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小さき者たち

本日より更新再開します。

幕間に一話を挟みつつ、明日から第二章を更新していきます。

よろしくお願いします。

「んがっ!?」


 大口を開けて眠っていたアーサーは、自分のいびきで目を覚ました。そうして反射的に腕でよだれを拭おうとすると、自分が一切服を身に着けていないことに気がつく。見下ろせばそこには見慣れた、日焼けした自らの身体がある。


「は!?なんでオレ、裸なんだ!?」


 アーサーは自分の姿を見下ろして、古びたベッドの上で声を上げた。シーツとも呼べぬぼろ布をめくってみれば、故郷の村から着古した服も、なけなしの金で買った革鎧もない。自身の茶色の頭を探ってみれば、同じく故郷から巻いてきた鉢巻も見当たらない。

 完全無欠の、素っ裸であった。


 というか、そもそも自分はデーモンに殺されたのではなかったか。


 アーサーがベッドの上であぐらをかきながら首を捻っていると、先ほどのアーサーの声で目を覚ましたのか、隣のベッドに横たわっていたベラが起き上がった。


「うっさいわね~……もう、なんだってのよ」


 ベラが眠気を払うように頭を振ると、馬の尻尾のように頭の後ろで括られた赤毛の房が左右に揺れた。ついで大きく伸びをすれば、歳の割に豊かな胸が大きく強調される。同じようにむき出しの腹部も大きく反らされたのだが、傷一つない自分の腹を見たベラが驚きの声を上げた。


「んんっ!?」


 自分の腹をペタペタと触っていたベラであったが、顔を青くしたかと思うと表情を歪めて俯いてしまう。


「アーサー……」


「ん?おう、ベラ!お前も起きたのか」


 彼女が自分の名を呟いたのでそれに答えて見せると、ベラは勢いよく顔を上げてこちらを振り返った。すると両目を見開いてこちらを凝視していたベラの瞳にこんもりと涙が浮かび上がり、彼女は勢いよくベットから飛び出すと、自分に抱き着いてきたのである。


「アーサー!」


「んおわっ!?な、なにすんだよベラ!」


「アーサー!アーサー!」


 きつく抱きしめられているせいで彼女の身体の柔らかさを強く感じてしまい、アーサーは顔を真っ赤にした。ましてや今の自分は、何も身に着けてはいないのだ。とくに胸のあたりに押し付けられている二つの膨らみの感触は、やばい。


「バカ!お前、離れろよ!」


 アーサーは力任せにベラを引っぺがすと、幼馴染に抗議する。


 同じ村の出身でガキの頃から知った仲であるが、お互いに成長してからはこういう触れ合い方はしていなかったのだ。普段は自分のことをデリカシーがないだのなんだのと責めるくせに、自分もさして変わらないではないか。自分とて年頃の男なのだから、少しは考えてほしいものだ。


 続けて文句を言ってやろうと口を開きかけたアーサーであったが、いまだにベラの瞳に涙が溜まっているのを見て思いとどまる。


「アーサーあんた、ホントに生きてるのよね?」


 そう言うベラが両手で自分の顔を挟んでくる。むにむにと頬をつまむ彼女の手がこそばゆかったが、今度は抵抗せずにされるがままにしておく。しかし肩や腕を触って確かめていた彼女の手が胸や腹に降りてきたあたりで、アーサーはこらえきれずに声を上げた。


「い、いつまで触ってんだ!俺が大丈夫なことはもうわかっただろ!?」


 わめくアーサーを見たベラは、ようやっと少しばかり笑うと、その場にペタンと腰を落としてしまった。どうやら随分と心配をかけていたらしい。普段は口やかましくて勝気な彼女だが、ここまでしおらしくなった姿など、アーサーはこれまで見たことがない。


「まぁ、なんか……心配かけて悪かったな、ベラ」


「ホントよ、馬鹿」


 ベラはそんな憎まれ口を叩いて涙を拭った。ようやっと調子が戻ってなによりなのだが、ベラはそのままアーサーへの文句を垂れ始めた。やれ向こう見ずだの、少しは考えろだの、デーモンに敵うはずがないのに勝負なんか挑むなだの散々だ。


 初めは大人しく彼女の言葉を聞いていたアーサーであったが、だんだんと腹が立ってた。あの場で前衛タンクである自分が前に出たことは、間違いではなかったはずだ。仲間を守るために一党パーティの盾になることが戦士の仕事なのだ。


 アーサーとてデーモンを倒せるなどとは思っていなかった。適当に攻撃を防御して、隙を見て自分も逃げるつもりだったのだ。ただ少しばかり相手の攻撃が強すぎただけだ。


「し、仕方ねーだろ!戦士が前に出て何が悪いってんだ!」


 とうとうこらえきれずに、アーサーはぼろ布を払って立ち上がるとベラに向かってそう言い放った。

 あの時はデーモンを前に、これまでにないほどの恐怖を感じていたのだ。守ってやったなどとは思わないが、それでも誰のために自分が勇気をふり絞ったのか、少しは考えてほしい。


 そんな想いがいましがたの言葉には込められていたのだが、しかしベラはそこに気づくことも、何かを言い返すこともなく、目をまんまるにして一点を見つめている。


「ア、アーサー……」


「あん?なんだよ?」


 アーサーが訝し気にベラの視線を追ってみると、そこには自身には見慣れた息子の姿があった。そういえば自分はいま、なにも身につけてはいないのだった。


「うわバカヤロー!なに見てんだ!?」


「それはこっちの台詞よ馬鹿っ!見せつけてんのはそっちじゃない!」


 慌ててアーサーがぼろ布を身に巻くのと、ベラが視線を逸らしたのは同時であった。確かに裸であったことを忘れていた自分が悪いのだが、こういうのは普通逆ではないのか。


「べ、別に私はそんなの弟たちで見慣れてるし?ってゆうかそんな粗末なモノ見せられたって困るんだけど!?」


「はっ!?テメッ、これでも近所では俺が一番…」


 動揺のあまり二人揃ってよくわからないことを口走ってしまう。

 二人して顔を朱に染めながら、しばしの間意味のない言い争いをしていたのだが、突然そこに不機嫌そうな声が浴びせられた。


「うるさい」


 アーサーとベラはビクリとして振り返ってみると、そこにはシーツで身体の前を隠しながら半身を起こした少女、クロエの姿があった。青みがかった黒髪をガシガシと掻きながら周囲を見回していたクロエは、間抜けな顔で固まるアーサーたちに視線を戻すとぼそりと言った。


「で、なんで私たちは生きてるの?」






 クロエの言葉でなんとか平静を取り戻したアーサーたちは、まずは現状の確認を行うことにした。どうやら今自分たちがいるのは、マジュラ迷宮のどこかの廃屋の中らしい。そこに三人そろって寝かされていたようだ。


 そもそも自分たちは仲間の霊魂遣いの少女、エルサのためにこの迷宮へとやってきたのだ。彼女によれば強力な不死の魔物アンデットがこの迷宮にいるということ、そしてそれを従えるための秘策があるということだった。


 一党パーティとして戦力アップは歓迎すべきことだし、実際に目の当たりにした不死の魔物はいかにも強そうだった。いざ儀式とやらを始めようとしたところに亡者たちの襲撃があり、なんやかんやとしているうちに運悪くデーモンとかいう魔物に遭遇してしまったのだ。


 デーモンは見るからにヤバそうだったので即撤退を決め込んだのだが、どうやらアーサーの奮戦もむなしく全員揃って死んでしまったようだ。最初にアーサーが殺され、次いでそれを見て激高し向かっていったベラが殺されたらしい。クロエはせめてエルサだけでも逃がそうと無理を承知で戦いを挑んだようだが、力及ばずに炎に焼かれたという。


「せめてあの子だけでも無事でいればいいんだけど…」


「大丈夫だって、きっとうまいこと逃げてるよ」


 アーサーは心配そうに呟くベラの肩を叩いた。


 エルサを一党パーティに入れてひと月ほどであったが、彼女は儚そうな見た目に反して、意外にも強い少女であった。気配りもできて大人しいが、さりとて真面目にすぎるということもない。

 息の抜き方もほどよくわきまえていた彼女は、ベラたち女性陣ともうまくやっていたと思う。ベラなどはまるで彼女が幼馴染であるかのように仲良くしていた。


「たぶん彼女は無事」


 そんなとき屋内を調べていたクロエがこちらにやってきた。アーサーと同じく生まれたままの姿であった彼女は、ぼろ布を器用に身体に巻いて服の代わりとしていた。魔術師であった彼女の装備や持ち物一式は、デーモンに殺されたときに一緒に燃えてしまったらしい。


 クロエはその手に持っていた手紙らしきものをアーサーに放ってくる。それを受け取ったアーサーであったが、あいにくと自分は字が読めない。そのまま隣に座るベラに投げ渡すと、彼女は少し眉をひそめつつそれを開き始めた。


「エルサからだわ」


 羊皮紙でできた巻物を開いたベラは明るい顔でそう言ったが、読み進むにつれその表情は曇っていく。しまいにはその額に青筋が浮かび始めた。心なしか口の端もぴくぴく震えている。

 幼馴染であるアーサーには分かる。これはベラがかなり本気でキレているときの顔だ。


「エ、エルサからはなんて書いてあったんだよ?」


「あの子ったら、どうやら初めから私たちを置いていくつもりだったらしいわ」


 及び腰になりつつアーサーが聞いてみると、こちらを見ずにベラがそう教えてくれた。


 エルサがどこかの迷宮を目指していることは、話には聞いていた。強い不死の魔物を探してここに来たのもそれが理由であるし、いつかは腕を上げて、この面子でその迷宮を攻略しようと話していたのだ。そのとき嬉しそうに頷いていた彼女の笑顔が、嘘であったとは思えない。


 アーサーですら腹の底にムカムカとしたものを感じているのだから、エルサを可愛がっていたベラはなおさらだろう。見れば彼女はエルサからの手紙を強く握りしめ、小さく震えては何事かぶつぶつと呟いている。こうなった彼女が次に何を言い出すか、アーサーにはよくわかっていた。


「あの馬鹿を追いかけるわよ!一人でなんか行かせるもんですか!」


 ベラは勢いよく立ち上がると、拳を突き上げてそう宣言する。そしてもちろん、アーサーとてそれに反対するつもりは微塵もない。同じように立ち上がると、気合を入れるために両の拳を打ち付けた。


「ったりめーだぜ!男がかっこ悪いとこ見せたままで終われるかってんだ!」


「よく言ったわアーサー!もちろんクロエも来るわよね!?」


 瞳を輝かせながら自身を見つめるアーサーたちの視線に、クロエは少しばかり身を引いている。それでも常と変わらぬ眠たげな表情で、たっぷり間をおいてから彼女も頷いた。


「まぁ、別にいいけれど」


 覇気のないクロエの声に肩透かしをくらいつつ、そうと決まったアーサーたちは早速出発の準備を始めた。


 といっても、それまで持っていた荷物のほとんどが紛失してしまっている。服や武器がそのまま残っていたのはベラだけで、アーサーたち二人は素っ裸の状態だ。


 デーモンによって武器も防具も壊されてしまったアーサーであったが、廃屋の中に剣や鎧が討ち捨てられているのを見つけられたのは幸いであった。古びた板金鎧プレートアーマーはアーサーにはかなり重いが、装備する部位をいくつか限定すればなんとかなりそうだ。むしろこれまで着ていた革鎧よりも防御力は上がったくらいであった。


 逆に魔術師であるクロエが使えそうなものはこの家にはなかったのだが、どうやら魔法そのものは杖やローブがなくても使えるらしい。


「エルサが置いていったお金もあるから、とりあえずはこれでなんとかなると思う」


 侘びのつもりかエルサは手紙と共にいくばくかの路銀を置いていったらしく、それもけっこうな額の様で、革袋の中を見たベラがまた怒り出すほどだった。


「あの子ったらホントにもう…!」


「それより早くここを離れるべき。まだそう日は経っていないはずだから、急げば追いつくかもしれない」


 クロエの言う通り、エルサの足ならまだそう遠くへは行っていないはずだ。彼女の予想ではエルサは近在の街ではなく、ラゾーナあたりの大きな街に向かったのではないかということだった。


 北にあるというエルサの目的地に向かうには交易都市ラゾーナは避けては通れないはずだし、そうでなくとも大きな街でならエルサの情報も集めやすいかもしれない。


「よし!それじゃあ早速あの子を追いかけましょう!」


 ベラがそう号令をかけると一行は廃屋を後にした。彼女の後を歩くクロエは、なにやら先ほどまでいた建物を訝し気に振り返っていたが、アーサーが何事か問いかけると黙って首を振ってまた前を向いた。


(待ってろよエルサ。今度はだらしねーとこ見せねーかんな!)


 最後尾を歩くアーサーは、鎧と共に拾った剣の柄を叩きつつそう決意を新たにしたのだった。


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