第43話 現代スキル講座・下
アネッサから訓練用の剣を受け取ったアレクセイは、数歩の距離を取って彼女と向かい合った。
本物の≪スキル≫が見られるとあって、他の冒険者たちは期待を込めた眼差しで二人を見つめている。
ソフィーリアもまた興味深そうな顔をしている。奇跡を行使する聖職者であると同時に戦士でもある彼女も、当然のように戦技を使うことができる。そしてソフィーリアのそれも、ゾーラの神官戦士として厳しい修行を経て体得したものである。スキルなるものについて聞かされて感じたことは、アレクセイと大差ないだろうと思われた。
「やー、刃を潰してあるとはいえそれ普通の長剣なんだけどねぇ。アンタが持つとダガーに見えちまうよ」
「そこまでではないだろう」
アネッサの軽口にアレクセイは至極真面目に返す。アレクセイの意識はスキルとやらに釘付けであった。アネッサは肩をすくめると、アレクセイと同じ剣を肩に担ぎながら話し始める。
「んじゃ始める前に軽く説明しとくから、お前らもよ~く聞いておけよ。まず今回の講習で教えるスキルは三つだ。どれも戦士としてやっていく上で必須となるスキルなんだ。これ以上は星が上がってから、しかも有料だからな。よし、それじゃあアンタ……えっと?」
「アレクセイだ」
「んじゃアレクセイ、あたしが軽く打ち込むから構えてくれ」
アレクセイは言われた通り剣を構える。それを見たアネッサも剣を構えると、上段から斬り込んできた。そうしてしなやかな動きでもって数回、攻撃を続けてくる。やがて一通り剣を振るうと、アネッサは動きをとめた。
「いいねアンタ、安心して打ち込めるよ。そんで、今のがスキルを使わない普通の攻撃。んで、こっからが戦士のスキル≪筋力強化≫を使った攻撃さ」
アネッサがそう言うと、彼女の身体を仄かなオーラが包み込んだ。目に見える変化に、周りの冒険者たちから驚嘆の声が上がる。それに彼らが驚いているのはそれだけではない。≪戦技の腕輪≫を通じて、その扱い方が伝わってきたからであろう。そしてその驚きはアレクセイとて同じである。
(これは……闘気の使い方そのものではないか)
自身が闘気を用いて戦技を使うときと全く同じ感覚を覚えて、アレクセイは驚嘆した。
戦技の習得において最も難しいのはこの闘気の練り方にある。そもそも内在する闘気を知覚すること自体が困難なのだ。言葉では表現できないこの感覚を他者に伝えられるのは、技の伝授において大きく習得スピードを向上させることだろう。
「いいかい?そいじゃまた打ち込むよ」
アネッサの言葉で我に返ったアレクセイは再び剣を構えた。それを見たアネッサが楽し気に笑う。そして一瞬彼女の姿がぶれたかと思うと、先ほどとは比べようもないほどのスピードで攻撃を放ってきたのである。空気が焦げ付くかのような勢いで繰り出される斬撃を、アレクセイは驚きをもって受け止めていく。
確かにこの動きは普通の人間ではありえないものだ。威力もスピードも尋常ではない。ましてや女であるアネッサならなおさらだろう。
一通り剣を振るうと、アネッサは息を吐いて動きを止めた。
「ふぅ……これが戦士の攻撃で中心となるスキルさ。人間より巨大な相手を打ち倒すのに欠かせないものなんだ。それじゃ次は防御の要になるスキルを見せるよ。アレクセイ、あたしに攻撃してみな」
アネッサはそう言うと自分の右肩を叩いた。剣を下ろしたままなのを見るに、どうやら防御はせず身体で受けるつもりのようだ。
「よいのか?」
「いいさ!……ま、あんま本気ではやんないでおくれよ?どうやらあんた、想像以上に腕が立ちそうだからね」
聞き返したアレクセイに威勢のよい答えを返しつつ、アネッサは最後の方は小声でそう付け足した。
アレクセイとしてもまさか本気で打ち込むつもりなどない。刃引きしてあるとはいえ、訓練用の剣でもアレクセイが振るえば必殺の威力を持つ。よもやアネッサを真っ二つにするわけにもいくまい。とはいえ力を抜いたとしても、彼女の革鎧では相当な痛痒を与えてしまいそうだが。
再び彼女がオーラを、先ほどとは別種のものを纏うのを見て、アレクセイは意を決して剣を振るった。
アレクセイの巨体で大上段から振り下ろされた一撃は、したたかに彼女の右肩を打ち据えた。そして革鎧を攻撃したというのに、まるで金属同士をぶつけ合わせたかのような硬質な音が響き渡る。アネッサは思わずと言った感じで片膝をついていたが、それを見たアレクセイはまたしても驚嘆していた。
全く本気ではないとはいえ、周囲に剣風が舞うほどの威力である。本来ならアネッサの右腕を切り落としても仕方がないと思えるほどの剣戟は、しかし彼女の革鎧を僅かに傷つけるにとどまっていた。
「あいてて、今ので軽くかよ。ちょいとばかり本気で張っておいてよかったよ。と、今のが戦士の防御スキル、≪強固な身体≫さ。闘気を直接纏うことで鎧みたいにするんだよ。このアレクセイみたいにスゲー鎧を着てれば必要ないかもだけど、アタシみたいに速さで勝負したい戦士にはもってこいのスキルさ」
アネッサの言葉に、聴衆の中の何人かの冒険者が頷いている。確かに重装ならぬ戦士にとっては有用なスキルであろう。ただ彼女の言う通り、揺るぎない防御力を持つ聖竜の鎧を身体とするアレクセイには不要ともいえる。
このスキルもまた戦技の腕輪の力によって、闘気の纏い方が理解できた。アネッサによると実際に自分でもスキルが使えるようになるには多少の修練が必要らしいが、それもさしたる手間ではないという。少なくともアレクセイがもろもろの技を覚えるのにかかった時間ほどは必要なさそうである。
「んでもって最後のひとつが、これ。≪自然治癒≫さ。戦士は後衛のために盾になるのが役目だからね。いつでも治癒の奇跡をかけてもらえるとは限らない。だからちょっとした傷は自分で治しちまうのさ」
訓練剣を置いたアネッサは、短剣を抜くとその刃で自分の掌を傷つけた。掌に一本の赤い筋ができる。
結構深く切りつけていたようで、傷口からは真っ赤な血がとめどなく溢れ出ている。聴衆が心配げに見守る中、アネッサはその≪自然治癒≫なるスキルを発動したようだった。
やはり彼女の身体の表面に闘気の層が出現し、今度は身体全体ではなく傷口のみを覆いだした。すると不思議なことに傷口がみるみる塞がっていくではないか。血液を垂れ流していた切り傷はものの数秒で跡もなく塞がってしまった。これもまた実に驚くべき回復力である。
聖職者の使う癒しの奇跡にも等しい回復力に、アレクセイは目を見張った。そしてそれは神官戦士たるソフィーリアも同じであったようで、驚きに口を手で押さえている。
「これは……なんともすごい力だな」
「そうだろう?もちろん回復力には個人差があるし、深い傷を治療するにはより厳しい修練が必要さ。あたしとしては最低限でいいとは思うけどね。そもそも傷を負わなきゃいいわけなんだから、その分の修行の時間は攻撃や防御に回すべきだと思うね」
話を聞けば、どんな手傷を負ってもたちどころに直して立ち上がってくるという、≪自然治癒≫のスキルを極めたような戦士もいるらしい。アレクセイとしてもこのスキルの有用性は大いに認めるところであるが、戦士としてはそこまで優先すべきものではないと思う。片手間に直せないほどの手傷であれば素直に聖職者に任せるべきであるし、戦士であれば「倒れても立ち上がる」より「倒れない」ことに注力すべきだとは思う。
(もっとも肉無き身体の私に使えるかどうか怪しいがな)
アンデットたるアレクセイやソフィーリアには無用のスキルであろう。だがそれでも先の二つは大いに興味を惹かれるところだ。
とはいえ、これが使えるかどうかは冒険者にとって大きな違いを生むことだろう。これらの技術が短期間に、それも無料で覚えられるとあらばこの講座とやらの価値はかなり大きいと言える。
アレクセイがそんなことを考えつつふと見やれば、他の冒険者たちはアネッサの言葉に従ってスキルの習得に励んでいた。≪戦技の腕輪≫の力によって、闘気の練り上げ方というものは概念としてすでに全員に伝わっている。みな思い思いの方法でスキルを習得しようと頑張っている様子だ。
「あ!できましたわ!あなた、私にもスキルが使えました!」
そんな折、華やかな声を上げてアレクセイのもとに駆け寄ってきたのは妻のソフィーリアであった。どうやら彼女はアネッサが説明を続ける間にもずっと≪筋力強化≫のスキルの練習をしていたらしい。
霊体である彼女の筋力を上げることができるのかどうかは激しく疑問の残るところであるが、ソフィーリアが言うならばそうなのだろう。
「む、早いな」
アレクセイは思わず拗ねるような口調でそう漏らしてしまった。それを聞いたソフィーリアが鈴を鳴らすように可愛らしく笑う。
本職の戦士であるアレクセイとしては妻に先を越されたことを少々悔しく思ってしまったのだ。彼女が卓越した戦士であることは重々承知しているが、それでも悔しいものは悔しいのだ。王から位を得た騎士であるという自負もある。
アレクセイとしては、ついそんな小さいことを考えてしまったことこそ恥ずかしく思っていたのだが、ソフィーリアはむしろそんな夫の様を可愛らしいと感じたようだ。微笑みながら、なだめるようにアレクセイの腕をとった。
「まぁまぁあなた。そのようなお顔をなさらないで、まずは見てくださいな」
彼女はそう言うと闘気を集中させたようだ。ソフィーリアの身体の周りを、アネッサが見せたときと同じ闘気のオーラが包み込んだ。
ソフィーリアは自前の槍をくるりと回転させると、その穂先を地面へと突き刺した。槍の刃は石畳でできた修練場の地に深々と突き刺さる。ほとんど穂先の根元まで埋まった彼女の槍を見て、アレクセイは首を捻った。
「ううむ、凄いと言えば凄いが、スキルなど使わなくとも君はこのくらいできるだろう?」
ソフィーリアは戦士としても有数の力を持っている。彼女の槍もまた名のある武器であるし、石畳を紙のように切り裂くことはそう難しいことではないように思えた。
「お、どうやら私も防御のスキルとやらの使い方が分かって来たぞ」
ソフィーリアと話しながらも闘気を練っていたアレクセイは、先ほどアネッサが見せた≪強固な身体≫のスキルを試していた。伝説級の防具を装備しているとはいえ、自身が命を落とすことになった魔王とのこともある。防御力を高めておくことは決して無駄ではない。
それにアネッサが基本と言うだけあって、スキルの発現自体は簡単であった。はなから闘気の練り方を知っていたアレクセイたちであれば再現は容易かった。
「む、そうだソフィーリアよ。君のスキルを使って私に打ち込んでみてはどうかな?」
「それは良い考えですね」
互いのスキルの調子を掴むべく、アレクセイは妻にそのように提案してみた。ソフィーリアも乗り気な様子である。
ということで二人は数歩の距離を取って向かい合うこととなった。他の冒険者たちも何事かとアレクセイたちの方を窺っている様子である。
「さぁ来い、ソフィーリア!」
「その鎧であれば大丈夫かとは思いますので……少しばかり本気でいきますね」
槍を構えたソフィーリアが、表情を笑顔から真剣なものへと変えた。と、次の瞬間にはその姿が掻き消えた。先ほどのアネッサよりもなお早い、文字通り消えたとしか思えないほどのスピードである。
恐るべき速さで距離を詰めたソフィーリアが放った神速の突きが、アレクセイの鎧の胸部を穿つ。しかし槍の穂先はアレクセイの≪強固な身体≫によって、甲高い音を立てて弾かれてしまう。跳ね飛ばされたソフィーリアは、その勢いのままくるしと回ると薙ぎ払いを仕掛けてくる。その攻撃もまたアレクセイの身体に当たった瞬間、音を立てて弾かれてしまう。
その後もフィーリアから次々と放たれる突き、薙ぎ、叩きつけの攻撃のことごとくを、アレクセイは防御のスキルをもって跳ね返していった。
やがてソフィーリアの嵐のような攻撃が終わると、アレクセイは≪強固な身体≫を解いて妻のもとに歩み寄った。
「実に見事な攻撃であった。現代の戦技はすごいな。以前より技の冴えが遥かに増したようだぞ、ソフィーリア」
「そのようですね。スキルの力には改めて驚かされました。それにあなたも、まるで古竜の鱗に打ち込んでいるような感触でした」
「"竜の鱗>"としては嬉しい言葉だな」
アレクセイたちはそんなことを朗らかに話していたのだが、そんな二人にあきれ顔のアネッサが近づいてくる。
「おお、教官殿、いやはやスキルというものはすごいものなのだな」
「……や、すごいのはどっちなのかね」
些か高揚気味にそう声を上げたアレクセイに、アネッサはなんとも言えない表情でそう返したのだった。




