえば以前にも彼女はそのようなことを言っていたし、そんなエルサが聖職者の集まりに加わればどのような目で見られるかは容易に想像がつく。

 とはいえそれを我慢していいくらいにスキルは有用なものではあるが……。


「そういえばエルサさんはいつだったか≪聖なる一撃(ホーリースマイト)≫なる技を使っていましたよね?もしかしてあれは……」


 ソフィーリアの言葉にエルサは頷く。


「はい、あれは聖職者の基本スキルなんです。それをどうして半ツ星だった私が使えたかというと、それは父に教えてもらったからなんです。基本的にギルドが行う講習会以外でのスキルの習得は禁止されているんですけど、許可さえあれば個人間でのスキルの継承は可能なんです。但し戦技の腕輪(スキルバングル)はギルドの持ち物ですから、腕輪なしでの習得になりますけど」


「それはもう普通の"修行"ではないか?」


「そうなりますね」


 これを聞いたアレクセイはまた別の意味で感嘆していた。

 スキルは強力だが、アレクセイが思うにその最大の要因は、まず戦技の腕輪による習得のしやすさに他ならない。大いなる力には相応の代償がつきものだ。スキル、すなわち戦技であればそれは習得にかかる時間だろう。そう考えると十五歳の少女でしかないエルサが様々なスキルを使えるのは、それだけ彼女の努力の賜物と言えた。


「大したものではないか」


 アレクセイがそう彼女を褒めると、エルサはくすぐったそうに首を潜めた。そして気を取り直すように咳ばらいをひとつすると、指を立てて話し始めた。


「えっと、ではスキル講習も無事終わったことですので、これからの予定を話したいと思います。ここサルビアンの街から東に向かうとシルガ州という州に入ります。ここは東部地域に面している州なので、ここを抜ければすぐに東部ですね。バルダーの街は南部よりということでしたから、そう時間をかけることなく着けるかと思います。古竜塔はその先ですね」


 そして古竜塔に入る前には、まずエルサの霊魂遣いの知人に会う必要があるというわけだ。その相手が住むのはバルダーの街と古竜塔の間であるというから、なにはともあれまずはかの街を目指すほかあるまい。


「銀の髪を持つ人間が住むというその街も気になりますけど、私はそれよりも古竜塔の方を見てみたいと思いますわ。以前にも一度訪れたことがあるので……今はどうなっているのかしら」


「私も行ったことはないので詳しくは知らないのですけど、やっぱり排他的な気風ではあるようですね。だからこそ紹介状が必要なわけですし」


「そこは今も昔も変わらないのだな」


 アレクセイはそう言って低く笑った。

 かつてソフィーリアが古竜塔を訪れたときは、その横に自身もいたのだ。"魔術嫌い"で名高いヴォルデンの騎士であったアレクセイなどは、ひどく冷遇されたものだ。学がないと自覚のあるアレクセイは賢者たる彼らに敬意を表していたが、あの態度はいただけないとも思う。まぁ戦士と魔術師が相いれないのはいつの世も同じことだ。気にしても仕方がない。


 なので、そんな話をしていた自分たちのテーブルに魔術師風の男が近寄ってきたときには、僅かばかり身構えてしまった。

 もっとも害意はなさそうではある。いかにも研究の徒といった細面に柔和な笑顔を浮かべたその男は、ひょこひょことした足取りでアレクセイたちの前までやってくると小さく頭を下げた。


「やぁやぁどうも。もしかして、いま古竜塔の話をしていたのかな?」


「いかにもその通りだが、貴殿は?」


「なにやら古竜塔に行くとかどうとか話をしているのを聞いてね。もしかしたら君たちの力になれるかもしれない者さ」


 そう言ってにこやかに笑った男は目で椅子を示した。アレクセイが頷くと男は女性陣二人に黙礼をして、するりとそこに腰を落ち着けた。


「いや盗み聞きしてしまって申し訳ないが、僕は見ての通り魔術師なのでね。古竜塔の話とくれば耳をそばだてずにはいられないのさ」


 やはり男は魔術師であったようだ。もっとも手に木製の杖を持ち、ひょろりとした長身をローブに包んでいれば間違えようもない。乱雑に短く切られたくすんだ金髪といい、印象的な丸眼鏡といい、まさに魔術師の見本のような男であった。歳の頃はアレクセイよりもいくらか上に見えたが、ふわふわとした佇まいから正確な年齢は計りづらかった。


「ふむ、気持ちはありがたいのだが、我々にも魔術師の知り合いがいてな。そちらの協力が得られそうなので、これ以上の助力は不要なのだが」


 アレクセイがそう言うと男は不敵に笑った。


「ふふ、話を聞くに君たちは古竜塔に調べ物に行くのだろう?僕が言えたことじゃないがあそこの連中はみんな偏屈で頭が固いからね。そこらの魔術師の書いた紹介状じゃ相手にされないかもしれないよ?」


「あ、あの人はそこらの魔術師なんかじゃありません!とても立派な人です!」


 男の言葉に思わずといった風にエルサが反論すると、男は笑いながら手を振った。


「そうかい。ただこれでも僕は導師の位を持っていてね。導師の紹介状であれば古竜塔も無碍にはできない。さて、その人は導師であるのかな?もしそうなら僕の出番はなさそうなんだが」


 アレクセイの記憶が正しければ、導師というのは古竜塔でも一定の技量と知識を持つ者のみに与えられる位のはずだ。男の言う通りであれば、確かに導師が書いた紹介状の効力は決して無視できないだろう。

 アレクセイがエルサを見やると、彼女は悔し気に唇を噛んでいる。エルサのこんな表情は珍しいが、それだけ件の相手に恩があるということだろう。であれば例え男の言うことに理があったとしても、エルサの顔を潰すことは憚られた。


「貴殿の言うことも分かる。が、やはり我々には……」


「いいんです、アレクセイさん」


 彼女の心情を慮って断りの言葉を述べようとしたアレクセイであったが、続きはエルサ自身によって遮られた。


「古竜塔が気難しい組織なのは有名です。それに私の知り合いも実のところ、彼らとはあまり仲が良くないらしくて……確かにその方の言う通り、より確実に古竜塔へと繋がる方法があるのならそうするべきです」


 本人がそれでいいと言うのなら自分がとやかく言うことはない。アレクセイはしばしエルサの顔を見つめた後、ため息をついて男の方に向き直った。


「それで?貴殿はその紹介状の代わりに何を望まれるのかな?」


 このような話を持ち掛けてきたということは、何か頼み事があるはずだ。目の前の男は悪人には見えないが、全くの善意で施しをするような人間にも見えない。むしろそんな相手こそ警戒すべきだろう。

 アレクセイの思った通り、男はしたりという表情で卓の上に身を乗り出すと、話を始めた。


「話の分かる御仁で助かるよ。といっても僕の望みは簡単さ。君たちに僕の護衛依頼を頼みたいんだ。君たちは、この街の近くにある≪アガディンの大霊廟≫という迷宮をご存じかな?」


 男曰く、それはこのサルビアンの街の近くにある迷宮で、そこは名前の示す通りアンデットが蠢く迷宮だという。サルビアンの街は南部の玄関口として知られているが、そもそもはこの≪大霊廟≫に挑む冒険者たちによって発展した街なのだそうだ。墳墓であるがゆえにそこからは数多くの埋葬品が発掘され、それがまたなかなかの金になるらしい。


 そしてそれらはいわゆる"墓荒らし"的な行為なために、この街を訪れる冒険者は近在のラゾーナに比べて少しばかり柄が悪い連中が多いのだという。半面迷宮そのものの難易度自体はさほど高くないので、高位の冒険者はあまり訪れることがないそうだ。

 そこで見るからに腕の立ちそうなアレクセイたちに声を掛けたということだった。


「護衛依頼か……話は理解したが、危険の少ない迷宮ならば我々でなくともよいのではないか?」


 アレクセイの発したもっともな疑問に、男はなぜか悪戯めいた表情で答えた。


「あぁ、それね。まぁ素行の悪そうな連中はあまり好きになれないってのもあるんだけど……昼間に修練場を騒がせていた一ツ星の冒険者というのは、君たちのことだろう?」


 どうやらスキル講習会でのやり取りをどこかで聞いてきたらしい。

 アレクセイとしては普通にスキルを習得しただけなのだが、ソフィーリアとの模擬試合、というかスキルの試し合いがギルド内で噂になっていたようだ。

 アネッサからも一日でスキルをものにする人間はなかなかいないと聞いていたし、確かに自分たちの力は一般的な一ツ星冒険者とはだいぶ異なるだろう。


 更に話を聞くと、そんな力を持った自分たちが一ツ星の相場で雇えるならお得ではないか、という魂胆で近づいてきたのだそうだ。なんとも現金な理由ではあるが、しかしわからなくもない。

 アレクセイは男の言うことに一応は納得してみせると、男は我が意を得たりとばかりに頷いた。


「それで迷宮には何をされにいくのですか?話を聞くに墓荒らしが目的とは思えないのですけれど……」


 ソフィーリアが訝し気に訊ねた。今は闇霊(ダークレイス)の身とはいえ、本来は神に仕える身分である。迷宮にある、所以も分からぬ墓とはいえ、死者の眠る棺を暴くことには抵抗があるのだろう。もし男の目的がそうであればアレクセイとしても依頼を突っぱねるつもりであったが、どうやらそうではないようだ。

 ソフィーリアの問いかけに、男は「待っていました」とばかりに卓の上に身を乗り出した。


「そう!僕は魔物の研究、特にこういうものの研究を専門にしていてね」


 男はそう言うと懐から小瓶を取り出し卓の上に置いた。酒瓶よりも一回りは小さいガラス製の物である。中には銀色の液体が容器一杯に込められており、粘度が高いのか表面をゆっくりと揺らしている。


「あ、もしかしてこれって、スライムですか?」


 エルサがはっとした顔で男の方を見やると、相手は笑うのを我慢するような表情で告げた。


「そう!よくわかったね」


 スライム。

 少ないがアレクセイも戦ったことのある魔物だ。どろどろとした粘液上の身体を持ち、虫や小動物、あるいはゴミや死体などを食べて生きる魔物だ。多くは古い遺跡などに住み、強くはないが形がないがゆえに剣では戦いにくい相手でもある。

 そんなものがなぜこんな街中に、小さな瓶の中にいるのか。


「僕は見ての通り魔術師だが、特にスライムを専門に様々な研究をしているのさ。ま、その内容は今は置いておくとして、実は≪アガディンの大霊廟≫にまつわる面白い噂を耳にしてね。居ても立ってもいられずにこうして足を運んだというわけさ」


 男の勿体ぶった話し方にアレクセイが「ほぅ?」と声を上げると、男はとっておきとばかりに声を潜めてこう言ったのだった。


「出るんだってさ。スライムの幽霊(ゴースト)が」

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