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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第40話 出発

第2章、今回の更新分はここで終了です。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


次回の更新をお待ちください。

決まり次第活動報告かTwitterでお知らせします。

「さて、ではこれからどこへ向かおうというのかな」


 アレクセイたちが冒険者として昇級を果たした日の夜のことである。

≪小さな太陽≫のクラン拠点から戻ったアレクセイは、宿屋の一室にてエルサたちと膝を向かい合わせていた。


 といっても大まかな目的地は決まっている。

 昨夜ラリーから聞いた銀色の髪を持つ人間が多く住むとされる大陸東部の街、バルダーだ。この世界で銀の髪を持つのは北部人のみであるので、必然的にその街の人々はアレクセイたちの故郷であるヴォルデン王国の子孫である可能性が高い。とにかく故国の情報がほしいアレクセイたちにとって、十分に向かう価値のある場所だろう。


 アレクセイが聞きたいのはもっと直近の話、この冒険都市ラゾーナを出てからどこへ行くのかということである。

 エルサは頷くと鞄から地図を取り出した。アレクセイたちの時代のものよりもだいぶ詳細に描かれたそれはこの大陸、特に南部地域を描いたものである。


「まずはラゾーナを北上して近在の街を目指そうかと思います。そうやって街や村を通過しながら情報を集めつつ、バルダーの街がある東部の州を目指すのが最適かと」


 確かにそれが無難な旅のルートと言えた。

 不死者であるアレクセイやソフィーリアは食事や睡眠を必要としないので、いざとなれば休みなく移動することができる。しかし人間の少女であるエルサはそうもいかないし、むしろ道中人の集まるところで休息を取ることは、情報収集にとってかえって都合が良かった。


「私もそれで異存はありません……ですが、昨日エルサさんが仰っていた古竜塔に寄るべきというのは、どういうことでしょう?」


 昨夜のラリーたちとの話の中で、アレクセイたちは過去の事象について調べるならば古竜塔をあたるべきだと指摘された。

 調べ物をするにあたって知識の園として知られる古竜塔を頼るのはもっともな話であるが、アレクセイたち自身が不死者である以上、研究者の集まる魔術師の巣窟に近寄りたくないというのが本音であった。そのことはエルサも重々承知していたはずなのだが、なぜか彼女は昨日のラリーの指摘に対して首肯してみせたのである。

 アレクセイたちとしては、彼女の趣旨替えの理由を聞きたかった。


「理由はもちろん、≪古竜塔≫には多くの過去の記録が保管されているからです。アレクセイさんたちの国や当時の人々の足跡を辿るにはうってつけの場所でしょう」


「しかし……」


 反論しようとするソフィーリアに対し、エルサは首を縦に振ることでその言葉を止めてみせた。続けて、彼女がそれを可能だとする理由も話し始める。


「お二人のご指摘もその通りです。実は、お二人を不死者と気づかせないようにする方法があることを思い出しまして」


 思いもよらぬエルサの言葉に、アレクセイとソフィーリアの二人はにわかに色めきだった。

 見た目には普通の人間に見えるアレクセイたちであるが、その実色々と不都合も多い。溢れ出る瘴気や魔物の気配はなんとか抑えられても、生身の肉体がないことによる弊害は如何ともしがたい。ここのところ頻繁にある、他人との食事の場面もそうだ。アレクセイもソフィーリアも、物を食べることができないのだ。


 つい先ほどセリーヌからの食事の誘いを断ったばかりのアレクセイには、エルサの言葉が天啓に思えた。ちなみに、セリーヌの名誉のために付け加えるならば、先の話はもちろん夫婦揃ってのお誘いである。


「そのような大事なことを忘れていたとは、エルサ君……」


「すみません。でも、お二人が考えていそうなこととは、少し違うんです」


 彼女が言うには、それは一種の幻術の類らしい。アレクセイであれば、鎧の下に生身の肉体があるように見せかけるものだという。ソフィーリアで言えば、依り代となる仮初めの肉体のことらしい。それでもアンデットであることの問題のいくばくかが解消されるならば、喜ぶべきことだ。


 何にも優先してやってほしいぐらいなのだが、どうやらその術を行うにはエルサでは力不足らしい。


「どちらもとても高度な術で……力が及ばずにすみません。でも、私の代わりにそれをやってくれそうな人を知っているんです」


 一通りエルサの話を聞いたアレクセイは、腕を組んで考えた。

 彼女曰く、その人物は霊魂遣い(ソウルコンジュラー)の大先輩で大変力のある術師だそうだ。それでいてアレクセイたちにも理解を示してくれそうな、人格的にも大変頼れる人物なのだという。

 エルサの言うことならば信じたいところではあるのだが、如何せん余人に自分たちの素性を晒すことには抵抗がある。それが力ある人間ならばなおさらだ。


 アレクセイたちの逡巡を見て、というわけでもなさそうだが、エルサは「それに」と自らが疑問に感じていることを付け加えた。


「ミリア坑道でブラックドラゴンに浮かび上がったあの紋様、どうにも気になるんです」


 彼女が言っているのは黒竜や小鬼どもを動く屍に変えたあの魔方陣のことだ。死霊術にはさっぱりなアレクセイにはまるで分らないが、その道の人間であるエルサはあれがとても気にかかっているらしい。

 アレクセイは昨日ソフィーリアと「余計なことには首を突っ込まない」と話したばかりなのだが、彼女は意外にも正義感に溢れる人間のようだ。いや、それか学術的好奇心なのだろうか。


「その人ならあの紋様について何か知っているかもしれません。お願いです、その人に会ってもらうことはできませんか?」


 エルサにここまで言われてしまっては仕方がない。

 それに古竜塔に行って調べることができるのならばそれに越したことはないし、個人的にも自分の時代から存在する組織がいまどのようになっているのか興味がある。

 それはソフィーリアも同様であるらしく、複雑な表情をしつつエルサの言葉に頷いている。古竜塔は彼女の弟、アレクセイの義弟も所属していた組織だからだ。


 アレクセイたち夫婦がエルサの提案に同意して見せると、彼女は嬉しそうに頭を下げた。聞けば久方ぶりにその人物に会うのだという。自分がまだ幼き頃、師である父がまだ生きていた頃からの付き合いらしい。


「とりあえずこれでこれからの動きは決まったな……と、そういえばエルサ君、あの石の≪鑑定≫とやらはもう済ませたのか?」


 アレクセイが言っているのはマジュラ迷宮の最奥、迷宮主(ダンジョンマスター)の間の隠し部屋にあった宝箱から見つけた首飾りのことである。用途の分からぬお宝を彼女は「これは魔道具(マジックアイテム)である」と言い、"鑑定する"必要があるとも言っていた。アレクセイがセリーヌと向かい合っていた間に、エルサはそれを鑑定屋なるところに持って行ったらしい。


 エルサは首元にかけたその首飾りを取り出すと、アレクセイたちの目の前に掲げてみせた。


「鑑定屋さんが言うには、これは"犠牲の首飾り"という魔道具だそうです」


 身に着けたものの命に関わる攻撃を、一回だけ無効化する。それが犠牲の首飾りだという。

 本当だとすればそれは大変に有用な魔道具だと思うのだが、エルサは僅かに苦笑しながら首を振った。


「まぁその通りではあるんですけど……一撃で命を奪う竜の息吹は防げても、所詮は一回きりですし。それに例えばゴブリンに囲まれてめった刺しにされちゃえば、一回きりの防護なんて意味はありません」


 確かに彼女の言う通り、使いどころは難しく、またその機会が自分で選べないことも使いにくさに拍車をかける一因であろう。だがあるに越したことはない。か弱い人間であるエルサが常時身に着けておくことは、決して意味のないことではなかった。


「それはそうと、これは冒険者ギルドでも感じたことなのですが……≪スキル≫とは一体なんなのでしょう?」


 可愛らしく小首を傾げたソフィーリアの問いに対するエルサの答えは、とても驚くべきものだった。


「≪スキル≫は冒険者とその関係者のみに許された、人間が迷宮と戦うための能力です。一時的に筋力や治癒能力を高めたり、遠くの物を視えるようにしたり、姿や足音を消したり……上位の冒険者ともなれば一撃で大岩を砕いたり、剣戟を遠くに飛ばしたりできると聞きます。私が使う霊魂遣いの術も、大きな括りで見ればスキルのひとつなんですよ」


 それはまるでアレクセイがこれまで使ってきた≪戦技≫そのものではないか。

 そして何よりアレクセイを驚かせたのは、それらの技は金を積めば冒険者ギルドで誰でも習得できるということだった。さらにその習得期間も驚愕で、僅か二、三日の修練で身に着けてしまえるそうだ。


(こ、ここまで一番の驚きだな)


 普通≪戦技≫というものはそれなりの修業期間を経て習得するものだ。あるいは厳しい実戦の中で開花させるものであり、二、三日でポンと覚えたという話は聞いたことがない。

 そんなことが可能であれば、当時の各国の軍事バランスが一気に崩壊すること間違いなしだ。


「それもこれも≪技能の腕輪(スキルバングル)≫っていう魔道具のおかげなんですけどね。まさに"古竜塔三大発明のひとつ"です!」


 どうやら驚くべき習得期間は魔道具のおかげらしい。

 時代は変わったものだと、改めて思い知らされたアレクセイであった。




 翌日の朝である。

 ようやっと動き始めたラゾーナの街の喧騒を背後に、アレクセイたちは街の北門の傍まで来ていた。

 思い立ったが吉日。行く道と目的が決まったのならば、ぐずぐずしていても仕方がない。アレクセイたちは旅の行程を決めた次の日に、ラゾーナを発つことにしたのである。


 見送りに来ているのはラリーとレトだ。朝も早いというのに商人はしっかりと身支度を整えており、糊のきいた服はやり手の商人にぴったりの装いであった。

 対する相棒の獣人の少女は、先ほどから彼の隣であくびを繰り返している。一昨日の夜あれだけ飲んだというのに、昨日も一日中酒を浴びていたらしい。相方が街で働いているというのに、優雅なことだ。

 それでもぴったりとラリーにくっついて離れない様子は微笑ましく、また二人の信頼関係を表しているようで、アレクセイは見ていて悪い気分ではなかった。


(よもや獣人に対して、そのような思いを抱くことになろうとはな)


 アレクセイが獣人を含む魔王の軍勢と剣を交えていたのは、自分の感覚で言えばついこの間のことなのだ。

 しかし今はあれから五百年後の世界なのである。どのような経緯があったかは分からないが、今はこうして獣人と商人が肩を並べて笑っている。それはそれで悪いことではないと思えるようになってきた。


「其方とはもっと言葉を交わしておくべきであったな、レト殿」


「アンタみたいな堅っ苦しいヤツなんか相手すんの嫌や。それに、嫁さんの前で他の女を口説くもんやないで」


 アレクセイが獣人の少女を見下ろしてそう言うと、彼女はいかにもお断りだというような顔をしてそっぽを向いて、おまけにそんな憎まれ口を叩いた。すぐさま横の相棒が彼女を窘めるが、やっぱりアレクセイはそんな彼女を嫌いにはなれなかった。生まれつきこういう性分なのだろう。

 いつだったかレトと口喧嘩していたソフィーリアも、今は少しばかり名残惜しそうに彼女の横顔を見つめている。


 会話が途切れたのを見計らったかのように、ラリーがアレクセイに向けて手を差し出してきた。北部人の血を引く、灰色の髪をした青年の手をアレクセイも握り返す。


「道中お気をつけて……といっても貴方ほどの方にはこの言葉は不要でしょうが。探している国の情報が手に入ることを願っていますよ」


 商人らしい、さっぱりとした別れの挨拶だ。

 思えば彼にはなかなかに世話になった。エルサ以外で初めて出会ったこの時代の人間が、ラリーのような商人でよかったとつくづく思う。世事に詳しい人間としてもそうだし、損得に敏感な商人ながらも生来の人の良さを持ち合わせた彼のことを、アレクセイは好人物だと評価していた。


「そちらもな。くれぐれも小鬼には用心することだ」


「肝に銘じておきます」


 アレクセイが僅かにレトの方を見ながら言うと、それに気づいたラリーも小さく笑いながらそう返した。


「奥方もエルサさんも、どうぞ健やかに」


「ええ、貴方も……いえ、貴方たちもどうぞ仲良くね」


 ソフィーリアはそう言ってラリーとレトを見比べて微笑むと、手を組んで目を閉じた。どうやら二人のこれからをゾーラに祈ったようだ。頬を赤く染めたレトが何か文句を言おうとしていたが、目を開けた彼女が差し出した手から仄かな輝きが放たれるのを見て、目をパチクリとさせている。それはラリーも同様なようで驚きに口を開けている。


「お二人のこれからに、ゾーラの愛の加護があらんことを」


 小さな光はやがて二人の頭上へ登っていくと、たくさんの光の粉を振りまきながら天へと消えていった。大通りの片隅ながら、時間もあって行きかう人の数は多くはない。それでも通行人の幾人かが青空へ去り行く光を見て指さしている。


「驚きました……聖職者の方だったとは」


「いや、聖女だ。では、さらばだ」


「え?」


 呆気にとられるラリーを置いて、アレクセイは歩き出した。その後には一礼したソフィーリアとエルサも続く。

 アレクセイが首だけで振り返ると、そこには苦笑しながら手を振るラリーと、むくれ顔で、それでも小さく手を振るレトの姿があった。


 アレクセイは彼らに歩きながら腕を上げることで答えると、今度こそ振り返ることなく冒険者の街を後にしたのだった。

追伸:

昨日は更新できずに申し訳ありません。

毎日投稿は厳しいかなぁ……。でも、頑張ります。

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