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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第一章 不死の夫婦
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第14話 旅立ち

第一章はここまで。


第二章は4/23(月)より再開します。


「なるほど、これが君の言う"よい考え"か」


「ええ、なんの問題もないでしょう?」


 誇らしげに胸を張るソフィーリアの笑顔と、目の前で泡を吹いて倒れる兵士の姿を見て、アレクセイは静かに溜息をついた。






 彼女の言う"よい考え"を見るために迷宮の出口へと向かったアレクセイたちは、そこにエルサの言った通り数名の兵士と彼らの詰め所らしき建物があるのを見つけた。

 詰め所というよりも掘っ立て小屋のような様相だが、訪れる者も少ない迷宮ではこれでも問題ないのだろう。そしてやはり中には三人ほどの兵士が詰めているだけなのだという。


 アレクセイとしてはそんな人数で魔物に対応できるのか疑問であったが、エルサに聞いたところによると彼らはあくまで異変が起こった際に、それを近在の街に知らせるためにいるらしい。詰め所には結界が張ってあるらしく亡者たちも近寄れないそうだ。ただその効力はソフィーリアが張ったものと比べれば微々たるものなので、自分たちが特に気にする必要もないだろう。

 物陰に隠れて門番たちを見ていたアレクセイは、後ろにいるエルサへと問いかけた。


「それで、エルサ君。あれが迷宮の出入り口かね?」


「はい…どうしました?」


「いや、想像と少しばかり違ってな」


 門というからには文字通り城門のようなものを想像していた。しかしそこにあったのは厳めしい鉄扉などではなく、表面を七色に揺らめかせた大きな鏡であった。大きさはなかなかのもので、アレクセイが三人横に並んでも通れそうだ。あれなら人に限らず物資の出し入れも容易いだろう。また形がよくある円形ではなく真四角なのも珍しい。


 エルサは"迷宮はこことは違う異次元にある”と言ったが、なるほどあれならば異世界への入り口に相応しいだろう。


 アレクセイはそう考えてふと天を見上げた。特に意識はしていなかったが、自分たちの頭上にある太陽ももしかしたら自分の知っているものとは違うかもしれない。


(まぁ、そういったことは賢者なりが考えることだな)


 アレクセイは頭を振って思考を断ち切ると、傍らの妻に問いかけた。


「して、ソフィーリアよ。ここからどうするつもりなのだ?」


「ふふ。まぁ見ていてくださいな」


 言うが早いがソフィーリアは物陰から出ると、堂々と詰め所に近づいていく。不可思議な鏡の脇には二人の門兵が控えていたが、道中特に障害物などもないのでその姿はすぐに彼らの目に止まった。


 ソフィーリアに向かって一人の兵士が近づいてくる。槍こそ向けられてこそいないが、闇霊だと感づかれればその限りではないだろう。ただの門兵にソフィーリアをどうこうできるとは全く思ってはいないが、見ているアレクセイとしては気が気でなかった。


 アレクセイの心配とは真逆に何やらにこやかな雰囲気で話しをしていたソフィーリアと門兵であるが、兵士の方がいきなり泡を吹いて倒れてしまったのである。これには見ていたアレクセイたちも仰天したが、相方の門兵はさらにであろう。何事かとソフィーリアの方へ近寄ったが、彼女が顔をそちらに向けるとその兵士もまた泡を吹いて昏倒してしまった。


 アレクセイたちが呆気に取られていると、ソフィーリアは詰め所の方へと歩いていく。そしてその身体は詰め所の扉をすり抜けるようにアレクセイたちの視界から消えてしまった。そしていくらも時間の経たないうちに彼女は再び姿を現した。笑顔でこちらを手招きするソフィーリアを見て、アレクセイとエルサは顔を見合わせると物陰から出ることにした。


「ソフィーリアよ、これは一体どういうことだろうか」


 白目を剥いて痙攣する兵士を見るからに、どうやら命まで奪ったわけではないようだ。なんとなく返答が予想できてはいたが、アレクセイはソフィーリアに問うてみた。


「少しばかり瘴気を当ててみたのです。それでエルサさんを気絶させてしまったことがあったでしょう?もしかしたらと思って…うまくいってよかったですわ」


「ソフィーリア…」


 彼女のの予想通りの答えにアレクセイは溜息をつくほかなかった。彼女もまた、かつて他国の人間より"脳みそが筋肉でできている"と揶揄されたヴォルデンの人間なのだということを、アレクセイはしみじみと実感していた。どちらにせよ騎士と神官戦士の自分たちにできることは多くない。この時代の人間であるエルサから妙案が出なかった時点でとれる方策はいくらもなかったのだ。


(まぁ過ぎたことを後悔しても仕方がない。一夜の夢と思って忘れてくれ、罪なき兵士たちよ)


 うんうんと唸っている兵士たちにアレクセイは胸中でそう謝ると、とにかくこの場を早く立ち去ることにした。


「それでエルサ君、この門の向こうにも詰めている兵なり職員なりがいるのだろう?」


「そうですね…なので、えっと、ソフィーリアさん?」


「任されましたわ!」


 意気込む妻の姿を見下ろしながら、アレクセイは再び溜息をついたのだった。





 鏡のような迷宮の門を抜けるのは一瞬のことであった。


 感覚としては水の中に飛び込んだ瞬間と似ている気がする。何か薄い膜のようなものを通り抜けたかと思うと、もうそこは迷宮の外であった。

 向こう側、つまり迷宮の入り口側の門もまた同じように大きな真四角の鏡であった。そしてそれを中心に石造りの建物を造ったらしい。見回してみるとどうやら小さめの寺院の様なつくりで、かなり古いもののようだ。マジュラ迷宮はかなり昔に見つかったとエルサが言っていたから、その時に建てられたものだろう。どちらにしても、普通に考えればこんな鏡の向こうに広大な廃墟都市が広がっているとは思わない。


 アレクセイが周囲に巡らせていた視線を戻すと、そこには自分たちに先んじていたソフィーリアの姿と、やはり目を回して倒れている門兵の姿があった。すぐ近くには彼らと違い鎧を纏っていない平服の人間も倒れ伏している。彼らがギルド職員だろうか。


「あなた!今度は目を合わせずとも気絶させることがかないました!これで姿を見られることなく相手を…」


「ソフィーリア」


 喜色満面で寄ってくる妻をアレクセイは彼女の名を呼んで押し止めた。自分で思っていたよりも低い声が出たことにアレクセイ自身驚いたが、ソフィーリアもまた驚き目を見開いている。その瞳は赤く、心なしかぼんやりと光っているようにも見える。そして感じられる闇霊の気配も、常より濃い。

 ソフィーリアは自身の手を見下ろし、呆然としたように呟いた。


「わ、私…いま…?」


 アレクセイがそんな妻に声を掛けようとしたとき、背後の鏡からエルサが出てきた。彼女はそんなアレクセイたちを見やると小首を傾げた。


「あれ?お二人ともどうされました?」


「いや、なんでもないんだ…早く外に出よう」


 アレクセイはそう言って会話を断ち切ると寺院の出口の方へ歩き出した。


「おぉ…」


 そして外の光景を見たアレクセイは、今しがたの不穏な空気を忘れて思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 目の前には広大な夕焼け空と、土と岩と緑の入り混じった雄大な平野が広がっていたからだ。マジュラ迷宮の入り口がある建物は、垂直に切り立った崖の上に建てられていたのだ。よくぞこんなところに、といった場所に見つかったマジュラ迷宮はなるほど人が来ないのも納得の辺鄙さだろう。だが眼前の光景だけでも見る価値はあるのではないか。

 かつて世界中を旅したことのあるアレクセイをして、そう思わせるだけの美しさがここにはあった。


「まぁ…」


 遅れてきたソフィーリアもまたアレクセイの横で絶景に目を奪われていた。最後にやってきたエルサが少しばかり得意げな顔でアレクセイたちに言う。


「綺麗でしょう?って私も夕焼けは初めて見るんですけど…五百年後の世界にようこそ、です」


 そうやってしばしの間三人で夕日を眺めていたが、エルサはこちらを見やると用事があると言って建物の中へと戻っていった。


「気を使わせてしまったかな」


「そうみたいですね」


 目の前の光景から目を離すことなく、アレクセイは妻に向けて語り掛けた。

 ソフィーリアもまた頷くと、夫の方へと身を寄せてその腕を抱いた。これまでとは違って身長差が開いた分、寄り添うというよりも子供が親の手を握っているかのような構図だ。それでもソフィーリアは今まで以上に情愛を込めてアレクセイの腕に頬を寄せている。


「ソフィ、あまり闇霊の力を使うのはよくない」


「……はい」


 アレクセイは妻に向かって静かにそう告げた。

 彼女が≪闇霊≫(ダークレイス)としての力を使うたびに闇の気配が強くなっているようだった。そしてそれは彼女の精神にも影響しているらしい。

 思えば亡者相手に≪念力≫を使っていたときから兆候はあった。彼女は新しい力を手に入れたとしても、それを嬉々として相手を傷つけることに使うような性格ではない。彼女は魔物を相手に慈悲も容赦もしないが、それでも戦神でもあるゾーラを信じればこそ、命の奪い方には人一倍敬意を表するものだ。


 そもそも炎の神ゾーラが司るのは"愛"と"戦い"である。


 戦いを愛することと、相手を害することに喜びを感じることは全く違う。それは騎士であり人の命を奪う軍人であるアレクセイにも言えることだ。そのことを忘れたとき騎士は騎士ではなくなり、人はそれを"堕ちる"と言うのだろう。


「私自身、あなたに言われるまで自覚がありませんでした。これが、これが≪闇霊≫(ダークレイス)なのですね」


 それにこれが私の本質だなんて、思いたくはありませんから。


 ソフィーリアは小さくそう呟くと瞼を閉じていっそう強くアレクセイの腕をかき抱いた。

 そんな妻の姿を見たアレクセイは、勢いよく彼女を持ち上げるとその腕に抱いてみせた。


「きゃ!?あなた!?」


「はは、霊体であってもこのように触れ合えるのだな」


 ここまで生前と同じように触れ合えるのなら、それはもう生きているのとさほど変わらぬのではないか。


 目を白黒させつつ頬を赤らめているソフィーリアの姿を見て、アレクセイはそう考えるようになっていた。愛する妻の真紅の瞳を間近に見つめながら、アレクセイは優しく語り掛けた。


「なぁソフィ、思うに≪闇霊≫(ダークレイス)≪さまよう鎧≫(リビングメイル)といったことは関係ないのではないかな。私はアレクセイ・ヴィキャンデルであり、君は我が妻ソフィーリア・ヴィキャンデルなのだ。たとえ肉体は滅びていようとも、君をこうして感じられるのなら私の意識は、魂は生きているのだ。それを忘れなければいいのではないかな」




 死が二人を分かつまで。




 ゾーラならぬ異教においては結婚の際にそんな文句を言うらしいが、アレクセイには全く理解ができない。アレクセイは肉体が死んだ後もこうして妻を愛しているではないか。ゾーラ教にはそんな言い回しは存在しない。夫婦は死んでも夫婦なのだ。肉体は灰となり、魂は炎となって"一なるところ"へと帰り、そこでまた出会うのだから。


「大丈夫だ。君は≪闇霊≫(ダークレイス)なんかじゃない。私が愛した人間、ソフィだよ」


「…はい、あなた」


 アレクセイの力強い言葉に、ソフィーリアは真紅の瞳いっぱいに涙を貯めながらも晴れやかに微笑んだ。


 その笑顔は、眼前の夕焼け空にも負けぬ美しさであった。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

これからもよろしくお願いいたします。

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