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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第1話 さまよう鎧

 深い霧の中を、随分と長い間さまよっていたように思う。

 視界に入る手足は見慣れた防具に包まれ、確かに自らの意思で歩いているというのに、その実感がないのだ。


(私はどこに向かっているのだろう……?)


 行先など自分にもわからぬというのに、アレクセイの歩みに迷いはない。


 声。


 聞きなれた、懐かしく愛おしい声がする。

 アレクセイはその声のする方に向かって歩き続け、そして視界と意識が光に包まれた。




「ここは……?」


 目を覚ましたアレクセイが目にしたのは、廃墟となった家屋の数々であった。


 石造りの壁に木張りの屋根。いずれもボロボロに朽ち果て、長い間人の手が入っていないことは明白であった。


「なんと…!私はさっきまで戦場にいたはず」


 アレクセイはつい先ほどまで古城にて魔王軍との戦いの渦中にいたはずであった。城を拠点に構えていたところを魔王自ら率いる軍勢に強襲され、激しい乱戦となったのだ。

 そしてついに魔王を討ったと思ったのだが、なぜか蘇った魔王の炎を受け自分は……。


 そこまで思い出したところでアレクセイは背後を振り返った。


「ソフィーリア!ソフィーリアァァァ!」


 愛する妻の名を呼ぶ。しかしいくら周囲を見回してもそこに彼女の姿はなく、叫ぶアレクセイの声が虚しく響くだけであった。


「一体どうなっているのだ……これは……ッ!?」


 右手を額に当て頭を振ったところで籠手に包まれた腕が目に入り、アレクセイは自身の異常に気が付いた。


 黒い。


 純白だったはずの籠手が真っ黒に焼け焦げていたのだ。


「馬鹿な!聖竜の鎧が炎に焼かれるだと!?」


 よくよく見てみれば腕だけではない。

 アレクセイは聖なる竜の鱗より作られた白い甲冑を全身に纏っていたのだが、胴体から足甲まで全てが真っ黒に焼け焦げてしまっていた。鎧と同じく純白のマントなどはほとんどが焼け落ち見る影もない。魔獣の毛皮から作られたマントはともかく、伝説級の武具である聖竜の鎧が色が変わるほど焦げるなど尋常ではない。


 かつて邪神の眷属たる黒竜のブレスを受けたときにすら、無傷であったのだ。その鎧がここまで姿を変えるなど。


「それに盾までも」


 アレクセイは左手に持つ大盾を見やり溜息をついた。


 塔の盾(タワーシールド)と呼ばれる長方形の巨大なこの盾は、二メートルを優に超えるアレクセイの巨体をすっぽりと覆い隠すほどの大きさだ。物理・魔法を問わずあらゆる攻撃から自身を守ってくれた相棒であるが、甲冑以上の防御力を持つこの盾さえも、まるで鎧と合わせたかのように真っ黒に焼け焦げていた。


 こうなると我が身はどうなのだろう。特に痛みなどは感じないが、この分だと肌が爛れる程度では済まなそうだが。


 アレクセイは兜に手をやると一息に脱ぎ去った。アレクセイの被る兜は視界を確保するスリット部以外に隙間はなく、それ自体を取らなければ己の顔に触れることさえかなわないのだ。


「こんなことが……」


 アレクセイは呆然と呟くと、思わず膝を突いた。


 兜を外した先にあるはずの顔が、頭がなかった。それだけではない、空洞に手を入れてみればあるはずの首も、胴体もなかった。

 ガントレット越しに感じられるのは胸甲の硬質な金属感だけであり、よくよく確かめてみれば肉の身体は一片もなく、甲冑そのものが身体になったようであった。


「……まるでさまよう鎧(リビングメイル)だな」


 想像だにしえない事態に、さすがのアレクセイも自嘲気味にぼやくほかない。


 さまよう鎧(リビングメイル)といえば古戦場や古城などに蠢く不死の魔物だ。持ち主の無念や怨念が鎧に宿り、生者の血と魂を求め襲い掛かってくる。

 アレクセイも何度か対峙したことがあるが彼らに生前の記憶などはなく、今のアレクセイのように言葉を話すことはない。そう考えると自身がその魔物かも怪しい。


 しかし甲冑が"焼けて"いるということと、あのとき魔王が放った黒い炎が無関係とは思えまい。おそらく自分は魔王の炎に敗れ命を落とし、何らかの理由で不死の魔物へと変じてしまったのかもしれない。


「全ては考えても詮無き事か」


 やがてアレクセイは心をを落ち着けると、外していた兜を被りなおした。そこに頭はなくとも不思議と兜はピタリと固定され、慣れた「兜を被った」感覚をアレクセイは感じていた。


 慌てふためいても仕方がない。まずは現状を正しく確認し、その上で行動を起こさなければならない。頭を振って立ち上がったアレクセイはそう呟いて天を見上げた。


「人、がいるかどうかは分らぬが、少し進んでみるか」


 廃墟とはいえ家があるということはかつて人の営みがあった証だ。あるいは躯のひとつでもあれば、ここがどこなのかわかる手掛かりになるかもしれない。


 アレクセイはそう思い至るとこの場所を探索すべく一歩を踏み出した。が、ここでようやっと自らの足元に目をやり、そこに奇妙な紋様が描かれていることに気が付いた。


「む、これは魔法陣か?しかし面妖な」


 アレクセイの周囲を囲むように、奇妙な文字列が円となって地面に描かれていたのだ。


 いや、描かれてというのは正確ではない。石造りの地面にまるで焼き付けたように見たこともない文字が刻まれていた。


 徹頭徹尾武人であるアレクセイには詳しいことは分らないが、これは神官たちが扱う神聖文字とも、エルフたちが綴るエルフ文字とも違うことは分かる。かつて友人に戯れに見せてもらった、魔術師が操るものと似たなにか妖しい気配のようなものが、これらの文字列から感じられるのだ。


「こうしていても仕方がない。まずは道なりに進んでみるとしよう」


 知識も技術もない自分が魔法陣を眺めていても何も変わらない。アレクセイはそう考えると、できるだけ文字列を記憶に刻み込んでから歩き出した。


 少しばかり進んでみて分かったことだが、どうやらここはそれなりの大きさを持つ街のようだ。家々は荒れ果ててはいるが造り自体はしっかりとしており、また密集するように建っていることから、往時にはかなりの人数の住民が暮らしていたに違いない。


(……て……)


「む?」


 アレクセイは微かに聞こえた声に顔を上げ、周囲を見回した。しかし見渡すばかり廃屋が立ち並ぶばかりで何の気配も感じない。風の音を聞き違えたかとアレクセイが頭を振った直後、再び声が今度ははっきりと聞こえてきた。


(助けて……)


 か細い女の声である。街のどこかから聞こえてくるのではなく、どうやら頭の中に直接聞こえているようだ。


(君は誰だ?どこにいる?なぜ私に助けを求めるのだ?)


 呼び声に答えるように、アレクセイもまた自身の脳内に問いかける。


(助けて……彼女を助けて……アレクセイ!)


 女の声が自分の名を呼んだ瞬間、アレクセイは頭の中で閃光が弾けたような感覚を覚えた。

 自分の名を呼ぶ声。愛しい人。騎士として、男として、生涯をかけて守ると誓った女。


「ソフィーリア!」


 アレクセイが自らの妻の名を叫んだその時、彼の周囲に再びあの魔方陣が青い光と共に出現した。


「これは!?」


 驚愕するアレクセイをよそに、光は次第に強さを増し彼の身体を包んでゆく。そして一瞬収束したかと思うと、ひと際大きく輝き周囲を激しく照らしだした。あまりの輝きに、アレクセイは反射的に兜の上から目を覆ってしまう。


「ぬぅ!……これはまさか!?」


 そして感じる奇妙な浮遊感。

 アレクセイは直感でこれは転移の魔術であると思い至った。最高位の魔術師にのみ可能な上級魔術。かつて同じような感覚を味わったことがあるので間違いないだろう。


 となるとこの廃墟街からいずこかに飛ばされるということか。呼び声に応えたことであの魔方陣が現れたということは、あの助けを呼ぶ者のもとへ、ソフィーリアのもとへ飛ばされるということなのだろうか。


 時間にしてほんの一瞬の出来事である。


 アレクセイは浮遊感が消え去り自らの脚が大地を踏みしめるのを感じ、転移は終わったのだと気づく。そしてここが、先ほどまでと変わらぬであろう廃墟街のどこかであること、目の前にいるのが最愛の女性などではなく、しかしよく見知った魔物であることに気づいた。


「……デーモン」


 憎々し気に呟くアレクセイの目の前には、巨漢の騎士である彼が見上げるほどの大きな魔物が立ちふさがっていた。


 四つの真っ赤な瞳に山羊や羊のように曲がりくねった角、人の胴回りほどの剛腕に握られているのは禍々しい刃を持つ大斧だ。忘れることなどできぬ容貌と力を持つこの魔物こそ、魔神の尖兵と呼ばれた魔物、デーモンであった。


「あ、貴方は……」


 そしてアレクセイの背後には一人の少女がへたり込んでいた。


 その腕には動くことのない何かが抱かれている。それはどうやら彼女と同じ年頃の少女のようだ。呆然として頬をいまだ乾かぬ涙に濡らし自分を見上げる少女と、自らを挟んで少女の前に立ちはだかる伝説の魔物。そして助けを求めるあの声。


 アレクセイは今の状況の全てを理解できずとも、騎士たる己が為すべきことを理解していた。

 轟音と共に左手に持つ大盾を石畳に打ち据えると、剣を胸に掲げ大音声にて名乗りを上げた。


「我が名はアレクセイ・ヴィキャンデル!ヴォルデンの騎士にして王の剣、力なき民の守護者なり!闇の申し子たるデーモンよ!我が剣で冥府の底へと葬らん!」


「グォォォォォァァァ!!」


 まるでそれに応えるかのように咆哮を上げるデーモン目掛け、アレクセイは盾をかまえ斬り込んで行った。

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