第34話 小鬼どもの王
操作ミスにより変な時間に投稿してしまいました。すみません。
これが5月15日分の投稿話、34話です。
小鬼の王、ゴブリンキングは機嫌が悪かった。
取り巻きが捕まえてきた大好物の鼠を食いちぎっても、全く怒りが収まることがないのだ。その理由はひとえに、己の計画がまったく思うように進まないからであった。
原因はわかっていた。冒険者とかいう、憎たらしい人間どものせいだ。
信じて送り出したウォートロルどもが、人間どもに殺されたと報告を受けたのだ。あれほどの馬鹿力を持ちながら、人間などに殺されるとは!
人間!
人間!!
人間!!!
また人間だ。過去何十、何百もの王たちが連中によって討ち滅ぼされてきたのだ。
記憶もなく、記録などもありはしないが、苛立たし気に床を踏み鳴らすキングは確信していた。それはゴブリンという種族の魂に刻まれたものであるのかもしれない。数多くの人間たちがゴブリンによって害されてきたように、それ以上の数のゴブリンたちがやつらに殺されてきたのである。
当然小鬼如きの王が魂の記憶だなんだと高尚なことを考えているはずもなく、彼は怒りに任せて手に持つ錫杖で取り巻きの頭をぶっ叩いた。
特に意味はない。ただの八つ当たりだ。
そうだ、この杖だ。
自分にはこの杖がある。
ゴブリンキングは醜悪な顔を更に歪めると、愛おし気に杖の先端を撫でた。
これさえあれば手下など無限に湧いて出てくるのだ。失ったならまた増やせばよい。
ゴブリンキングは頓挫しかけた計画の完璧な修正案を立ち上げると、満足げに鼻を鳴らした。それに万が一のことがあっても"アレ"がいる。なんの心配もないのだ。
そら、丁度良い具合に人間どもがやってきたぞ。随分大きくて強そうだが、なに構うものか。ちょうどよい具合に隣には人間の小娘もいる。ここで血祭りに上げて、一気に計画に箔を付けようではないか!
ゴブリンキングはそんな風に考えを巡らせると、手下どもに愚かな人間をぶちのめすよう、命令を下したのであった。
「あれが、ミリア坑道の迷宮主か」
玉座の間の最奥に陣取るゴブリンを眺めながら、アレクセイは呟いた。
王の間といっても、もとはなんということのない大広間か何かだったのだろう。別段上等な造りであることもなく、古びた木製の椅子やテーブルであったり用途も分からなくなったような残骸が散らばっている。雑然としていて汚らしい様は、寧ろゴブリンの住処らしいと言えた。
「ゴブリンキング……いかにも不浄な存在ですね」
ソフィーリアもまた眉をひそめて迷宮の主をそう評した。
何かの骨を組み合わせて作ったであろう王冠に、ボロボロの外套を羽織っている。ここからではよくは見えないが、あれも何がしかの生き物の革をつなぎ合わせたものだろう。当然、知りたくもないが。
「話の通り、キング自体に大した力はなさそうだな。だが、如何せん数が多い」
アレクセイがうんざりした声を上げた通り、ゴブリンキングとアレクセイたちの間には無数のゴブリンたちが蠢いていた。様々な武器を持った普通のゴブリンはもちろん、二回りも大きいホブゴブリンや魔術師らしいゴブリンメイジまで。当然のように、厳めしい武器を携えたウォートロルどもも顔を揃えている。
「あいつを討てば、この騒動は止まるのか? 」
「「おそらくは……見たところ、記録にあるようなこれまでのゴブリンキングと変わらないように見えます」」
ネッドを通して話すエルサの声も不安げだ。しかしここまで来たからには迷宮主を倒すほかない。
「いいだろう。では大人しく鏖殺といこうか」
アレクセイはそう言うや玉座目掛けて走り出した。そのあとにはソフィーリアも続く。
「数が多いですから、ネッドさんは無理せず控えていてくださいね」
「バウッ! 」
こうも開けた空間では霊狼であるネッドは戦いにくいはずだ。盾も鎧も持たない彼ではゴブリンどもに囲まれればなす術はない。霊体化すれば攻撃は躱せるだろうが、爪と牙では一度に複数を相手取るのは向かないと思われた。
アレクセイはここに来て、敢えて防御を捨てて突貫することを選んだ。
聖竜の鎧であればゴブリンどもの持つ武器で傷つけられる心配もない。生身の時であれば、鎧の僅かな隙間から攻撃を受けないよう注意を払う必要があった。しかし肉の身体なき今はそんな心配はない。
むしろアレクセイとしてはここ数回の戦闘を繰り返すうちに、≪さまよう鎧≫らしい戦い方があるのではないかと考え始めていた。装備によって戦い方を変えるのは戦士の常識だ。
「道を開けてもらおう」
アレクセイが剣を振る度に、ゴブリンどもの死体が積み上げられていく。
そこにホブもメイジも関係ない。多少腕力が強かろうが、申し訳程度の魔法を使えようが、そんなものがこの黒騎士の進撃を阻むことができようはずもなかった。
当然ながら、それを見て焦ったのはゴブリンキングである。
キングは手に持つ錫杖を振り回しながら何か叫ぶと、その声に応じるように控えていたウォートロルどもが動き出した。
「三度目ともなれば、もう驚きもないな」
ウォートロルの振り下ろした戦鎚を大盾で易々と受け止めたアレクセイは、他のゴブリンたちと同じように、この巨大な魔物を一刀のもとに切り捨てた。別の一体には盾による強烈な叩きつけをお見舞いしておく。吹き飛ばされたウォートロルは勢いよく壁に叩きつけられ、四肢をあらぬ方向に捻じ曲げて動かなくなる。
容赦なく魔物どもを屠るアレクセイたちは、一歩また一歩と迷宮主の方に近づいていった。
いよいよ追い詰められたゴブリンキングは、思い出したように手に持つ錫杖に目をやると、それを天高く掲げた。
杖の先端部に宝石のような大きな鉱石がはめ込まれた、ゴブリンには不釣り合いなほど立派な錫杖である。キングが掲げた杖の先端が不意に光ったかと思うと、そこから赤い煙が溢れ出した。
「エルサさん、あれは? 」
「「分かりません!でも嫌な感じがします! 」」
問いかけられたエルサにもわからない様子だ。もしかしたらあれは、これまでのゴブリンキングは持っていなかったものなのかもしれない。
途切れることなく杖から流れ出る赤い煙は、やがて床のあちこちで渦を巻いた。
すると驚くべきことに、そこから次々とゴブリンどもが湧いて出てきたのである。
「召喚術でしょうか……? 」
「「そんな!?ゴブリンキングにそんな能力があるなんて! 」」
エルサが驚嘆の声を上げる間にも、煙からは次々とゴブリンが姿を現し続けている。その中には当然のようにウォートロルの姿もある。
「面倒な……」
「あなた! 」
ソフィーリアが夫の名を呼ぶのと同時に、煙の中から巨大な炎弾がアレクセイに向けて放たれたのである。
アレクセイは慌てることなく大盾を構えると、どっしりと腰を落としてそれを迎え撃った。盾に当たった炎弾は盛大な爆発を起こし、強烈な熱風が周囲に吹き荒れた。
「問題ない……が、どうやらあれはゴブリンではないようだな」
立ち昇る白煙の中で、アレクセイは全く動じることなくそう呟いた。
アレクセイの視線の先、こちらも赤い煙の中からゆっくりと姿を現す大きな影があった。ウォートロルよりも一回り大きい、小山の如き影である。
「「あれは……ブラックドラゴン! 」」
またもやエルサが驚きの声を上げた。
そこにいたのは、黒い鱗を生やした巨大な竜である。数多の冒険者を屠ってきた竜の中でも特に狂暴とされる、ブラックドラゴンであった。
黒竜はその名の通り漆黒の鱗に全身を包まれた、竜の上位種である。狼や熊のように前脚と後脚を使って歩くこのドラゴンは、ただでさえ強力な魔物である竜種の中でも特に攻撃力に優れているとされ、鋭い牙や爪は分厚い鋼の鎧も紙のように切り裂くという。太く長い尾もまた立派な武器であり、その一撃は熟練の魔術師が唱える≪魔法の盾≫をもたやすく破壊する。
なにより強力なのは炎の息吹である。その温度は、火を吹く竜の代名詞である火竜のブレスをも上回る。
もっとも、"竜殺し"の異名をとったアレクセイを消すにはいたらないわけだが。
自慢の炎をくらってもまるで平然としている黒騎士を見て、ブラックドラゴンは苛立たし気に低く喉を鳴らしている。
「黒竜までいるとは、いよいよもって普通の事態ではないようだな? 」
ゴブリンしか出現しないはずの迷宮にウォートロルはおろかブラックドラゴンまで現れるなど、これは明らかに異常事態といえるだろう。
「……その割には、お声が弾んでいるのではありませんか? 」
溢れんばかりのゴブリンどもを前にして、しかしソフィーリアはくすくすと可愛らしく笑った。彼女の指摘した通り、いまのアレクセイは"浮かれている"自覚がある。
ここまでは醜悪なゴブリンやウォートロルばかりを相手にして、いくらかうんざりとしていたところなのだ。そこにあのような魔物が現れれば、気分が高揚するのも仕方がないことだと言えよう。
「竜を前にして昂らぬ騎士などいないさ」
竜に挑むのは、騎士の誉れだ。
いつの時代、どこの国の物語でも、騎士は竜と戦うものであった。それが現実であれ、物語であれそう決まっていることだった。他国から脳筋との誹りを受けていたヴォルデンであるが、こればかりはあらゆる国の騎士に共通する想いであったとアレクセイは断言できる。
「ふふ。ではあなたが思う存分戦えるよう、小鬼めらは私が引き受けましょうか」
「「そんな!?いくらなんでも数が多すぎます! 」」
「……確かに。竜を前に浮かれていた私が言えた義理でもないが、さすがにそれは承服しかねるぞ」
ソフィーリアを心配するエルサの言葉にアレクセイも同意する。
生前であればともかく、身体が少女のものへと縮み、なおかつ奇跡を封じられた彼女ではこの数はさすがに苦しいのではと思えたからだ。
しかしソフィーリアは、妻にしては珍しく茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせると、意味ありげに微笑んだ。
「もちろん、考えがありますもの。私も色々考えていたのです。折角この霊体になったのですから、何かそれらしいことができないものかな、と」
どうやら彼女もアレクセイと同じように、不死の魔物の特性を生かせないものかと思案していたらしい。しかしマジュラで見せた≪念力≫は発動すると闇霊としての気が強まってしまうため、使用を封じていたはずだ。そしてそれは他の力についても同様なのではないだろうか。
アレクセイがそのことを指摘してみせると、ソフィーリアは頭を振った。
「それについても考えていました。私は思うのです……闇の力に負けぬこと。それもまたゾーラが私に与えた試練なのではないかと」
「……エルサ君の身体を借りず、癒しの奇跡を使っていたのはそのためか」
アレクセイはようやく合点がいった。
闇霊であるソフィーリアが癒しの奇跡を使うことは、霊が自ら神の力に触れて浄化されにいくのと同じことだ。だというのに彼女はラリーやアイラの傷を癒すために奇跡を使った。あのときの状況を考えれば仕方のなかったことなのかもしれないが、どうにも解せずにいたのだ。
(ソフィーリア。君は……)
アレクセイが妻の姿を見下ろしていると、不意に炎弾が飛んでくる。アレクセイは隣に並んだ妻ごとその身を大盾に隠し、これを防ぎきる。当然攻撃の主は、会話している二人を隙ありと見たブラックドラゴンによるものだ。
「無粋な……」
「ふふ、こればかりは竜を責めてはいけませんよ。戦いの最中によそ見をする方が悪いのです」
「まぁ、確かにその通りだな。して、君の考えは? 」
アレクセイが盾に身を隠しながら彼女に問いかけると、ソフィーリアはなぜか後ろにいるネッドの方を振り向いた。
「エルサさん、確か上位の霊体というものは自由にその姿を消せるのですよね? 」
「「えっ?ええ、まぁ、そうですね。このネッドもできますし」」
困惑したように答えたエルサに、ソフィーリアは更に質問を投げかける。
「それにこうも仰っていました。なんとなれば自由に空を飛んだり、一瞬で別の場所に現れたりもできると」
そういえば不死の魔物について色々教えてもらう中で、そのようなことも言っていた気がする。
「……まさかとは思うが」
「そのまさかですよ……むむむ~」
ソフィーリアは再びアレクセイを見上げてから微笑むと、目を閉じて可愛らしいうめき声を上げ始めた。
「う~~~ん……はっ! 」
彼女がしっかと目を見開いた。
するとどうだろう。
突然アレクセイの目の前からソフィーリアの姿が掻き消えたのである。
「ソフィーリアッ!……よもや! 」
辺りを見回して彼女の姿を見つけることができなかったアレクセイは、勢いよく玉座の間を振り返った。
そしてそこには突然現れた人間の娘に驚愕の表情を浮かべるゴブリンキングと、その前で可愛らしく微笑むソフィーリアの姿があったのである。
「なんと! 」
「「そんな、たった一回で≪瞬間移動≫を成功させるなんて! 」」
小鬼の王と同じように驚く二人の視線の先で、ソフィーリアは表情を笑顔から真剣なものに変えるとゴブリンキング目掛けて槍を突き出した。
いや、彼女の狙いは魔物が持つ錫杖であった。
鋭く突きこまれた槍の穂先は、狙いを外すことなくキングの持つ杖の先端の石を破壊した。砕け散った石の破片が、篝火の明かりを受けてキラキラと宙を舞う。
王の傍に控えていたホブゴブリンどもが思い出したようにソフィーリア目掛けて剣を振り下ろすが、またも彼女の姿は忽然と掻き消え、刃を空を斬ってしまう。
「……あまり驚かせてくれるな」
「うまくいってよかったですわ」
アレクセイの脇にはいつの間にか妻の姿があった。もうコツを掴んだのだろう。流石はゾーラの娘と呼ばれた女だ。アレクセイは内心でそんな妻を誇らしく思う。
「しかし見事であった。これで新たな小鬼が湧いてくることもあるまい」
「「あの杖こそミリア坑道のゴブリンが増えた原因だったのでしょう。となれば、他の冒険者さんたちも随分と楽になったはずです」」
「そうか。なれば他の者が来ないうちにあれらを倒してしまうとしよう! 」
アレクセイはそう言うと迫りくる黒竜を迎え撃つべく駆け出したのだった。




