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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第23話 冒険者の星

  「ふぅ…それでは、次の方~」


 アレクセイが冒険者として登録を終えたら、次はソフィーリアの番である。それまで夫の身体の陰に隠れていたソフィーリアが受付へと進み出た。

 彼女の姿を見たギルドの職員は平民の娘らしからぬソフィーリアの容姿に一瞬面食らった様子であったが、すぐに気を取り直すとニコリと微笑んだ。


「お名前と出自を伺ってもよろしいですか?」


「ええ。ソフィーリア・ヴィキャンデルと申します。生まれは南部サイゲルム州ですわ」


 優雅な一礼の後にそう述べたソフィーリアであったが、彼女の名を聞いた職員の娘は再び目を瞬かせると次いでアレクセイの方へと向き直った。


「ヴィキャンデルというとそちらのアレクセイさんの…娘さん?」


「妻だ」


「妻ですわ」


 二人して声を揃えて訂正する。

 職員は巨体のアレクセイと儚げなソフィーリアを見比べてあなにやら曖昧な表情を浮かべていたが、ややかぶせ気味にかけられた二人の言葉に職員は首をすくませると、慌てたように頭を下げた。

 アレクセイとしては普通に言ったつもりであったが、どうやら意図せず声が硬くなっていたようだ。ふと妻の顔を見てみればそこには聖母の如き微笑みがたたえられていたが、なんとなくうすら寒いものを感じる。


「こ、これは失礼しました!あまりにお若く見えたものですから…」


「あら、ありがとうございます♪これでも先ごろ二十五になりましたの」


「同い年!?」


 そうしてソフィーリアの年齢に職員が悲鳴を上げたこと以外は、冒険者の登録はつつがなく進んでいった。そうして血の提出も終わり、差し出されたギルドカードをソフィーリアが器用に受け取ってみせたことで、二人の冒険者登録は無事に終わりをつげた。

 これでアレクセイとソフィーリアは、めでたくこの時代の身の証を手に入れたのである。


「おめでとうございます。これでお二人は今から冒険者です」


 いまだ人でごった返すギルド会館の片隅、長椅子に腰かけるアレクセイたちを前にエルサが祝いの言葉を述べた。

 登録を終えた後もまだこの場に留まっているのは、エルサから冒険者について詳しく聞くためであった。本来はそれらの説明もギルドの職員からなされるものなのだが、ラゾーナの冒険者登録の受付は忙しく、詳細な説明は追って新人冒険者を集めてまとめて行われることになっている。別にそちらに顔を出してもよかったのだが、一党(パーティ)に先達の冒険者がいる場合はそちらから話を聞くよう推奨されていた。

 僅かながらも費用がかかると聞けば、あえてそちらを選ぶ理由はないだろう。


「それでエルサさん、説明したいことというのは?」


「はい、"冒険者の星"についてまだお話していなかったなと思いまして」


「星とな?」


 アレクセイは窓の外の空に目をやった。時刻はまだ昼を過ぎたばかり。陽が落ちて星が見えるようになるのはまだまだ先のことだろう。


「えっと、"星"というのは冒険者としての等級のことなんです」


 エルサはピンと人差し指を立てると二人に向けて語り始めた。

 "冒険者の星"というのは、ギルドが定めた冒険者個人の実力を示す等級であるという。登録したての半人前を示す≪半ツ星≫(なかつぼし)から始まり、経験を重ねるごとに≪一ツ星≫(ひとつぼし)≪二ツ星≫(ふたつぼし)と星の数が増えていく。最高位は≪七ツ星≫(ななつぼし)だ。

 等級を上げるためにはギルドの審査に受からなければならないが、星が増えればそれだけ受けられる迷宮関連の仕事の幅や手に入る報酬も増えるそうだ。エルサ曰く≪半ツ星≫(なかつぼし)ままだまだ駆け出しで、一人前と認められるのは≪一ツ星≫(ひとつぼし)からだという。


「なるほど。軍における出世と似たようなものかな」


 かつてのヴォルデン軍においても一般兵から始まり分隊長、小隊長、中隊長やがては大隊長へと位が上がっていった。ちなみに騎士であるかどうかはそれら軍での序列とは関係ない。中隊を率いる騎士もいれば、アレクセイ直属の重騎士団員のようにいち兵士の一人として戦う騎士もいた。

 なんにせよ、冒険者の世界にも明確な上下の差というものがあるということだ。


「では私たちの板に記されたこの印は…」


 ソフィーリアの手の中にあるギルドカードの表には、半分に割られたような星の紋章が彫り込まれていた。そして同じものがアレクセイのものにも刻まれている。


「はい、一番下の等級である≪半ツ星≫の印ですね。冒険者は身分や実際の実力に関係なく、誰でも最初は≪半ツ星≫から始めることになっています」


 北の強国・ヴォルデンにて王直属の四騎士、≪竜の鱗≫(ドラゴンスケイル)として知られたアレクセイが半人前とは。

 アレクセイはこのことに怒りや恥どころか、むしろ心が弾むような感覚を覚えていた。


 何を隠そうアレクセイも一兵卒の身から武功を重ね、王の四騎士まで成り上がった身であった。やがてそうしていくうちに≪竜狩り≫(ドラゴンスレイヤー)として諸国に名を知られるようになったのだ。それらかつての誇りを忘れたわけではないが、こうしてまたいち戦士の身に戻ってみると肉無き身体に血が滾るような思いがするのだ。


(ヴォルデン男子の、悪い癖だな)


 アレクセイが内心で苦笑していると、ふと何かに気づいたようにソフィーリアが顔を上げた。


「そういえばエルサさんの星はいくつなのでしょう?」


 確かに、エルサもまた自分たちと同じようにギルドカードを持つ冒険者である。以前マジュラ迷宮で彼女の冒険者カードを見せてもらったときは確か…


「な、半ツ星です…」


 エルサは恥ずかし気に俯きつつ、そう答えた。ということは彼女もまた冒険者としては半人前ということだ。

 しかしここまで行動を共にしてみた感想としては、十五歳という年齢を考えれば彼女の実力は十二分なものであるとアレクセイは感じていた。先祖伝来の知識も豊富であるし、多分にネッドのおかげであるとはいえ戦闘に関しても問題はない。人格に関しても基本的には善良で、なんとなればアレクセイたちを脅してみせるだけの度胸もある。


「それはまた…存外に厳しいのだな。ギルドの審査というものは」


「よぉ、兄さんがた!ちょっといいかい?」


 アレクセイがひとり感じ入って頷いていると、ふとそこに声がかけられた。アレクセイが頭を向けてみれば、冒険者風の身なりをした男が三人、こちらへと近づいてくる。声をかけてきたのはその内の真ん中の男で、無精髭を生やした顔にどこか軽薄な笑みを浮かべている。

 男たちはアレクセイたちの前までやってくると、そのうちの一人がソフィーリアに不躾な視線をぶつけて口笛を吹いた。


「近くで見てみりゃますます別嬪じゃねぇか!こいつは拾いもんだぜ、ロキール」


 ロキールと呼ばれた三人のリーダー格と思われる男は仲間の肩を叩くとその言葉に同意し、次いでアレクセイへと目を向けた。


「全くだな。なぁ、アンタ、さっきから見てたんだが、アンタら冒険者になったばっかなんだよなぁ?」


「・・・それが?」


 こうしている間も妻の姿をジロジロと眺める男たち相手に、自然とアレクセイの声も固くなる。

 冒険者ギルドにいるのだから、彼らもまた冒険者なのだろう。身に付けている装備も決して良質とは言い難いが、登録の列に並んでいた少年たちのものと比べれば遥かに上等な部類だ。もっとも身のこなし等から見るに、腕前の方は彼らと大した差はなさそうだが。

 ただ身に纏う雰囲気というか、一挙手一投足にどこか気だるいものを感じさせていた。


(犯罪者まがい・・・とも言えんな。あまり素行がよくはない連中か)


 アレクセイが相手をそのように値踏みしているのを知ってか知らずか、ロキールはヘラヘラと笑いながら言葉を続けた。


「いやなに、それなら俺たちが冒険者のルールって奴を教えてやろうと思ってな?」


「手取り足取り、な?」


 先程からソフィーリアによからぬ目を向けていた禿頭の男がそう付け足した。彼女のことが随分と気に入ったのか、その視線はソフィーリアに釘付けである。当のソフィーリアはといえば、始めからお行儀のよい笑顔を崩さぬままであった。


「あいにくとそれらについてはこちらの娘が教授してくれることになっている。君たちの手を煩わせるまでもない」


 アレクセイがエルサの方に視線を投げると、彼女はその言葉を強く肯定するように何度も首を縦に振っている。しかしロキールはエルサの方を一瞥すると、小馬鹿にするように鼻で笑ってから手を振った。


「あ~ダメダメ!その嬢ちゃんラゾーナの冒険者じゃねーだろ?この街にはこの街のルールってもんがあんのよ」


 口ぶりから察するにどうやら彼らはこの街を拠点に活動する冒険者らしい。ラゾーナほど大きな都市ならば確かにこの街独自の戒律があってもおかしくはない。


「しかしなぜ我々に声を?駆け出しの冒険者ならば他にもいるだろう?」


「アンタ、そんな成りしてんだ、少しは腕に覚えがあるんだろう?そういう奴がルールから外れたことすると、皆が困るんだよ。だからそうなる前に俺らで教育してやろうってわけさ」


 これも人助けってわけさ、と付け足したのは仲間の男である。


「それで、君らにはどんな得がある?」


「別に駆け出しから金をせびろうなんざ思っちゃいねぇよ。なぁに、アンタみてぇな奴向けの仕事なんざいくらでもある。そこからちょいとばかり紹介料をいただくだけさ。心配はいらねぇ、俺らは天下のクラン≪北の旋風≫(ノーズウインド)だぜ?バックアップは万全よ。いくらもしないうちにすぐに小金持ちくらいにはなれるぜ」


 黙ってロキールの話を聞いていたアレクセイであったが、ふと疑問に思って脇にいるエルサに小声で尋ねてみた。


「クランというのは?」


「冒険者たちが集まってできた寄合みたいなものです。情報の共有とか、武具の融通とか・・・一緒に迷宮へ潜ったりもしますね」


(ふむ、昔でいうところの傭兵団のようなものか)


 しかしそれらの説明を聞いてもアレクセイの答えは決まっている。自分達の素性を鑑みれば特定の集団に属することはできないし、なにより目の前の男たちを信用することなどできるはずはないだろう。自分の連れに下卑た視線を向けられればなおさらだ。


「悪いが他をあたってくれ。生憎とクランとやらに入る予定はないのだ」


 アレクセイがそう言うと男たちはさっと表情を改めた。ロキールも二やついた笑みを納めて眉根を寄せている。


「すまねぇがよく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれるかい?」


「お望みとあらば何度でも。君たちと共に行く気は、ない」


 アレクセイが再びそう断言してみせるとロキールは仲間たちと顔を見合わせ、その次には笑い声をあげた。


「いやまいった!まさか断られるとは思わなかったぜ!アンタ、俺たち≪北の旋風≫の誘いを断ろうってのかい?」


「いかにも。期待に応えられずに申し訳ないことだ」


 悠々としたアレクセイの返答に、ロキールの目付きが険しくなる。


「テメェ・・・ちっとばかし身体がでけぇからって調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


「ではどうするというのだ?剣を抜くというのならやぶさかではないが、ここでは場所が悪いということくらいは私にもわかるのだがな」


 目の前の男たち相手ならばさほど凄んでみせる必要もない。アレクセイとしては淡々と述べたつもりなのだが、ロキールたちは気圧されたかのように二歩ほど後ろに下がった。


「用が済んだのならお引き取り願おう。この場を騒がせるのは本意ではないのだ」


 周りに目をやってみれば、自分達を取り巻くように距離をとった周囲の人間たちが興味深げな視線をこちらに向けていた。アレクセイたちは会館の隅の方に陣取っていたのだが、いつの間にか周りの注意を引いていたらしい。もとより尋常ならざる巨体を持つアレクセイ一行は、冒険者たちの注目の的ではあったのだが。


「・・・テメェ、覚えておけよ」


 傍観者たちを一瞥すると、そんな捨て台詞を残してロキールたちは引き上げていった。


「彼らは一体何がしたかったんだろうな」


「それはもちろん、君を仲間に引き入れたかったんだろうさ」


 アレクセイが頭を捻っていると、遠巻きに眺めていた冒険者たちの間から、ひとりの男が進み出た。男の連れらしき仲間たちが止めようとするのもかまわず、男はアレクセイたちの方へと歩み寄ってきた。


「それにしても≪北の旋風≫の誘いを一蹴するとは、なかなかやるね」


 そう言って軽やかに笑う男の姿を頭の上から下まで眺めてから、アレクセイは問いかけた。


「そういう貴殿は、どういった手合いかな?」


 明らかに面倒そうなアレクセイの様子など気にすることもなく、男は言った。


「当然!君たちを仲間にしたいと願う人間さ!」


 自信満々に両手を広げてそんなことをのたまった男を見て、ソフィーリアとエルサは顔を見合わせ、そして静かにため息をついたのだった。


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