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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第35話 倒れるもの

今度はちゃんと17時更新できたはず。


大丈夫だ、問題ない。

 小鬼の王、ゴブリンキングは狼狽していた。


 突如目の前に現れた人間の娘によって、大切な杖を壊されてしまったのだ。


 彼とて、この杖の真価が先端に取り付けられていたキラキラ光る石にあったことくらいは分かっていた。だからそれが砕かれてしまった以上、この杖が全くの無意味なものになってしまったことも理解していた。


 くそっ!


 くそっ!!


 くそっ!!!


 ゴブリンキングは握りしめていた杖を地面に叩きつけると、眼前で繰り広げられている戦闘を睨みつけた。


 トロルのように大きな人間の戦士が、ブラックドラゴンと戦っている。鎧の大男が剣を振るう度に竜の傷が増えている。反対に、ブラックドラゴンの攻撃は全く人間に効いていないようだった。


 なんと使えないヤツだ!人間ひとり殺せないなんて!


 ゴブリンキングは自らの力の無さを棚に上げて、ゴブリンのことばで口汚く黒竜を罵った。あれほどの大口を叩いておいてこの程度とは。


 しかしいつまでもここでこうしてはいられない。黒竜はじきにあの人間に倒されるだろう。そうなれば次に殺されるのは自分に決まっている。


 あの人間と自分との間にはまだ数多くの同胞たちがいる。しかし彼らはあっという間に殺されるだろう。そのくらいのことは簡単に予想が付く。


 このままではいままでの王たちと同じように殺されるだけだ.


 嫌だ!


 嫌だ!!


 嫌だ!!!


 キングの胸中は恐怖と怒りでいっぱいになった。


 何か、何か方法があるはずだ。


 ゴブリンキングが必死に頭を巡らそうとしたそのとき、彼の目の前にあれが現れた。


「ア、アガガ……」


 人間の娘だ。紅い瞳の、ヒトの。


 いや、コイツは……!


 彼が何かを喚こうと口を開いた瞬間、人間の娘、ソフィーリアが動いた。


 ソフィーリアが突き出した槍の穂先が、ゴブリンキングの口腔から延髄を貫いた。彼女が槍を引き抜くと、血を拭きながらゴブリンキングの身体がその場に倒れ伏す。


 こうして、二百八十四代目のミリア坑道の迷宮主は、これまでの王たちと同じように死んだのだった。






 ゴブリンキングがソフィーリアによって討たれたのを横目に見ながら、アレクセイは剣を振るった。大上段より振り下ろされたマクロイフの剣が黒竜の鱗を切り裂く。すでに無数に刻まれた他の傷と同じように、そこからはどす黒い血が溢れ出している。

 それでも手負いの竜は怯むことなく、むしろ一層凶暴さを増して暴れまわった。


「うむ!敵ながら見事なり!」


 アレクセイは目の前の竜の戦いように思わずそう相手を称賛した。ブラックドラゴンからは、命が燃え尽きるまで戦うという気概を感じるのだ。

 こうして戦っている今もアレクセイの≪恐慌≫(テラー)は発動しているようで、周囲を取り巻くゴブリンどもが黒竜に加勢してくる様子はない。しかし目の前の魔物はそれを正面から受けながらアレクセイに抗っている。


(やはり竜は強い。それでこそ騎士の大敵よ!)


 アレクセイからしてみれば、戦争で人間相手に剣を振るよりもよほど心が躍る。邪悪なのではなく、純粋に敵対するがゆえに剣を交える相手ならば、心置きなく戦うことができよう。


 黒竜は見た目こそ真っ黒ではあるが、別に闇の眷属であるというわけではない。

 その鱗は火竜の持つ赤い鱗が月日を帯びて変異したもので、いうなれば火竜の変異種といってもよい。少なくとも迷宮の存在しなかったアレクセイたちの時代にも黒竜はおり、彼らは総じてその地域の生態系の覇者であったのだ。


 実際目の前の黒竜からは溢れんばかりの殺意と闘争心を感じるのみで、邪悪な気配は一切しない。同じように赤い煙から現れたゴブリンどもは見た目のままに悪の気配を発しているというのに、この違いはどういうことであろうか。


「気になることは多いが……そろそろ幕としようか、黒き竜よ」


 アレクセイは叩きつけられた竜の尾を大盾で弾くと、態勢を崩した黒竜の眉間目掛けて剣を突き出した。


「グォォォォォォッッ!!」


 刃は違うことなく黒竜の額を貫き、分厚い頭蓋骨すら砕いて竜の脳に食い込んだ。

 剣を突き出した姿勢のまま、アレクセイは静かに黒竜へと語り掛けた。


「そういえば名乗りを済ませてはいなかったな……我が名はアレクセイ・ヴィキャンデル。ヴォルデン四騎士の一人にして、王より"竜の鱗(ドラゴンスケイル)"を賜りし者なり」


 アレクセイが剣を引き抜くと、黒竜は音を立ててその場に崩れ落ちた。その様を見届けたアレクセイはゆっくりと頭を巡らせると、恐れおののく周囲のゴブリンどもに目をやった。


「さて、待たせたな。王は死に、竜は倒れた。さりとて剣を引くことはできぬ。貴様らにはここで死んでもらおう」


 アレクセイはそう一方的に告げると手近なゴブリン目掛けて斬りかかった。


 こうしてミリア坑道の最奥の間にいた魔物たちは、アレクセイらによって余すところなく倒されたのだった。




「これはなんとも、凄まじいことだな」


 呆れたように苦笑するのは、クラン≪小さな太陽≫(リトルサン)のマスターであるセリーヌであった。

 クラン拠点で会ったときとは異なり銀の鎧に身を包んだ彼女が、数名の仲間とともに迷宮主の間にやってきたのだ。彼女の脇には同じクランのスヴェンもおり、他の者たちと同様に呆けたように口を開けて、目の前の光景を眺めている。


「なんとか加勢をしようと急ぎここまできたのだが……いやはや、それは杞憂であったかな」


 ゴブリンキングが居を構えていた玉座の間は、おびただしい数のゴブリンどもの死体に埋め尽くされていた。そこには十数体のウォートロルも含まれており、あろうことかいるとは思われていなかったブラックドラゴンの死体まである。


「よもや黒竜までいようとは。怪我は……その分だとなさそうだな」


「些か数が多かったが、とりあえず首級はこれで倒したはずだ」


 アレクセイが剣で指示した先には、玉座の横で息絶えたゴブリンキングの姿がある。遠目にそれを確認したセリーヌが頷く。


「やはり迷宮主は小鬼の王(ゴブリンキング)であったか。しかしアレに今回の事態を引き起こすような力はなかったはずだが……」


「奴めは怪しげな杖を持っていた。その杖から小鬼どもを召喚し始めたので、ソフィーリアがそれを破壊したのだ」


魔道具(マジックアイテム)の類か……しかしここの迷宮主がそんなものを持っているなどという話は、これまで聞いたことがない」


 アレクセイとしてもそれ以上のことはわからない。

 巨漢の黒騎士が肩をすくめるのを見て、セリーヌも一旦考えを打ち切ったようだ。ねぎらうようにアレクセイの腕をひとつ叩くと、ゴブリンキングの死体を確認しに仲間とそちらへ向かっていった。


 アレクセイはそれを見届けてから、先ほど倒した黒竜の死体の傍へと歩いていく。その後ろをネッドがついてくる。


「「どうされたんですか?」」


「なに、竜を倒したときの決まり事でな」


 訝し気に尋ねるエルサにはそれ以上答えず、アレクセイは黒竜の前にかがみ込んだ。そして鱗の一枚を掴むと、それを引きちぎる。


「わが国ではな、竜を倒した騎士はその鱗を自分のものとする決まりがあるのだ。人が負ければ竜に食われるように、我らが勝てばその鱗をもらい受ける。そうやって竜の力を己のものにしようという、まぁ、まじないのようなものだ」


 騎士の国ヴォルデン。またの名を竜王国ヴォルデン。


 母国がそう呼ばれるようになったのは、そうして数多の竜を倒して大きくなっていったからだ。王国最強の四人の騎士に、それぞれ竜の身体の一部を称号として与えるのもそのためだ。


 慣例に乗っ取って鱗を剥ぎ取り、勝利の余韻に浸っていたアレクセイに声を掛けてくる者があった。


「黒竜かよ、こいつぁ大物だぜ」


 アレクセイが胡乱な顔で、といっても表情は見えないのだが振り向くと、そこにはどこかで見たことのある男が立っていた。


「貴様は……」


「ロキールだ。覚えていてくれたかぃ?」


 そこにいたのはクラン≪北の旋風≫(ノーズウインド)の冒険者、ロキールであった。アレクセイたちがギルド会館で冒険者として登録を済ませた日に、ちょっかいをかけてきた男である。


「何用だ?どうして貴様がここにいる」


「当たり前のことを聞くなよ、俺らだって冒険者だぜ?義憤に駆られてきたってやつさ」


 そんな殊勝なことをするような男には到底見えない。大方うまくおこぼれに預かろうというところだろう。その証拠にこの男の鎧は返り血に濡れていなかった。血も浴びずに華麗に戦えるような腕前を持っているようには、なおのこと思えない。


「ってか、こいつホントにおたくが殺ったワケ?」


「……なに?」


 思わぬ言いがかりに、アレクセイも意図せずして声が低くなる。今しがた竜の魂を己のものとする儀式を行ったばかりなのだから、なおさらだ。


 アレクセイたちの間に妙な空気が漂い始めたのを見て、セリーヌたち他の冒険者もこちらへ集まってきた。


「いやさぁ、俺はアンタがこないだギルドに登録したところを見てたわけよ。つまりアンタが半ツ星(なかつぼし)のぺーぺーだって知ってるワケだ」


「それで?」


「なに、いくら図体がデケェからって、そんな駆け出しが本当に黒竜を倒せるのかって疑問なわけよ」


 そう話すロキールの顔にはニヤニヤとした笑みが張り付いている。言わんとすることはわかるが、彼らがこのようなことを言う理由がわからない。


「この場には我らしかいなかったのだから、我らが倒したに決まっているだろう」


「そんなことはわかんねぇだろう?ひょっとしたら、これが全部アンタらの自作自演だって可能性もあるんだぜ?」


 そんなことをのたまうロキールに、アレクセイは思わず頭を抱えてしまう。


「それはあまりにも荒唐無稽に過ぎるだろう、ロキール。アレクセイ殿の陰謀説を唱えるには、いかにもお粗末ではないか?」


 見かねたセリーヌがそう言うと、後ろに控えたスヴェンがそうだそうだと声を上げた。他のクランの人間らしき冒険者たちも、一様に頷いている。


 一方のロキールはというと、そんな観衆を抑えるように両手の掌を上げた。


「もちろん俺だってそんなことは信じちゃいないさ。だが可能性をゼロにできないのも事実だ。誰もこいつの活躍を見ていないんだからな」


 アレクセイの傍らではソフィーリアが完全無欠の微笑みを浮かべている。戦いを司るゾーラ教の神官であるソフィーリアからすれば、夫の戦いにケチをつけるようなロキールの物言いはさぞ頭にきていることだろう。他人の戦いに物申すことは、よほどの理由がないかぎりヴォルデンにおいては恥ずべき行いとされていたのだ。


 アレクセイはこれ以上会話を続けるのが馬鹿らしく思えて、溜息をつきながらロキールに問いかけてみた。


「で、貴様はどうしろというのだ?」


 アレクセイがそう言うと、ロキールは待っていましたと言わんばかりに目を輝かせた。


「なに、つってもアンタの名声とやらにケチつける気はねぇんだ。だけど疑いを晴らすためにも、ここは黒竜(こいつ)の素材をみんなで山分けといこうじゃねぇか!」


 目の前の男の言葉に、アレクセイは今度こそ言葉がなかった。


(自分から難癖をつけておいて、なんとおこがましいことか)


 周囲の他の冒険者たちも呆れ顔だ。

 ロキールは黒竜の頭に近づくと、その巨大な顎をブーツで蹴りつけた。


「今回の騒動でどこのクランも結構やられたからな。何かと入り用だろ?竜は骨の髄まで金になる。特にこいつは黒竜だからな、高く売れるぜぇ」


 そう言ってロキールは嫌らしく笑う。


 竜が金になるのは、わかる。

 アレクセイたちの時代においても、騎士が竜に挑むのは名声以外にも莫大な富を得るためだ。それは竜が隠した金銀財宝だけでなく、竜そのものの素材を目的ともしている。竜の牙や爪、丈夫な鱗から作られた武具は一級品の性能と価値を持つからだ。


 それでも、そのことを目の前の男から聞かされるのには強い抵抗があった。


(まことの騎士からは最も遠いところにいるような男だからな……む?)




 そのときである。




 鼓動を止めて死んでいた黒竜が、突如として動きだしたのである。


「みんな離れろッ!」


 もっとも早くそれに気づいたアレクセイが声を上げる。しかし黒竜に背を向けて立っていたひとりだけが、対処に遅れた。


 ロキールであった。


「なんだよ……んぐぁっ!?」


 ロキールの悲鳴が響き渡る。黒竜が彼の背に鋭い爪を突き立てたのである。粗末な革鎧から血を流しながら、ロキールはその場に倒れ込んだ。


「いてぇ……なんだってんだよ……っひっ!?」


 偶然にも致命傷には至らなかったようだが、ロキールは弱弱しく振り向いた先にあるものを見て息をのんだ。

 彼の見上げた先、頭上には大きく開かれた黒竜の(あぎと)があったからだ。


「……た、助け」


 その光景を見ていた誰もが、ロキールが炎に巻かれる様を想像した。しかし黒竜の口から放たれたのは、真っ赤に燃える灼熱の炎などではなかった。

 息吹(ブレス)は途中で色を変えると、毒々しい緑色の煙へと変化したのである。動くことなどできなかったロキールの姿が緑の煙幕に包まれ見えなくなる。


「「皆さん下がってください!あの煙に触れてはいけません」」


 地面を伝ってアレクセイたちの方にも迫ってくる煙を見て、エルサが注意の声を上げる。半透明の狼から少女の声がしたことで驚くものもいたようだが、見るからにやばそうな煙に触れたいと思う者もいないのだろう。みな一様に素直に後ろへと下がった。


「エルサさん、あれは……」


「「≪酸の息吹≫(アシッドブレス)……いえ、≪猛毒の息吹≫(トキシックブレス)です!」」


 煙が晴れたそこにいたのは、実に凄惨な姿に変わったロキールであった。

 目に見える肌の多くが腐り落ち、かろうじて残った肌も紫色に変色している。髪はほとんどが抜け落ちていて、一部頭蓋骨さえもとろけて中身が見えてしまっていた。


「あ……が……」


 ロキールはうめき声のような音を発して倒れた。その身体は小さく痙攣している。

 なにより恐ろしいのは、そんな様でありながらいまだに意識があるように見えることだ。跡形もなく溶けていたならば、まだしも幸せなことであっただろう。


「ヴォェッ!」


 堪えきれずに吐き出したのはスヴェンの様だ。他の者たちもあまりの光景に口と鼻を抑えている。


「「そんな……」」


「……エルサ君。あれは、何なのだ?」


 アレクセイたちの視線の先には、変わり果てた姿になったブラックドラゴンがいた。片目はとろけ落ち、勇壮な鱗もボロボロになった姿の竜。


 エルサは絞り出すように目の前の魔物の名を答えた。


「「≪屍竜≫(ドラゴンゾンビ)です……!」」

段々文字数が多くな~る

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