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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第28話 ミリア坑道

 ミリア坑道は、はるか古代のドワーフたちによって造られたとされる巨大な地下道である。


 天然の地下空洞を拡張したこの地下空間は、もはや道と呼べるような大きさではない。幅はおよそ百メートル、高さにいたってはおよそ天井が見えぬほど上であった。崩落せぬよう頑丈な石材によってこれを補強するのは、まさしく石の扱いに秀でたドワーフの業である。

 主通路と思しきこの巨大な地下道が延々と先まで伸びており、左右の壁からときたま脇道へと逸れる支道が続いている。


 明らかに陽の光の届かぬ地下でありながら、等間隔に置かれた松明のおかげでここらは思いの他明るい。これらの照明のおかげで、この大通路ではほとんどゴブリンに出くわすことがないのだという。


「このようなものがこの地にあったとは、驚きだ」


 一行の先頭を進むアレクセイは、周囲を見回しながらそう感想を漏らした。

 かつて大陸中を周ったことのあるアレクセイではあるが、このような巨大な地下空間があるなどとは聞いたこともない。これほどの規模の坑道であれば、間違いなく余人に知られていたはずだ。少なくとも、アレクセイの友人であるドワーフはこのようなもののことは一切話していなかったはずである。


「マジュラなる都市のときもそうでしたが、これはいよいよ迷宮がこの世界のものではないと信じざるをえませんね」


 自分同様にこの光景に感嘆の息を漏らすソフィーリアの言葉に、アレクセイはかつてエルサが言っていたことを思い出す。


「迷宮とは、この世界とは別の空間にあるものである」


 彼女はそのように述べていたはずだ。

 実際にこの迷宮へは岩壁に空いた扉から入ったのだが、物理的にあの先にこのような広大な地下空間が広がっているとは思えない。どうやら"迷宮"なるものが異空間に存在するのだという話はまことに真実であったらしい。


「それにここは魔王によって生み出されたのではないという話も、どうやら本当のことであるようだな」


 アレクセイは巨大な石柱に手を触れながら言う。

 自分のような巨漢の男が数人集まっても手を回せないような、巨大な石の柱である。かなり古いものではあるが、ところどころに刻まれた紋様は確かにドワーフ特有のものだ。


 鋼と戦を愛するヴォルデン王国はかねてよりドワーフと仲が良く、その縁でアレクセイもまた彼らが作るものにはそれなりに詳しい。少なくとも魔族であった魔王がこれを造ったとはとても思えなかった。


「そうですね。迷宮は魔王によって生み出されたのではなく、すでにあったものの封印を魔王が解いたのだという説が一般的とされています」


 エルサもそう言ってアレクセイの言葉を補足した。


「だとしたら一体、これはいつの時代の、どこにあったものなのだろうな」


 廃墟都市マジュラに、ミリア坑道なる地下道。

 誰も由来を知らぬこれらの遺跡は、果たしてどこから来たものなのだろうか。あるいはひょっとしたら、この世界のものですらないのかもしれない。

 武人一辺倒であるアレクセイをしても、不可思議な迷宮の謎に疑問を感じずにはいられなかった。


「あ、あちらに小鬼(ゴブリン)が現れたみたいですよ」


 珍しく思索に耽っていたアレクセイの耳に、やや緊張感の欠けたソフィーリアの声が聞こえてきた。

 彼女の指さす方を見てみれば、そこには大通路脇の小道から虫のように湧いてくるゴブリンたちの姿があった。明かりを嫌うゴブリンたちでも、こうして獲物を求めて大通路まで出向いてくるのだそうだ。


「あちらには冒険者の数も多い。問題はなかろう」


 アレクセイの言葉通り、周囲にいた何組ものパーティがゴブリンに応戦していく。

 このミリア坑道には、アレクセイたちの他にも数多くの冒険者たちが探索に訪れていた。通路幅が広く大人数でも互いの邪魔にならないことと、現れる魔物が低級のゴブリンばかりであるためにこの迷宮には毎日大勢の冒険者がやって来るのだという。


 等間隔に置かれた松明による明かりも、冒険者ギルドによって置かれ、管理されているものであった。

 当然光を嫌うゴブリンどもはこれを排除しようとしてくるが、そもそも大通路には常に大勢の冒険者がたむろしており、そうして彼ら自身の手によって明かりが守られていた。


 では、ゴブリンが住み着く脇道はどうだろう。


 アレクセイたちは魔物と戦う若者たちを横目に、大通路脇にある一本の横道へと足を進めた。

 そこは左右を強固な石壁によって覆われた通路であり、さりとて松明や蝋燭といったものもないのにはっきりと明るかったのである。


 その理由は、壁の上の方に掛けられた提燈(ランタン)によるものであった。

 しかしそこには、本来揺れているであろう炎がない。


「エルサ君。これは……」


「はい。これが古竜塔三大発明のひとつ、≪魔石提燈≫(ランタン)です! 」


 彼女の言葉通り、提燈の中で光を放っていたのは小さな魔石であった。

 エルサによれば、この≪魔石提燈≫は迷宮の魔物から採れる魔石を燃料にした魔道具の一種で、冒険者にも手持ちの灯りとして愛用される迷宮探索の必需品なのだそうだ。

 なんでもこの提燈が放つ光を多くの魔物が嫌がるらしく、たとえ知能のある魔物であってもこうして掲げておけば手を触れることはできないのだという。


任務(クエスト)の中には、迷宮内で明かりの消えた魔石提燈に魔石を補給して周るというものもあるんですよ」


 そうやってここままた冒険者の手によって迷宮内の安全が確保されているらしい。


「なるほど、確かにこれならば駆け出しであってもいくらか安全に迷宮を歩けそうだ。必需品ということは、エルサ君もこれを持っているのか?」


「父が残したものを持ってはいるんですけど……」


 そう言ってエルサはちらとアレクセイたちの方を見てから苦笑した。それを見てアレクセイも彼女の言わんとすることに気づいた。


「別に私たちに遠慮する必要はないのだぞ? 」


 アレクセイたちも、一応今は魔物の身である。提燈の灯りが自分たちにどう影響するかわからないため使用を控えていたのだろう。


「そうですよ。こうして光を受けていても、別段私はなんともありませんよ? 」


 おもむろにソフィーリアは提燈の光に手を翳した。その言葉通り皮膚が焼け爛れるということもなく、光は彼女の真っ白な掌を明るく照らしている。


「それならお言葉に甘えて、今後は使わせてもらうこともあるかと思います。ただここでは特に必要もなさそうですね……それに、ちょっと魔石が勿体ないですし」


 エルサはそう言うと小さく笑った。

 まぁ、彼女がそう言うのなら自分はかまわない。

 もとより、不死の魔物たるアレクセイたちは暗闇でも相手を見失うということはないからだ。


「さて、ではエルサ君が思う存分提燈を使えるよう、魔石を稼いでおくとしようか! 」


 アレクセイはそう言うと唐突に腰に下げていた剣を抜き放った。鍛冶屋マクロイフの髭で新調した、アレクセイ好みの長剣である。


 そうして煌く白銀の刃は、暗がりより飛んできた何かを正確にはたき落としたのである。地に落ちたものを見てみれば、それは粗雑に作られた矢であった。


 背負っていた大盾を構えなおしたアレクセイの視線の先にいたのは、憎々し気に顔を歪めた十数体のゴブリンであった。その表情は、折角の奇襲が失敗に終わったことによるものだろう。

 エルサの顔を見てみれば、彼女がゴブリンども接近にまるで気づいていなかったことがわかる。術師である彼女では仕方のないことかもしれないが、あるいは戦士だとしても新米の冒険者であれば先の奇襲で手傷を負っていたに違いない。


「私も加勢しますか? 」


「いや、少しばかりこの剣に慣れておきたい。君はエルサ君を守ってやってくれ」


 ソフィーリアは夫の言葉に頷くと大人しくエルサの傍で槍を構えた。彼女がいればエルサの身は安全であろう。


「では早速だが、貴様らで試し斬りとさせてもらおうか」


 魔物相手であれば躊躇する必要はない。

 アレクセイは一気にゴブリンどもの懐まで接近すると、一番前にいた一体に鋭い突きを繰り出した。バモスから鬼人の剣(オウガブレード)と呼ばれたかつての鉈剣ではできなかった、神速の一突きである。


「「グゲェッ!? 」」


 ゴブリンどもの汚らしい悲鳴が、なぜか二重に響き渡る。

 見てみれば大剣とも言うべき長い刀身を持つアレクセイの長剣が、最初のゴブリンを貫通して、その後ろにいた一体の身体にまで達していたのである。


 アレクセイは素早く剣を引き抜くと、すかさず左手に持つ大盾で防御の姿勢をとる。

 しかし想像していたような反撃が相手から返ってくることはない。


(む? )


 アレクセイが大盾の脇からゴブリンどもの様子を窺ってみると、小鬼たちは目の前の敵にすっかり怖気づいてしまっている様子であった。


(外にいた連中よりはだいぶマシな格好をしているから少しはやるかと思ったのだが…)


 アレクセイとしてはいくらかの失望を感じずにはいられない。

 恐怖に顔を引きつらせるゴブリンたちは、みな一様に装備と呼べる武具の数々を身に纏っていた。アレクセイによって"二枚抜き"にされたゴブリンたちはどちらも革鎧に剣と小楯を装備していたし、仲間たちの手によって前へと押し出されている目の前の一体などは、粗悪ではあるが金属鎧を着こんでいる。粗末なこん棒に襤褸を纏った外のゴブリンとは、えらい違いである。


「そちらが来ないのならば、遠慮なくいかせてもらうぞ! 」


 とはいえここで見逃す道理はない。

 アレクセイは容赦なく剣を振るった。剣がうなりを上げる度にゴブリンどもの死体の数が増えていくが、それらのほとんどは先ほどと同じ"突き"によって倒されたものである。


 一歩前に進み出て剣を突き出し、すぐさま大盾に身を隠す。


 これを繰り返し行うことにより、アレクセイはゴブリンどもを少しずつ後退させつつ、自らは前へ前へと歩みを進めていった。

 小道とはいえ、アレクセイたちがいるこの通路の幅はそれなりに広い。少なくとも盾を構えるアレクセイの左右には、ゴブリンならずとも通り抜けるだけの隙間は存在する。しかしすっかり委縮した小鬼たちにはそこに特攻するだけの気力はなく、またあったとしてもアレクセイの剣を掻い潜って背後に抜けることはできなかっただろう。


 後方で見守るソフィーリアたちの前には、巨大な黒騎士の後姿と、その足元から続くゴブリンどもの死体の道が出来上がっていた。


「なんか今までよりもすごいですね、アレクセイさん」


「そうでしょう?あの人は、"突き"が一番得意なのです」


 我がことのように自慢げに胸を張ったソフィーリアの言葉に、しばらくしてからエルサはなぜか頬を染めた。それを見たソフィーリアは、訝し気に首を傾げている。


 背後のそんな様子は知る由もなく、アレクセイはひたすら剣を振るうことに執心していた。


 突きと防御を繰り返す戦い方は、ヴォルデン重騎士団が得意としていたものである。本来は左右に仲間を置いて集団で行う戦い方であるが、このようなある程度の閉所であれば一人であっても使いようがある。


(ここまで及び腰とは、流石に魔物であっても拍子抜けではあるが)


 最後の一体となったゴブリンは気丈にもクロスボウにて応戦を試みたが、そんなものが聖竜の大盾を貫けるはずもなく、弾かれたボルトが音を立てて明後日の方へと飛んで行った。

 哀れなゴブリンを最後は突きではなく首を撥ねることで、小鬼との戦いはあっけなく終わりを迎えた。


「お疲れさまでした、あなた」


「うむ。なんというか、もう少し粘るかと思ったのだがな」


「問題なく終わったことを喜ぶべきだとは思います!それに、魔石もこんなにたくさん手に入りましたし! 」


 再び両手をゴブリンどもの血に染めて、エルサは満面の笑みで掌の魔石を見せてくる。

 マジュラでそうして以来の久方ぶりの魔石採取である。貴重な資金源なことは分かってはいるのだが、いまだにアレクセイはこの行為に慣れてはいなかった。


「ま、まぁ君がそう言うのならいいのだろう。それより、任務とやらで言われている数には間に合っているのか? 」


「う~んと、もう少し必要みたいです」


 ならばもっと先に進んでみてもいいだろう。

 この迷宮にいるゴブリンどもの中にはそれなりに手強い連中もいるそうなので、アレクセイとしてはそいつらが現れてくれることを祈るばかりだ。


 一同は魔石提燈の灯りに従って迷宮の奥へと進むことにした。すると最後尾を歩いていたソフィーリアがふと背後を振り返った。


「どうした? 」


 目を見開いて紅玉の如き瞳を輝かせながら暗闇を見つめていたソフィーリアは、そう言うと前へと向き直りふわりと微笑んだ。


「……いえ。なんでもありませんわ」


 こうしてアレクセイたちの、初めてともいうべき迷宮探索(ダンジョンシーク)が始まったのである。

なんか二章の切りどころを間違えた気がしないでもない…

このまま冒険都市ラゾーナ編終了までイっちゃいます

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