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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第32話 クランハウス

昨日は所用により投稿ができず、申し訳ありませんでした。


というわけで32話です。

長くなりました第二章もあと少しですね

 召喚状を受け取った翌日、アレクセイはクラン≪小さな太陽≫(リトルサン)の拠点に訪れていた。


 約束通り宿屋まで迎えに来たアイラとライラは、一行をある大きな建物の前まで案内した。

 四階建ての立派な建物である。ギルド会館からさほど離れていない大通りに面した彼らの拠点は、なるほど歴史あるクランにふさわしい年期のある佇まいであった。


 ただし古いからといって汚ならしいことは全くない。拠点の周囲は綺麗に掃除されているし、なんとなれば建物にはちょっとした花壇なんかもある。女性冒険者を頭に置くクランらしい、品のある拠点であった。


 先頭を行くライラはアレクセイたちを建物正面の玄関ではなく、その裏手へと案内する。大きく開け放たれたそこは、どうやら荷物などの搬入口らしい。そこにも正面玄関と同じように、太陽の紋章が掲げられている。


「入り口が狭くてすみません」


 アイラが申し訳なさそうに頭を下げる。

 確かに、規格外の大きさを持つアレクセイには正面入り口は少々小さい。装備をまとった冒険者が通れるようにいくらかは大きく作られているのだろうが、全身鎧のアレクセイにはまだ窮屈だった。


 双子の少女に案内され、アレクセイたちは中を進んでいった。クラン拠点には多くの冒険者たちがいたが、彼らもまたアレクセイの異様を見て驚いている。なかにはギルド会館でその姿を目撃していた者もいたようで、口々にアレクセイたちのことを噂しあっていた。


 普通なら気を悪くするところであろうが、彼らのほとんどがまだ成人したばかりであろう少年少女ばかりであることを思えば、かえって微笑ましいものだ。


 ただ何事にも例外はいる。

 アレクセイたちの姿を見てこちらへ寄ってくるものがいた。それは登録のときに声をかけてきた、あのスヴェンとかいう男であった。


「おぉ!ようやっと我がクランへ入る気になったんだね!?全く、それならそうと勿体ぶらずに始めからそう言えばいいものを!」


 スヴェンは前と同じように両手を広げると、大袈裟に呆れてみせた。そうしたあと、ソフィーリアに向けて恭しく頭を下げる。


「また貴方に会えて光栄です、美しいお嬢さん。ご主人に飽きたらいつでもこのスヴェンのところにまでお出でくださいね」


 そしてそんなことを宣ったのだ。

 アレクセイとしては怒るよりも呆れてしまったのだが、当のソフィーリアを見ればなんとも完璧な作り笑いを浮かべていた。

 そうして笑顔の彼女の口から冷徹な言葉が繰り出される前に、前を行くアイラか声を上げた。


「スヴェンさん!セリーヌ様のお客様に失礼なこと言わないでください!」


「そうだぞスヴェンの兄ちゃん。いい加減そういうのはやめろってこないだセリーヌ様に怒られたばっかだろ?」


 ライラにまでそう言われ、涼しげな表情を崩していたスヴェンであったが、ふと何かに気づいた様子で声を上げた。


「待て、セリーヌ様がこの男を呼んだのか?」


「そうだよ?」


「というか邪魔なので、そこどいてください」


 なにやらもの申していたスヴェンを置いて、ライラたちは先へと行ってしまう。アレクセイたちも彼のことは放っておいてその後に続いたのだった。


 そうして連れていかれたのは、応接室らしき部屋であった。

 しばし座って待っているように言われた一行であったが、さして時間を置かずに目的の人物が現れた。


「呼び立ててしまってすまない。私がこのクランを預かるセリーヌだ。よろしく頼む」


 そう言って手を差し出してきたのは、凛々しい雰囲気を持つ若い女であった。

 白金の髪を短く切り揃え、耳を出すように片側だけかき揚げたそこには緑色の耳飾りが揺れている。すらりとした身体を冒険者らしいシャツとズボンに包んではいるが、飾り気はなくとも仕立てのよい服を纏った姿は、女性ながらに貴公子然としていた。


 そうでありながらも貴族特有の鼻持ちのなさを感じさせないのは、なんとも爽やかな笑みのおかげだろう。


「アレクセイだ。こっちは妻のソフィーリアに仲間のエルサだ。こちらこそよろしく頼む」


 アレクセイが差し出された手をとってみせると、その手の大きさに僅かに驚いた様子であった。だが妻と呼ぶには幼い外見のソフィーリアを紹介したことについては、顔色を変えることもなかった。彼女の手をとって軽く持ち上げる仕草もなんとも様になっている。


 一通り挨拶を済ませた一同は、セリーヌに勧められて部屋のソファーに腰を下ろした。落ち着いたところで開口一番にセリーヌはアレクセイに向けて礼を言った。


「さて、アレクセイ殿。まずは我がクランの同胞を助けてくれたことについて礼を言いたい。本当にありがとう」


 胸に手を当て僅かに顎を引いたセリーヌに、アレクセイは頭を振って答えた。


「礼ならば当人たちからだけで十分だ。気にすることはない」


「いたみいる」


 目を開けたセリーヌは一言そう言って微笑んだ。


「では早速本題に入らせてもらおう。貴殿には聞きたいことがあるのだが、ミリア坑道でウォートロルに遭遇したという話は真実であるのだな?」


「ああ。他にもいるかはわからんがな」


「やはりそうか・・・それではベックたちが敵わぬのも無理はない」


 その名は昨日ライラが漏らしていた仲間の名前だ。

 聞けば小さな太陽では半ツ星(なかつぼし)冒険者のパーティには必ず先輩の冒険者をつけるようにしていたらしい。ウォートロルに殺されたのは、ライラたちの指導役であった二ツふたつぼしの冒険者であったそうだ。


「あの怪物は動きは遅いが無駄に体力が多い。それを一撃で粉砕するとは驚きだ」


「なに、たまたま相性がよかっただけだ。細かいのが多い方が、私はやりにくい」


「それでもこの都市の冒険者でウォートロルとまともにやりあえる冒険者はそうはいない」


「というと、貴公は他にも戦獣鬼(ウォートロル)がいると考えているのか?」


 貴公というほどのものでもないよと笑ってから、セリーヌは表情を改めて頷いた。


「実はミリア坑道から帰らぬパーティが増えてきている。特に深部の魔石ランタンの補充任務を請け負った者たちは一組も戻ってこないそうだ。しかし深部の手前から戻ってきたパーティの冒険者が言ったらしい。ウォートロルを見た、と」


「ふむ・・・」


「戦闘が主ではないとはいえ、深部の魔石ランタンの補充には二ツ星以上のパーティでなければ受けられない。それに消息を絶ったパーティのひとつは我らがクランの者たちなのだ。≪小さな太陽≫でも数少ない三ツ星冒険者を入れたパーティだったのだが・・・」


 そう話すセリーヌの表情は沈痛だ。クランのメンバーにも慕われているようだし、爽やかかつ人情味のある人柄は、あまり貴族の女性らしからぬものに見えた。


「それで、私たちに話とはなんだ?」


 セリーヌは翡翠色の瞳でアレクセイの顔を見つめると、真摯な表情で言った。


「私が思うに、迷宮で何かが起こっている。そこで単刀直入に言おう・・・貴殿の力を貸してほしい」


「というと?」


「我々・・・このラゾーナに拠点を構えるいくつかのクランから探索隊を出そうという動きがある。そこに貴殿も加わってほしいのだ」


 曰くこの都市でも数少ない実力者を集めて合同パーティを結成し、迷宮の深部へと調査に赴くのだという。


 話を聞いたアレクセイは内心で困っていた。人々の安寧と秩序を守る騎士としては、異変の兆候のある魔物の巣を放っておくことはできない。だが同時にアレクセイは亡国ヴォルデンの騎士である。義侠心だけでこの時代の変事に自分から首を突っ込むことは憚られた。


 また一方で冒険者として迷宮と魔物について興味も沸いてきているのも事実だ。五百年前は存在すらしていなかった迷宮という未知の領域を、己の力のみで冒険してみたいという思いがある。

 ただそうすると不死の魔物の身を実力者たちの前に晒す必要がある。仮に正体が露見したとして、罪もない彼らの口を封じるというわけにもいくまい。


 アレクセイが答えを返せないでいると、突然開け放たれたドアの音によって、静寂が破られることになった。


「ライラ、今はお客様がいるのだが?」


 突如として部屋に押し入ってきたのは、息をきらせたライラであった。もしかしたらクラン拠点の外から走ってきたのだろう、彼女は肩で息をしながらぜぇぜぇと喘いでいる。


「それで?一体何があったのだ?」


 セリーヌはライラを軽く嗜めるだけで彼女の言葉を待った。彼女がこんな様子で飛び込んできたのだから、何か火急の用があるのだろう。

 ライラもふぅと息をついて呼吸を整えたが、すぐに勢い込んで喋り始めた。


「大変だよセリーヌ様!ミリア坑道の近くをウロウロしてた冒険者のパーティが、やべぇもんを見つけちまったんだ!」


「それは?」


「横穴だよ!」


 ライラの放った言葉を聞いて、セリーヌはさっと表情を変えた。先ほどと変わらぬ冷静そうな顔の奥に、僅かに焦りのようなものが見える。


 どうやらのっぴきならない事態のようだが、冒険者になって三日のアレクセイにはいまいち事の緊急性がわからない。

 アレクセイは傍らのエルサへと視線を向けた。同じ半ツ星ながらなかなかに博識なエルサは、その”横穴”とやらを知っているのか真剣な表情をしている。アレクセイが見ていることに気がついたエルサは、説明を要する不死の二人に話し始めた。


「横穴というのは迷宮に開いた抜け道のことなんです。通常迷宮への入り口はひとつだけで、私たち冒険者はそこからしか出入りできません。それに迷宮の入り口には兵士や他の冒険者もいますから、基本的に魔物が迷宮から出てくることはないんです」


「そして例外となるのがその横穴だ。迷宮の中層より奥に発生することの多いその抜け穴には、当然ながら見張りの兵士などいないからな。魔物どもはなんの不自由もなく迷宮の外と内を出入りできるようになるというわけだ」


 エルサの言葉を引き継いだセリーヌがそう話す。それらの説明を聞いて、アレクセイの中に閃くものがあった。


「エルサ君。ということは最近迷宮の外で小鬼どもが増えているのではないかという話は……」


「間違いなく、その横穴を使って外へと出てきたゴブリンたちだと思います」


 最近軍によってゴブリンの掃討戦が行われたばかりだというのに、奴らの姿が消えていないのにはこういうカラクリがあったわけだ。無限に魔物が湧いてくる穴など、人々にとって脅威以外の何物でもない。


 アレクセイはセリーヌへ顔を向けると対策はあるのかと問うてみた。


「その穴を塞ぐ手立てはあるのか?」


 アレクセイの問いかけに対し、彼女は「ある」と即答した。だがそのあとには「しかし」との言葉が続く。


「今すぐにとはいかない。横穴を塞ぐ……というか消滅させるには魔術師ギルドの協力が必要だ。力ある魔術師を数人ばかり集めなければ穴塞ぎの術は行えない。しかしここにはそれを行うだけの力量を持った術者がいないのだ。近隣の街から呼び寄せる必要があるだろう」


 その間ゴブリンが漏れっぱなしというのは、いかにもよくない。


「であれば横穴前に陣を張って、出てくるゴブリンどもを端から潰していくほかあるまい。さもなくば迷宮内の小鬼どもを戦獣鬼もろとも全滅させるかだが……こうなれば冒険者などという一介の無頼者だけでどうなるものでもないだろう。この都市から兵は出せないのか?」


 アレクセイのもっともな疑問に、しかし言葉を返したセリーヌの表情はあまりよくはなかった。


「出せないことはない……が、ギルドの長はよい顔をしないだろうな。日頃からこの都市は冒険者の街だと言い張っている男だからな」


 面子の問題ではないだろう、とアレクセイとしては呆れる思いだ。アレクセイの内心の考えを読み取ったのか、セリーヌは髪をかきあげて苦笑した。


「私の方からギルド長には言っておく。これでもこの都市で最も古いクランの長だ。あの男にはそれなりに貸しもある。それに領主殿にも派兵を要請しておこう。一応は、貴族の末端に名を連ねている身だからな。顔は利く」


 戦のない平和な今の世では、兵を集めるのにも時間がかかるだろう。彼らは事後処理や、もしもの際の備えとしての役割が主になる。

 事態の早期解決を図るには、やはり冒険者が事に当たるのが最善と言えた。


「仕方がない、か」


 アレクセイは嘆息すると傍らの二人の少女の顔を見た。ソフィーリアはたおやかな笑顔で、エルサは緊張気味に頷いている。


「セリーヌ殿、貴公の要請を受けよう」


 アレクセイの答えを聞くとセリーヌの表情に明るいものが差した。しかしそのあとに続けられたアレクセイの言葉に、彼女は眉をひそめることとなった。


「ただし、こちらは好きに動かせてもらう。私と妻がその横穴とやらに入り、異変の元凶を潰してみせよう」


「何を馬鹿な……」


 こういったいかにも傲慢な物言いはアレクセイの好むところではないのだが、余人の目があってはいささか戦いにくいのも事実だ。アレクセイの≪恐慌≫(テラー)の能力が彼らに作用しても困るし、ウォートロルに苦戦するような冒険者を連れて、迷宮の最奥に突入したくもない。


「それに昨日今日ギルドに登録した冒険者が失敗したとて、貴公らの懐は痛まないだろう?」


 そうしてしばらく思案していた様子のセリーヌであったが、ふぅと息をつくと諦めたように笑った。


「……確かに、其方らのことは初めから勘定には入っていなかったからな。それにこうしてアレクセイ殿を前にしていると、不思議となんとかしてくれるのではないかという思いがしてくるのだ」


「初対面の人間を過信するべきではないぞ?」


「ごもっともだ。では、我等は我等で策を講じるとしよう。とはいえ、くれぐれも気をつけてな」


 そう言ってセリーヌが再び差し出した手を、アレクセイはしっかと握り返したのだった。

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