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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第33話 突入

「エルサ君、すまないが君を連れていくわけにはいかない」


 突如発生したという"横穴"の前で、アレクセイはエルサを見下ろしてそう言った。


 セリーヌから異変対応の要請を受けた、次の日のことである。


 ≪小さな太陽≫(リトルサン)のライラとアイラによって横穴へと案内されたアレクセイたちは、不可思議に歪む七色の大穴を前に、突入の準備をしているところであった。


「もちろん、わかっています」


 アレクセイの言葉にエルサは特に反対することもなく頷いた。


 これからアレクセイたちが向かう先には、夥しい数のゴブリンどもがいるはずだ。自分たちならば、たとえゴブリンが何千何百といようとも敵ではない。

 だが年齢の割に有能とはいえ、いまだ半ツ星(なかつぼし)冒険者であるエルサを連れていくことはできない。彼女を守りながら戦うとなると途端に難易度が上がるからだ。特に神官戦士であるソフィーリアが奇跡を使えないのが痛い。それならば彼女には攻撃役に徹してもらうのが得策と言えた。


「ただ、この子を連れていってほしいんです」


 そう言ってエルサが推したのは霊狼のネッドであった。半透明の狼は常と変わらぬすまし顔で、大人しくエルサの横に座り込んでいる。


「ネッドなら動きも素早いですし、邪魔にはならないかと思います。それに危なくなれば霊体化して姿を消すこともできますから」


 確かに、この大狼は意外と戦上手というか、器用な真似をする狼だ。ただの獣と呼ぶには憚られる賢さを持っている。


「いいだろう。君がそう言うからには、他にも何か狙いがあるのだろう?」


「はい!私は迷宮の中には入れませんが、代わりにネッドの目を通してお二人をサポートしたいと思います」


 それは≪霊視≫(ソウルビジョン)という、霊魂遣い(ソウルコンジュラー)に伝わる秘術らしい。その名の通り契約している霊魂を通して周囲の状況を把握する術だそうだ。


「まぁ、そのようなこともできるのですね……そういえばエルサさんは≪聖なる一撃≫(ホーリースマイト)も使っていましたし、いろいろなことができるのですね」


 感心したように頷くソフィーリアの言葉を聞いて、アレクセイはふと思うことがあった。


「とすると、エルサ君は魔術も奇跡も使えるということか?」


 ≪聖なる一撃≫(ホーリースマイト)はその名の通り、神の力を光弾として打ち出す術だ。つまりは使用者は神に仕えるものとなり、分類は奇跡ということになる。

 一方で彼女はネッドのような死した獣の霊を使役したり、死者の書(ネクロノミコン)のような怪しげな呪物を持っていたりする。霊魂遣いは死霊術師の一派であるという話だったので、彼女もまた魔術師なのかと考えていたのだが、どうやらそうでもなさそうだ。


 そしてどうやら予想は当たっていたらしい。

 エルサは頷くと、胸元から太陽の紋章が描かれた十字のペンダントを出して見せた。


「よく誤解されるんですけど、霊魂遣いという"(ジョブ)"は教会が規定した聖職者のひとつなんです。分類的には、≪悪魔払い≫(エクソシスト)なんかと近いですね」


「へ~、そうなんか~。全然知らなかったぜ」


 エルサの説明にそんな声を上げたのは、ここまで黙ってアレクセイたちの様子を見ていたライラである。彼女と双子のアイラはまだ半ツ星であるため、迷宮正面のゴブリン掃討作戦には加わらずにエルサとともにアレクセイたちの帰りを待つのだそうだ。


 彼女たちから聞いたところによると、結局冒険者を集めて正面から迷宮に乗り込むことになったらしい。思いのほかゴブリンどもの数が多く、すでに迷宮の低層である大通路にまで溢れてきているのだという。

 また思ったよりも中級以上の冒険者の集まりが悪く、ラゾーナの精鋭の一団でもって調査を敢行する余裕もないのだそうだ。


「もう、ライラったら……アレクセイさん、ソフィーリアさん。くれぐれも気を付けてください。セリーヌ様も何か嫌な予感がすると仰っていたので」


 不安げな表情を浮かべるアイラに、アレクセイは鷹揚に頷いてみせた。


「肝に命じよう……ではソフィーリアよ、そろそろ向かうとするか」


「はい、あなた」


 アレクセイが大盾を構え剣を抜くと、ソフィーリアもまた槍をその手に持ちいつでも戦える様子であった。腰を上げたネッドも、いつの間にか妻の横に並んでいる。


「では、行くぞ」


 アレクセイの掛け声とともに、二人と一匹は迷宮の横穴へと飛び込んだのである。






 光を抜けた先では、ゴブリンの一団が間抜け面で立ち尽くしていた。今まさに外界へ抜け出ようとしていたのだろう、小鬼にしては上等な装備に身を包んだ彼らは突然目の前に現れた巨漢の黒騎士の姿に度肝を抜かれている様子であった。


 そんな彼らにアレクセイは容赦なく剣を振るう。

 一撃で五体のゴブリンの肉塊ができあがったところで、ようやく彼らも自分たちの領域に敵が侵入してきたことを悟ったようだった。そしてもちろん次の瞬間にはそのことに気づいたゴブリンも仲間と同じ命運を辿ることになる。


 あっという間に集団を壊滅させたアレクセイたちは、ひとまず落ち着いて周囲の状況を確認してみることにした。


「暗いですね……提燈が外されているのでしょうか」


「我等に影響はないがな」


 どうやらここは坑道の合間に造られた小部屋かなにからしい。部屋の壁には掛け金があるのみで、そこにあるはずの魔石提燈の姿はない。


「だが向こうの方は僅かに明るいな……篝火が焚かれているようだ」


 アレクセイが見やった方向からは、仄かに火の明かりが漏れている。光を嫌うゴブリンとて全くの暗闇ではなにもできないのだから、恐らくは彼らによるものだろう。


「今いるのは……このあたりですね。とすると迷宮の最奥はあの光の方向のようですわ」


 アレクセイの腰に吊られた小袋から迷宮の地図を取り出すと、ソフィーリアはそう言って明かりの漏れている通路を指さした。


 この地図は横穴への突入にあたって≪小さな太陽≫のセリーヌから渡されたものである。迷宮の構造から迷宮主(ダンジョンマスター)に至るまで詳細に記されたこの地図は、冒険者たちによる長年の調査によって描かれたものであった。聞けばラゾーナの雑貨屋で普通に売っているものらしい。それだけミリア坑道という迷宮が細部まで調べつくされた場所であるということだ。


「「それじゃあ迷宮主のいるところまでは私が案内しますね」」


 すると突然エルサの声が聞こえてきて、アレクセイとソフィーリアは驚くこととなった。見れば声はネッドの方から聞こえるような気がする。


「……もしやこれも霊魂遣いの力なのか?」


「「はい!≪霊視≫の術によって私の声を届けています」」


「本当にいろいろなことができるのですね……」


 こうして一行はエルサの案内によってミリア坑道の奥へと進んでいった。

 当然ながら道中では数多くのゴブリンやホブゴブリンらと遭遇したが、もちろんこれらはアレクセイたちの敵ではない。危うげなくそれらを倒すと、魔物の死体を量産しながらずんずんと最奥へと近づいていった。


「この迷宮の主もやはり小鬼(ゴブリン)なのですよね?」


 先頭を走るネッドの後姿にソフィーリアが問いかける。霊狼は振り向くこともなく、しかし声だけは確実にソフィーリアに向けて返された。


「はい。ミリア坑道の迷宮主は≪ゴブリンキング≫です。キング自体は一ツひとつぼしの冒険者でも倒せる程度の強さなんですが……」


 ゴブリンキングは統率力に特化した個体であり、その強さ自体は通常のゴブリンとさほど変わらない。ただし取り巻きには必ず近衛とも呼ぶべきホブゴブリンを従えている。さらに迷宮主の部屋には多くのゴブリンが控えているため、迷宮主の討伐には二ツふたつぼし以上の実力を持つパーティであることが推奨されていた。


「小鬼の王か……」


 かつて魔王に率いられていたゴブリンたちはあくまで雑兵であり、そのようなものに王なるものはいなかった。あるいは探せばどこかにいたのかもしれないが、奴等にとっての"王"が魔王であったことは間違いないだろう。

 そして誓って魔王はゴブリンなどではない。


(それだけでも迷宮における小鬼が、あのときの者どもとは異なるものだということがわかるか)


「前方にホブゴブリンの群れがいます!」


 前を行くネッドがエルサの声で叫ぶが、もちろんアレクセイもソフィーリアも敵がいることは把握している。


 ネッドが速度を落として脇へとどいたので、アレクセイは足を速めて一気に魔物の集団へと斬り込んだ。あとにはソフィーリアも続く。


「ぬぅん!」


 アレクセイが横薙ぎに剣を振るうと、たちまちホブゴブリンどもの首が飛んだ。

 外敵の奇襲に気づいた連中がそれぞれ武器を構えるが、ソフィーリアは既に彼らの懐へと飛び込んでいる。


「はっ!」


 気勢を上げた彼女が槍を突き込むと、穂先がホブゴブリンの首を鋭く抉った。さらにそのすぐ後ろにいた一体の眼窩をも貫いている。


 アレクセイとソフィーリアによって魔物たちが次々と血祭りにあげられていく中、ネッドもただ後ろに控えていたわけではない。

 ソフィーリアの背後に回り込もうとしたホブゴブリンを見つけると、その首元に鋭く食らいついた。


「オガボガェッ!?」


 仲間に食いついた狼を攻撃しようと別の一体が斧を振り上げたが、そのゴブリンは槍を翻したソフィーリアによって首を撥ねられることになった。


「ありがとうございます、ネッドさん」


「ガウッ!」


 そうやってその場にいたゴブリンたちは順調に数を減らしていったのだが、そのとき通路の奥から何者かが近づく気配があった。

 と同時に暗がりの奥からキラリと光るものがアレクセイ目掛けて飛来したのである。


 アレクセイはこれを大盾でもって容易に防ぐ。

 飛んできたのはゴブリンどもが使う戦斧であったようで、轟音を上げて盾に弾かれた斧は不運にもアレクセイの傍にいたホブゴブリンの頭にめり込んだ。


「やはりまだいたか、戦獣鬼め」


 通路の向こうから姿を現したのは、先日と同じように巨大な戦鎚で武装したウォートロルであった。

 しかもその数、三体。並みの冒険者であれば、苦戦は必至であろう。


「一体と残りの細かいのを頼む」


「任されましたわ、あなた」


 アレクセイはそう言うといま現れたウォートロルに向け駆け出した。


(先日相まみえた感じでは、≪打ち砕く者≫(ジャガーノート)を使う必要はなさそうだな)


≪打ち砕く者≫は強力な戦技であるが、そう多用していいものではない。なぜなら使用に際して多くの気力を消費するからだ。不死の魔物になってから気力の消費を感じたことはないが、使わずに済むのならそれにこしたことはない。


 それにアレクセイが思った通り、ウォートロル"如き"が相手であれば≪打ち砕く者≫は不要であった。


 猛然とした勢いで近づいてくるアレクセイに対し、ウォートロルはそれを迎撃すべく戦鎚を振りかぶると横薙ぎの一撃を放ってきた。アレクセイはこれを飛び上がって回避すると、走り込む勢いもそのままにウォートロルの顔面に剣を突き込んだ。


 名匠によって鍛え上げられた剣は、頑丈な頭蓋骨を貫通すると反対側から切っ先を生やした。


「む」


 ウォートロルは土煙を上げて倒れ伏す。しかし着地したアレクセイの隙を狙って、別の一体が戦鎚による大上段の攻撃をお見舞いせんとした。

 アレクセイはこれを大盾でもって受け止める。


 聖竜の大盾に真上から鉄の塊が叩きつけられたことによって、その場には凄まじい轟音が響き渡った。


 周囲にいたゴブリンどもは哀れな人間の戦士が潰されたと喝采を上げかけたが、その場に悠然と立つアレクセイと、必死の形相で戦鎚を握りしめるウォートロルを見て驚愕の表情を浮かべた。


「戦獣鬼の膂力はデーモンにも匹敵すると思っていたのだが……そんなこともないな」


 青筋を浮かべて敵を潰そうとするウォートロルに対して、アレクセイは全く動じることもなくそんなことを呟いていた。


(魔王軍にいた戦獣鬼どもは間違いなくデーモン並みの力を持っていたはずだが……小鬼めらと同じようにこいつらも変わっているのだろうか)


 そんなことを考えていたアレクセイであったが、戦闘中に考えるようなことではないなと頭を振ると、大盾を振るって相手の戦鎚をはじき返した。態勢を崩したウォートロルは勢いのあまりにその場に尻から座り込んでしまう。

 アレクセイ相手に、あまりに致命的な隙である。


 アレクセイはそんなウォートロルの胸を剣でもって貫いた。さらに剣を捩じってやると、魔物は口から大量の血を吐いて息絶えた。


「ソフィーリアは……うむ、やはり心配はないな」


 アレクセイの視線の先では今まさに彼女がウォートロルに止めを刺さんとするところであった。


 戦鎚の一撃を素早い身のこなしで回避した彼女は、相手の横をすり抜けざまに両の膝裏を切り裂いた。そうして立つ力を失い膝を突いたウォートロルの背中を駆け上がると、その延髄を槍でもって貫いたのだ。一撃のもとに意識を刈り取られたウォートロルは、そのままうつぶせに倒れ込んだ。


 軽やかにその背から飛び降りたソフィーリアは、倒れたウォートロルの巨体に潰されて苦し気にもがくゴブリンの息の根を止めた。


「あらかた片付いたようだな」


「ふぅ……そのようですね」


 見れば三体のウォートロルを含めゴブリンども全て死体となっている。向こうでは逃げ出そうとしていたゴブリンの最後の一体を、ネッドが倒したところであった。


「「思ったより数が多かったですね。でもその証拠に迷宮主の間はもうすぐです。急ぎましょう」」


 エルサの声で喋るネッドに導かれて、アレクセイたちは迷宮の最奥へと向かった。

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