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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第25話 マクロイフの髭

 交易都市ラゾーナは、冒険者ギルドの建物を中心に造られていた。

 そしてそのそばにあるのが太陽教の聖堂と領主の館である。ギルド会館がそのどちらよりも立派に造られているのが、この都市の特色を強く表している。

 これらの前にある広々とした空間が、領主からの布告の掲示や季節毎の催事に使われる中央広場である。ここを通れば思い思いにくつろぐ冒険者たちの姿を見ることができるだろう。


 そしてその周囲にあるのが冒険者向けの宿屋、酒場などが立ち並ぶ繁華街である。冒険者は冒険の前後にギルド会館に立ち寄ることが多いので、利便性を考えてこのような構造になったのだという。これは決して高位冒険者向けのものというわけではなく、駆け出しでも泊まれるよう宿泊料金も設定されている。

 実際のところもっと安い宿屋などは都市の最外周部、つまり市壁のすぐそばにもあるのだが、こちらはどちらかというと食い詰めた者たちや宿泊費をケチりたい旅人などのためのものであった。


 そして繁華街の外周にあるのが冒険者向けのアイテムなどを販売する商店街である。武器、防具、医薬品に各種の冒険ツール、そして魔法の触媒にいたるまで。迷宮に挑む冒険者たちが望む、ありとあらゆる物がここに集まっている。

 もし冒険者が新しい剣を欲するのなら、進むべきはこのエリアであろう。そこではよりよい商品を求める冒険者と、よりよい条件で商品を買ってほしい商人たちの熱いやり取りを見ることができるだろう。

 しかしてラリーに案内されるアレクセイたちはこの商店街を素通りしてその先、商店に並ぶ商品を作る職人街へと歩を進めていた。


「職人から直接買い付けるということか?」


 ラリーのあとに続くアレクセイは、徐々に様変わりしていく周囲の風景に目を向けつつ目の前の背中へと声をかけた。まわりは店先に様々な商品を並べた商店が並ぶ街並みから、職人たちが日々の仕事に精を出す光景へと変化している。

 レトと並んで歩くラリーは工房で働く職人や下働きたちの動きを追いながらこれに答えた。


「ええ。恐らくアレクセイさんの求める剣は、店の方にはないでしょうから」


 アレクセイの所持する鉈剣は、ラリーによると買えばなかなかに高価なものらしい。新米冒険者向けの店が多い商店街の方では、それに並ぶような武器はあまり置いていないのだという。

 確かにアレクセイの剛力でもって剣を振るえば並みの剣ではたやすく折れてしまう。血筋的に力自慢の多いヴォルデンでは、それらの武器はみな他国のものと比べて特別製であった。これらは良質かつ得意な鉱石が領土から産出できたヴォルデンだからこそ実現できたことである。そしてそれがヴォルデンという国の強さへと繋がっていた。


 ともかく、そういった理由からアレクセイの求める武器を店先で見つけることは難しい。


「それに予算が要相談となれば、これはもう職人に直接話をつける方がよいでしょうし」


「すまん、苦労をかけるな」


 加えて、アレクセイたちには金がなかった。

 この時代の通貨を持っているのはエルサだけであるし、才能あるとはいえいまだ駆け出しの身である彼女には手持ちが少ない。マジュラ迷宮で侘び料として大部分を仲間の元に置いてきたからなおさらだ。金に糸目をつけなければ商店でもよかったのだろうが、ラリーの言う通り制限があるのなら職人のもとに足を運ぶ方がまだ可能性があるというものだ。それにラリーが口利きできるのも、武器屋の方ではなく職人の方らしい。


「着きましたよ。ここです」


 ラリーが伸ばした手の先には、鍛冶屋を示す金床の意匠の看板が掲げられていた。その下には店の名前か"マクロイフの髭"という文字が彫り込まれている。

 工房の大きさ自体は、それほどでもない。開け放たれた軒先からは工房の中が見えるが、中では下働きらしき小僧が一人走り周っているだけでここからは親方らしき人物の姿は見えない。ここまでの道中を振り返ってみれば、ここよりも大きな工房はいくつもあった。下働きの数も、弟子であろう職人の数も文字通りけた違いの大工房もあったほどだ。


 しかし入り口近くに飾られている剣の質を見れば、この工房の持ち主の腕を疑う者はいないだろう。


(ほう、これはなかなか…)


 剣を眺めていたアレクセイは心中で少しばかり唸った。何の変哲もない鉄製の剣であるが、よく鍛えられたよい剣であった。刀身はもちろん鍔から柄に至るまで丁寧に作られている。余計な装飾を排し実践的な造形もアレクセイの好みに合った。これはなかなかに期待できそうだ。


 アレクセイたちはラリーに伴われて工房の中へと足を踏み入れた。中にいた小僧がすぐさまそれに気づくとこちらに走り寄ってくる。歳の頃は十二、三だろうか。赤茶けた髪の利発そうな少年だが、まだ鎚を持つには至らぬのだろう、その腕や身体つきは細さを残した子供のものだ。


「ラリーさん!こっちまで来られるなんて、今日はどうされたんですか?」


「やぁリント。すまないが親方はいまいるかな?」


 リント少年の問いかけには答えずラリーはそう言った。もっとも自身の背後にいるアレクセイらの姿を見れば、この工房に訪れた用向きは分かるというものだ。リント少年は全身鎧のアレクセイの巨体に目を奪われていたが、すぐさま気が付くと工房の奥へと主人を呼びに走っていった。

 そうしてさほど時間を置かずにここの親方らしき人物を連れて戻ってきた。


 いかにも鍛冶屋らしい、厳めしい顔をした男であった。

 店の名前にあるような立派な髭を顔の下半分に蓄えた、壮年の職人である。さほど背は高くはないがむき出しの腕は戦士と見まごうほどに鍛えられており、がっしりとした身体つきは熟練の鍛冶職人に相応しい。


「どうも、バモスさん」


「なんだ、ラリーの旦那じゃねぇか。ようやっと身を固める報告にでも来たんかい?」


 バモスと呼ばれた職人は、見た目通りの低くひび割れた声でそう言うとラリーの横に立つレトへと目を向けた。


「おっちゃん、ボケるにはまだ早いんちゃうか?」


「顔色を変えずにそんだけ言えりゃ百点なんだがな」


 レトは低く笑うバモスから顔を逸らすとローブのフードを被りなおす。そうしてリント少年が親方と一緒に忍び笑いを漏らしていると、それをきつい視線でもって黙らせた。


「それはまたの機会にでも。今日は親方にお客様をお連れしまして」


 そう言ってラリーは如才なく微笑みながら脇へと退いた。促されたアレクセイは前へと進み出る。


「仕事中にすまない。私はアレクセイ・ヴィキャンデルという」


 次いでソフィーリアとエルサのことも紹介しておく。ソフィーリアは楚々として、物珍し気に工房の中を見回していたエルサは慌てて腰を折った。自身に合った剣を剣を探していること、しかしあまり予算はないことを告げる。


「アレクセイさんたちには道中魔物から助けてもらいましてね。少しでもそれを返そうと思いまして」


「それじゃあ旦那が金を出してくれるんかい?」


 アレクセイから会話を引き継いだラリーがそう言うと、バモスは彼のことを低みからジロリとねめつけた。訝し気な視線を受け止めたラリーは生憎ですが、と返す。


「今は手持ちがそれほどありませんで。せめて手助けができれば、と。あぁそれから、この方がお持ちの剣を下取りに出せればいくらか足しになるかと思うのですが」


 ラリーから聞かされていた案のひとつがこれであった。

 手持ちの貨幣の少ないアレクセイたちがそれを補おうと思えば、今使っている武器を金に変えるほかない。幸いこの鉈剣には破損らしい破損もなく、商人であるラリーからもそれなりの値になるだろうと言われている。商店に持って行かなかったのも、目利きのできない店の人間から安値が付けられることを危惧してのことであった。もちろん、鍛冶職人であるバモスとラリーが懇意であることも理由のひとつではある。


 アレクセイから剣を受け取ったバモスは鉈剣の刀身から柄頭まで眺め、ほぅと息をついた。


「珍しいな。こいつぁ、鬼人の剣(オウガブレード)か」


「親方、それって?」


 親方の手にある物騒な得物を、バモスの脇からリントが覗き込む。

鬼人(オウガ)とはかつて魔王に率いられ多くの人間を屠った魔物の一族である。赤茶けた肌に頑健な体を持ち、人と変わらぬ知能を持つ戦士の一族である。鬼と呼ばれるからにはその頭には一本ないし二本の角を持ち、人間を遥かに凌駕する力を持ってアレクセイたちを苦しめた者どもであった。

 聞くところによると、この時代には人間たちの手を逃れ迷宮へと落ちのびた一団がいるらしい。彼らは時折冒険者たちの前に姿を現しては先祖たちの雪辱を晴らすべく襲い掛かってくるのだという。


「あんた、こいつをどこで?」


「…さてな、出所は私にもわからんのだ。由来も知らなんだ。だが、魔の武器であるならばなおさら持つ気にはならん」


 アレクセイとしては普通の、鋼の武器であればなんでもかまわなかった。ヴォルデンの重騎士は大盾を構え剣で戦う戦法をとるが、それ以外の武器を振るうことも少なくない。


 盾持ちと相性がいいのは、やはり槍だ。

 騎士ならぬ歩兵の定番武器でもあり、盾で相手の攻撃を防ぎつつ長槍で遠目から相手を突くのは、古来より続く最も基本的な戦い方である。


 また戦場にてアレクセイが好んでよく使ったものに、鎚鉾(メイス)がある。

 遠心力を利用し相手に叩きつけて使う鎚鉾は、身体が大きく筋力に優れるヴォルデン人と相性がよい。特に重装の相手にも有効なこの手の打撃武器を防御力に優れるアレクセイたち重騎士が振るえば、まさしく戦場では敵なしの破壊力であった。事実アレクセイは、王の四騎士に選ばれる前まではこれを使うことが最も多かった。


「金の方はまぁいいとして…あんたが使うのだろう?」


「そうだが?」


 バモスは顔をしかめながら遠慮なくアレクセイの巨体を眺めまわした。

 聖竜の鎧に身を包んだアレクセイの身長は二メートルを優に超える。というかヴォルデンの成人男性の平均身長はまさに二メートルほどであり、それを大きく上回るアレクセイの背丈は下手な魔物より大きいほどである。

 当然膂力も桁外れであるため、ヴォルデン云々を知らぬバモスであっても、アレクセイが並みの戦士ではないことは見た目からもわかるのだろう。店の前に飾ってあった剣を見ても彼が腕の良い鍛冶屋であることはわかる。しかし彼としても、アレクセイがそれらを振るっても折れないという保証はできない、といったところか。


 アレクセイは工房の中をもう一度見回してみた。

 職人が働く工房は商店とは違いたくさんの商品を置いているわけではないが、職人の腕を示すためにいくつかの創作物を飾るのがお決まりとなっている。むしろ店に卸しているものよりも良質なものが置いてあることも少なくない。


(少なくとも、私たちの時代ではそうであったのだが…お、やはりな)


 良さげな物を見つけたアレクセイは店の一角、隅の方の壁にひっそりと立てかけられていた剣へと足を進めた。小僧とともに武器を漁っていたバモスも、それに気が付くと髭を擦りながら近づいてくる。


「おお、そういやそいつがあったか」


 工房の片隅にあったのは、抜身の両刃の剣であった。

 全長は目算で一メートルと半分ほど。恐らくは両手で使うことを念頭に置いたものであろうが、このサイズならアレクセイであれば片手で振るうのにちょうどよさそうだ。また印象的なのは刀部分の形で、直剣と呼ばれる多くの剣と異なり刀身の中央部が木の葉状に膨らんでいる。

 アレクセイも詳しくはないのだが、古の時代、このような形をした片手剣が使われていたとどこかで聞いた覚えがある。この特異な形状は、多分に突きに特化した形であったはずだ。


「バモス殿、これを少しばかり振らせてもらっても?」


「かまわんがそいつは…」


 アレクセイは親方の言葉を聞き終える前にその剣へと手を伸ばした。持ってみると、このサイズの剣としては少々重い気がする。長さは鬼人の剣と同程度だが、重量の方はそれよりいくらか上の様だ。

 むしろ自分が重さに気が付くくらいなのだから、普通の戦士にはかなりの重量なのではないだろうか。

 案の定バモスはアレクセイがその剣を難なく片手で持っているのを見て、「驚いたな」と呟くとガシガシと頭を掻いた。


「そいつはこの店の初代が打ったもんでな。造ったはいいが重すぎて誰も扱えんもんだから、店にも出さずに隅の方に放っぽっておいたヤツなんだわ」


 その初代が店の名前にもなっている、マクロイフらしい。

 そこまで重いものではないだろう、とアレクセイは思わなくもなかったのだが、この都市には新米冒険者ばかりだということを思い出す。確かに、村から出てきたばかりの少年が扱うのは難しい。

 そのことに思い至ったアレクセイは頭を振ると腰を落として脇を締め、剣を引いて突きの態勢をとった。


「ぬぅん!」


 そこから身体全体をひねり、勢いよく剣を突き出す。恐るべき速度で突き出された剣の刃は空気を切り裂き、焼け付くような剣閃を宙に残してみせる。その勢いは、生み出された剣風が工房の中を直進して外の路上にまで到達してしまうほどであった。唐突に吹き荒れた突風に、道行く人々は何事かと身をすくませている。


「…おいおい、あまり仕事場を荒さんでくれよ」


 目を見張って驚いてはいたが、バモスは呆れたようにそう言った。ちなみに、下働きのリント少年はといえば熱い羨望の眼差しでアレクセイのことを見上げている。


「お気に召したみたいですね、あなた」


「うむ、よい剣だ」


 嬉しそうに微笑むソフィーリアの言葉に、アレクセイもまた僅かに弾んだ声を返した。やはり武器は自分に合ったものに限る。


「…決まったみたいだな。おいリント!確かその辺にこいつ用の鞘があったはずだ。あと手入れ用の油持ってこい!」


 親方の声に弾かれたように飛び上がったリントは、鞘を探したり道具を揃えたりと慌ただしく工房の中を駆け巡り始めた。野鼠のようにせわしない少年の姿を見ながら、アレクセイはバモスに礼を述べた。


「助かる…しかしよかったのか?剣としての値打ちはこの剣の方が上では?」


 鬼人の剣と比べれば、明らかに出来はこちらの剣の方が上だ。多少重いことを差し引いても、力自慢の戦士ならばそう苦労はせずとも使えそうではある。しかしバモスは熟練の職人らしく口の端を歪めて不敵に笑った。


「なぁに、あんたみたいな高位冒険者と繋がりが出来れば安いもんよ」


 それを聞いたアレクセイはなんとも気まずい顔になる。むろん顔面などはなく頭部は分厚い兜のみであるのだが、心中ではそのような表情を浮かべざるをえなかった。

 そんなアレクセイの心中を代弁するかのように、ラリーが笑いをこらえつつ言った。


「親方、この方はまだ半ツ星(なかつぼし)ですよ」


「なにィ!?」


 そう叫んで驚くバモスの表情は、とても鍛冶屋らしからぬ愉快なものであった。

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