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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第118話 エンツ古城の迷宮主

「この階段を昇った先が迷宮主の間だぜ」


 ガネルがそう言って親指を突き立てたのは、長い石階段であった。数々の罠を越え行きついた、≪エンツ古城≫の最奥部である。だがそこは迷宮の最上部に当たる位置にあるらしい。それはアレクセイの想像していたものとは、少々違うものであった。


「てっきり下に行くものだと思っていたが……ここの主は上にいるのか。まぁ城主は大抵天守にいるものだしな。道理ではあるか」


「今まで挑んできた迷宮主は、いずれも迷宮の最深部、地下にいましたものね」


 アレクセイはなんとなくだが、ここのような建造物型の迷宮の場合は、その主は地下にいるものだと思っていた。≪アガディン大墳墓≫の迷宮主はまさしくそうであったし、≪ミリア坑道≫の主であるゴブリンキングも坑道の最奥部にいたものだ。この迷宮自体が巨大な岩壁に半ば埋め込まれるように建てられているだけに、その空間は下方向に広がっていると考えていたのだが。

 もっともこれほどに城内に罠を張り巡らせた城など、アレクセイは見たこともないのだ。これまでの常識が当てはまると考える方が間違いというものだろう。


「ちなみにここの主は、どういった相手なのだ?何か情報はあるのか?」


「……俺は途中でおっ死んじまったからな。よく知らねぇんだわ。今の時代には何か伝わってはいないんかい」


 ガネルは不機嫌そうにそう言って鼻を鳴らすと、視線をモルドバへと向けた。


『残念ながら何も。どうやらこの迷宮を攻略したのは勇者カイトのみみたいだからね。彼がここに来たという伝承は残されているけれど、実のところカイトと迷宮にまつわる話はほとんど残っていないんだ』


 そして度々その名を聞く"迷宮の勇者"と呼ばれるディーンも、ここには訪れてはいないらしい。もっとも宝珠の持つ力がもっと世に知られていれば、ここまでこの迷宮が廃れることもなかっただろう。たとえ罠が多く戦利品の多くに価値がなかろうとも、死者を蘇らせる宝は命を懸けるに値する筈だ。


「お前は勇者本人から宝珠の話を聞いたのだろう?そのときに、この迷宮のことも尋ねなかったのか」


「はっ!あんないけ好かない野郎に教えを乞うなんざ、真っ平ごめんってモンだ」


 いかにも苛立たし気にガネルは地面を蹴り上げる。どうやらよほど勇者のことが嫌いらしい。


「そういえば先ほどもガネルは、勇者カイトなる人物の事をそのように言っていましたね。その方はその……そこまで難のあるお方なのですか?」


 遠慮がちに尋ねたソフィーリアの問いに答えたのはモルドバである。


『善にして万能の勇者カイト、ってのが太陽教会の広めた勇者伝説さ。そして坊さんが語るそんな話ほど、胡散臭いものはないよねぇ。勿論悪人ではなかったみたいだけどね。なんというか、伝えられている話を統合するに……空気の読めない人物だったみたいだね』


 勇者カイトは絶大な力でもって魔王を滅ぼした、まさに救世の英雄であった。つまりは並ぶ者のいない戦士であったわけだが、それが為政者としての資質や人々を導く度量に繋がるわけではないのだ。損と得を見極め、時には冷徹に決断を下す。しかして情を忘れてはならない。そのどちらに偏ってもいけないのである。

 そう言う意味ではカイトは人情家であった。ありすぎた。正義感と道徳心に溢れすぎた彼は、戦争後に様々な分野に口を出し始めたのだ。しかし世の人々は彼の名声と武力を恐れ、口を挟むことも憚られた。結果として後世には、カイトを称えつつも煙たがるという、奇妙な伝記が数多く残ることになったのである。


『あとは女好きだっというのもあちこちに残っているね』


「それはお前も同じではないか、ガネルよ」


 アレクセイが半ば呆れながらそう言うと、ガネルは心外だとばかりに腕を振り上げた。


「バッキャロウ!!遊びと本気の区別くらいあらぁな!!俺たちドワーフは()()と決めた相手には筋を通すモンだ。あの野郎みたいに五人も十人も嫁を取ったりはしねぇよ」


「それは……大した人情家だな」


「……そうですわね」


 英雄色を好むというが、限度があろう。アレクセイとて呆れてしまうが、一夫多妻を認めていないゾーラ教の神官たるソフィーリアは、もっと冷ややかだ。彼女の中で、かの勇者に対する好感度は随分と下がってしまったことだろう。


『ま、カイトのことは置いといてだ。これまでの傾向を見るに、やっぱり骨絡みの迷宮主なんじゃないかな?それかそれらを生み出した異世界の死霊術師か。いきなり毛色が違う相手が出てくるなんてことはないんじゃないかな』


「まぁ、そんなところだろうな……よし、各々準備はよいな?」


 アレクセイは自身の装備を確かめる。ここまで幾度かの戦闘はあったが、消耗は全くない。それは闇霊たるソフィーリアも同じである。


「アンデットってのは、こういうときラクでいいわな。戦の前に小便しとく手間がいらねぇ」


「もう、ガネルったら」


 くだらないないことをのたまうガネルに、ソフィーリアは苦笑している。見ればエルサもなんともいえない顔で笑っていた。こういうガネルの軽口もまた、アレクセイには懐かしく感じられるものだ。戦の前に笑えるというのは、実は大事なことなのである。


「うむ、よさそうだな。では早速、この城の主の顔を拝んでやろうではないか」


 そのようなアレクセイの号令の下に、一行は上階への階段へと足を掛けたのである。そうして長い階段を昇った先に見えたのは、やはり骨の怪物の姿であった。ただし、これまでとは幾分と異なる造形をしている。


「これは……大きいですねぇ」


 迷宮主らしき魔物の姿を眺めて、エルサが感嘆の息を吐いた。彼女の感想の如く、この迷宮の主は巨大な骨の魔物であった。その大きさは優にアレクセイの三倍はあるだろうか。一緒に遠巻きにその姿を眺めているソフィーリアも、実に不思議そうな表情で口元に手を当てている。


「≪巨人(ジャイアント)骸骨(スケルトン)≫でしょうか。ですがあの頭は……」


『間違いなく竜のものだろうね。大きさからして……古竜(エンシェント)かな?』


 モルドバの言う通り、巨人の骨らしき魔物の頭部は、竜の物へと挿げ替えられていたのである。しかも腰から下には、蜘蛛の如く八本の足が伸びていた。明らかに自然の生物とは思えぬ、尋常ならざる姿である。


「真っ当な相手だとは思ってはいなかったが、こういう手合いか。あれもやはり、死霊術によって造られた魔物なにか?」


『だろうね。複数の生物の肉体を継ぎ接ぎして一個の魔物とするのは、魔導生物においてはまぁよくあることだから。それの骨版と考えれば何も不思議なことはないさ。まぁ私は、あまり好きなやり口じゃあないけどねぇ……≪(ドラゴン)巨人(ジャイアント)蜘蛛(スパイダー)≫は盛り過ぎだよ』


 その上あの魔物は、両の手に巨大な骨のこん棒を握りしめていた。もしかしたら武術の心得すらあるのかもしれない。そうなれば≪竜巨人蜘蛛戦士≫だ。それは確かに属性過多というところだろう。


「やっぱり近づいたら動く、のでしょうね」


「ま、そういうモンだろうな。成程、あいつが暴れるための、この広さってワケかい」


 固唾を飲んで迷宮主を見つめるエルサの言葉に、ガネルが同意する。今もこうしてアレクセイたちがのんびりと語らっていられるのは、件の魔物が動きを見せていないことと、遠巻きに眺めていられるくらいにこの場が広かったからである。


 最上階はこれまでと同じように石造りの、しかし広大な面積を持つ屋上であった。頭上には赤茶けた迷宮の空が広がっている。天守をこういった形にする形式の城など、アレクセイは見たこともない。故にこれはやはり異世界の様式なのだろう。見ようによっては、侵入者と迷宮主が戦うための闘技場のようにも見える。ガネルの評もあながち外れているとは言えないだろう。


「とはいえ、ああいった相手の方が私もやりやすいがな。魔術師あたりだと、実に骨が折れる」


「そいつはシャレのつもりか、アレクセイよ?ま、それは俺も同じだがな。大鎚で叩いてぶっ壊せる相手の方が俺ぁ好きだぜ。デケェつっても、邪神竜に比べりゃガキみたいなモンだ」


 ガネルが大鎚を構えるのと同時に、アレクセイも剣を抜き放つ。相手の大きさを考えると、やはり今回もエルサの出番はないようだ。彼女には申し訳ないが、ソフィーリアを護衛に付けてここは男二人に任せてもらうことにした。


「いつも蚊帳の外のようにしてしまってすまないな、エルサくん」


 アレクセイがちらと後ろを向いてそう謝ると、エルサは慌てたように手と首を振った。


「そんな!私の方こそ、いつも役に立てずすみません……折角モル先輩から父の技を教わったのに」


 悔し気に俯くエルサの肩に手を置いて、アレクセイは頭上から語り掛けた。


「そんなことはない。ここまでの道中、君はよくやってくれたさ。そしてそれはこれからも変わらぬ。適材適所ということだ。ここは我らに任せておけ」


 アレクセイがそう言うと、ソフィーリアもまたそっと歩み寄り、彼女の手を取って微笑んだ。二人の顔を見上げたエルサは、その後力強く頷いた。


「はい!が、頑張ってください!」


 アレクセイはそれに頷き返すと、ガネルと共に迷宮主の方へと近づいていく。また魔物の姿をよくよく見れば、その竜の頭の額に赤い球のようなものがはめ込まれているのが確認できた。恐らくはあれが≪赤き宝珠≫という宝だろう。もしかしたらあの秘宝の力を動力源に、迷宮主は動くのかもしれない。


「となれば、尚更気合が入ろうものだな。ガネルよ、くれぐれも宝珠ごと相手の頭を叩き潰すのではないぞ?」


「うるせぇやい!おめぇこそ、調子のって潰されんじゃねぇぞ。おめぇときたら、何でもかんでも盾で受ければいいと思ってやがるからな」


「フフ、ぬかしおる。そら、ようやっと相手はこちらに気が付いたようだ」


 見れば竜巨人蜘蛛なる迷宮主は、うっそりとその頭をもたげている。真っ暗だった眼下には赤い光が宿り、それは明確にアレクセイたちの姿を捉えていた。そしてアレクセイが挑発するかのように剣の切っ先を向けると、迷宮主は骨の顎を開き天高く吠えた。


 八本の足を動かし、轟音を立てて迫る骨の巨人。迎え撃つはアンデットと化した二人の戦士。≪エンツの古城≫が世に現れてより二回目の迷宮主との戦いが、こうして始まったのである。

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