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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第116話 ガネルの実力

「かぁ~!!ったく、柄にもねぇトコ見せちまったぜ!!」


 迷宮の石廊下に、ガネルの叫び声が響く。

 先ほど再会の盃を交わし合った際、感傷的な雰囲気になってしまったのを恥じているのだろう。ドワーフは仁義に厚いが、湿っぽいのは好まない。久方ぶりに友人と出会ったのなら大いに喜び、別れの時には潔く別れる。そういう種族なのである。


 だがアレクセイの隣を歩くこの男は、自身の想像以上に、自分たち夫婦のことを想っていてくれたようだ。


「いや、友として嬉しく、また誇らしく思ったぞ」


「ケッ!兜で見えねぇからって、恥ずかしいことをサラッと言う奴だ」


「表情が変わらぬのは、お互い様ではないか」


 骨の拳で鎧を叩くガネルに、アレクセイは苦笑する。彼らしいいかにもな照れ隠しだが、その気持ちはアレクセイとて同じだ。エルサぐらいの年頃ならともかく、大人としてそれなりの時を過ごした自分たちには、先の邂逅はいささか感傷的に過ぎた。アンデットの身体でなければ、相応に恥ずかしい表情をしていたかもしれない。


(大人の方が存外に涙もろかったりするからな。うむ、つまりはそういうことなのだ)


 アレクセイは一人でそう納得する。ふと気配を感じて振り返ってみれば、ソフィーリアが口元を抑えて微笑んでいた。


「笑うとは、ひどいではないか」


「いーえ。でも、久しぶりにあなたのそういうところが見れて、私嬉しいです」


 からかうような伴侶の言葉に、アレクセイは肩をすくめるのみだ。

 ガネルのおかげで帰ってきた指輪によって、今のソフィーリアは本来の姿を取り戻していた。すなわちそれは少女ではなく、成熟した大人の女性の身体である。アレクセイにとっては一番見慣れた姿だ。

 ガネルとの再会も嬉しいことだが、何よりもそのことが喜ばしかった。


 そんな中、些かならず冷ややかな声が間に入ってきた。


『五百年の時を経てなお夫婦仲が良いのは、大変結構なことだと思うよ。それで、迷宮主の間への道行きは、これで合っているのかな?』


 声の主はモルドバであった。彼女の言う通り、アレクセイたちは迷宮の深部に向けて歩を進めていた。


 一行の当初の目的は、ガネルの遺骨の収集であった。モルドバの死霊術によって一時的に彼を復活させ、過去の歴史の真実を語ってもらうためだ。


 だが当の本人が初めからスケルトンと化していた。そして向こうから現れてくれたことで、これ以上この迷宮に滞在する理由はなくなっていた。だが彼から≪赤い宝珠≫の話を聞いたことで、一行には新たな目標が生まれたのだ。


「その≪宝珠≫なるものがあれば、あるいはウィリアムを蘇らせることができるかもしれない」


 その秘宝は、死んでから時間の経った人間をも復活させることができるのだという。それはつまり、とうの昔に死んでいるであろう、アレクセイたちの息子を蘇生できるかもしれないということだ。


(だがそれはあくまで我らの考えだ。あの子が幸福な生を送ったならば、それを取り消すことなど、できようはずもない)


 ウィリアムがどのような人生を送ったのかは、まだ分かってはいない。幼くして命を落としたのならまだしも、もし天寿を全うしたのなら、彼の人生を尊重してやるべきだとアレクセイたちは話し合っていた。


 アレクセイとて、今は亡き我が子に会えるのならば、それは望外の喜びだ。だがそれは別にこの世でなくとも構わないのだ。人はみな死ねば同じ所へ行く。アレクセイたちは今はアンデットの身体だが、それはすなわち何時でも死んでも構わないということでもある。


(この身が何故、さまよう鎧と化したのかは分からない。だが滅することは簡単だ)


 極端な話、この鎧が造られたというある火山の火口にでも飛び込めば、アレクセイは消滅するだろう。あるいは霊であるソフィーリア共々、聖なる祈りで浄化してもらってもいい。当人たちが抵抗することがなければ、それはさほど難しいことではないだろう。その性質上、不死というものの力はその魂の執着力に依るのである。


「まぁ持ってて損になるモンでもねぇだろ。丁度良く竜狩りの英雄が三人も揃ってんだ。やらねぇことはあるめぇ」


 ガネルなどはそんな風に言ってカラカラと笑っていた。彼の言い分にはアレクセイも同意だ。それに久しぶりに友と轡を並べられるのは、喜ばしいことであった。


「そうら、早速お出迎えだぜぇ!」


 そうして迷宮を進むアレクセイらの前に現れたのは、またしても複椀の骨剣士たちだ。左右三本ずつ、計六本の腕で剣を振るう魔物が、徒党を組んで襲い掛かってきたのである。後方にはやはり骨の魔術師と弓兵の姿。それらも三つ目であったりそれこそ頭が二つあったりと、尋常な姿ではなかった。


「かぁ~!相も変わらず、気色悪い連中だーな!」


 悪態を突きながら、ガネルが大鎚を振り回して突貫した。アレクセイも後方をソフィーリアへと任せ、彼に追随する。


「どおりゃあああああああ!!」


 ドワーフの戦士は威勢よく吠えると、手にした大鎚を振り回した。見るからに力任せの攻撃だ。相手を叩き潰さんとする一撃は、しかし容易く躱されてしまう。しかも回避の動作から流れるようにして、複椀の骸骨剣士は無数の斬撃を放ってきたのである。


 魔力を帯びた曲刀が、ガネルの頭上に迫る。だがその刃が彼の兜にぶち当たったかと思うと、剣の方が音を立てて砕け散ってしまった。


「ガネル様特性の大兜を、舐めてもらっちゃ困るぜぇ!!」


 ガネルはその場で屈み込むと、骨剣士目掛けて勢いよく飛び上がった。魔力武器を打ち砕くほどの硬度を持つ兜が、相手の身体に直撃する。矢の如く飛び込んだガネルの頭突きをもろにくらい、骨剣士は胸からバラバラに吹き飛ばされた。


「やるな!ガネル!」


 魔法の雷を大盾で防ぎながら、アレクセイは友の戦いぶりを称えた。もう一方の腕では炭の剣を振り、六椀の剣士と渡り合う。そうして二合、三合と打ち合う度に、相手の腕を切り落としていく。

 骸骨剣士の攻撃は速く、重みもある斬撃だ。だがそれでもアレクセイに及ぶものではない。やがて相手の腕が残り二本となったところで、赤く燃える刀身が魔物の身体を切り裂いた。


「オメェも鈍っちゃいねぇみてぇだな!」


「うむ。ある意味では、昔よりも冴えているかもしれんな」


「そうかい!ほんじゃ、俺も負けてらんねぇな!」


 ガネルは高らかにそう叫ぶと、大鎚を構えて走り出した。

 狙うのは最奥に陣取る複頭の骨魔術師だ。これまで見た魔術師よりも立派な装束をしているところを見るに、この一団の頭目であるらしい。魔物は印を結ぶと、両手から稲妻を呼び出した。漆黒の色合いをした、かなり強力な魔術と思える。ほとばしる黒い閃光が、石造りの通路を明滅させる。


 だがガネルが足を止めることはなかった。彼は武器を構えたままに、頭からその雷撃を浴びたのである。しかも驚くべきことに、彼はまるでそれを意に介していないかのように、直進し続けたのだ。


(あの鎧は、耐魔の力も備えているのか。それも相当なものだ)


 アレクセイが内心で驚く間にも、ガネルは相手の元へとたどり着いている。そうして大鎚を振りかぶると、魔物目掛けて勢いよく叩きつけた。

 骨の魔術師は素早く魔術の障壁を展開すると、これを防がんとする。だがガネルの大鎚は、そうして展開された魔法の壁もろとも、相手を叩き潰してしまったのだ。衝撃のあまりの強さに、魔物が立っていた床が大きく陥没する。


「伝承通りの、物凄い怪力だねぇ」


 後ろの方から、モルドバが驚嘆する声が聞こえた。

 そして一連の出来事に驚いたのは彼女だけではなかったようだ。魔術師がやられたのを見た骨の射手が、身を翻すと一目散に逃走を図った。


「逃がすかい!」


 ガネルは背負っていたクロスボウを構えると、逃げる魔物に狙いを定める。先の邂逅の時にアレクセイの巨体をも吹き飛ばした、ガネル特製の得物だ。そうして彼が引き金を引くと、槍と見紛う巨大なボルトが射出された。


 それは闇を切り裂いて飛ぶと、瞬く間に逃げる魔物の背に突き立った。するとその衝撃のあまり、骨の射手はバラバラに砕け散ってしまったのである。その規格外の大きさ故だろうが、もはやクロスボウとは呼べぬほどの破壊力であった。


「スケルトンを矢で砕くとはな」


 元来、彼ら骨の魔物には剣や槍といった刃物が通じにくい。骨は砕くものであって、斬ったり突いたりするものではないのだ。それを粉々にするなど、尋常な威力ではないだろう。


「大した武器だ。私を吹き飛ばしたのも道理だな」


 アレクセイは全ての敵が掃討されたのを確かめると、剣を収めて友へとそう語りかけた。


「それにその甲冑は、竜狩りの時のものではないな?その武器もだ。見たことのない様式だが、私たちが死んだ後に造ったものなのか?」


 兜のツノ飾りこそドワーフ風だが、ここまで身体を隙なく覆うタイプの鎧を、彼らの種族は好まなかったはずだ。ドワーフは生来打たれ強い。だがその反面動きが鈍重になりがちだから、防御力と動きやすさのバランスを重視する傾向にある。頑丈さに極振りしたような構造は、むしろアレクセイたちヴォルデンのものに近いだろう。


 ガネルは得たりとばかりに胸を叩いた。


「おうよ!おめぇの聖竜の鎧を参考に造った、特製の鎧だ!完全再現とまではいかなかったが、頑丈さじゃ引けは取らねぇぜ!」


「なんと、そのようなことが可能とは」


 アレクセイの鎧、今は肉体となっている聖竜の鎧は、由来不明の一品なのだ。一説では古の巨人が打ったともされているが、真実のほどは定かではない。かつての旅でガネルはこの甲冑をしきりに褒めていたから、その後に何らかの解を見出したのかもしれない。


「ガネルがいればまさに百人力だな。この先もこの調子で行こう」


 彼がいれば、一層恐れる敵などいないだろう。アレクセイたちは心強い新たな仲間を得て、迷宮の奥へと進むのであった。

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