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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第117話 進めアンデット

「おじちゃん!そこにスイッチみたいのがあるよ!」


「よしきた!」


 迷宮内に幽霊少女アイの声が響く。それに威勢よく応えるのは、いまやスケルトンと化したガネルだ。ガネルは少女の指さしたところにドタドタと走り寄ると、その場にかがみ込んだ。


 そこにあるのはこれまでアレクセイたちを苦しませた、罠の起動装置である。ウィプスマザーであるアイのおかげで、罠らしきものを感知することは容易になった。躱せるものならよいのだが、進路上どうしても避けて通れないものも存在する。そういった時に頼りになったのが、からくりに明るいドワーフのガネルであった。


 今やスケルトンと化したドワーフは腰のカバンからいくつかの道具を取り出すと、手慣れた様子で罠の解除に取り掛かった。ドワーフ族は鍛冶仕事はもちろん、細工物といった加工品の製造も得意な種族である。当然ガネルもその一人であり、彼はより高度な「からくり」の製作で名を馳せた人物であった。そして骨となった指先であっても、往年のその技は鈍ってはいないらしい。


「うむ。やはりこういったものに詳しい仲間がいると、心強いな」


「私たちは、こういったことはさっぱりですものね」


 アレクセイとしては、妻と並んで友の後姿を眺めるのみだ。エルサはアイと一緒に、ガネルの仕事ぶりを観察している。後学のためにドワーフの指さばきを学びたいらしい。門外漢だろうに勉強熱心なことである。

 幽霊少女であるアイの方は、単純に好奇心によるもののようだ。幼い少女はいまやすっかりガネルに懐いている様子であった。一番小さなその背中を見ながら、アレクセイは呟いた。


「しかしあの娘は随分と早くガネルと打ち解けたようだな」


「あら、もしかして、あなたよりも早く仲良くなったことに妬いていらっしゃるの?私なんて、いまだに少し怖がられていますのに」


 残念そうに笑うソフィーリアに、アレクセイは肩をすくめてみせる。


「さてな。だがあ奴は昔から、不思議と子供に好かれていたからな。おかしな話でもあるまい」


 多くの同族と同じく、ガネルはむっつりとしたしかめっ面に豊かな髭と眉毛を生やした、生粋のドワーフ顔だ。その上いつも不機嫌そうに眉根を寄せているから、初めて相対した人間からは怖がられがちであった。

 それでもなぜか子供たちには好かれていたのをアレクセイは覚えている。背丈が低いのと、ぶっきらぼうだが遠慮のない性格が子供たちと合ったのかもしれない。だが今となってはその素顔も髑髏と化している。無骨な兜に収められているが、それでも恐ろし気なことに変わりはないのだ。


「ガネルの生来の気質を感じ取ったか、あるいは同じアンデットだからか……ともあれ無邪気な子供ほどガネルは気に入られやすかったな」


 アイは物珍しそうにガネルの手元を覗き込んでいる。当の本人はいかにも邪魔くさそうにしているが、霊体ゆえにその身体を払うこともできていない。危険なこともないだろう。


 そうこうしている内に罠の解除が終わったようだ。立ち上がったガネルはさっさと道具を仕舞い込むと、アイを引き連れて帰ってきた。


「おう、終わったぜぇ」


「流石はガネルだな、助かった」


「お疲れ様です。して、どのような罠だったのでしょう?」


「まぁなんだ、飛び出る剣山みたいなヤツだぁな。ほれ、ここを見てみろ」


 ガネルはそう言うと床の一部を指さした。そこはこれまでと同じような石畳であったが、よく見ると石と石の間に等間隔で隙間がある。


「ここから薄い刃が飛び出る仕組みだ。同じモンが両の壁やら天井やらにあるから、そこのスイッチを踏むと、それになます切りにされちまうって話よ。しかも只の刃じゃねぇぜ。なにせ……」


「白っぽい、キラキラした剣みたいなのだったよ!」


 ガネルの説明を遮るようにアイが元気よくそう言った。ウィプスマザーであるアイは、自身が使役するウィプスを通じて周囲の光景を視ることができるのだ。その力を使えば、壁や床の裏に隠された仕掛けを見破ることは容易かった。


「白っぽい剣とな?」


「あぁ、話を聞くにミスリルの剣山みてぇだ。豪勢なこったが、これじゃあ大抵の防具は紙切れ同然だぁな」


 ミスリルといえば高級武具の素材として有名な上位金属だ。そんな刃がこの通路一帯に張り巡らされているのなら、相当な量ということになる。金貨に換算すればかなりの額であろう。話を聞いていたモルドバが感嘆の声を上げた。


『そいつはずごい。他の冒険者が見つけたら喜んで来るだろうね。ああでも、そもそもこんな深層まで来た連中はいないのか。それに骸骨兵士たちも手練ればかりだったからね。並みの冒険者じゃ突破できないだろう』


「そうか、冒険者の糧は何も武具や財宝ばかりではないということか」


 考えようによっては、この迷宮のあらゆる物が金に代わるということだ。精緻な紋様が刻まれた壁の石ですら、持っていくところによってはいい値が付くだろう。徹頭徹尾戦士であるアレクセイにはない考えだ。


『まぁそれでも割のいい迷宮、悪い迷宮というものは存在するからねぇ。宝石類の算出で有名な≪ジェルド鉱山≫とかがいい例だね』


 モルドバ曰く、そこにはスライムと小型の蟲の魔物しか出没しないため、低位の冒険者でも容易に一攫千金が狙えるのだという。そう考えれば先の罠はあまり()()()ものではないかもしれない。ガネルだからこそ罠の解除が速やかに行えたが、只人であれば熟練の盗賊でもなければ難しいだろう。


「ガネルはここ以外の迷宮にも入ったことはあるのか?」


「いんや。魔王がおっ死んでから、俺ぁドワーフの国の復興を手伝ってたからな」


「ほぅ、お前がか?」


 ガネルは特異な体質と性格故に、彼の種族の中でも浮いた存在であった。竜狩りの旅を経て彼に対する周囲の目は変わったが、偏屈なガネルはそれでも同胞たちとの関わり合いを避けていたはずだ。だからこそ客分として、長きに渡りヴォルデンに逗留していたのだ。だがそんな彼も、一族の興亡には無関心ではいられなかったようだ。


「そりゃぁな。神竜を倒した途端掌を返した嫌な連中だが、滅んじまえとまでは思わねぇしな。ヴォルデンもなくなっちまったし、からくりを作る気分でもなかったから、ま、一時の暇つぶしよ」


「でもガネル、それならばなおのこと、迷宮は有意義な存在なのではないですか?貴重な素材や財宝が金貨に変われば、それだけドワーフ族の復興の助けになると思うのですけれど」


 金の力は大きい。生きるのに必要な衣・食・住を整えるには、結局のところ金貨が一番有用なのだ。そういう意味では、魔王が開いた迷宮は戦後の人々の大きな助けになっていた。


「俺も同胞共にはそう言われたよ。だがなぁ、見知った連中がたくさん死んじまってから、俺ぁ戦が嫌になっちまってなぁ。魔物なんて見て楽しいもんでもねぇからな。金が取れるならテメェらで行けって、断ってたのよ」


 なんともガネルらしい、偏屈なことである。ただその当時の彼の心持ちを思うと、アレクセイには何も言うことができなかった。少ない友を失い、心を許しきれない同胞たちのために働いていたガネルなのだ。そんな彼に再び危険な迷宮に潜れと言うのは酷なことだろう。


「……それでも貴方は、この迷宮に潜ったのですね。私たちのために……」


「やめろやめろ!そういう雰囲気を出すのは!俺は俺のやりたいようにやってんだ。それに色々あったが、こうしてオメェらにも会えたんだから、それでいいってことよ。ま、俺ら全員魔物になっちまったがな」


「はは、まったくだ」


 アレクセイは≪さまよう鎧(リビングアーマー)≫、ソフィーリアは≪闇霊(ダークレイス)≫、当のガネルは≪動く骸骨(スケルトン)≫だ。そこに≪ウィプスマザー≫のアイや≪霊狼≫のネッドなども含めれば、まさにアンデットの行進だ。奇妙な縁だが、不死者だからこその繋がりであろう。

 そんな一同をエルサの腰元から眺めて、感慨深そうにモルドバが唸る。


『う~ん、実に壮観だねぇ。ここに≪歩く死体(ゾンビ)≫でもいれば、王道アンデットの揃い踏みなのだけれど』


「うむ、それは少し御免被るな……さて、では奥へと進むとしよう。ガネルによれば、最奥までもう少しだからな」


 そうして罠を解除した一行は、再び迷宮の奥へと歩みを進める。するとすぐに、エルサの腰元に吊り下げられた頭蓋骨、その先にいるモルドバが口を開いた。


『さて、それでガネルさん、話の続きなのだが』


「ったく……オメェもしつこい奴だな。そんなに俺の話がおもしれぇのか?」


『勿論だとも!歴史の探究者である私にとって、かつての話を"生"で聞ける機会というのはとても得難いものなのだよ!ほかのドワーフたちは仲良くなればいくらでも話をしてくれるのだけど……彼らには過去を顧みない者も多いからね。あんまりいい話は聞けないんだ。エルフはそもそもが非協力的だし』


「はっ!耳長らしいこった。ま、連中は人の政には無関心だからな。それに人と結んだ協定もあらぁな」


 ガネルが言うことはアレクセイも心得ている。長命且つ強大な魔力を持つエルフ族は、本来であればこの大陸を制覇するのにもっとも近い種族であるのだ。だが森の民でもある彼らは世の均衡を望む。ゆえに自分たちの存在が戦の火種にならないよう、人間たちと不可侵条約を結んでいた。


 人の歴史は国の歴史。そして戦争の歴史でもある。エルフたちが語りたがらないのも道理である。歴史の研究者であるモルドバからしてみれば、さぞかし歯がゆいことであろう。


『そうとも。そしてアレクセイくんたちをこの迷宮に呼び寄せたのは私なんだ。恩に着せるわけではないけれど、少しくらい話を聞かせてもらっても罰はあたらないと思うね』


「かぁー!人間ってのは、いつの時代も欲深くて嫌になるぜ」


 などと言って、ガネルは先ほどからモルドバに対して協力を拒んでいた。死霊術師を疎ましく思う気持ちも分からないではないが、今となっては自分たちもさほど変わらない存在である。こうして友にも会えたのだから、少しばかり手助けしてもよいだろう。

 アレクセイはうっそりとガネルの傍に歩み寄ると、その肩に手を置いてこう語りかけた。


「ガネルよ、欲深いのはドワーフも同じだったと私は記憶しているのだが。金銀財宝と良質な鋼に目がないのが、鉄と岩の種族の心意気と聞いた覚えがあるな」


「ウグッ!」


 妻たるソフィーリアも、淑やかに微笑みながらそれに加勢する。


「ふふ、そういえば竜狩りの旅の最中も、ガネルが宝石やら珍しい武具やらを取りに行ったことで、危険な目にあったことがありましたわね?」


「ググッ、おめぇら、言ってくれるじゃねぇか」


 自分より頭三つは高いソフィーリアの笑顔を見上げて、ガネルはとうとう観念したようだ。がくりと肩を下ろすと、エルサの腰元のモルドバに向かってぞんざいな様子で言い放った。


「…ったく、分かったよ。人間どもの歴史だったか?いいぜ、俺が覚えている限りのことは話してやんよ。だが一回しか言わねぇから、よぉく聞いとくんだな」


『おお、ありがたい!!って少し待ってくれ、今すぐ紙とペンを……うわわっ!!』


 なにやらガタガタと物音が響く頭蓋骨に笑いながら、一行は迷宮の奥へと進んで行った。

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