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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第五章 三ツ星の夫婦
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第114話 夫婦の証

「そうか、手を貸してくれるのか」


「あたぼうよ!」


 そう力強く宣言したガネルに、アレクセイは不死ながら己が胸が熱くなるのを感じていた。隣を見ればソフィーリアもまた、口元に手を当てて瞳を潤ませている。


 目の前の友人は、アレクセイたちのために迷宮へと潜り、そこで命を落とすことになった。そして骨の身になりながらもなお、まだ友のために骨を折ってくれるのだという。そこに何も感じぬほど、アレクセイの魂は冷え切ってはいなかった。むしろ胸中の熱いものに気づき、そのことに安堵したと言ってもよい。


「なんと言えばよいか分からぬが……不死の身というのも、あながち捨てたものではないな」


「ええ、本当に……」


「ええい!聖職者とその旦那が、何をぬかしとるんだ。……ッたくよ」


 彼もまた照れ臭いのだろう。アレクセイの胸甲をがつんと叩くと顔を背けた。ガネルはこういう男であったのだ。生前であれば、その顔は酒に酔った時のように、赤くなっていたことだろう。


「おお、そういえば大事なモンを忘れておったぞ!」


 なんとも言えない空気を振り払うかのように、ガネルは大きな声でそう言うと部屋の片隅の方へと歩いていく。そこには鍋やら寝袋やらの、生活品が散乱していた。

 そもそも今アレクセイたちが腰を落ち着けているのは、彼が生前迷宮内で拠点にしていたという一室であった。もともと骸骨兵士たちの控室であったものを、連中を叩き潰した後に分捕ったものであるらしい。さらには魔物たちが"再配置(リポップ)"しないよう、なんと部屋を改造しているのだという。流石はドワーフ族でも指折りの機構士として知られていたガネルである。


『いや、何気にそれって物凄いことなんじゃムグッ!』


「先輩、そういうのはまた後で……」


 モルドバはその点にも興味を示していたが、それは妹弟子に封殺されていた。まぁ気持ちは分からなくもない。だがアレクセイにとってはどうでもよいことだ。


「ええと、どこに仕舞ったもんだったかな」


 死後だいぶ経つのだろう。ガネルはもう襤褸切れ同然になっているずた袋の前にかがみ込んだ。その中身を出しては、あれでもないこれでもないと唸っている。

 そうして出てくるいずれもがガネル謹製の絡繰りである。モルドバなどはそちらにも大層な興味をそそられているようだった。彼女からすれば、この部屋に転がっている物すべてが、貴重な考古学的遺物に映るのだろう。そのたびにエルサから「空気を読め」と窘められているようであった。


「おお、あったあった!」


 ようやく目当ての物が見つかったようだ。ガネルは喜色満面の顔で、もっとも骨故に表情はないが、明らかに弾んだ様子でアレクセイたちの元へと帰ってきた。その手には小さな包みが握られている。先のずた袋と違い、その布は数百年の時を経てもほとんど劣化していないようだ。どうやら特殊な素材か、魔術的な仕掛けが施されているのだろう。よほど大事なものを包んでいると見える。


「ふむ、それは何なのだ?」


「グフフ、見ても驚くなよ?ほれっ!!」


 やけに楽し気に、ガネルは掌から布を抜き取った。するとそこには小さな、金属製の指輪が残されていた。


「指輪?お前の指には少々小さすぎるように思うが……?」


「アホぬかすな。俺のなワケなかろうがッ!よく見てみろいッ!」


 首を捻るアレクセイであったが、その指輪を見ているうちにすぐに脳裏に閃くものがあった。それは自身もよく知るものであったはずだ。思わず自分の左手を見つめるが、そこには無骨な漆黒の籠手があるのみだ。そしてその中にあるべきはずのものも、既に失われている。


「……っ!!ガネル、もしかしてこれは!?」


 そして驚いたソフィーリアも同じであった。彼女の指には、ガネルが差し出すものと全く同じ物が嵌められている。だがそこに実体はない。今こうして見えている物は、彼女の記憶の中にあったものの姿であるのだ。本物はあのとき、黒い炎に呑まれて失われているはずである。


「おうよソフィーリア。大昔に俺が造り、そこのアレクセイが結婚式で贈ったモンだ。複製じゃねぇぞ?正真正銘の、お前の結婚指輪だ」


 ガネルが取り出した指輪。それはアレクセイとソフィーリアの夫婦の証である、結婚指輪であった。

 当時世界で信仰されていた四大宗教では、男女が夫婦となった際には揃いの指輪を贈るものとしていた。平民であれば、大抵は簡素な木製か鉄や銅といった金属製である。貴族であれば銀が良しとされており、過度な装飾は品がないとして避けられていた。


 貴族であるアレクセイ夫婦の物も、当然それに倣っている。ただガネルの手によって打たれた結婚指輪は美しい白銀(ミスリル)製だ。宝石の類などはもちろん付いていないが、そこには精緻な紋様が刻み込まれていた。それが常には見えず、光に翳した時にだけハッキリと映るようになるというのも、実に趣のある仕掛けであった。細工物を得意とする、ドワーフ族ならではの造りであろう。


「本当に、私の……」


 ソフィーリアは信じられないものを見るような目で、ガネルの差し出したものを見つめている。そしてそこにおずおずと指を伸ばす。

 そうして彼女がそれをつかみ取ろうとした瞬間、さっとその手を引いたのだ。


「え?」


「おっと!おいアレクセイよ、俺がコイツを渡していいんかい?」


 笑いをこらえるかのような彼の言い方に、アレクセイはガネルの生前の表情を幻視したように思った。かつてであれば、ニヤリと口の端を釣り上げていたことだろう。

 女に指輪を渡すのは、いつでもその伴侶の役目であるのだ。


(そうだな。ガネルはこういう男だった)


 アレクセイは兜の内で小さく笑うと、彼の手から指輪を奪い取った。そして妻の前にかがみ込む。


「再び君にこれを贈る日が来ようとはな」


「私は、嬉しく思いますわ」


 そう言ってソフィーリアはたおやかな手を差し出した。アレクセイはその手を取ると、妻の細指にそっと指輪をはめ込んだ。≪闇霊(ダークレイス)≫故に、彼女に実体はない。だが白銀の輪は、この世の物ならざる彼女の指にぴたりと収まった。


「あぁ……初めてこれを指に嵌めた、あの日のことを思い出します。そして今もまた、ここからあなたの強い想いを感じるのです。あぁ、なんて暖かいのでしょう……まるであなたの腕に包まれているような……」


 すると、頬を染め蕩けるような声でそう言うソフィーリアの身体が、不意に輝きだした。その光は眩く、しかし暖かなものであった。ある種の神聖さすら感じさせるが、アンデットの身体を持つアレクセイであっても、それは苦痛に感じるものではなかった。


「おぉ、これは……ソフィ……」


 やがて光が晴れると、彼女の姿が露になった。それを目にしたアレクセイは立ち上がると、二歩ほど下がって、愛する妻の身をその目に収めるようにした。()()()()()()()()()()()()()に、思わずため息が漏れる。


(あぁ、我が妻は、こうも美しい女性であったか)


「元に、戻れたのですね……」


 両手を見下ろし、ソフィーリアは自らの身体を掻き抱いた。

 指輪を嵌めた彼女は、本来の姿をも取り戻していたのだ。十四、五程度の少女の身体は成熟した大人の女性のそれへと変化していた。エルサと同程度であった背丈は大きく伸び、ヴォルデン人の女性らしい長身へと変貌を遂げている。長い手足はその証で、彼女のスタイルの良さをはっきりと表していた。胸も尻も、女性らしさを表す部位はより豊満さを増している。

 そして"可愛らしい"よりも"美しい"と感じられるその顔が、アレクセイには何より懐かしく感じられた。


「なんであろうな、久しぶりに君に会った気分だよ」


「私は、若い姿でも良かったのですけれど」


 いまだにそう零す妻に、アレクセイは苦笑する。そうしてその身体を抱きしめた。実体はなくとも抱擁はできる。少女の姿の時から触れ合えてはいたが、やはり身長差が縮む今の方がしっくりきた。


「この指輪のおかげで、戻れたのですね」


 恐らくは、そうなのだろう。

 ソフィーリアの少女化を解くには、モルドバは生前の思い出の品が有用だと言っていた。折よくそれが手に入ったのは僥倖であった。だがガネルはこれをどこで手に入れたのだろう。

 ソフィーリアとの余韻から帰ったアレクセイがそのように問うと、ガネルは何でもないことのように、驚くべきことを口にした。


「そりゃおめぇ、ソフィーリアの死体から分捕ったに決まってらぁ!」


 友人の語ったとんでもない暴挙に、アレクセイら夫婦は互いに顔を見合わせたのであった。

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