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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第22話 冒険者ギルド

「立派な建物ですねぇ…このような大きな建物など、神殿や王城以外では見たことがありません」


 五階建てのギルド会館を見上げて、ソフィーリアは感嘆の息を漏らした。

 年季を感じさせる石造りの建物は、組合の商館というよりも質実剛健な聖堂といった佇まいであった。特徴的な尖塔といい採光のために設けられた硝子付きの窓といい、アレクセイらの時代の隣国であった聖王国ラ・バーサの大神殿を思わせる造りである。


「それに随分賑やかなことだな」


 開け放たれた正面の出入り口からはたくさんの冒険者たちがひっきりなしに出入りしていた。アレクセイたちがいる外からでも、その盛況っぷりがわかるというものだ。平服に粗末な武器を持っただけの者も少なくなく、ラリーの言っていた通り、彼らは冒険者を夢見て農村から出てきたものたちなのだろう。


 そういった軽装の者が多い中で全身を一分の隙も無く分厚い甲冑に包み、背中に巨大な大盾を背負ったアレクセイの姿は、かなり浮いていた。これから冒険者を志す者もすでにその道を歩き始めた者たちも、みな一様にそんなアレクセイの姿に目を剥いている。あるいは規格外の巨躯を持つアレクセイに驚いているだけかもしれなかったが。


「さて、では行きましょう。私についてきてください」


 エルサはそう言うとアレクセイたちを促してギルドの中に入っていく。アレクセイとソフィーリアもまた彼女の後について建物の中に歩を進めた。


「わ、思ったより明るいのですね!それに天井が高いです」


 ギルド内部の様子を見たソフィーリアがそう言って再び感嘆の声を上げた。そしてそれにはアレクセイも同意する。

 ギルドに入ってすぐの大広間はやはり教会の大聖堂を思わせる造りである。高い位置に梁があり、大きな硝子窓が数多く存在することで、暗いと感じることは全くない。無頼漢の多い冒険者をまとめる冒険者ギルドの性質上、教会にありがちな華美な装飾などは見受けられない。しかしそれゆえにこの広々とした造りは、田舎から出てきたばかりの若者たちの心に強い衝撃を与えることだろう。


 ゾーラ教会の神殿は聖なる社というよりも城や砦に近い見た目をしていたので、ソフィーリアなどの目にはこの自由で明るい空間が一層印象的に映るに違いない。普段は王城にて王に仕えていたアレクセイから見ても、ギルド会館の造りはかなり立派に思えた。


「こっちです」


 手招きするエルサに付いていき、冒険者登録の順番待ちをしている人の列に並ぶ。

 アレクセイはふと思ってそれら受付待ちの人々に目をやってみる。よくよく見てみれば、いかにも純朴そうな少年少女たちに混じって、人相の悪い尖った空気を持つ者たちも少なくない。


(随分とよからぬ者も混じっているようだが…?)


 疑問に思ったアレクセイは小声でエルサに問うてみる。


「ええっと、それはですね…」


 辺りを憚りながら彼女は答えてくれた。

 エルサ曰く、とにかく冒険者というものは数が足りないらしい。話を聞くにアレクセイの時代よりも人々の暮らしは随分と豊かになり、大陸に住まう人間の数も増えたようではある。しかしそれでも迷宮の数は多く、そこに潜る冒険者の手は足りないのだという。それに冒険者は命を懸ける仕事であるから、毎年いなくなる数もそれなりだ。そして多少の罪人に目こぼしをしてもよいほどに、迷宮探索というのは儲かるらしい。


(なるほど。まぁそのおかげで私たちのような魔物紛いでも冒険者になれるのだがな)


 エルサが昨夜提案した"血の偽装"に一抹の不安を覚えていたアレクセイであったが、脛に傷のある連中でも冒険者になれると聞いて僅かながら安堵することができた。

 このような場所で正体が露見すれば大変な騒ぎになる。冒険者とは、魔物と戦う者たちだ。犯罪者紛いの連中などどうでもよいが、周りにいるような若者たちを斬って捨てるのは流石に寝覚めが悪すぎた。


(まぁ眠りはしないのだが…ん?)


 アレクセイがそんなことを考えていると、広場にいる人間たちが自分たちについて話す声が聞こえてきた。


「でっけー…巨人族かなんかか?」


「鎧とかすげーなぁ。俺もあんなの着てみてーよ」


「馬鹿あんなの着て動けるかよ。それにあの盾。あんなの人間に持てるのか?」


 どうやらひと際大きいアレクセイの姿が耳目を集めているようだ。確かにヴォルデン人は巨人族の血を色濃く引いている。もっともそれは蛮なる巨人などではなく、かつて神に仕えたといわれる神人族である。


「さすがに少しばかり目立ってしまいますね。もっとも着替えることなどできないのですが…」


 そう困ったように言ってソフィーリアはアレクセイを見上げて微笑んだ。


「か、かわいい」


「おい、あの娘も冒険者志望なのか?」


「俺もあんな娘とお近づきになりてぇな~」


「オメーにゃ無理だ。ありゃいいとこの貴族かなんかだろ」


 それにどうやら周囲の目を集めているのはアレクセイだけではないようだ。アレクセイは自らの脇に楚々と立つソフィーリアに目をやった。


 今更述べるまでもないことだが、ソフィーリアは美しい。

 清流の如く滑らかな金髪に新雪のような肌は、農民の娘ではありえない。凛とした佇まいや気品あふれる所作を見れば、明らかに高貴な身分の出だと分かるものだ。今のソフィーリアは見た目だけならば遠巻きに眺める少年たちと同年代に見えるが、彼らからすればさぞ高嶺の花に見えることだろう。


 また、その身に纏う武具もまごうことなき一級品である。

 霊体であるソフィーリアの姿は彼女の記憶の中のそれと同じ、つまりシミひとつない綺麗な衣装のままであった。白銀の鎧や法衣はいかにも上等なもので、子供が見ても明らかに値が張るものだと分かる。

 色々な意味で周囲の人間と異なる二人が冒険者登録の列などに並んでいれば、注目を集めるのは仕方のないことだと思えた。


 そうしてしばらく待っていると、ついにアレクセイたちの番が近づいてきた。


「あ、そろそろお二人の番ですよ。打合せ通りお願いしますね」


「うむ」


「心得ていますわ」


 冒険者登録の際に行われる問答についてはすでにエルサと相談してある。問題があれば横からエルサが助け船を出してくれる手はずにもなっていた。


「それではこれから頑張ってくださいね…はい、次の方~」


 ギルドの受付の声が聞こえてからアレクセイたちは前へと進んだ。

 しっかりとした造りの木製のカウンターの向こうにいるのは、こちらも仕立てのいい制服を纏ったまだ若い女性の職員である。職員は何やら書き物をしていたが、ここで初めて顔を上げた。快活そうでいて、同時に理知的にも見える顔立ちだ。いかにも"才媛"然としたギルド職員も、目の前のアレクセイの巨躯を見上げて目を見開いている。


「冒険者とやらに登録したいのだが」


「…あぇっ?あっ、はい!失礼しました!まずはお名前と出身をお願いします」


 流石と言うべきか、職員はすぐさま我に返るとそう言葉を続けた。一連の問答についてはあらかじめ決めていたので、アレクセイはこれらに淀みなく答えていく。


「アレクセイ・ヴィキャンデルという。出身は南部サイゲルム州。齢は二十八だ」


 出身はともかく、年齢については嘘は言っていない。もっともこれは生前であれば、の話だが。


「冒険者の前は何を?」


「さる貴族様の元で私兵をやっていた。暇を出されたので冒険者として食っていく腹積もりだ」


「ふむふむ、とすると実戦の経験はおありに?」


「うむ、盗賊や魔物とならば」


 話を聞きながら職員は手元の羊皮紙にアレクセイの情報を書き込んでいる。と、ここで彼女は少しばかり言い淀むと一呼吸置いてから言った。


「はい、結構です…えっと、では兜を一度取っていただけますか?」


「断る」


 見た目の物々しさとは裏腹に、ここまで落ち着いた受け答えをしていたアレクセイの堅い声色に、職員は一瞬怯む。


「ですが規則ですので…」


 しかしめげることなくそう続ける職員に、アレクセイもまたあらかじめ決めていた言い訳を述べた。


「魔物との戦いでひどい傷を負ってしまってな。そのせいで雇い主に暇を出されたのだ。生活や戦いに影響はないのだが、余人に見せられるようなものではない」


 そしてこの鎧や大盾は、それに負い目を感じた貴族から賜ったものだと付け加える。肉体がないアレクセイは人前で兜をとることなど当然できるはずもないので、ここは譲ることはできなかった。そしてこれもまた決めていたことだが、ここにきて脇に控えていたエルサが助け船を出してきた。


「横からすみません、この人の身は私が保証します。それにこれだけ大きな人なら、他と見間違えることもないのではありませんか?」


 自らの冒険者カードを差し出しながらエルサはそう擁護した。一介の平民の冒険者に過ぎないエルサではたいした保証はできないが、そこは相手も若くとも経験豊富な冒険者ギルドの職員だ。アレクセイらの後ろに並ぶ人の列とアレクセイの姿を見、やおら頷くと羊皮紙に何やら書き始めた。


「わかりました。ではそういうことにしておきましょう。確かに貴方の言う通りですしね…では採血をお願いしてもよろしいですか?もしものときの本人確認に使いますので」


「うむ。これを」


 アレクセイはエルサから渡されていた血液入りの小瓶を職員へと手渡した。用意のいいアレクセイに職員は一瞬怯んだ様子であったが、小さく頷くと、特に何を言うでもなくそれを手元に置いた。そうして書き物を終えた職員は最後に羊皮紙に砂を落とすとインクを乾かし、血液入りの小瓶と共に別の職員に渡した。受け取った職員はその羊皮紙を見ながらなにか大きな機械のようなものを動かしている。


「あれは?」


「ああやってこの場で冒険者カードを作るんです。一個一個手彫りで作ると時間がかかってしまいますから」


 職員の言う通りすぐに作業は終わったようで、それ以上待つこともなく冒険者カードはアレクセイの手元へとやってきた。


「はい、これが貴方が公式に認められた冒険者であることを示す証です。決して離さずに持っていてくださいね」


 アレクセイの時代と変わらない共通語によって、自身の名が刻まれた粗末な銅板である。これまた粗末な革ひもによって首から下げられるようになっている。アレクセイはそれを丁寧にその手に包み込むと、ゆっくりと頷いた。


「はい、これで貴方は今日から冒険者です。これから頑張ってくださいね」


 この日、ヴォルデンの騎士アレクセイ・ヴィキャンデルは冒険者となったのである。

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