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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第39話 昇級

ちょい短めです。

 ミリア坑道の異変を解決した次の日。



 アレクセイはひとり≪小さな太陽≫(リトルサン)の拠点を訪れていた。クランマスターであるセリーヌから、再び会って話がしたいとの申し出があったからである。


 ソフィーリアとエルサは今頃市場で買い物をしていることだろう。近日中にラゾーナの街を離れるからだ。


「忙しいところを呼び立ててすまないな」


 上品な木椅子に腰かけたセリーヌが、執務机越しに話しかける。対するアレクセイも差し出された椅子に腰かけていた。


「いや、問題はない。用事も済んだことだしな」


 先日と同じように一方的な呼び出しではあるが、別にアレクセイに思うところはない。それに今言った通り、用事の方ははすでに終えている。


「昇級したのだろう?おめでとう」


「うむ」


 セリーヌの言う通り、アレクセイたちは駆け出しである半ツ星(なかつぼし)から見習い卒業である一ツ星(ひとつぼし)冒険者へと昇級を果たしていた。


 昨夜のラリーたちとの宴会の後にギルドから使者が訪れ、ギルド会館へと足を運ぶよう言われていたのだ。その言葉に従って街の中央へと足を運んだアレクセイたちは、ギルドの受付にて昇級の証を受け取ったのである。

 もちろん評価の理由は、ミリア坑道における異変の解決である。


「はいっ!これが一ツ星冒険者の証ですよ!失くさないでくださいね!」


 登録を済ませたあの日と同じ受付の職員から渡されたのは、一個だけ星が刻まれた銅板であった。これまでは星を半分に割った形であったから、ようやくまともな星の形になったといえよう。


 もちろん昇級したのはアレクセイだけではない。

 ソフィーリアやエルサも合わせて半ツ星から一ツ星へと位を上げていた。理由もまた同じである。


「黒竜を倒したっていうのに半分しか星を上げないなんて、ウチのギルドマスターもケチですよね!」


 こんなことを言うのが当の本人ではなくギルドの職員であるのだから面白い。

 アレクセイは別段気にもしていなかったが、本来であればもっと上の位にあげてもよい戦果であるらしい。


「それでも昇級は昇級だ。それにこれでも喜んでいるものがいるのだから、私としてはなんの問題もない」


 アレクセイはそう言って後ろにいるエルサに目をやった。エルサは瞳を輝かせながら冒険者カードを眺めている。冒険者になってから長い間半ツ星であったらしいエルサは、此度の昇給をことのほか喜んでいる様子であった。


「謙虚なんですね」


「そうか?」


 アレクセイが再び職員を見下ろすと、彼女はなぜか頬を染めて身をよじり始めた。

 しばしそのようにしていたのだが、アレクセイの横にいたソフィーリアが喉を鳴らすと弾かれたように顔を上げて居住まいを正した。


「えと、お三方は一ツ星に昇級されましたので今日からスキル講習を受けることができます」


「スキル、講習とな?」


 職員は頷くと説明用と思われる冊子を取り出し、それをめくりながら話を始めた。


「ご存知のように≪スキル≫は冒険者が迷宮に挑む上で欠かせない技術です。それをギルドからお教えしようというのがスキル講習ですね。各職業ごとに基本となるスキルは無料で受講できますが、それ以上のものは別途料金が発生しますのでお気をつけて」


 スキルとは、アレクセイも初めて聞く言葉だ。いや、いつだったかマジュラ迷宮でエルサがそのようなことを言っていたような気もする。


「それは、一ツ星になったら必ず受けねばならないものなのか?」


「いえ、受けるかどうかは冒険者さん自身で決めていただいて結構ですよ。まぁ、ほとんどの方が受けられますけどね」


 アレクセイとしては興味がないこともない。

 だが折角バルダーという街の情報をラリーから聞いたことだし、できるだけ早くそちらに向かいたい。ひとまずはエルサあたりから詳しい話を聞いて、それから判断すればよいだろう。


「わかった。考えておこう……他に変わったことはないか?」


「半ツ星かた一ツ星への昇級でしたら、以上になりますね」


「そうか、では早々に帰るとしよう。この後も呼び出しがあるのでな」


 まだ何か言いたそうにしている受付職員を残して、アレクセイたちはギルド会館を後にしたのである。そうしてそのまま≪小さな太陽≫のもとまでやってきたわけだ。


「貴殿らが一ツ星に収まる器とも思えないが、まぁそれは置いておくとしよう」


 アレクセイの話を聞いていたセリーヌはそう言って肩をすくめて笑った。やがて表情を真剣なものにすると、今日アレクセイたちを呼び出した理由を語り始めた。


「さて、今日貴殿を呼んだ理由だが……まずは二つ、伝えたいことがあってね」


 セリーヌがたおやかな指を一本立てる。


「まずはひとつ。昨夜、この街の聖堂から秘宝である"豊穣のオーブ"が消えたとのことだ。今朝になって朝礼に赴いた神官が、オーブがなくなっていることに気が付いたらしい」


「なるほど、それで街の中心の方が騒がしかったのか」


 騒乱の気配にはアレクセイもギルド会館に向かう道中で気が付いていた。

 聖堂があるのは冒険者ギルドの建物と同じ街の中央エリアだ。ただ自分からそこに近寄ることもできないので無視していたのだが、そのようなことになっていようとは。


 セリーヌはもう一本の指を立てて話を続ける。


「そして二つ。これも今朝になって見つかったのだが、クラン≪北の旋風≫(ノーズウインド)のマスターであるハーガーという男が、死体となって発見されたそうだ」


「ほぅ」


≪北の旋風≫といえばあのロキールの所属していたというクランだ。後ろ暗いところのあるクランだとの話であったが、これはなかなかにきな臭い。


「それに幹部連中の幾人かも行方不明らしい。やつらの拠点は混乱状態だそうだ。まぁそれはいいのだが、問題はあそこのマスターがもとは盗賊ギルドの出身だということだ」


「つまりオーブを盗んだのはその男であると?」


 アレクセイの問いかけにセリーヌは立てていた指を顎に当てると頷いた。


「おそらくは。だがハーガーはオーブを持っていなかったという。遺体には複数の刺し傷があったことから、仲間割れか何かだと思われるが……オーブはその下手人に持ち去られたのだろう」


「それで?もしや今度はその犯人を捜せなどと言うのではあるまいな?」


 アレクセイが嘆息しながら言うと、セリーヌはとんでもないと右手を振った。


「まさか!そのようなことは衛兵の仕事だ。それに物が物だけに、太陽教会が冒険者などに依頼するはずもない。自分たちで勝手にやるだろうさ」


≪北の旋風≫にせよ豊穣のオーブによせよ、アレクセイには関係のない話だ。昨日ソフィーリアと話し合ったこともあるが、面倒事に自分から首を突っ込むつもりはない。仮に依頼されたとしても断ったことだろう。


「≪北の旋風≫については、まぁ念のため教えておこうと持っただけさ。本当は礼が言いたくてね」


 セリーヌはそう言って席を立つと、机を回り込んでアレクセイのそばまでやってきた。そうして右手を胸に当て、深く腰を折った。


「此度のミリア坑道での事件。力を貸してくれて本当に助かった。貴殿はアイラたちのみならず、多くの若い冒険者たちの命を救ってくれた。ラゾーナの全冒険者を代表して、またウォールデン伯爵家に名を連ねる者の一人として、改めて礼を言いたい。本当にありがとう」


 アレクセイは深く謝辞を述べるセリーヌを見つめると、立ち上がってその肩に手を置いた。


「素性も知れぬ我々に声をかけたのも、敵陣へ飛び込むことを許してくれたのも君だ。他のクランとやらのことは分らぬが、君のような指導者がいるだけでもこの街は安心だろう。今後も励んでくれ」


 頭を上げたセリーヌは照れ臭そうに微笑んだ。落ち着いて見えるが、こうして見ると意外に彼女も若いのかもしれない。若手が多いこの街ではこんな風に評価されることもないのだろう。日の光の加減か、アレクセイを見つめる彼女の頬は僅かに赤らんでいるようにも見えた。


 セリーヌは小さく咳払いをすると、穏やかに微笑んで問うてきた。


「念のため聞いておきたいのだが、このままラゾーナに留まる気はないのか?」


「ないな。これでも目的があって旅をしているゆえに」


 はっきりとしたアレクセイの物言いに、セリーヌはさして残念でもなさそうに肩をすくめた。


「そう言うと思っていた。そういえば貴殿らは北に向かうという話であったな?」


 彼女はそう言うと執務机へと戻り、引き出しから何かを取り出した。それは丸められた羊皮紙で、礼によって赤い蝋と上品な革ひもによって封がされている。

 セリーヌはそれをアレクセイに差し出してこう続けた。


「我が家の名前にて、貴殿らを助けるようしたためた手紙だ。困ったことがあればこれを渡すといい」


 セリーヌの実家であるウォールデン家は南部に家をかまえる貴族だという。南部とはいってもその領地は東よりで、バルダーの街や古竜塔のある東部領への途中にあるそうだ。

 彼女はその家を飛び出した、いわば放蕩娘なのだそうだが、それでも実家とは定期的に連絡を取っていたらしい。


「自分で言うのもなんだが、父上は私には甘いからな。平民にも理解のある方だ。娘の命の恩人とあらば、少しは助けになってくれることだろう」


「ありがたく受け取ろう」


「もっとも、それを使うことのないよう祈っているよ」


 アレクセイが手紙を受け取ると、セリーヌは年頃の娘らしくそう言って笑ったのだった。

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